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第四章
□冒険者ギルド3
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無事ギルド登録をすることができた私は、当初の目的を遂行することに血道をあげていた。
魔獣からの『魔力吸収』
人から魔力を奪えるのであれば、同じく魔力を纏った肉体を持つ、魔獣からも取れるのではないかという予測は、当たっていた。
息の根を止めた魔獣は、僅かにしか魔力を吸い上げることができなかった。
瀕死の魔獣は、割と魔力を吸い上げることができた。
危険を顧みず挑戦した元気な魔獣からの魔力吸収では、大量の魔力を得ることができた。残念なことに、相応の反撃を受けて片腕を折ってしまい、吸収した魔力のほとんどを治癒の魔法につぎこむことになってしまったが。
副団長の書類仕事をこなし、時間が空いたときだけ魔物の討伐の仕事を受けて試し、最も効率よく魔力を吸収する方法を模索中だ。
「魔力吸収」
まだ息のある中型の魔獣に手を翳し、その身に流れる魔力を素早く吸い上げる。虫の息で私を見上げていた目が濁り、力なく頭が地に落ちた。その額に生える角に手をかけ、手持ちの鋸で根元から切り落とす。
討伐部位を確保してから、魔獣に手を押し当て魔力を吸い上げれば、魔獣の体は干からびたようになった。魔力で体を維持している者が、魔力を失う状態と同じだ。
近くに魔法で穴を掘り、そこに魔獣を埋める。ここは人里から割合近いので、死骸を放置するのはよくないだろう。それに、干からびた魔獣が見つかってしまえば、無用な騒ぎをおこしかねない。
土を踏み固めて草を掛け、顔をあげればすっかり夜が更けていた。魔力吸収で魔力を摂取しているせいか、最近はすっかり体調がいいが、あまり夜更かしするのもよくないだろう。
先程切り取った角を布袋に入れて、しっかりと口を結んでいたときだった。
不意に、じわりと熱を感じ、そちらに視線をやれば立派な角を持つ一角の魔獣が一頭こちらを静かに見ていた。目が合った瞬間、ブワッと風が吹き付けて私の視界が変化した。
視線の先にいる一角の魔獣の体に、青白い靄が纏いついているのが見えた。いや、いままで気付かなかったが、私から一定距離を置いた周囲の茂みに、同じような靄を纏う獣たちがこちらを見ていた。
ざわざわと首筋がおののく。
いつの間に包囲された? 魔獣が群れで動くなど聞いたことがない。
手にしていた、魔獣の一部が入っている袋をゆっくりと下ろす。
浅くなってしまう呼吸を、意識して深くする。嫌な汗が、頬を伝い首筋を滑る。
全方位を意識しながら、正面に立つ一角の魔獣を見つめ続ける。
どれくらい経っただろうか、緊張が過ぎて彼らの周囲を漂う靄がよりはっきりと見えるようになっていた。視線に映しているのは正面の一角の魔獣だけだが、周囲の獣たちの動きもはっきりと感じることができる。集中が途切れそうになるのを、歯を食いしばって意識を保つ。
気が遠くなりそうな緊張のなかで神経が研ぎ澄まされていき、周囲の葉擦れの音すら聞こえなくなっていた。やがて私は気付いた、彼らが纏っているあの靄が魔力であることに。そして、それは私の体からもでていることを。
なぜ見えるようになったのか、そんなことはわからない。
だが、見えるようになったことで、目の前の一角の魔獣が、他の獣とは格の違う存在であることが理解できてしまった。動悸が激しくなり、呼吸が苦しくなる。
威圧なのか一角の魔獣の魔力が膨れ上がり、青白い靄が私に向かってゆっくりと近づいてくる。
「……っ。ぐ……ぅっ」
肌にまといつく霧が恐ろしいが、それ自体は夏の暑い日に降る小雨のような、息苦しさとじっとりとした重さをもつだけだった。
いや、これが魔力ならば、まだ打つ手はある。無理矢理深呼吸し、集中する。
「魔力吸収」
私を威圧してくる一角の魔獣の魔力を、ゆっくりと吸い込む。まといつく分の霧を吸い尽くし、霧を辿るようにこちらの魔力を伸ばし、魔力を求める。
私の魔力が一角の魔獣に届いたとき、やっと向こうが魔力を吸収されていることに気付いたのか、嫌がるように首を上下させた。
「逃すか……っ」
いまここで、やめるわけにはいかない。魔力を伸ばし、先程よりも大量の魔力を吸い上げようとしたその瞬間、横から飛び出した角なしの獣に体当たりで突き飛ばされた。
くそっ、一角以外の魔獣の存在を忘れていた!
「きゅぃぃぃっ!」
甲高いいななきと共に、周囲の獣たちが一斉に逃げ出した。茂みを大きく揺らし、打ち付けた腹を押さえて地べたに座る私の脇を走り抜けてゆく。
呆気にとられている間に、獣たちはすっかり居なくなり、ただ一匹残っていた一角の魔獣がゆっくりと踵を返して、木々の間に消えていった。
「あいつに……情けをかけられたのか……」
思わず呟いた言葉の馬鹿馬鹿しさに苦笑する。
普通の獣よりも長生きである魔獣だが、人と同じように知能があるなどというのは聞いたことも無い。まれに他の種族の子供を育てる獣もいたとは聞いたことがあるが、それだって、偶然自らの仔と同じ時期に手元に来て、我が仔と間違えて育てただろうと考察されていた。
だから、あいつらの知能や知性について考えてはいけない。
痛む脇腹に、なんとか治癒を施して立ち上がる。あれからどれくらい経ったかわからないが、夜はすっかり深くなっていた。
「早く、帰らねば……」
明日の仕事に障りがでてしまう。
地面に落ちていた角の入った袋を拾い上げ、魔獣たちが消えたのと逆の方へ体を向ける。付与魔法も使って、なにも考えられないくらい全力で走り出した。
魔獣からの『魔力吸収』
人から魔力を奪えるのであれば、同じく魔力を纏った肉体を持つ、魔獣からも取れるのではないかという予測は、当たっていた。
息の根を止めた魔獣は、僅かにしか魔力を吸い上げることができなかった。
瀕死の魔獣は、割と魔力を吸い上げることができた。
危険を顧みず挑戦した元気な魔獣からの魔力吸収では、大量の魔力を得ることができた。残念なことに、相応の反撃を受けて片腕を折ってしまい、吸収した魔力のほとんどを治癒の魔法につぎこむことになってしまったが。
副団長の書類仕事をこなし、時間が空いたときだけ魔物の討伐の仕事を受けて試し、最も効率よく魔力を吸収する方法を模索中だ。
「魔力吸収」
まだ息のある中型の魔獣に手を翳し、その身に流れる魔力を素早く吸い上げる。虫の息で私を見上げていた目が濁り、力なく頭が地に落ちた。その額に生える角に手をかけ、手持ちの鋸で根元から切り落とす。
討伐部位を確保してから、魔獣に手を押し当て魔力を吸い上げれば、魔獣の体は干からびたようになった。魔力で体を維持している者が、魔力を失う状態と同じだ。
近くに魔法で穴を掘り、そこに魔獣を埋める。ここは人里から割合近いので、死骸を放置するのはよくないだろう。それに、干からびた魔獣が見つかってしまえば、無用な騒ぎをおこしかねない。
土を踏み固めて草を掛け、顔をあげればすっかり夜が更けていた。魔力吸収で魔力を摂取しているせいか、最近はすっかり体調がいいが、あまり夜更かしするのもよくないだろう。
先程切り取った角を布袋に入れて、しっかりと口を結んでいたときだった。
不意に、じわりと熱を感じ、そちらに視線をやれば立派な角を持つ一角の魔獣が一頭こちらを静かに見ていた。目が合った瞬間、ブワッと風が吹き付けて私の視界が変化した。
視線の先にいる一角の魔獣の体に、青白い靄が纏いついているのが見えた。いや、いままで気付かなかったが、私から一定距離を置いた周囲の茂みに、同じような靄を纏う獣たちがこちらを見ていた。
ざわざわと首筋がおののく。
いつの間に包囲された? 魔獣が群れで動くなど聞いたことがない。
手にしていた、魔獣の一部が入っている袋をゆっくりと下ろす。
浅くなってしまう呼吸を、意識して深くする。嫌な汗が、頬を伝い首筋を滑る。
全方位を意識しながら、正面に立つ一角の魔獣を見つめ続ける。
どれくらい経っただろうか、緊張が過ぎて彼らの周囲を漂う靄がよりはっきりと見えるようになっていた。視線に映しているのは正面の一角の魔獣だけだが、周囲の獣たちの動きもはっきりと感じることができる。集中が途切れそうになるのを、歯を食いしばって意識を保つ。
気が遠くなりそうな緊張のなかで神経が研ぎ澄まされていき、周囲の葉擦れの音すら聞こえなくなっていた。やがて私は気付いた、彼らが纏っているあの靄が魔力であることに。そして、それは私の体からもでていることを。
なぜ見えるようになったのか、そんなことはわからない。
だが、見えるようになったことで、目の前の一角の魔獣が、他の獣とは格の違う存在であることが理解できてしまった。動悸が激しくなり、呼吸が苦しくなる。
威圧なのか一角の魔獣の魔力が膨れ上がり、青白い靄が私に向かってゆっくりと近づいてくる。
「……っ。ぐ……ぅっ」
肌にまといつく霧が恐ろしいが、それ自体は夏の暑い日に降る小雨のような、息苦しさとじっとりとした重さをもつだけだった。
いや、これが魔力ならば、まだ打つ手はある。無理矢理深呼吸し、集中する。
「魔力吸収」
私を威圧してくる一角の魔獣の魔力を、ゆっくりと吸い込む。まといつく分の霧を吸い尽くし、霧を辿るようにこちらの魔力を伸ばし、魔力を求める。
私の魔力が一角の魔獣に届いたとき、やっと向こうが魔力を吸収されていることに気付いたのか、嫌がるように首を上下させた。
「逃すか……っ」
いまここで、やめるわけにはいかない。魔力を伸ばし、先程よりも大量の魔力を吸い上げようとしたその瞬間、横から飛び出した角なしの獣に体当たりで突き飛ばされた。
くそっ、一角以外の魔獣の存在を忘れていた!
「きゅぃぃぃっ!」
甲高いいななきと共に、周囲の獣たちが一斉に逃げ出した。茂みを大きく揺らし、打ち付けた腹を押さえて地べたに座る私の脇を走り抜けてゆく。
呆気にとられている間に、獣たちはすっかり居なくなり、ただ一匹残っていた一角の魔獣がゆっくりと踵を返して、木々の間に消えていった。
「あいつに……情けをかけられたのか……」
思わず呟いた言葉の馬鹿馬鹿しさに苦笑する。
普通の獣よりも長生きである魔獣だが、人と同じように知能があるなどというのは聞いたことも無い。まれに他の種族の子供を育てる獣もいたとは聞いたことがあるが、それだって、偶然自らの仔と同じ時期に手元に来て、我が仔と間違えて育てただろうと考察されていた。
だから、あいつらの知能や知性について考えてはいけない。
痛む脇腹に、なんとか治癒を施して立ち上がる。あれからどれくらい経ったかわからないが、夜はすっかり深くなっていた。
「早く、帰らねば……」
明日の仕事に障りがでてしまう。
地面に落ちていた角の入った袋を拾い上げ、魔獣たちが消えたのと逆の方へ体を向ける。付与魔法も使って、なにも考えられないくらい全力で走り出した。
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