男装の騎士は異世界転移主人公を翻弄する

こる

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第六章

□知られていた秘密

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 前に立つ団長達の厳しい視線が王都の外、森のほうへ向いている。それにつられるように視線を巡らせれば、森のある方向が目視できるほどざわめいていた。

 緊急を知らせる狼煙のろしがあがっている。

「第一から第十騎士団は各団長の指示を受け行動せよ」

 王太子殿下の一声に、騎士団長は示し合わせたようにそれに応え、浮き足立つそれぞれの団のもとへゆく。王太子殿下もまた、陣頭指揮を執るために第一騎士団長と共に歩き出した。

 私は他の騎士と共にボルテス団長のもとへ集うと、我々第五騎士団は半分を王都の警備に残し、残りは王都の外にて暴走する魔獣との戦うことを申し渡された。

「貴族組は王都内に残りヒリングス副団長の指示を仰げ、残りは俺に続くようになる。まずは、詰め所で他の団員と合流するぞ」
「はいっ!」

 彼は応えた面々に鷹揚に頷き、最後尾に続こうとした私をボルテス団長が呼び止めた。

「アーバイツ。お前はここに残り、王妃殿下達の守りにつけ」
「は、はい? それは、第一騎士団のお役目では?」

 思わぬ指示に戸惑い、思わずそう問えば、ボルテス団長の顔が面倒臭そうに歪む。

「王妃殿下からの要望だ。いいから行け、お待たせしている」

 彼の視線の先には確かにこちらを窺うお二方がいらした。周囲には護衛の騎士も付いているが、明らかに私を待っている。

「承知致しました。ご武運を祈っております」
「ああ、行ってくる。お前の従騎士は、借りてゆくぞ」

 問答無用の言葉に、シュラが既にこの場を離れていることに気付いた。

 彼が迷宮暴走の戦いに参加するのを納得する気持ちもあるが、なぜシュラを連れていくのだろうという疑問もあるのだ。私を置いて、シュラだけを……? 湧き上がる疑問に蓋をして、お待たせしている殿下達のもとへ駆けつける。

「騎士アーバイツ、ご苦労。王宮に待避する、付いてこい」
「はいっ」

 第一騎士団の熟練の騎士が私を呼び寄せ、先に立って歩き出す。私は戸惑いを隠し、殿下達を間に挟み、最後尾を他の騎士と共に付いていく。

 王宮内を進み、王族の住まう区画にまで入っていく。王妃殿下もいるのだから当然なのだが、果たして私の身分でこのように奥まで入ってもいいのだろうか。

 疑問には思うがこれも職務、迷路のような通路を必死に記憶しながら進んでゆく。

 今も外から警鐘が鳴り響いている。

 だが、時折窓から見える騎士団の動きに乱れはないように感じる。もしかしたら、シュラが第一や第十の騎士団長に働きかけて、対策を講じていたのではないか――ああそうだ、なぜ私は自ら迷宮暴走のために、団長たちを説得したり、色々と行動を起こさなかったのだ? やりようはいくらでもあったのにどうして、動かず、ただ待ったのだ!

 ぞわりと、氷のような罪悪感が臓腑を冷やす。

「騎士アーバイツ、顔色が悪いわ。ソファにお座りになって」

 王太子妃殿下に心配そうに声を掛けられ、既に部屋についていたことを思い出す。

「いえ、大丈夫です。お気遣いいただき、ありがとうございます」

 血の気が引き、顔色が悪いのを自覚しつつ、微笑みを彼女に向けてから背筋を伸ばし気を引き締める。

 室内には、王妃殿下と王太子妃殿下、そして護衛として第一騎士団の熟練の騎士が二名と私、それ以外にも部屋の外にも三名が配されている。

 私などが室内の護衛についていいものか悩むところだが、問答無用で引き入れられた。

 メイドが殿下達にお茶を用意しているのを横目に、窓にさりげなく視線を向ける。

 見晴らしのよいその部屋からは、王都の外に上がる狼煙も、滅多のことでは閉ざされぬ町の大門が閉められていることを示す旗が、王都を囲む第三擁壁のうえに掲げられているのも見えた。

 我が第五騎士団の貴族出の魔力の高い騎士は第二擁壁に陣取り、万が一の場合に第二擁壁を起動できるように準備していることだろう。

「本当にはじまりましたわね」
「ええ、スザーレント殿下は大丈夫でしょうか、とても生き生きとして行かれましたけれど……」
「事前に何度も打ち合わせをなさっていたから大丈夫でしょう、それよりも――」

 殿下達の会話から、殿下達はすでにこの迷宮暴走が起こることを知らされていたのだと知る。

 ということは、間違いなく、シュラが噛んでいるのだろう。

 私だけが腑抜けていたのか。やるべきことをせず、ただ自身のことばかりで……。
 なんて不甲斐ないんだ。
 それに――なぜ私だけ、こんなところに置いていかれた。

 あからさまに、戦いの場から遠ざけられたのをわからない筈がない。シュラはずっと、私のことを心配していたじゃないか、私を死なせたくないと……私が弱いのだと言っていた。

 だからか、だから私を置いていったのか。

 この胸を引き絞られるような痛みは、悔しさなのか、悲しさなのか、怒りなのか。

「騎士バルザクト、近くへいらっしゃい」
「はい」

 不意に王妃殿下に呼ばれ、なんとか落ち着いて返事をして彼女の座るソファの横に膝をついた。優しい香りがする彼女が、更に手招きしたのでギリギリまで近づくと、すこしふっくらした手に革の手袋をした手を取られた。

「王妃殿下?」

 ジッと見つめられ、片方の手で頬を撫でられる。

「あなたの故郷では、成人するまで、子供の性別にかかわらず、男性名を使う風習があるわね?」

 ぎくりと固まりそうになったのを耐えて、なんでもないことのように頷いてみせる。

「はい、そのような風習はありますが、もう随分廃れておりますよ」

 背筋に冷や汗が伝い落ちる。

「アーバイツ子爵家は武家の家系でしたね。バルザクトという名は、闘神の眷属の名だったけと思うのだけれど」
「その通りでございます」

 頭を垂れて顔を伏せた私の背はびっしょりと汗で湿っている。ああ、声は震えなかっただろうか、きっともう……知られているのだろう。

 せめて騎士として凜々しく在りたいと、伏せていた顔をあげる。

 彼女の表情は慈しみ深く、幼き日に失った母の微笑みと重なった。

「騎士バルザクト。女性の身で、よくぞここまで頑張ってまいりましたね」



 ああ、やはりご存じだった。


 静かに顔を伏せ、深く頭を垂れる。

「性別を偽っていたこと、申し開きもございません。いかようにも、処分をお受けいたします」
「覚悟のうえ、なのですね」

 柔らかな声が、顔をあげるように命じる。

「我々も、豊穣の巫女の件がなければ、あなたが女性であることを知ることはありませんでした。あなたは騎士として十分な実力と、弛まぬ努力でもって、その地位を築いたのだと聞いております。男性と肩を並べるのは、並ならぬことでしたでしょう?」

 尋ねられ、どう答えていいかわからず口ごもる。

「よいのです、無理をして答えぬでも。そなたは、今年いっぱいで退団すると聞いていますけれど、領地に戻るのですか?」

 ――柔らかな口調の王妃殿下に促されるまま、今後の自身の身の振り方を伝えてしまった。まだ幼い弟が家督を継ぐ事が決まっているいま、領地に戻りほとぼりが冷めた頃、年齢を鑑みて適当な家に後家として嫁ぐだろうこと。今まで、女と知られずに生きる為にどうしてきたのかということも、包み隠さずに。

「そんな……、体型を偽るために、そんなに食事を制限するなんて……っ」

 王太子妃殿下が、ハンカチを握りしめながら涙を浮かべているのに気付き、慌てて言いつくろう。

「王太子妃殿下、私は魔力が多い方なので、多少食べなくても大丈夫なのです。私も最近聞いたことなのですが、魔力が枯渇すれば生命力を削り、生命力が足りなければ魔力がそれを補うものなので、不足があれば魔力がそれを補って、私を生かしてくれるのです」

 微笑んでそう伝えれば、王太子妃殿下はハラハラと涙をこぼしてハンカチに顔を伏せてしまった。

「そなた……それは、魔力が無ければ、死ぬということではないのですか?」
「そのようなもしもは意味が無いことです。私には魔力があり、死ぬこともなかった、それは紛れもない真実なのです」

 王妃殿下にそう伝えれば、ため息を吐かれた。

「そのようなそなただから、騎士としていられるのでしょうね。魔力があれば、女性でも男性に劣らず戦えると言っていたと聞きましたが、それは?」

 第一騎士団長とした会話を思い出す。

 彼はあの戯れ言を他者に語ったのか。

「魔力の扱いに長けていれば、付与魔法や回復魔法を使い……精鋭にはなれずとも、騎士となることは可能です」
「そうね、そなたがそうして、騎士になったのですものね」

 納得したように頷いた彼女にどう返事をしたものか躊躇ったとき――


 城が揺れた。いや、地が揺れたのか。


 全員の視線が窓の外に向かい、その先に森から立ち上るあれは土煙だろうか。もうあれ程大きな魔法を使ったのか、使わねばならないほど逼迫しているのか。

 息を詰めて見ていると、前線と思しき場所で一斉に魔法の掃射が起きた。閃光があって数秒の間の後、再度床が揺れた。

 森の随分奥まで既に入り込んでいるということは、王宮からではなく、迷宮暴走が確認される前に行動をおこしていたのだろう。

 やはり、今日迷宮暴走が起こることはわかっていたのだ、だのに、なぜ私には知らせない! ざわりと臓腑が熱くなる。

 それが八つ当たりめいた怒りであることは自覚している。彼が私をここに置いて行くことを決めさせた、私の能力の無さこそに怒りを覚えるべきなのに。

 やり場の無い怒りで震える拳を堪え、王妃殿下に今一度向き直った。

「王妃殿下、性別を偽り、騎士となった罰はいかようにお受け致します。いまひとつ罪を重ねることを、お許しください」

 言い切って立ち上がり、騎士の証であるマントを外し、跪いて王妃殿下にお返しする。

「あの戦いの場へいくのですか」
「はい」

 マントを受け取ってくださった王妃殿下は、ゆっくりと一呼吸すると凜々しい表情で微笑んだ。

「わかりました、罰は一時保留といたします、必ず戻ってくるのですよ」

 生きることを約束させる優しさに感謝する。

「はい、必ず」

 微笑みを返し、室内にいる全員に礼をして、窓に向かいながら装備に付与魔法をかけてゆく。

「行って参ります」

 時間を無駄にする室内からではなく、窓を上にスライドさせて開け、外に身を躍らせた。

 ちいさく悲鳴が聞こえたのは、王太子妃殿下のものだろうか。

 壁の僅かな凹凸を蹴って勢いを殺しながら、地面に降り立つ。



 勢いを殺すために深く曲げた膝を伸ばして立ち上がり窓を見上げれば、室内に居た全員がこちらを見下ろしていたので、一礼して身を翻し、足を踏み出した。
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