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第四章
□冒険者ギルド4
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「……っ、はぁっ」
人としての限界を感じる速度で走り、王都の目前で足を止めた。
闇に紛れるように街道から少し外れた木の幹に手をつき、乱れた呼吸を整える。こんなに本気で走るのは久しくなかったからか、なかなか息が整わない。
最後に私を見た、あの一角の魔獣の目がチラチラと脳裏に浮かぶ。知性を宿した、あの目がいけない。
「はっ、はぁっ」
もしや、あの一角の魔獣が追ってはきていないかと、周囲を見渡したがあの靄は見えず安堵して、自分の手を見れば、私から出ていた靄も見えなくなっていた。あれは、あの時の緊張感が見せたものだったのだろうか。
「ごほっ……けほっ」
小さく咳が出て、息苦しさに胸を押さえ――手のひらに感じた柔らかさに、総毛立った。
「な……んで……っ」
思わず握りしめた胸は、僅かに膨らみをもっていた。
『魔力を使い切れば、肉体を削り魔力となる』
シュラの言葉がガラスの破片のように脳裏に閃き、胸がなんなのか理解した。そうか、魔力が十分に足れば肉体に影響を及ぼすのか!
「くそっ」
木の幹に背を付けて、ずるずると座り込んだ。ややしばらく、そうして途方に暮れていたが、ここでこうして座っていてもなにも解決しない。
肉体的には魔力が充実していて軽いが、心情的には重い。
膨らみは僅かで、外見でわかることは無い筈だ。散々走っても、この肉は揺れることもなかったのだし、だからきっと大丈夫だ。
そうだ、放出系の攻撃魔法を使うのはどうだ、あれは魔力を食うからすぐに肉体を損なうことができるだろう、だが、それをするには時と場所を選ばねばならないから、すぐには無理か。
いますぐにできることといえば、食事の量を減らしてなるべく魔力を無駄遣いするくらいか。そうすれば、そうかからずにこの胸についた肉も落ちるに違いない。明日から、魔力吸収をやめよう。
自分に言い聞かせ、何食わぬ顔で王都に入る。
「こんな時間まで、ご苦労さん」
「ええ、お互いに」
フードを被ったままでギルドカードを見せた門番に、片手をあげて足早に門を通り抜ける。
町に入ると、夜更けにもかかわらず浮かれた雰囲気が町を包んでいる。いくら見渡してみても、魔獣から見えた魔力の靄を町の人々に見ることはなく、落胆と安堵に肩の力がぬけた。
あの視界は、やはりあのとき限りのものだったのだろう。そう結論すれば、胸のことは気がかりなものの、常と変わらぬ視界に安堵する。
心に余裕ができて、やっと周囲を見渡す余裕ができた。
「すっかり忘れていたが、明日から神祭だったか」
第五騎士団にも通常勤務に加えて、町の警備強化が入っていたことを思い出す。これでは、祭りの三日間はギルドに行けないじゃないか。
肩を落とした拍子にずり下がった荷物を担ぎ直す。ともかく手にしている荷物、魔獣の角をギルドに置きに行こう。
真っ直ぐにギルドに向かい、いつもよりも賑わっているホールを通り抜けて受け付けに向かった。
「お疲れさまだね、ファーネ」
「ただいま戻りました、レディ・チータ」
ここにくるとホッとする。ファーネと呼んでくれる人がいることが、こんなに嬉しいことだとは思わなかった。
「これはまた、立派な角を取ってきたねぇ」
拡大鏡を片手に持ち、一番おおきな角の切り口の年輪を数えて口笛を吹く。
「これなら二割増しはいけるね。すぐには入金にならないかもしれんが、大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です。交渉お願いします」
ギルドでは、依頼の成果によって、依頼主と交渉して割増料金を確保してくれたりする。もちろん成果が悪ければ、割り増しどころか、割引されてしまうのだが。
ギルドは頑張る冒険者の味方なんだと教えてくれたのは、シュベルツだった。初日から目立った私に苦い顔をしたものの、騎士の訓練の合間にこっそりと教えてくれる。
とはいえ、シュラが近くに居るときはギルドの話はできないので、なかなか機会はないのだが。
依頼の完了を受け付けた書類にサインをして、ギルドの壁に貼ってある依頼書を見ていると、レディ・チータに声を掛けられた。
「神祭の三日間は狩りが禁止だからね。あんたも大人しく祭りを楽しみな」
「そうすることにします」
騎士の仕事も忙しくなるので、素直に頷いたところに、シュベルツが駆け込んできた。
「あっ! いたいた! バッじゃねぇや、ファーネ!」
随分慌てている彼に引きずられるようにギルドを出た、そして人通りの少ない通りを急ぎ足で第五騎士団がある西部基地へと向かった。
人としての限界を感じる速度で走り、王都の目前で足を止めた。
闇に紛れるように街道から少し外れた木の幹に手をつき、乱れた呼吸を整える。こんなに本気で走るのは久しくなかったからか、なかなか息が整わない。
最後に私を見た、あの一角の魔獣の目がチラチラと脳裏に浮かぶ。知性を宿した、あの目がいけない。
「はっ、はぁっ」
もしや、あの一角の魔獣が追ってはきていないかと、周囲を見渡したがあの靄は見えず安堵して、自分の手を見れば、私から出ていた靄も見えなくなっていた。あれは、あの時の緊張感が見せたものだったのだろうか。
「ごほっ……けほっ」
小さく咳が出て、息苦しさに胸を押さえ――手のひらに感じた柔らかさに、総毛立った。
「な……んで……っ」
思わず握りしめた胸は、僅かに膨らみをもっていた。
『魔力を使い切れば、肉体を削り魔力となる』
シュラの言葉がガラスの破片のように脳裏に閃き、胸がなんなのか理解した。そうか、魔力が十分に足れば肉体に影響を及ぼすのか!
「くそっ」
木の幹に背を付けて、ずるずると座り込んだ。ややしばらく、そうして途方に暮れていたが、ここでこうして座っていてもなにも解決しない。
肉体的には魔力が充実していて軽いが、心情的には重い。
膨らみは僅かで、外見でわかることは無い筈だ。散々走っても、この肉は揺れることもなかったのだし、だからきっと大丈夫だ。
そうだ、放出系の攻撃魔法を使うのはどうだ、あれは魔力を食うからすぐに肉体を損なうことができるだろう、だが、それをするには時と場所を選ばねばならないから、すぐには無理か。
いますぐにできることといえば、食事の量を減らしてなるべく魔力を無駄遣いするくらいか。そうすれば、そうかからずにこの胸についた肉も落ちるに違いない。明日から、魔力吸収をやめよう。
自分に言い聞かせ、何食わぬ顔で王都に入る。
「こんな時間まで、ご苦労さん」
「ええ、お互いに」
フードを被ったままでギルドカードを見せた門番に、片手をあげて足早に門を通り抜ける。
町に入ると、夜更けにもかかわらず浮かれた雰囲気が町を包んでいる。いくら見渡してみても、魔獣から見えた魔力の靄を町の人々に見ることはなく、落胆と安堵に肩の力がぬけた。
あの視界は、やはりあのとき限りのものだったのだろう。そう結論すれば、胸のことは気がかりなものの、常と変わらぬ視界に安堵する。
心に余裕ができて、やっと周囲を見渡す余裕ができた。
「すっかり忘れていたが、明日から神祭だったか」
第五騎士団にも通常勤務に加えて、町の警備強化が入っていたことを思い出す。これでは、祭りの三日間はギルドに行けないじゃないか。
肩を落とした拍子にずり下がった荷物を担ぎ直す。ともかく手にしている荷物、魔獣の角をギルドに置きに行こう。
真っ直ぐにギルドに向かい、いつもよりも賑わっているホールを通り抜けて受け付けに向かった。
「お疲れさまだね、ファーネ」
「ただいま戻りました、レディ・チータ」
ここにくるとホッとする。ファーネと呼んでくれる人がいることが、こんなに嬉しいことだとは思わなかった。
「これはまた、立派な角を取ってきたねぇ」
拡大鏡を片手に持ち、一番おおきな角の切り口の年輪を数えて口笛を吹く。
「これなら二割増しはいけるね。すぐには入金にならないかもしれんが、大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です。交渉お願いします」
ギルドでは、依頼の成果によって、依頼主と交渉して割増料金を確保してくれたりする。もちろん成果が悪ければ、割り増しどころか、割引されてしまうのだが。
ギルドは頑張る冒険者の味方なんだと教えてくれたのは、シュベルツだった。初日から目立った私に苦い顔をしたものの、騎士の訓練の合間にこっそりと教えてくれる。
とはいえ、シュラが近くに居るときはギルドの話はできないので、なかなか機会はないのだが。
依頼の完了を受け付けた書類にサインをして、ギルドの壁に貼ってある依頼書を見ていると、レディ・チータに声を掛けられた。
「神祭の三日間は狩りが禁止だからね。あんたも大人しく祭りを楽しみな」
「そうすることにします」
騎士の仕事も忙しくなるので、素直に頷いたところに、シュベルツが駆け込んできた。
「あっ! いたいた! バッじゃねぇや、ファーネ!」
随分慌てている彼に引きずられるようにギルドを出た、そして人通りの少ない通りを急ぎ足で第五騎士団がある西部基地へと向かった。
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