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第六章

□迷宮暴走3

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 十人以上の負傷した騎士を回復させて魔力を与えてきたが、まだまだ魔力には余裕がある、というか魔力が減っている気すらしない。

 魔力の消費が激しい完全回復を使えば、もしかするとあそこに着くまでにこの胸が無くなるかとも思ったのだが、五桁もの魔力ではそうはいかないか。

 シュラに会うのが、すこし怖いな。女の姿をした私を彼はどう思うだろう、驚くのかそれとも――呑気にそんなことを考えていた、罰があたったのだろう。

 大量の水が流れ落ちるおおきな音が近づき、開けたその場所に満身創痍で剣を持つ騎士達はみな、回復する余裕もないのか流れる血もそのままに、狼のような魔獣に剣を振るっている。その中にシュラも混じっていた。利き腕ではない方で剣を持ち、利き腕である右腕はだらりとさげたまま。

 もげ落ちそうなその腕を見た瞬間、身の内が恐怖に震えた。早く、早く魔法で回復しなくてはならない、早く、彼の元へ!

 私も剣を抜き戦うが、気ばかり焦るせいか、それとも純粋に個体の能力が強いのか、行く手を遮る魔獣に討つのに苛立つ。素早い動きのせいで、まともに掛けることができない魔力吸収は早々に諦めた。

 森の中程までの魔獣ならば、冒険者として幾度も一人で倒してきたのに。

 なかなか縮まらない距離に、私の力だけでは駄目なのだと理解する。やっと一頭を倒して、周囲を見回せば、戦いつつも負傷している騎士ばかりであることに気付いた。

 回復が得意な騎士はいないのか、それとも回復に回す魔力も惜しいのか。ならば、私の有り余る魔力で手当たり次第に騎士の負傷を治せば、戦力が増えるわけだ。

 瀕死の状態で大樹の根元にうずくまる騎士に近づき、問答無用で回復魔法と魔力渡しをする。

 色々驚いている騎士を戦線に叩き戻せば、回復させた騎士が他の負傷者を私の元へと促す。

「すまない、回復を頼むっ」

 新たにきた騎士に完全回復の魔法をかけながら、周囲の状況に目を配る。劣勢だったものが、かなり優位になってきた。

 一頭また一頭と、確実に数を減らしている。

 だが、シュラはジェンド団長達と共にあの巨大な魔獣と対峙していて、こちらに気付く様子もない。遠くから声を張り上げたところで、滝の轟音にかき消されてしまう。

 焦れながら騎士を治癒する。
 今、私ができることがこれだと理解しているが、焦る気持ちは止まらない。

 巨大な魔獣に対峙している者以外をあらかた回復し終え、下流で助けた騎士達がやっとここまでたどり着きはじめたとき、嫌に大きな戦闘用大斧をかついで猛然とした勢いで走ってきた血まみれの大男が私の腕を掴んだ。

 咄嗟に完全回復の魔法をかければ、驚いたように見下ろされる。

「上等じゃねぇか」

 ニヤリと笑うと、問答無用で私を肩に担ぎ上げて走り出し、草むらに放り投げるように下ろすと、自分はすぐに巨大な魔獣へと走り出した。

 受け身を取るように転がり、素早く起き上がった私の前には、ぐったりと横たわっているシュラが居た。

 顔は真っ青で、右腕は取れかけて、左太ももが大きく裂けて流血している。

 ああ、こんなに無茶をして。

「馬鹿者が……っ」

 あまりに無残な有様に喉が詰まりそうになりながら、彼の頭をかき抱く。

「バル……ザクト、様? ゆ、め……?」

 目を薄ら開けた彼は、頭部から流れる血が目に入っているらしく、ぼんやりとした視線で私を見上げる。怪我が酷すぎて痛みもあまりないのだろう、苦痛の表情は見えない。

「夢……バルザクト様に、胸が……素敵な胸が! ……ああ、触りたいのに腕が動かないぃぃ」

 しくしくと泣き出した彼に、どっと力が抜けた。いい意味で力が抜けた。

「馬鹿者が……いま治してやるから、泣くな」

 完全回復の魔法をかければ、千切れかけていた腕もつながり、太ももからの出血も止まった。ついでに汚れを浄化の魔法で落としてやる。

「バルザクト様ぁぁぁ、あああ、本物ぉぉ、本物だぁぁ」

 起き上がり、抱きついてくる彼を抱きしめ返す。

「あれ……? え、あれ? バルザクト様? 胸……。ああそうか! だから、バルザクト様ルートはハードモードなのに、友情エンドだったのか! だよな! 主人公とだったら、同性だもんな! 主人公ドノーマルだし、バルザクト様も超真面目だから、友情エンドにしかならないですよね!」

 なにやら興奮して凄く納得している彼を現実に戻すべく、体を離して彼の頭に拳骨を落とす。

「痛っ」
「元気になったところ悪いが、此処は戦場だ、緩むのはまだ早いぞ。シュラ、私から魔力吸収ドレインしろ。できないなら、無理矢理『魔力渡し』をする。どっちがいい」
「え! あっ、魔力吸収しますっ! いただきます!」

 そう言って抱きついてきた彼を突き放すこともできず、抱きしめられたまま、魔力を吸収される。

 目を閉じて眉間に皺を寄せ、一心に魔力を吸収する彼の様子に、安堵が湧いてくる。先程までの、死にかけていた彼はもういない。

 かなりの量の魔力を吸収した彼は、ゆっくりと目を開けて、それから慌てて体を離した。

「どうした、もっといいんだぞ?」
「いえっ、十分もらいましたっ! あの、あっ、あれですね、バルザクト様、魔力の上限もの凄く高いんですねっ、俺、最大値三〇〇ちょっとなんですけど、残り一桁から満タンまで取らせてもらったのに、全然平気そうですし!」

 挙動不審な様子でそんなことを言ってくる彼に、一度躊躇って答える。今更、彼に隠し事はしたくない。

「私の魔力の最大値というやつは、お前の言うところの『底なし』だからな」
「そ、そ、そそうなんですね! さ、さすがバルザクト様、凄いです!」

 手を離しながら言った私に、彼はわざとらしく驚いたり納得したりしている。

「なんなら、あとで見せてやろう、私のステータスを」
「えっ、ステータス?」

 先に立ち上がり、驚いた顔をしている彼を立たせて、まだ戦闘の続いているほうに視線をやる。

「まずは、あちらを片づけよう」
「そう、ですね。バルザクト様は、後方で援護をお願いします! ジェンド団長も限界なので、回復をお願いします!」
「わかった。お前も、怪我をしたらすぐにこい、治してやる」
「はいっ! それで、あの、これが終わったら――ひぇっ! 俺、死亡フラグ立てるところだった! あのっ、あのっ、行ってきます!」

 元気に駆けてゆく彼を見送り、彼と入れ替わりにジェンド団長が、目に入る血に顔を顰めながらやってきた。

「すまない、頼む」
「承知いたしました」

 崩れ落ちるように草むらに座った彼の手に触れ、完全回復の魔法と浄化の魔法を使う。

「魔力の回復はいかが致しますか? 魔力吸収の魔法が使えるならば、それに越したことはありませんが、無理ならば魔力渡しで送り込みますよ」

 第一騎士団は魔法に秀でているので、団長である彼もまた、魔力を使った戦い方を得意としていたはずなのでそう申し出れば、上手くはないが魔力吸収ができるとのことだった。

「申し訳ないが、魔力を分けてもらう」
「どうぞ、いくらでも」
「完全回復もしているんだ、かなり魔力を使っているでしょう。枯渇する前に、教えて下さい」

 魔力の残量を気にする彼に、承知したと伝えると、やっと魔力吸収をはじめる。上手くはないと言っていただけあって吸い上げるのが遅い。

「魔力渡しをしたほうが早そうですが……」
「いや、待ってくれ、あれは、駄目だろう」

 彼に焦って拒絶されたが、魔力吸収の効率の悪さは否めない。

「副作用はありますが、汚れた下着に浄化魔法を掛ければ、特に問題はないのではありませんか?」

 そう申し出た私に、彼は沈痛な面持ちで黙してから、覚悟を決めた顔で魔力吸収を止めた。

「そうだな……いまは、己の矜持を守るより他に――」
「では、送り込みます」

 長くなりそうな口上を遮り、両手で顔を掴んで視線を合わせる。

「ぅ……ぐぅっ」

 食いしばった歯の間から、耐えきれない声が低く漏れ、握り込んだ拳は白くなり小刻みに震えているが、さすが第一騎士団の隊長だ、無様にくずおれることもなく耐えきった。

「浄化魔法を――」
「いい、それは自分でする。アーバイツ、君はもう少し、男心の機微というものを――」

 肩で息をし、こめかみから流れ落ちる汗を拭う彼に苦言を呈される。その向こうから、騎士に担がれた負傷者がやってきた。

「苦情はあとでまとめてお聞きします。負傷者がきておりますので、失礼いたします」
「あ、こら――」

 ジェンド団長から離れて、負傷者を受け取りにいく。そうだ、魔力を先に渡してから回復をかけたらどうなるのだろう。

 意識のない体に魔力を注ぎ込み、それから完全回復の魔法をかけ、浄化の魔法をかける。

「ありがとうございます! このご恩は必ず!」
「不要だ、戦闘へ戻ってくれ」

 私の手を両手で握りしめて感謝をする騎士に、不調は見当たらない。おおきなその手を振り払い、戦場へと叩き返す。

 そうか……こうすれば、不要な浄化をせずにすむのか。ひとつ利口になったな。

 次から次へと送られてくる負傷者に、問答無用で魔力を注ぎ込み、回復して、戦場へ送り出していると、前方で喝采があがった。

「ああ……終わったのか」

 額に浮いた汗を拭う。

 もう夜も更けているが、戦場を照らしていた魔法はまだ継続しており、周囲は明るい。巨大な魔獣はたおれ、取り巻いていた魔獣達も既に骸となっていた。

 騎士達と共に歓喜しているシュラを見つけて安堵し、その場に座り込んでしまう。ああ、本当によかった、これで安心だ、もう心残りもない。

 あとは王妃殿下の元に戻り、罰を受けよう。

 気力を振り絞って、自身に完全回復の魔法をかけ、木に手をついて立ち上がる。体力は回復しても、気力は戻らぬものだな。苦笑して、闇に紛れるように木の間に身を滑らせた。

 私を探すシュラの声が聞こえ、後ろ髪を引かれながら川をくだってゆく。

 ――こんななりで合わせる顔など無い。

 シュラにも、他の騎士達にも。

 川沿いを移動する間に、見つけた負傷した騎士達を回復してゆく、足止めのためにわざと回復魔法のあとに魔力渡しをして時間稼ぎをし、同道する者を作らずに先を急ぐ。

 時々現れる普通の魔獣を倒して歩いて戻り、夜が明けたころに、冒険者達が守る防衛線まで戻ることができた。安堵しつつ、ボロボロになっている冒険者を回復しながら移動していると、やがて森の奥から爆ぜるような音と共に白煙の筋があがり、閃光が三つ光った。


「……終わったか」

 森を抜けたところで見上げた、騎士の任務の完了を示す合図を背にギルドへと急ぐ。混み合う前にたどり着いたそこで、真っ直ぐに受け付けに向かった。

「お疲れさまです。ふだと交換に今回の報酬を――」
「すまない、取り急ぎ札だけ返す。他の手続きは不要だ、失礼する」

 すこしでも休んでしまえば、動けなくなってしまいそうな自分を奮い立たせ、引き留めるギルド職員に札を押しつけて、ギルドを後にした。

 一度基地の寮に戻って着替えようかと考えたが、騎士であることを返上した私が騎士の制服を着るのもおかしいかと思い直し、そのまま王宮へと向かう。

 浄化の魔法で取り繕い、ほどけかけていた髪をきっちりとひとつにまとめ直して、門を守る騎士に取り次ぎを願う。

 出てきたときのように、押し通ることも考えたが、罪に罪を重ねることもあるまいと、堂々と門を通ることにしたのだ。

「バルザクト・アーバイツです。王妃殿下への取り次ぎをお願い致します」

 第二騎士団に所属している証を付けた騎士は、私の名を聞いて表情を険しくさせた。

「第五騎士団に同名の騎士がいることは知っているか」
「私です」

 真っ直ぐ彼を見て答えた私を彼はまじまじと見て、それからもう一人居る騎士を呼び寄せた。

「おま……っ! え、いや、女性?」

 見覚えのあるその騎士は、私を見て混乱しているようだった。

「アーバイツの、妹、か?」
「いえ、本人です」

 やや暫くの問答の末に不承不承ではあるが、王妃殿下へ連絡を入れてもらい、すぐに面会が認められた。
 迎えにきたのは、殿下達の護衛に共についていた壮年の騎士だった。

「アーバイツ、無事に戻ったか!」

 半ば駆け足で近づいてきた騎士は、私の顔を見てその強面に安堵と喜色を浮かべ、私の背を叩いて無事を喜んでくれた。

迷宮暴走スタンピードが決着しましたので、戻って参りました」
「ああ、ここからでも完了の閃光が見えた。よかった、よくやった。それにしても、本当に男ではなかったのだな。随分と様変わりして、見違えたぞ」
「失礼、その、この者は……騎士バルザクト・アーバイツで間違いない、のですか?」

 恐る恐る聞いてきた門を守る騎士に彼は鷹揚に肯定し、私を連れて王妃殿下達の待つ居室へと向かった。


   ◇◆◇


「騎士バルザクト! ああ、無事に戻ったのですね」

 両手を広げて、涙目で歓迎してくださった王太子妃殿下に騎士の礼をしてから王妃殿下の前に進み出て、御前に片膝をつき頭を垂れる。

「お時間をいただき、ありがとうございました。無事、務めを果たすことができました。我が身にうれいはございません、如何様いかようにも罰をお受けいたします――」



 ああ、これですべてが終わる、シュラの憂いも、性別を偽り続けていた罪も。





 ふっと途切れた緊張と共に視界が闇に閉ざされ、私は意識を失った。
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