男装の騎士は異世界転移主人公を翻弄する

こる

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第七章

□新年の祝賀行事。父襲来

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「――我が国を守る騎士、冒険者の尽力もあり、迷宮暴走という国難を最小限の被害で退けたことは記憶に新しい。今回目覚ましい活躍をした、シュラ・サツキヤマへ、男爵位を国王ヘルエルム三世の名において授ける」


 王宮前の広場に集まった民への祝辞のあと、王宮内での貴族に向けての挨拶の最後に、シュラの叙爵が言い渡され、凜々しい姿でそれを受ける彼を、王妃殿下の斜め後ろで感慨深く見守った。

 ああ、立派だ。短い期間で、よくぞここまで上り詰めたものだ、嫉妬すらわかない。

 そして、国王陛下の挨拶のあとを引き継ぎ、騎士団の正装姿である王太子殿下が前へ進み出る。

「昨今の女性王族の公務の増加、及び、私的な場への騎士の同行を鑑み、女性騎士の導入を決めた。それに先立ち、先の迷宮暴走の折にも活躍をした、バルザクト・ファーネ・アーバイツを騎士とし、女性王族の護衛とする」

 王妃殿下のうしろで護衛の任についていた私を振り返り見る王太子殿下の視線を受け、前に出て居並ぶ貴族に向けて騎士の礼をとり、静かに元の位置までさがった。

 王太子殿下の声が、ざわめくホールに響く。

「女性だからと、謗る者あれば、それは我が騎士団への侮蔑ととり、相応の報復をさせていただく。私は騎士団総団長として、騎士を等しく守る。意見のある者は、直接私に言っていただこう、真摯に拝聴することを約束しよう」

 殿下の宣言にホールのざわめきが小さくなった。

 反感が出るだろうというのはわかっていたことだ、騎士団内でもあるのだから。
 今ここで多少は治まったとしても、公爵令嬢のように見る者はなくならないだろう。





 新年の祝賀会を終え、警備の任務でろくに食事にありつけていなかった騎士達に豪華な食事が振る舞われた。

 私も見知った騎士と会話しながらそれにありつき、滅多に食べられぬ王宮の料理を堪能した。お腹いっぱい食べられるのは、本当にありがたいことだ。

 しっかりと味わいながら腹を満たして……少々満たしすぎてしまった。

 シュラはパーティに参加していたので、ここにはいない。同僚に先に寮に戻ることを伝えて、会場を辞した。




 夜の王宮には、夜中灯されている灯りがあり、歩くのに不自由しない。幻想的ですらある回廊を歩く。
 これから半月の間は、交代で長目の休暇を取るようになる。新年を迎えたのちは穏やかに過ごすというのが、慣習だからだ。

 二週間後から入る休みに、シュラとの休みを合わせることもなんとかできた。馬を使えば、片道五日程で実家に帰れるはずなので、時間的にあまり余裕はないが。長居をしても、気まずくなるかもしれないから丁度いいだろう。

 腹ごなしのためもあってキビキビと歩いていると、王宮の門に思わぬ人が居た。

「父上?」

「おお、バルザクト! 立派になったな」

 感慨深げに声を掛けてきた父は、記憶にあるよりも一回り大きくなっている気がする。どういうことだ、老いを感じない。

 滅多なことでは着ない正装が、ギリギリじゃないか。

「父上も、体格がよくなられましたね」

「はっはっは、お前の仕送りもあったり、豊作が続いたりして、食うに困らぬからな」

 なるほど、食が豊かになったということか。

「そうですか、それはよかった。民も飢えていないのでしたら、私もこちらで頑張っていた甲斐もあるというものです。ここではなんですから、寮に参りましょう」

 寮の応接室を使わせてもらおう、ここでは入り口を守る騎士もいるし、もう人通りも少ないとはいえ衆目がないわけではない。そう考えて促すと、用件を終えたら宿に戻るから大丈夫だと制された。

「用件、ですか?」

「ああ、実はな、お前を娶りたいと、こんなに申し込みが来ているのだ」

 懐から取り出した何通もの封筒を、誇らしげに差し出してきた。

「父上、私の手紙は読まれましたか?」

 顔を上げて静かに問うと、眉間に皺を寄せる。

「お前もわかっているだろう。貴族の婚姻というのは、家長が決めるものだと」

「ほぉ? 我が家は、てっきりそんなありきたりな因習など、無いものだと思っておりました」

 睨む父の眼光を幼い頃は恐れていたが、今では何の感慨もない。もっと恐ろしいものと、私は対峙してきたから。

「随分と可愛げがなくなったものだ」

「騎士として生きるには、可愛げなど不要でしたから、早々に捨てました。それで? 本気で、こちらの手紙のいずれかの殿方と結婚せよとおっしゃるのですか?」

 父の手から立派な封筒を一枚抜き取り、既に開封されているそこから中身を取り出し、魔法で灯りを出して、ざっと内容を確認する。

「こちらは既に五十を超えている、最近年上の細君を亡くされた男性でいらっしゃいますね。後家に納まれということでしょうか? それにしては、我が領に旨味のないお家柄でいらっしゃいます」

「後家だと……っ、手紙を持ってきた者は、そんなことひと言もいっておらんぞ」

 その手紙を戻し、他の一枚を手にする。

「おやこちらは随分と若くていらっしゃる、こちらの家の第五子ということは、弟と同じ年ではないですか。結婚適齢の男性がいらっしゃらなかったのでしょう、それでも『王太子の肝いりで女だてらに騎士になった』私を家に入れて、すこしでも取り入ろうという思惑なのでしょうね。随分と馬鹿にされたものだ」

 握りつぶした手紙を父に突き返して、読むために灯していた灯りを消す。

「馬鹿に……。うぬぅっ、どれもよい縁だと、持ってきた者は口を揃えて言っていたのだぞっ」

「持ってきた者は言うでしょうね、縁を結びたいのですから。真偽を確かめるのは、父上の役目でしょう。領主というものはそうやって判断して、領を、領民を富ませていくものでしょう?」

 ぐぬぅと口を閉ざした父に、しっかりと向き合う。

「私の心は決まっております、あの人以外に嫁ぐつもりはございません。もし、父上が言うことを聞かせたいというのでしたら、私を負かしてからにしていただきましょう」

「なにを、ふざけたことをっ」

 手を上げた父上と、威圧を出そうとした私の間に、素早く入り込んでそれを阻む者がいた。

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいっ。こんなところで、親子喧嘩はダメですって」

 親子喧嘩。

 シュラの言葉に、気勢を挫かれる。そうだな、往来でするものではないな。

「丁度よかった。父上、こちらが、私の愛する人、シュラ・サツキヤマです」

「えっ、ええっ、このタイミングでっ? ご、ご紹介に与りました、修羅と申しますっ、ファーネさんとは結婚を前提に、清く正しく美しい交際をさせていただいておりますっ」

 父上に直立不動でそう言ってぺこりと頭を下げる彼に、父上の形相は鬼のようになる。

「きーさーまぁが、ウチの娘を誑かした、野良い――」

 父上の言葉が言い終わらぬうちに、私の殺気が威圧となってあふれ出す。

 シュラは平然と立っているが、父上は顔を引き攣らせ、後退る。後退る程度で堪えるのは、さすが辺境の一部を守る家系だけあるか。

「私の愛する人に、暴言を吐こうとしましたね。それ程、私に言うことを聞かせたいのでしたら――わかりました、私に勝ったならば、いくらでも、父上の勧める殿方と結婚でもなんでもしましょう、後家だろうが、子守だろうが文句は言いません」

「い、いいだろうっ! その言葉、忘れるなよっ」

「あ、フラグ立った……」


 虚勢を張る父上に、威圧を解かぬまま微笑む。間でシュラがオロオロしているが、今は口を挟まないでいてもらおう。

「私がなぜ、女であっても騎士でいられるのか、その身を以てお教えいたしましょう。手加減は、致しませんよ。まずは、着替えましょうか、お互い正装を駄目にするわけにはいきませんからね。シュラ、悪いが父上を宿まで送ってから、第一騎士団の訓練場まで連れて来てくれないか、私も用意をしてそちらで待つから」

「服は俺が用意しますからっ、二人きりにするのは――」

「誰がお前の用意した服など――」

 怯える表情で訴えてきたシュラに、掴み掛かろうとする父上の言葉を遮る。

「父上は黙っていてください。わかった、シュラ、では服を用意してもらえるか。このまま、訓練場へ行きましょう」



 先にたって歩き出す私のうしろを、二人がついてくる。

 門を守る騎士が職務に忠実でよかった、我々のやりとりを見て見ぬ振りをしてくれて、感謝するしかないな
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