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第六章
□騎士団でも訓練
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「き、騎士バルザクト……っ、す、すこし休……っ」
「承知しました、手合わせありがとうございました。騎士シュベルツあいてるなら、手合わせしてくれぬか!」
息切れして膝をついてしまった先輩騎士を離れ、元気そうな騎士シュベルツを見つける。
「かまわんが……、お前の従騎士が、恨めしげに見てるぞ」
彼の言葉に従騎士の並ぶ壁際を見れば、騎士の訓練にはまだ参加できぬシュラが、他の従騎士と並び立ちながら恨めしげにこちらを見ていた。
「シュラ、あとで自主訓練で手合わせを頼むから、いまは先輩騎士の訓練を見て、勉強しなさい」
「はいっ!」
切れのいい返事をしてきた彼に頷くと、シュベルツがちゃんと躾けられてるなぁと独語した。
「それにしても休みなしで、どうしたんだ、随分気張っているじゃないか」
付与魔力を効率的に使い、回復をこまめにおこなってダメージを蓄積させないようにしながら翻弄して戦うというやり方で相手の体力を削り、勝ちを得る。
私には体力勝負となる正面切った戦いは無理だ。ならば、どう戦えば勝ちを得られるか、ひたすらそれを突き詰めてゆかねばならぬ。
効率よく魔力を使い、勝ちを得ていくにはどうすればいいのか。
「チカラがな、足りんのだ。余力を残していては、強くなれぬと気付いたんだ。私は、もっと強くならねばならん。だから、悪いが付き合ってくれ」
握りしめた自分の拳は男のものよりはちいさく、それが腹立たしい。
睨み付けた拳から視線をあげてシュベルツを見れば、彼は呆れたように肩を竦めたが腰に佩いた剣を抜いた。
付与魔法と魔力をあまり使わぬ魔法、それから剣を使って私に合った戦いを模索してゆく。一角の魔獣、あれに勝てるだけの力が欲しい、搦め手でもなんでも使おう、騎士の矜持など要らぬ、あれに勝てるならばいくらでも泥臭く戦う。
シュベルツが音を上げれば、目に付いた他の騎士に頼む。
それから三人ほどの騎士と手合わせしたころ、大剣を片手にボルテス団長が笑顔で近づいてきた。
「随分張り切ってるじゃねぇか。俺も混ぜてくれや」
肩で息をしている私に、ボルテス団長は荷が重い。魔力も随分使ってしまい、今夜にでも魔獣から補給してこようと思っていたところだったのだがな。
とはいえ拒否はできぬし、滅多にない機会だ。
「少々お待ちください」
「息を整える時間くらいはくれてやる。ではその間に、準備運動でもしておくか」
近くに居た騎士を数人捕まえて訓練場の中心へ意気揚々と歩いていく団長を見送り、シュラの元へ行く。
「お疲れさまです、バルザクト様」
彼から水をもらって一息つき、コップを返す時に彼の手を逆に取り、彼の手を左手で握ったまま一歩近づく。
「バ、バルザクト、さま?」
「シュラ、すこし……くれないか」
高い位置にある彼の耳元にだけ届くように、軽く背伸びをして囁けば。彼の頬が可愛らしくぱぁっと赤く染まる。
「え、あ、あの、な、なにを――」
「魔力を、すこしもらってもいいか?」
右手の手袋を口を使って外し、するりと彼の頬を撫でて許可が下りるのを待つ。
「いいいいいくらでもどうぞぉぉっ」
ひっくり返った声で太っ腹な許可をくれた彼に思わず笑いながら、素手で彼の手首を握る。
「ふふっ。ありがたくいただくよ、シュラ」
離れていても魔力吸収することはできるけれど、一番効率がいいのはやはり素肌同士だ。一気に抜かぬように注意しながら、握った彼の手首から魔力を吸い上げる。
するすると何の抵抗もなく私の中に入ってくる魔力は、気を抜けばもらいすぎてしまいそうだ。
「まだ、大丈夫か? 具合が悪くなるようなら、早めに教えてくれ」
「だだだだ大丈夫ですっ、まだまだ、全然、余裕綽々です」
「そうか? ならば、もうすこしもらおうか」
まだ大丈夫だという彼に甘えて、手首を握っていた手を彼の筋張った手の甲に這わせる。
私の手に余る大きな手を、甲の側から指を絡めるように握った。
「んん……っ」
「どうした? やはりもうやめて――」
「平気ですっ、大丈夫ですっ、俺の理性は鋼製ですっ」
魔力渡しとは違い、魔力を取るだけならリスクはあっても副作用はないはず。
なんのことを言っているのかわからないが、大丈夫だという彼の言葉を信じて、彼の手の甲に這わせた手から、魔力を吸い上げる。
「お前の手も、随分としっかり男らしくなったな。前は、骨張っていて、すぐ折れそうに細かったのに」
「くっ、訓練の賜物です」
直立不動で固まったまま魔力を差し出してくれる彼の、上擦り掠れる声もなかなかいいものだ。
彼の優しい声の質が好きだということを、再確認する。
「ああ、そうだな。さて、随分補給させてもらった、これなら瞬殺はされまい」
固まったままの彼から離れ、右手に手袋をはめて振り返った瞬間、頭上に衝撃が走った。
「痛っ」
頭を抱えて元凶を探せば、シュベルツが腕を組んで目を三角にしている。
「時と場所を考えていちゃつけっ!」
「なんのことだ、シュベルツ。突然殴るとは、事と次第によっては、許さんぞ」
睨み上げる私に、シュベルツは頬を引き攣らせた。
「き、騎士シュベルツ、バルザクト様のこれは、あの、無意識で、悪意はないのでっ!」
シュラが慌てたように私とシュベルツの間に割って入る。
「もう、本当に、素なんです、素であんなことをしちゃえる人なんです。目の毒だし、凄く期待もしちゃうんですけど、本人に口説いてるとか、そういう意思は、まったく無いので……っ。いまのは、本当に、魔力が足りなくなったから、俺の魔力が欲しかっただけみたいで、本当に、まったく、色気のあるはなしじゃ、これっぽっちもないんで……」
シュラの声がどんどん勢いのないものになってゆき、やがて萎んで消えると、納得したらしいシュベルツが、すっかり下がってしまったシュラの肩を励ますように叩いた。
「わかった、もう言うな」
「すみません、ありがとうございます」
シュラがしょげる理由はわからないが、シュベルツとは理解しあえたらしい。
「シュラ、お前が本気なら、色々教えてやるから、暴走する前に声を掛けろよ」
「ありがとうございますっ! 是非ご教示くださいっ!」
仲良くなるのはいいことだが……そんなに可愛い顔をしなくてもいいのではないか? 満面の笑みなど、久し振りに見た気がする。
ジリッと胸に湧いた苦みに蓋をして、楽しそうな二人から離れ、ボルテス団長の準備運動で死屍累々たる訓練場の中心へと歩を進める。
「すっかり休めたようだな」
「はい。お時間をいただき、ありがとうございました。ボルテス団長もすっかり、体が温まったようですね」
「ぼちぼちな。そういや、合同訓練の最終組は明後日だったか?」
言われて日付を思い出し、頷く。
「そうです。ところで、なんで私まで最終組なんでしょう。実力的に、二番組くらいだと思うのですが」
「ああ、あれなぁ……うえから茶々が入ってよ。ほら、最終組は御前試合だろ?」
御前試合。国王陛下、あるいは王族が観覧されるのか?
「……知りませんでした。どなたが観覧されるか、お聞きしてもいいですか?」
「王妃殿下と王太子ご夫妻だな」
三人も! それも、女性王族までいらっしゃるとは。
「兵士の訓練なんて、女性が見ても楽しいものでもないでしょうに」
肩を回して温めながら、付与魔法を掛けてゆく。
「まぁあれだ。今後の女性王族の警備態勢の変更も視野に入れての視察らしい」
「王族の護衛は第一騎士団の管轄でしょう? それ以外になにかあるんでしょうか」
「さぁ、なぁ? うえの方々の考えはわからん。俺たちは、全力を出して訓練するのみだ」
そう言って、訓練用の刃を潰した剣を軽々と振り抜いたのが、訓練の開始の合図だった。
瞬殺はされなかった。
「お前の筋肉量で、ここまで粘れたのはいいな。逸らす、躱すを主体とするなら、もっと反射神経を鍛えろ、できねぇなら、もっと魔法の精度を上げろ。魔力を補給しながら戦えるとは思うなよ?」
シュラからもらった魔力は、早々に尽きてしまい、奥の手だと割り切ってこっそりボルテス団長から取ろうとしたのだが、撥ね付けられてしまった。
意思の力で拒絶されたのだと思う。
今まではシュラからもらうとか、魔物から吸い上げることばかりで、人間相手に強引に取ることはなかったから、魔力吸収できなかったときの驚きは大きかった。
でも、合同訓練前に気付けてよかった。猛者の集まる最終組で、魔力吸収できないのは確実だ。
魔力吸収を計算に入れた力配分をしていたら、果てしなく情けない事態に陥っていただろう。恥を晒さずに済んで、本当によかった。
となると、どうやって合同訓練を乗り切るかが問題だな。
大きな課題を残して、突発的にはじまったボルテス団長との訓練は終わった。
「承知しました、手合わせありがとうございました。騎士シュベルツあいてるなら、手合わせしてくれぬか!」
息切れして膝をついてしまった先輩騎士を離れ、元気そうな騎士シュベルツを見つける。
「かまわんが……、お前の従騎士が、恨めしげに見てるぞ」
彼の言葉に従騎士の並ぶ壁際を見れば、騎士の訓練にはまだ参加できぬシュラが、他の従騎士と並び立ちながら恨めしげにこちらを見ていた。
「シュラ、あとで自主訓練で手合わせを頼むから、いまは先輩騎士の訓練を見て、勉強しなさい」
「はいっ!」
切れのいい返事をしてきた彼に頷くと、シュベルツがちゃんと躾けられてるなぁと独語した。
「それにしても休みなしで、どうしたんだ、随分気張っているじゃないか」
付与魔力を効率的に使い、回復をこまめにおこなってダメージを蓄積させないようにしながら翻弄して戦うというやり方で相手の体力を削り、勝ちを得る。
私には体力勝負となる正面切った戦いは無理だ。ならば、どう戦えば勝ちを得られるか、ひたすらそれを突き詰めてゆかねばならぬ。
効率よく魔力を使い、勝ちを得ていくにはどうすればいいのか。
「チカラがな、足りんのだ。余力を残していては、強くなれぬと気付いたんだ。私は、もっと強くならねばならん。だから、悪いが付き合ってくれ」
握りしめた自分の拳は男のものよりはちいさく、それが腹立たしい。
睨み付けた拳から視線をあげてシュベルツを見れば、彼は呆れたように肩を竦めたが腰に佩いた剣を抜いた。
付与魔法と魔力をあまり使わぬ魔法、それから剣を使って私に合った戦いを模索してゆく。一角の魔獣、あれに勝てるだけの力が欲しい、搦め手でもなんでも使おう、騎士の矜持など要らぬ、あれに勝てるならばいくらでも泥臭く戦う。
シュベルツが音を上げれば、目に付いた他の騎士に頼む。
それから三人ほどの騎士と手合わせしたころ、大剣を片手にボルテス団長が笑顔で近づいてきた。
「随分張り切ってるじゃねぇか。俺も混ぜてくれや」
肩で息をしている私に、ボルテス団長は荷が重い。魔力も随分使ってしまい、今夜にでも魔獣から補給してこようと思っていたところだったのだがな。
とはいえ拒否はできぬし、滅多にない機会だ。
「少々お待ちください」
「息を整える時間くらいはくれてやる。ではその間に、準備運動でもしておくか」
近くに居た騎士を数人捕まえて訓練場の中心へ意気揚々と歩いていく団長を見送り、シュラの元へ行く。
「お疲れさまです、バルザクト様」
彼から水をもらって一息つき、コップを返す時に彼の手を逆に取り、彼の手を左手で握ったまま一歩近づく。
「バ、バルザクト、さま?」
「シュラ、すこし……くれないか」
高い位置にある彼の耳元にだけ届くように、軽く背伸びをして囁けば。彼の頬が可愛らしくぱぁっと赤く染まる。
「え、あ、あの、な、なにを――」
「魔力を、すこしもらってもいいか?」
右手の手袋を口を使って外し、するりと彼の頬を撫でて許可が下りるのを待つ。
「いいいいいくらでもどうぞぉぉっ」
ひっくり返った声で太っ腹な許可をくれた彼に思わず笑いながら、素手で彼の手首を握る。
「ふふっ。ありがたくいただくよ、シュラ」
離れていても魔力吸収することはできるけれど、一番効率がいいのはやはり素肌同士だ。一気に抜かぬように注意しながら、握った彼の手首から魔力を吸い上げる。
するすると何の抵抗もなく私の中に入ってくる魔力は、気を抜けばもらいすぎてしまいそうだ。
「まだ、大丈夫か? 具合が悪くなるようなら、早めに教えてくれ」
「だだだだ大丈夫ですっ、まだまだ、全然、余裕綽々です」
「そうか? ならば、もうすこしもらおうか」
まだ大丈夫だという彼に甘えて、手首を握っていた手を彼の筋張った手の甲に這わせる。
私の手に余る大きな手を、甲の側から指を絡めるように握った。
「んん……っ」
「どうした? やはりもうやめて――」
「平気ですっ、大丈夫ですっ、俺の理性は鋼製ですっ」
魔力渡しとは違い、魔力を取るだけならリスクはあっても副作用はないはず。
なんのことを言っているのかわからないが、大丈夫だという彼の言葉を信じて、彼の手の甲に這わせた手から、魔力を吸い上げる。
「お前の手も、随分としっかり男らしくなったな。前は、骨張っていて、すぐ折れそうに細かったのに」
「くっ、訓練の賜物です」
直立不動で固まったまま魔力を差し出してくれる彼の、上擦り掠れる声もなかなかいいものだ。
彼の優しい声の質が好きだということを、再確認する。
「ああ、そうだな。さて、随分補給させてもらった、これなら瞬殺はされまい」
固まったままの彼から離れ、右手に手袋をはめて振り返った瞬間、頭上に衝撃が走った。
「痛っ」
頭を抱えて元凶を探せば、シュベルツが腕を組んで目を三角にしている。
「時と場所を考えていちゃつけっ!」
「なんのことだ、シュベルツ。突然殴るとは、事と次第によっては、許さんぞ」
睨み上げる私に、シュベルツは頬を引き攣らせた。
「き、騎士シュベルツ、バルザクト様のこれは、あの、無意識で、悪意はないのでっ!」
シュラが慌てたように私とシュベルツの間に割って入る。
「もう、本当に、素なんです、素であんなことをしちゃえる人なんです。目の毒だし、凄く期待もしちゃうんですけど、本人に口説いてるとか、そういう意思は、まったく無いので……っ。いまのは、本当に、魔力が足りなくなったから、俺の魔力が欲しかっただけみたいで、本当に、まったく、色気のあるはなしじゃ、これっぽっちもないんで……」
シュラの声がどんどん勢いのないものになってゆき、やがて萎んで消えると、納得したらしいシュベルツが、すっかり下がってしまったシュラの肩を励ますように叩いた。
「わかった、もう言うな」
「すみません、ありがとうございます」
シュラがしょげる理由はわからないが、シュベルツとは理解しあえたらしい。
「シュラ、お前が本気なら、色々教えてやるから、暴走する前に声を掛けろよ」
「ありがとうございますっ! 是非ご教示くださいっ!」
仲良くなるのはいいことだが……そんなに可愛い顔をしなくてもいいのではないか? 満面の笑みなど、久し振りに見た気がする。
ジリッと胸に湧いた苦みに蓋をして、楽しそうな二人から離れ、ボルテス団長の準備運動で死屍累々たる訓練場の中心へと歩を進める。
「すっかり休めたようだな」
「はい。お時間をいただき、ありがとうございました。ボルテス団長もすっかり、体が温まったようですね」
「ぼちぼちな。そういや、合同訓練の最終組は明後日だったか?」
言われて日付を思い出し、頷く。
「そうです。ところで、なんで私まで最終組なんでしょう。実力的に、二番組くらいだと思うのですが」
「ああ、あれなぁ……うえから茶々が入ってよ。ほら、最終組は御前試合だろ?」
御前試合。国王陛下、あるいは王族が観覧されるのか?
「……知りませんでした。どなたが観覧されるか、お聞きしてもいいですか?」
「王妃殿下と王太子ご夫妻だな」
三人も! それも、女性王族までいらっしゃるとは。
「兵士の訓練なんて、女性が見ても楽しいものでもないでしょうに」
肩を回して温めながら、付与魔法を掛けてゆく。
「まぁあれだ。今後の女性王族の警備態勢の変更も視野に入れての視察らしい」
「王族の護衛は第一騎士団の管轄でしょう? それ以外になにかあるんでしょうか」
「さぁ、なぁ? うえの方々の考えはわからん。俺たちは、全力を出して訓練するのみだ」
そう言って、訓練用の刃を潰した剣を軽々と振り抜いたのが、訓練の開始の合図だった。
瞬殺はされなかった。
「お前の筋肉量で、ここまで粘れたのはいいな。逸らす、躱すを主体とするなら、もっと反射神経を鍛えろ、できねぇなら、もっと魔法の精度を上げろ。魔力を補給しながら戦えるとは思うなよ?」
シュラからもらった魔力は、早々に尽きてしまい、奥の手だと割り切ってこっそりボルテス団長から取ろうとしたのだが、撥ね付けられてしまった。
意思の力で拒絶されたのだと思う。
今まではシュラからもらうとか、魔物から吸い上げることばかりで、人間相手に強引に取ることはなかったから、魔力吸収できなかったときの驚きは大きかった。
でも、合同訓練前に気付けてよかった。猛者の集まる最終組で、魔力吸収できないのは確実だ。
魔力吸収を計算に入れた力配分をしていたら、果てしなく情けない事態に陥っていただろう。恥を晒さずに済んで、本当によかった。
となると、どうやって合同訓練を乗り切るかが問題だな。
大きな課題を残して、突発的にはじまったボルテス団長との訓練は終わった。
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