男装の騎士は異世界転移主人公を翻弄する

こる

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第七章

□公爵家ご令嬢のお茶会

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 いままで王妃殿下や王太子妃殿下の護衛を務めてきたが、今日は公爵からの護衛依頼で騎士ドルトスと共に公爵家にきている。


「今後はこういった、ご令嬢の警護も増えてくると予想される。騎士ファーネの大々的なお披露目は新年の式典となるが、その前に上位貴族には顔を売っておきたい」

 任務の前のジェンド団長の言葉だった。女騎士をおおやけにするために、より効果的な方法を行使するのは当然だ。

 公爵家は王妃殿下の御実家であり現公爵は殿下の弟君だ、顔を売るのにこれ以上の家はない。それに初心者だからか、ご令嬢のお茶会の護衛として女騎士である私を指名くださったのだが……。

「ファーネ様ぁ、どうぞこちらにいらして。一緒にお茶にいたしましょうよ」

 庭の中央に離れたテーブルから、鈴を転がすような声で、ご令嬢であるイリアーナ様が着席を勧めてくる。庭の端で警備をしている私に、声を掛けてくるのだ。

 まだ十三歳でいらっしゃるから、護衛の者に対する対応をご存じないのかも知れないが、正直に言ってこれには参ってしまう。

「申し訳ございません、任務がございますので」

 無視はできずにそう返せば、ニコニコと笑顔で更に請われる。

「あら、あなたも貴族の令嬢なのでしょう? わたくしが同席を許しているのだから、席におつきなさいな」

「職務中ですので」

 微笑んで彼女に礼をしてから、表情を引き締めて警備に頭を戻す。

「面白くないお方。王妃様の姪であるわたくしの命令だと、ご理解できないのかしら? ちょっとお話を聞くだけですもの、お手間は取らせませんのに」

 不満の色を濃くした声が、はっきりと聞こえた。

 彼女の言葉に触発されたように、テーブルを囲む令嬢がさわさわと同意の声をあげる。

「折角王妃様からお借りしたのに、つまらない人ですわ。女だてらに男性に交じって剣を振ってらっしゃるから、てっきりもっとさばけた人だと思っておりましたのに、単なる行き遅れではないの。騎士団のマスコットならば、もっと若くて愛らしいかたがいらっしゃるでしょうに」

 彼女の言葉にクスクスと令嬢たちが笑う。さばけたとか女だてらとかいう言葉をご存じなのだな、きっと周囲の大人がそのように言っているのだろう。

 どうやら彼女は、私を見世物にしたいらしい。

 いや、見世物であってもいいだろう、見世物にされたとしても私が騎士であるということは変わらない、私は私のすべきことをするだけだ。

 顔を上げ、警備に意識を集中する。騎士団から派遣されたということは、私は騎士団の看板を背負っているということだ。
 なにを言っても私が応えないのに飽きてか、公爵令嬢は私を話題にするのはやめて、他のご令嬢たちとの会話を楽しみはじめたようだ。

 途中、雰囲気が悪くなってしまった場面があったものの、盛会のうちに会はお開きとなり、緊張していた肩から僅かに力を抜く。思ったよりも緊張していたのかもしれない、王妃殿下たちの護衛にを重ねて随分慣れてきたつもりでいたが、それは彼女たちが護衛されるのに慣れていらっしゃって、護衛に配慮して行動されていたからだと実感した。

「お疲れさまでした。この度はお手伝いいただき、ありがとうございました」

 公爵家の警備責任者である男が私と騎士ドルトスへと挨拶にくる。

「こちらこそ、何事もなく終わり安心いたしました。しかしながら、一点気になるところがありました。ご令嬢の教育のなかに、高位貴族としての心構えというのは組み込まれていないのでしょうか」

 ドルトスが怯む警備責任者に言葉を重ねる。一歩間違えば不敬にあたる会話でひやりとしたが、周囲には会場を片づける使用人しかおらず、安心する。

「警備される側としての意識が低いように感じられました。自己の発言に対する周囲の影響への考慮も足りぬように見えましたが」

「はっ、はい、あの、申し訳ございません」

 警備責任者は顔色を悪くし、しきりに汗を拭いている。温厚に見えるドルトスの舌鋒が鋭いことは、私も身を以て知っている。

「あなたから公爵に伝えるのが難しいようでしたら、私のほうから報告したいと思いますが、よろしいか」

「いえっ、そ、それは自分が、責任を持って行います」

 姿勢を正した警備責任者に、ドルトスは引き締めた表情で頷いた。

「二日後に夜会の予定が入っているはずです、我々も警備に呼ばれておりますので、その時に、また。では、本日は失礼いたします」

「失礼致します」

 ドルトスに続いて私も礼をして踵を返して数歩歩いたとき、小さく舌打ちする音が聞こえた。
 ピタリと、私とドルトスの足が止まる。私たち騎士の耳はいい、不審な物音を漏らさぬように鋭敏になってしまうのだ。

「女なんぞに務まるなら、俺だって騎士になれるな」

「おいっ、そんな、失礼なっ」

 私たちを見送らず、同僚にそんなことまで言うとは。

 振り向いた私たちに、同僚の男が青い顔をして警備責任者の腕を引く。振り返った彼に、微笑みながら魔力を放出して威圧を展開する。

「ほぉ? 私よりも、君が騎士に相応しいと、そう言うのか?」

 ゆっくりと歩み寄るが、警備責任者は地面に縫い付けられたように動けずガタガタと震えている。隣にいた同僚の男は既に腰を抜かしてへたり込んでいるが、警備責任者がなんとか立っているだけ、胆力があるということだ。

「騎士を愚弄するのだな? では、手合わせでもしてみようか? 女なんぞに、負けるわけがないのだろう? 剣を抜きたまえよ」

 私の言葉に、ブルブルと震える手をなんとか剣にやるものの、力が入らないのか抜くことができないようだ。

「どうした? 動かぬのか? では、僭越ながら、私から――」

「ひっ、ひぃっ」

 とうとう腰を抜かして尻餅をついてしまった、剣に手を掛けただけなのだが。
 威圧を解除して剣から手を離すと、ドルトスが近づいてきた。

「これでわかっただろう、この者は戦闘力だけでいえば、第一騎士団でも十指に入る実力者だ。本気でやり合えば、私すら敵わないだろう。それを、性別で侮辱するとは、命知らずだ。だが、どうしても納得できぬというのならば、いまここで手合わせするのもやぶさかではないが、どうする? 誰か、剣を交えてみたいものはいないか」

 尻餅をついた男に手を差し伸べて立ち上がらせて言った言葉に、周囲の男達は青い顔をして首を横に振る。

「意気地のないことだ。では、失礼するが、先程言った、お嬢様の件、くれぐれも伝え忘れのないように頼みますよ」

「はいっ」

 今度こそ、帰路についた。

「今日のお茶会での行動は正しかった、気にすることはない。本来上位貴族というものは、警護される心構えができているものだから、今回のようなことは早々ないだろうが。もし今後も侮られるようならば、少し考えねばならんな」

 別れ際言われた言葉がのしかかる。侮られるのは、私が女だからだろう。

 今後もあのような……コンパニオンのような扱いを受けることが。もしかすると、皆、そのように思っているのかもしれない。女騎士とは、騎士ではなくマスコットなのだと。



 自室に戻り、胃の腑にずっしりと重さを感じながら、ソファに沈み込んだ。
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