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第五章
■五月山修羅は交渉する
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□修羅サイド□
ピルケスルートとなる豊穣の巫女イベント。
第一騎士団のルーキーであるピルケスとの好感度が爆上がりするイベントだった。
このイベントに行くには、仮面舞踏会イベントを無難に終わらせ、その時にピルケスとの対面を果たしておく、それからこのイベントでなぜか巫女の影武者となる主人公をピルケスが守り――というような流れだったはずだ。ピルケスを嫌っていた修羅なので、細部はすっかり忘れ去っていたし、このルートへの入り方も、合っているか怪しい。
だが、イベントは起きてしまった。
よりにもよってバルザクトが巫女の護衛となるなどという、イレギュラーなかたちで。
「イレギュラーは今更か……」
日中の訓練をこなした修羅は、あの恐ろしい第一騎士団長と接触すべく、例によって彼を待ち伏せしていた。
「来ると思っていたぞ」
不遜な物言いのジェンドに、意を決して彼の前に姿を現した修羅は、心臓がキュッと縮まるのを感じる。どうにも、最初の怖い印象が拭えない。
「今度はなんのようだ」
愉快そうにも聞こえる声に励まされ、背筋を伸ばして彼の前に立つ。
「明日のパレードの昼休憩中に、魔獣が出現するはずです。魔獣との実戦経験もなく、装備が薄いバルザクト様に累が及ばぬように、ご配慮お願いしますっ! それと、自分が裏でちょっとこそこそするのを、見逃してくださいっ」
思い切り頭を下げた修羅に、腕組みをして背を壁に付けていたジェンドは、思案するように指で腕を叩く。
「ふむ、魔獣か。そういえば、最近は魔獣狩りにも出ていないな。訓練を副団長に任せっきりだったが……あれは真面目だが、融通に欠けるからな」
独りごち、それからニヤリと笑った。温厚さの欠片もない微笑みに、頭を上げた修羅は引き攣る。
「使えそうだ。バルザクトの事は気に掛けておこう、それでお前は何をするつもりだ」
バルザクトを任せられるのか不安になりながらも、質問に答える。
「市街地に魔獣を持ってくるのは、隣国と癒着している貴族です。隣国で開発された、魔獣を使役する方法を、ここで実験するんです」
「魔獣を、使役だと」
眼光が鋭くなるジェンドに、修羅は頷く。
「結果として、魔獣が暴走してしまうことと、使役するのにかかる労力が大きすぎることで、費用対効果が合わずに、実用化されないのですが。実験されるのは、間違いないはずです。自分は、その使役に使われる道具を回収して団長にお渡し致しますのでっ」
「なるほどな、ソレがバルザクトを守る対価か。いいだろう、だが、アレは守られるだけの女ではないぞ」
女? 言い間違えたのか、今は女装しているからわざとにそう言ったのか、判断つきかねつつも、些末な事を確認すれば男の怒りに触れそうで、そっとスルーする。
「それでも、よろしくお願いしますっ」
もう一度深く頭を下げる修羅の見えぬところでジェンドは口元を皮肉げに緩め、彼の願いを了承したことに勇気を得て、もうひとつ願いを口にする。
「それと、騎士団同士で、合同演習はできないものでしょうかっ」
「合同演習だと?」
興味を惹かれたらしいジェンドに説明を促された。
「騎士団同士で戦い、練度を上げる訓練です。以前お伝えしたように、遠くない未来、迷宮暴走が発生します。今のままでは、それぞれの騎士団の結束力も弱く、全体的な能力も低いです。このままなら、王都まで魔獣が進行して、良くて半壊、最悪全壊です」
「今のままなら、全壊か。ふむ」
腕組みをしていた手で、思案するように顎を撫でたジェンドは、目を細めて口の端を上げた。腹黒さを感じさせる彼に、修羅は身震いする。
「よかろう、明日の働きを見て決めてやろう」
そう言い捨てて去るジェンドを、安堵と不安が交じる目で見送った。
ピルケスルートとなる豊穣の巫女イベント。
第一騎士団のルーキーであるピルケスとの好感度が爆上がりするイベントだった。
このイベントに行くには、仮面舞踏会イベントを無難に終わらせ、その時にピルケスとの対面を果たしておく、それからこのイベントでなぜか巫女の影武者となる主人公をピルケスが守り――というような流れだったはずだ。ピルケスを嫌っていた修羅なので、細部はすっかり忘れ去っていたし、このルートへの入り方も、合っているか怪しい。
だが、イベントは起きてしまった。
よりにもよってバルザクトが巫女の護衛となるなどという、イレギュラーなかたちで。
「イレギュラーは今更か……」
日中の訓練をこなした修羅は、あの恐ろしい第一騎士団長と接触すべく、例によって彼を待ち伏せしていた。
「来ると思っていたぞ」
不遜な物言いのジェンドに、意を決して彼の前に姿を現した修羅は、心臓がキュッと縮まるのを感じる。どうにも、最初の怖い印象が拭えない。
「今度はなんのようだ」
愉快そうにも聞こえる声に励まされ、背筋を伸ばして彼の前に立つ。
「明日のパレードの昼休憩中に、魔獣が出現するはずです。魔獣との実戦経験もなく、装備が薄いバルザクト様に累が及ばぬように、ご配慮お願いしますっ! それと、自分が裏でちょっとこそこそするのを、見逃してくださいっ」
思い切り頭を下げた修羅に、腕組みをして背を壁に付けていたジェンドは、思案するように指で腕を叩く。
「ふむ、魔獣か。そういえば、最近は魔獣狩りにも出ていないな。訓練を副団長に任せっきりだったが……あれは真面目だが、融通に欠けるからな」
独りごち、それからニヤリと笑った。温厚さの欠片もない微笑みに、頭を上げた修羅は引き攣る。
「使えそうだ。バルザクトの事は気に掛けておこう、それでお前は何をするつもりだ」
バルザクトを任せられるのか不安になりながらも、質問に答える。
「市街地に魔獣を持ってくるのは、隣国と癒着している貴族です。隣国で開発された、魔獣を使役する方法を、ここで実験するんです」
「魔獣を、使役だと」
眼光が鋭くなるジェンドに、修羅は頷く。
「結果として、魔獣が暴走してしまうことと、使役するのにかかる労力が大きすぎることで、費用対効果が合わずに、実用化されないのですが。実験されるのは、間違いないはずです。自分は、その使役に使われる道具を回収して団長にお渡し致しますのでっ」
「なるほどな、ソレがバルザクトを守る対価か。いいだろう、だが、アレは守られるだけの女ではないぞ」
女? 言い間違えたのか、今は女装しているからわざとにそう言ったのか、判断つきかねつつも、些末な事を確認すれば男の怒りに触れそうで、そっとスルーする。
「それでも、よろしくお願いしますっ」
もう一度深く頭を下げる修羅の見えぬところでジェンドは口元を皮肉げに緩め、彼の願いを了承したことに勇気を得て、もうひとつ願いを口にする。
「それと、騎士団同士で、合同演習はできないものでしょうかっ」
「合同演習だと?」
興味を惹かれたらしいジェンドに説明を促された。
「騎士団同士で戦い、練度を上げる訓練です。以前お伝えしたように、遠くない未来、迷宮暴走が発生します。今のままでは、それぞれの騎士団の結束力も弱く、全体的な能力も低いです。このままなら、王都まで魔獣が進行して、良くて半壊、最悪全壊です」
「今のままなら、全壊か。ふむ」
腕組みをしていた手で、思案するように顎を撫でたジェンドは、目を細めて口の端を上げた。腹黒さを感じさせる彼に、修羅は身震いする。
「よかろう、明日の働きを見て決めてやろう」
そう言い捨てて去るジェンドを、安堵と不安が交じる目で見送った。
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