男装の騎士は異世界転移主人公を翻弄する

こる

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第六章

□迷宮暴走1

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 まだ第二擁壁は起動していないが、いつでも起動できるように騎士が待機しているのを横目に一度ひとけのない宿舎に戻り、冒険者として活動するときに着ている服に着替える。

「これも、シュラからもらったものだな……」

 漆黒の上下は彼がくれたもので、騎士の防具を身につけた時よりも防御力が上がる気がするし、動きやすさもかなり違う。ただ、体型に沿う形の服なので、胸が膨らんだとき誤魔化しがきかないのが難だ。

 膝上までのマントを羽織り、自室の窓から外に出て、森に向かって街中をあるいは塀を走る。

 昨日取ってきたいま体内にある魔力は、森に着くまで持てばいい。

 町の人々は家の中に避難をしていて王都内は閑散としているが、ギルドの周囲は殺気混じりの活気があふれ、装備を整えた冒険者が意気揚々と森へと向かっていた。

 私も冒険者に紛れてギルドに入り込む。

「おや、ファーネ! あんたもいけるのかい」
「はい、いきます。レディ・チータ、現状はどうなっていますか?」

 いつも快活な彼女も、今回ばかりは緊張しているのか真剣な表情で、私やまだ説明を受けていない冒険者を呼び寄せて現状と今回の依頼について教えてくれた。

「騎士団から依頼されているのは、騎士が打ち漏らした魔獣の駆除だよ。あちらさんの邪魔になるから、前線までは出ないように。今回は第十、九騎士団も全員が最前線まで出ているらしい。あちらさんも全力ってことだ、生半可な事態じゃないってわかるね? いいかい、あんたらは騎士じゃないんだ、まず自分の命を守ることを考えて行動するんだ。無理や無茶はするんじゃないよ! 五体満足で、生きて帰ってくるんだ!」
「はいっ」

 私を含め全員が応じて姿勢を正すのを、彼女は満足そうに見渡して、依頼の発行を記した札の裏にそれぞれの名を書き込み渡してゆく。
 札には紐が付けられており首から提げるようになっていた。

「終わったら、これをここに持っておいで、報酬を渡すから。万が一、倒れる者があれば、できるだけ札を回収してちょうだい」
「わかりました、では行って参ります」
「ああ、行っておいで」

 首に札を掛けて、他の冒険者と共にギルドを飛び出す。


   ◇◆◇


 ギルドで依頼を受けたことで、迷宮暴走に関わる立場を得た。基本的に魔獣は冒険者複数名で倒していくものなので即席で集団ができてゆく。私も数名から声を掛けられたが、それを断り森の奥へ向けて走った。

 まだ魔獣とは出会わない。

 いままでの経験から自分がどこに居るのかある程度把握はしているが、どこを目指すべきかを知るために手近な大木を駆け上がる。

 王宮で感じた以降で地面の揺れはなく、大型の魔法は使っていないようだ。目をこらして先を見ると、森の奥全体が陽炎をまとっているかのように揺らいで見えた。

「あれが……迷宮暴走か」

 所々で陽炎が膨れて天に吹き上がり落ちてゆく、そして落ちた先の森から獣の雄叫びがあがった。

 あそこが前線ということだろうか。

 あふれた陽炎から視線を巡らせた先に、青白い靄が見えた。

「一角の魔獣――」

 間違いない、あれはアイツに違いない。

 ドキドキと心臓が鼓動を強くし、興奮が身を包み込む。木をおりるのももどかしく、地を蹴り、あれを目指して走った。
 途中何度か後衛を担当しているのだろう騎士の集団を見かけ、迂回して追い越す。

 奥に近づくと空気が違うのが感じられた。土地からあふれる魔力が肌にまとわりつくのを感じるほど、濃密だ。

魔力吸収ドレイン

 目減りした魔力を大地から吸い上げて補完しようとしたものの、思った以上に吸い取れない。
 やはり魔獣から取るしかないか。
 魔物のいる方向に目処をつけようと足を止めると、丁度よく近くで交戦する声が聞こえた。
 猪ほどのおおきさの魔獣を冒険者が五名で取り囲み、四方から剣や槍で威嚇している。その中に、ギルドで見知った顔を見つけ近づいた。
 手負いの魔獣は冒険者達を警戒して体を揺らしているが、いまは小康状態なのだろうか。

「失礼する。ファーネだが、手を貸してもいいか?」

「あ? ああ、いくらでも貸してくれ! 借りの返済期限は無期限、無利子でな!」
「承知した。弱らせるから、始末は頼む」

 まだまだ余裕がある様子に笑ってから、魔獣に向けて手を翳す。

「魔力吸収」

 魔獣の体から出ている魔力を、手のひらから吸い上げてゆく。魔獣は魔力を吸われていることに気付いていないのか、冒険者達の威嚇に苛立たしげに首を振る程度だった。

 手加減なく魔力を吸い取ると、目に見えて魔獣が弱々しくなる。

「よし、かかれっ!」

 ひとりから声があがり、冒険者達が魔獣に襲いかかるのを見ながらそっと離脱し、再度一角の魔獣を目指して走り出す。

 魔獣と交戦している冒険者が多くなってきた。手こずっているのを見かければ、魔力吸収をして魔獣の能力を削り、負傷者があれば問答無用で治して戦場に戻していく。
 冒険者の防衛線を越えたらしく、騎士の取り逃がした魔獣を狩りながら先へ進む。

 もうそろそろ騎士の守る防衛線に入りそうだ。

 王宮にいるべき私がここにいるのを知られるわけにはいかない。泥を髪に塗り顔を汚して、派手な動きを控え、前に進むことだけに専念する。

 騎士達は三人ひと組で行動している、騎士団で決められている魔獣討伐の基本通りだ。

 だからこそ、ある程度行動も把握できる。

 展開する騎士達のあいだを縫って前に進み、木に登り青白い靄を確認すると、ヤツが一直線にこちらを目指していることに気がついた。

「お前も、私に会いたいのか――」

 肌がざわざわと騒ぐ、鼓動が早くなる。

 息が切れているのに高揚感に足が止まらない。

 森がぽっかりと開けたその場所で、一角の魔獣と私は対峙した。とはいえ、ヤツの魔力が青白い靄となって濃くその身を覆い隠し、姿さえ目視できないが。

「待たせたな、一角の魔獣よ」

 ヤツらしくもない絶えず聞こえる低い唸り声が一際大きく聞こえたかと思うと、ヤツの魔力が更に膨れた。範囲を広げる青白い靄に視界を取られながら、いつでも抜けるように剣に手をかけて魔法を発動する。

「魔力吸収」

 肌に重くまとわりつく靄を吸収すると、勢いよく私の中に魔力が流れ込む。私を中心に青白い靄が渦を巻き、その魔力の流れに空気が揺れる。

「なん……この……渦っ」
「渦の中に誰か居るぞ!」

 一角の魔獣を追ってきたと思しき騎士達が近づく声が聞こえるが、そちらに気を割くことはできない。気を抜けばヤツにやられかねないのだから。

 荒ぶる獰猛な気配がその勢いのままこちらに来ないのが不思議だが、悩む暇はない。このままヤツの魔力を奪い、力を削ぐことができれば私にも勝機はあるはずだ。

「おい、シュラ! どうなってんだ!」

 怒鳴り声がする。――シュラが近くに居るのか。

「そんな……っ! どうして、どうして、ここにっ!」
「魔力吸収の魔法か! おい、魔力吸収をしている者よ! できる限り頼む!」
「魔力が強すぎて、魔法攻撃が通らねぇんだ! すこしでも削ってくれ」

 第一騎士団の団長の声や、聞いたことのない野太い声が勝手なことを言っている。

 言われずともこの手を緩めることなどしない、いや緩めることができないと言ったほうが正しいだろう。いま動けば、ヤツは一息に詰め寄って私を食い殺すだろう、そういう意思を感じる。

 ――私がここに来た理由、ここに来なければならなかった理由、私の使命はお前の魔力を取り込むことに違いない。どんな無理を押しても、ここに来るようにと気がはやったのは、お前に呼ばれたからに違いない、なぁ、一角の魔獣よ。



 ならば、それを果たすのみ。我が全霊をもって、お前の魔力を吸い尽くしてくれよう。
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