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第六章

□休日は冒険者ギルドで実戦訓練2

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 これは、確かに魔獣の数が増えているな。

 迷宮暴走スタンピードの予兆であるといわれても、納得はできる。

 山中を走りながら、出てくる魔獣が多いことに危機感が増す。付与で速度を上げて本気で走った私に追いつける魔獣はそうそういないし、逃げ切れる自信はあるのだが、これらが暴走して王都の方に向かったらと思うと、ぞっとする。

「うわぁぁっ!」

 数匹の魔獣から魔力吸収ドレインを行っていると、遠くから悲鳴が聞こえて進路を変えた。



 採取に来ていたと思しき少年がぐったりと横たわり、その父親が彼を守るように、群がる魔獣に向かって剣を振って威嚇している。

「助太刀いたします」

 顔を見られるとあとが面倒かも知れない、フードを目深に被って駆け寄る。

「へぁっ?」

 小型の魔獣なので、ここで殺してしまうよりは退かせた方がいいだろうと、父親の前に立ち、魔力を練って威嚇を発動させる。

 魔獣たちは、私のうしろで倒れている少年が惜しいのかすこしだけ粘ったものの、一閃、剣を振れば、あっという間に散っていった。

「エルク! エルクしっかりしろっ!」
「と……さん」

 切羽詰まった声に振り向けば、父親が息子にすがりついている。

 噛み傷がたくさんついており、先程の魔獣たちに食われかけていたのだとわかる。

 ああ、さっき多めに魔力を吸っておいてよかった。膨らんだ胸元を押さえる息苦しさを感じるくらいには、吸い過ぎていたから丁度いいともいえる。

 父親が抱きしめて離さない少年の脇に膝をつき、その血まみれの頬に手を添え、回復させるべく魔力を流す。

 大量の魔力が、彼を治すために一気に流れていき、やがて魔力の流れが止まった。

「あれ……? あれ? おれ、生きてる?」
「回復魔法は掛けたが、無理はするな」

 立ち上がれば、苦しかった胸元がわずかに楽になっているのに気付く。完全回復の魔法というのは、馬鹿みたいに魔力を食うのだと実感する。

「あ、ありがとうございます! ありがとうございます! このお礼は――」

 少年にすがりついていた父親が、涙を流して私に感謝してくる。

「礼はいらん。魔獣が活性化している、すぐに戻れ」

 フードを目深に被りなおし、靴に付与魔法をかけて飛び上がって木の上を走る。あの二人について安全な場所まで送ってやればいいかも知れないが、近づいてくる強そうな魔獣の気配にそうもいかなかった。

 目に付く魔獣から魔力吸収で魔力を取り込み、戦闘の準備をしながら近づいてゆく。

 あの一角の魔獣の気配とは違う、あれは魔獣だが澄んだ気配だった。だがいま向かっている相手は、禍々しさが強い。

 首筋にチリチリと静電気が流れるような痛みを感じる。

 だが、不思議と負ける気がしない。

 吸い取った魔力が血のように体を巡るのを感じ、強い充実感に高揚しながら、地を駆け、枝を蹴る。

 フードが外れ、髪がなびいている。

 ああ、思うさま魔力を吸い取ってみたい。どんな心地がするのだろう、そら恐ろしさも感じるけれど、果てしなく興味深い。

 そうだ、騎士団を辞めたら、一度思い切り魔力を蓄えてみよう。お腹いっぱい美味しいご飯を食べるのもしなくてはな。

 その前に、シュラの憂いを晴らさなくてはいけないか。

 迷宮暴走という言葉は恐ろしいが、どれ程のものなのか想像もできない今は、ただ自分を鍛え続けるしかないのがもどかしい。目標が曖昧なのは、やりにくいものだな。

 灰色の毛並みの大型の魔獣が私に気付いて牙を剥く。

「我が礎になってもらおう、灰色の魔獣よ!」

 吠える魔獣に、剣を抜いた。
 私が威圧を発そうと怯まない。むしろ、威圧仕返してくるその強さ。
 ざわざわと鳥肌が立ち、そして武者震いがおきる。戦えと、私の中の私が鼓舞する。
 グローブに魔力を通して握力の底上げをして剣を握り込み、駆ける勢いを殺さぬままで切り込んでゆく。




 灰色の魔獣の牙と爪に苦戦したものの、問題なく勝利を収めた。

 いや、多少障りはあるな、革の胸当てに胸が押し潰されて息苦しい。存外魔力が多い魔獣だったので、魔力を取り込みすぎて十全たる肉体に戻ってしまったのだろう。

 吸い上げた潤沢な魔力を使い自身の負傷を回復させ、討伐証明部位である尾を切り、浄化で剣と我が身の汚れを落として、それでもまだ余りある魔力を使って倒した魔獣を強い炎で焼き尽くす。

 いつもならば地に埋めるのが精々なのだが、魔力が多いとこんなこともできるものなのだなと、魔獣を焼きながら吐息する。

 だが、まだまだ余力がある、肉体が元に戻らない。

 そういえば、最近見ていなかったが、現在どれ程魔力があるのかをステータスで確認できるのだったな。

「確か、最初は七十少しだったな。今は……二二二? ぞろ目か。これを、七十に戻せば体は元に戻るんだろうな。とすると、魔力消費の多い魔法を多用すればいいのか」

 爆裂系の放出魔法は魔力消費が多いが、使いどころが制限されるのだよな。それに地形を変えてしまう場合もあるわけだし迂闊には使えぬか、とすれば効率がいいのは治癒魔法だな。

 怪我の具合によって必要な魔力量が変わるから、不謹慎ではあるが、けが人が居ればいいなと思いながら森を走る。

 見かけた小物の魔物を屠り、なんとか胸当てが苦しくない程度まで魔力を無駄遣いできた。

 すっかり日も落ちてしまい焦りながら森を走っていると、覚えのある恐ろしい気配を前方に感じて思わず舌打ちをする。

 どうやら向こうも私に気付いているようだ。数度進路を変えたが真っ直ぐに私に向かってくる。

 腹を括るか。

 開けた場所を見つけ、周囲に光を弱くした発光玉を配置してから魔力を練る。
 ゆっくりと現れた青白い靄を纏った一角の魔獣は、以前より一回り以上体格を大きくしていた。恐ろしさに肌がヒリつく。

 一角の魔獣は苛立たしげに前足で地面を掻くと、白目のない漆黒をこちらに向け、殊更にゆっくりと近づいてきた。

 今日は周囲に他の魔獣が居ない。あれ程に周囲に魔獣を従えていたのに一体どうしたのだろう、命拾いをしたと頭の片隅で思いながら、私は呼吸をするのも苦しいほどの重圧の中、一角の魔獣から目を離すことができなかった。

 ヤツの青白い靄……魔力であるそれが、意思があるように私に向かって伸びてくる。

「くっ」

 その恐ろしさに対抗するために、必死で魔力を放出して威圧で押し返す。

 魔法という形にせずに純粋に魔力を放出し続ける、それも生半可な魔力量の威圧ではヤツの魔力に消し飛ばされてしまうので、大量の魔力を強引に体の外に押し出す。

 そんな私の必死さとは裏腹に、一角の魔獣は一定以上は近づいてこず、ただ、前に見たよりも濃い青白い靄を私に向けてくるだけだった。

 なにがしたいのだと問いたいが、口を開くことも憚られる空気の中で、必死に頭を働かせる。

 どうすればこの場を生きて逃れることができるのか。

 ムッとするほどの魔力が私を覆い、目前にいる魔獣すら霞んで見える。冷や汗と、激しい心臓の音と、自身の呼吸音がうるさい。

 剣を振るわねばと思う肉体は、押さえつけられたように動かない。

 どれ程の時間、対峙していただろうか。――やがて、一角の魔獣は苛立たしげに前足で地面をひと掻きすると姿を消した。

「は……ぁっ」

 ぜぇはぁとみっともなく喘ぎ、地に膝を付けた私はそのまま地に倒れ仰向けになり、呼吸が整うまで草の間に無防備なまま寝転がっていた。一角の魔獣の魔力の残滓があるからだろう、周囲に獣が寄ることはなく、私は自身の無力さを痛感しながら星空を睨み付けた。

 まだまだ駄目だった。

 二度目の遭遇は、一度目の時よりもよっぽど無様に終わった。あれの心ひとつで、殺されていてもおかしくはなかった。

 私が生きているのはあれの気まぐれでしかないと理解している。

 悔しい、私は何匹もの魔獣を屠り強くなったと思っていたのに、あれのひと睨みで動けなくなる程度でしかなかった。

 まだ周囲に残るあれの魔力のお陰で獣が近寄らずにいるせいで、私はいま安全を確保されているというのも腹立たしい。

 重い体を起こし、無理矢理立ち上がる。

 あれが立ち去って暫く経つのに、いまだ残る魔力の残滓が腹立たしい。力の差を見せつけられているようだ。

「魔力吸収」

 一帯に残る魔力を吸い上げてしまう。本体から吸い上げるのとは違ってさほど量はないが、すっかり魔力が減ったところに魔力が満たされて満足を感じる。

 魔力を吸い取ってしまったことで威圧感がなくなり、集まってくる獣の気配に気付いた。


「長居は無用か」



 まだだるい体を押して、付与魔法を頼りに帰路についた。
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