75 / 86
第七章
■五月山修羅は第一騎士団長に発破を掛けられる
しおりを挟む
□修羅サイド□
「迂闊だろう、馬鹿者が」
ジェンドに襟首を掴まれて引きずられた先で、説教の続きが開催された。ジェンドの怒気に自発的に正座をして、しおらしく項垂れる。
宿舎にある共用の応接室のソファの背に立ったままもたれ、腕組みをしたジェンドが修羅を睥睨する。
「わかっているのか、いまが正念場なんだ。あれが、地位を確立できるか否か。もしあれがここで折れるならば、今後我が国に女性騎士は誕生せぬだろう」
「ですがっ、バルザクト様ひとりで、なにができるんですかっ。女性の騎士団を作りたいのならば、もっと大々的に募集をするなりなんなりしないと、無理でしょう」
思わず顔を上げて言い返した修羅に、ジェンドは口元を歪めて鼻を鳴らす。
「わかっている。だが、志を持つ者を見つけるのに、彼女はよい旗印となるだろう」
「でも、バルザクト様のような、身体能力や根性のある女性なんて、そうそう居ないでしょうっ」
「居ないと断じるのはちがうだろう? 現に、バルザクトはできている」
あれは彼女だからこそと訴えたところで、あり得なかったゼロが一になったという現実は、二や三があってもおかしくはないという事実を指している。
それがわかるから、修羅も黙るしかない。
「実際に、女性の騎士団が運用されるようになるには時間がかかるだろう。だが、いまはじめねば、その時すら来ぬのだ。わかれ」
理解しろと押しつけてくるジェンドに、修羅は俯いて歯がみする。
そんな彼を見下ろしながら、ジェンドは更に爆弾を落とす。
「私に、彼女との縁談が持ち上がっている」
「は? はぁっ? え? 早すぎませんかっ」
なくはないと思っていた。未婚の第一騎士団長と女性初の騎士の婚姻は、あり得ない話ではない。いやむしろ、バルザクトがジェンドの妻となるならば、彼女に近づく男がいなくなるわけだからメリットしかない。家格の違いなど、今回に至っては問題視されないだろう。
「私も、悪くはないと思っている」
そうジェンドが言った途端、修羅からおびただしい殺気があふれ出し、ジェンドはにやりと口元を緩ませた。
「若いな、いや、青いと言ったほうがいいか、小僧」
「バルザクト様は、誰にも渡さない――俺のものだ」
片膝を立ていまにも飛びかからんばかりの態勢で、射殺さんばかりに睨み上げてくる修羅に、ジェンドは胸の内がゾクゾクとするのを感じて凶悪に笑った。
「よかろう、我を通すならば、相応の力を見せてもらおうか。来い、存分に戦える場所に移るぞ」
第一騎士団と第二騎士団が訓練に使っている訓練場に、修羅は怒りを持ったまま立っていた。
正面には修羅と同じ訓練用の剣を持ったジェンドが自然体で立っている。
先程までここで訓練していた騎士達はフィールドから出て、成り行きを見守っていた。
「いつでもいいぞ、なんならこちらから行こうか?」
柔らかな声音で、笑みすらのせて言うジェンドに、修羅は低く腰を落とす。
「ぶっ潰す」
怨嗟めいた低い声と共に、修羅が飛び出した。
鋭い剣先がジェンドの胴を薙ぎにいくが、素早く後方に跳んだジェンドにかすりもしない。返す剣で連激を繰り出すが、それもすべてジェンドの剣に捌かれて傷つけることはできない。
「単調だな。彼女は機動力を活かして、もっと私を翻弄したぞ?」
揶揄う口調で言うジェンドに、修羅の眦が上がる。
「あの人とやったのかっ」
「ああ。実に楽しかったよ」
ニヤリと口の端をあげるその横っ面に、剣を手放した修羅の拳が迫るが、紙一重それを避ける。
「動きが鈍いのではないかね? それに、剣を手放してどうする、貴様は騎士だろう」
突き上げるように放たれたジェンドの一撃を躱したと思ったその顎に、強烈な回し蹴りが入った。
弧を描いて吹っ飛ぶ修羅は、消えゆく意識に歯を食いしばり、空中で回復魔法を行使する。着地寸前に体を反転させ、四つん這いになりながらもなんとか姿勢を立て直した。
「お前たちは、実に面白い。そら、忘れ物だ」
ジェンドは足先で跳ね上げた剣を掴み、それを修羅に向けて投げる。
己に肉薄する剣の柄を違えず掴んだ修羅は、口の端から零れた血を手の甲で拭った。
「なかなかえげつないですね、ジェンド団長。おかげさまで、すこし頭が冷えました」
血の混じる唾液を吐き出して苦く笑う修羅に、ジェンドは晴れやかな笑みを浮かべる。
「それはよかった。私も、やっと体が温まってきたところだ、もうすこし楽しませてもらえそうで嬉しいよ」
その後の戦いは、第一騎士団でも指折りの激しい戦いだったと、観戦していた騎士達は言う。ジェンドの本気の戦いを見た若い騎士は慄き、古参の騎士達はかつての内乱で名を上げたジェンドの二つ名を思い出していた。
満身創痍、回復魔法も尽きて地面に仰臥する修羅を、こちらもかなりくたびれた様相のジェンドが見下ろす。
「守りたいのならば、力を手に入れろ。手は貸してやる」
ジェンドの言葉を聞きながら、借りにするのは恐ろしいので、迷宮暴走の情報と相殺してもらう方法を模索した
「迂闊だろう、馬鹿者が」
ジェンドに襟首を掴まれて引きずられた先で、説教の続きが開催された。ジェンドの怒気に自発的に正座をして、しおらしく項垂れる。
宿舎にある共用の応接室のソファの背に立ったままもたれ、腕組みをしたジェンドが修羅を睥睨する。
「わかっているのか、いまが正念場なんだ。あれが、地位を確立できるか否か。もしあれがここで折れるならば、今後我が国に女性騎士は誕生せぬだろう」
「ですがっ、バルザクト様ひとりで、なにができるんですかっ。女性の騎士団を作りたいのならば、もっと大々的に募集をするなりなんなりしないと、無理でしょう」
思わず顔を上げて言い返した修羅に、ジェンドは口元を歪めて鼻を鳴らす。
「わかっている。だが、志を持つ者を見つけるのに、彼女はよい旗印となるだろう」
「でも、バルザクト様のような、身体能力や根性のある女性なんて、そうそう居ないでしょうっ」
「居ないと断じるのはちがうだろう? 現に、バルザクトはできている」
あれは彼女だからこそと訴えたところで、あり得なかったゼロが一になったという現実は、二や三があってもおかしくはないという事実を指している。
それがわかるから、修羅も黙るしかない。
「実際に、女性の騎士団が運用されるようになるには時間がかかるだろう。だが、いまはじめねば、その時すら来ぬのだ。わかれ」
理解しろと押しつけてくるジェンドに、修羅は俯いて歯がみする。
そんな彼を見下ろしながら、ジェンドは更に爆弾を落とす。
「私に、彼女との縁談が持ち上がっている」
「は? はぁっ? え? 早すぎませんかっ」
なくはないと思っていた。未婚の第一騎士団長と女性初の騎士の婚姻は、あり得ない話ではない。いやむしろ、バルザクトがジェンドの妻となるならば、彼女に近づく男がいなくなるわけだからメリットしかない。家格の違いなど、今回に至っては問題視されないだろう。
「私も、悪くはないと思っている」
そうジェンドが言った途端、修羅からおびただしい殺気があふれ出し、ジェンドはにやりと口元を緩ませた。
「若いな、いや、青いと言ったほうがいいか、小僧」
「バルザクト様は、誰にも渡さない――俺のものだ」
片膝を立ていまにも飛びかからんばかりの態勢で、射殺さんばかりに睨み上げてくる修羅に、ジェンドは胸の内がゾクゾクとするのを感じて凶悪に笑った。
「よかろう、我を通すならば、相応の力を見せてもらおうか。来い、存分に戦える場所に移るぞ」
第一騎士団と第二騎士団が訓練に使っている訓練場に、修羅は怒りを持ったまま立っていた。
正面には修羅と同じ訓練用の剣を持ったジェンドが自然体で立っている。
先程までここで訓練していた騎士達はフィールドから出て、成り行きを見守っていた。
「いつでもいいぞ、なんならこちらから行こうか?」
柔らかな声音で、笑みすらのせて言うジェンドに、修羅は低く腰を落とす。
「ぶっ潰す」
怨嗟めいた低い声と共に、修羅が飛び出した。
鋭い剣先がジェンドの胴を薙ぎにいくが、素早く後方に跳んだジェンドにかすりもしない。返す剣で連激を繰り出すが、それもすべてジェンドの剣に捌かれて傷つけることはできない。
「単調だな。彼女は機動力を活かして、もっと私を翻弄したぞ?」
揶揄う口調で言うジェンドに、修羅の眦が上がる。
「あの人とやったのかっ」
「ああ。実に楽しかったよ」
ニヤリと口の端をあげるその横っ面に、剣を手放した修羅の拳が迫るが、紙一重それを避ける。
「動きが鈍いのではないかね? それに、剣を手放してどうする、貴様は騎士だろう」
突き上げるように放たれたジェンドの一撃を躱したと思ったその顎に、強烈な回し蹴りが入った。
弧を描いて吹っ飛ぶ修羅は、消えゆく意識に歯を食いしばり、空中で回復魔法を行使する。着地寸前に体を反転させ、四つん這いになりながらもなんとか姿勢を立て直した。
「お前たちは、実に面白い。そら、忘れ物だ」
ジェンドは足先で跳ね上げた剣を掴み、それを修羅に向けて投げる。
己に肉薄する剣の柄を違えず掴んだ修羅は、口の端から零れた血を手の甲で拭った。
「なかなかえげつないですね、ジェンド団長。おかげさまで、すこし頭が冷えました」
血の混じる唾液を吐き出して苦く笑う修羅に、ジェンドは晴れやかな笑みを浮かべる。
「それはよかった。私も、やっと体が温まってきたところだ、もうすこし楽しませてもらえそうで嬉しいよ」
その後の戦いは、第一騎士団でも指折りの激しい戦いだったと、観戦していた騎士達は言う。ジェンドの本気の戦いを見た若い騎士は慄き、古参の騎士達はかつての内乱で名を上げたジェンドの二つ名を思い出していた。
満身創痍、回復魔法も尽きて地面に仰臥する修羅を、こちらもかなりくたびれた様相のジェンドが見下ろす。
「守りたいのならば、力を手に入れろ。手は貸してやる」
ジェンドの言葉を聞きながら、借りにするのは恐ろしいので、迷宮暴走の情報と相殺してもらう方法を模索した
11
お気に入りに追加
259
あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛されなかった公爵令嬢のやり直し
ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。
母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。
婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。
そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。
どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。
死ぬ寸前のセシリアは思う。
「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。
目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。
セシリアは決意する。
「自分の幸せは自分でつかみ取る!」
幸せになるために奔走するセシリア。
だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる