男装の騎士は異世界転移主人公を翻弄する

こる

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第七章

□女性騎士

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 夢も見ずに眠り続け、目が覚めたのは王宮の一室、天蓋付きのベッドの上、身につけたことのない肌触りのいい寝間着を着ていることに驚く。
 あとでそれは王宮の侍女が着せたものだとわかるが、それにしても他人の手で着替えさせられるというのはいたたまれない。

 ぎしぎしする体に戸惑いながらベッドの端に移動し、体の調子を見ながらゆっくりとベッドを出て室内を歩く。窓に近づいて外を見ると、いまが早朝であることがわかった、そして、ここが間違いなく王宮であることも。

 なにか着替えるものはないかと探せば、ベッドサイドのテーブルに一揃いの騎士服が用意されていた。他には服がないことから、これを着れということなのだろう。
 ならば着るしかあるまいと覚悟を決めて袖を通せば、いままで着ていた騎士服とはすこし雰囲気が違った。胸や腰回りが、豊かになったいまの体型でも不具合がなく、この制服が女性的な形であることに気がついた。
 一層戸惑いを深めながら、この部屋にくすぶっていてもどうしようもないと、寝ていたベッドを整えて身だしなみをもう一度鏡で確認してから、よしと気合いを入れて部屋のドアを開けた。

 ドアの両側に壮年の騎士が立っていたことに驚く。いや、私は性別を偽った罪人なのだから、見張りがついて当然か……それにしては、随分立派な部屋だが。

「バルザクト殿、もう体は大丈夫か?」

「は、はい、十分休ませていただきました」

 それはよかったと顔の皺を深めた騎士にホッとする。

「目覚めたことを報告して参りますので、いま暫く室内で待機願いたい」

「報告、ですか。承知しました」

 罪人に対する対応ではない彼らに戸惑いを感じるものの、彼らを煩わせるわけにもいかぬので、すごすごと部屋に戻った。
 部屋に戻ったものの、落ち着かない。喉の渇きを覚えて置いてあった水差しから、立て続けに二杯水を飲んだ。

 一体誰を呼んでくるのだろう?
 それに、迷宮暴走からどのくらい時間が過ぎたのかすらわからない、数時間であってほしいところだが、雰囲気的に丸一日経っていてもおかしくはない。

 罪人なのだから望むべくもないが……シュラはどうしただろう。
 第一と第十の騎士団長は後ろ盾になってくれているだろうか、私の類が及ばなければよいが。

 室内にあるソファに座る気にはなれず、うろうろと部屋を歩いてしまう。
 懊悩しているうちに、ドアがノックされた――



「よかったわ、目が覚めたのね!」

 ドアが開いた途端、私の顔を見て小走りで近づいた王太子妃殿下に抱きつかれた。小柄な彼女なので、余裕を持って受け止める。

「ヘレイナ、病み上がりの人間に突進するのはよしなさい」

 王太子殿下が彼女を諫めて護衛一人を連れて共に部屋に入ってきた。その護衛は……私の記憶が確かならば、実直で名高い第一騎士団の副団長ではなかっただろうか。

「わたくしったら! ごめんなさいね」

「いえ、大事ありません」

 背筋を伸ばして微笑んだ私を、王太子妃殿下が見たことのあるキラキラした瞳で見上げてくる。

「立ち話もなんだ、まずは座ろう」

 王太子殿下に促され、ソファに移動する。
 ソファにかけられたお二人のうしろに立つ険しい顔の副団長から視線を外し、王太子殿下に勧められて向かいのソファに姿勢を正して座る。

「もう、体は大丈夫なのか?」

 気安い調子で声をかけられ、首肯する。

「はい、問題ありません」

 魔力が十分なせいか、空腹は感じていても体はいつもより調子がいいように思う。

「二日も目を覚まさなかったのですもの、お腹が空いているのではなくて? お食事を用意してありますのよ」

 王太子妃殿下が合図すると、カートを押した侍女がやってきて、テーブルの上に食事を用意していった。

「どうぞ、お召し上がりになって。二日ぶりですから、食べやすいものを用意したのよ。ゆっくりお食べになってね」

 ニコニコとした彼女に戸惑いつつ、それよりも聞き捨てならない言葉に驚く。

「私は、呑気に二日も寝ていたのですね」

「そなたの働きは、第一騎士団長および第十騎士団長から聞き及んでいる。体が睡眠を欲したのだろう、並ならぬ活躍をしたのだから」

 王太子殿下は穏やかにそうおっしゃってくれたが、騎士として許されることではない。

「いえ、騎士としてあるまじき失態――」

 言いかけ、それよりも大事なことに気づき、ソファから降り片膝をついて頭を垂れる。

「スザーレント王太子殿下。私は、自らの性別を偽り騎士を名乗っておりました。そして先日は、王妃殿下、王太子妃殿下の護衛という栄誉を賜りながらも、職務を放棄した罪は重く。如何様にも罰を受ける覚悟はございます。ですが、願わくば、まだ幼い弟は、どうかお見逃しいただきたくっ」

 性別の詐称、職務放棄、それに対してどれ程の罰が与えられるのかはわからない。性別の詐称は父も連座で罪を問われても仕方がない、だがまだ幼い弟までが罰を受けるのはどうにかして避けたい。
 爵位の返上も申し渡されても仕方ないだろうし、覚悟はできている。

「バルザクトよ、顔を上げよ」

 王太子殿下の言葉に、ゆっくりと顔を上げる。

「まずは、職務放棄の件だが。王妃、王太子妃共にそなたの嘆願を聞き入れ、職務を離れることに同意したことを確認してある。よって、それについて沙汰はない」

 ありがたいお言葉に、上げた頭を下げた。

「だが、性別を偽った件に関しては、無罪放免というわけにはいかぬ。とはいえ、そなたのこの度の活躍は誠に目覚ましいものであった。そこを勘案して、ひとつそなたに頼みがある」

「頼み、ですか?」

 顔を上げた私に、王太子殿下は鷹揚に頷いた。

「この度、第一騎士団長の発案により、女性騎士団の設立を考えている。とはいえ、剣を振るうような女性はそうそう居ない。そなたは例外中の例外だな、剣を扱い、並の騎士以上の実力を持つのだから」

「いえっ、私などは、まだまだ若輩者でございますっ」

 過分な言葉に、背中に汗が伝う。

「謙遜は不要だ。それはそなたに目を掛ける私をも貶めるのだぞ」

「そっ、それは……っ」

「あなた、あまりいじめないであげてくださいな」

 王太子殿下の言葉に口ごもってしまった私を庇うように、王太子妃殿下が諫める。

「バルザクト様、あなたは男性と偽り、騎士として十分大変な思いをしてきたのではないですか。もう、偽る必要はないの。どうか私たちの護衛騎士になって? 同性であるあなたに守ってもらえるなら、男性には遠慮していただきたい場所でも安心して護衛していただけるわ。そうそう、取り急ぎで、あなた用の騎士服を作らせたのだけど、寸法は大丈夫そうね、とてもよく似合っているわ」

 王太子妃殿下のお言葉は立て板に水を流す勢いで、戸惑わずにはいられなかったがひとつ重要なことに気がついた。

「私が、王太子妃殿下の、護衛騎士、ですか?」

「ああそうだ。正しくは、王妃と王太子妃の、だがな。そなたの力は素晴らしい、是非この国のために、騎士として尽くしてはくれないか」

 私が、私のまま騎士でいられるのか? いや、話の流れ的には、私が護衛騎士となることを、性別を詐称していた罪を免ずるということではないか。

 だとすれば、私に選択の余地はないだろう。だが……騎士でいられるということは、まだシュラと共にいられるということだ。

 仄かな期待に、胸の奥がさわさわと揺れる。

「スザーレント殿下。ご命令、謹んでお受け致します」

 頭を下げる私に、満足そうな王太子殿下の言葉がかかる。

「君の日頃の行いはボルテスにも聞いているし、ジェンドやカロルからも、先日の迷宮暴走(スタンビード)でも、そなたがいなければ、大惨事を免れなかっただろうと聞いた。これからも、我が国を守る騎士として、よろしく頼む。さて、我々がいては食事ができまい。ともかく、いまは回復に努めよ」


 お忙しい両殿下を見送り、ひとりになった部屋でぐったりとソファに身を預けた。
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