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第三章

■五月山修羅は第一騎士団長と出会う

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 □修羅サイド□


 童貞野郎の第一騎士団長をどうにかする!

 自分のことは棚に上げてそんなことを考えつつ、修羅は第一騎士団長と接触すべく動いていた。

 大体、なぜモブ顔なのに攻略対象者に入るのだと、制作者に問いたい。第一騎士団の若手のホープであるあいつならわからなくはない。だが、いい年をしているし嫌味はないが取り立てて顔がいいわけでもないのに……微妙に人気があったのが、いまだに納得できない修羅だった。


 そんな思いを抱えていたから、初手からミスしてしまったのかも知れない。


「騎士バルザクトの従騎士だな? それにしては、随分と品の無いことをする」

 誰が温和だと言ったのだろう。
 修羅の首筋に添えられた鋭利なナイフが、薄皮一枚に触れる。それだけで皮膚は切れ、赤い血が刃を濡らす。

「それで? この私を尾行した理由を教えてもらおうか。彼が命じたわけではあるまい」

 建物の影に引きずり込まれ、喉元にナイフを当てられてやっと、自分がジェンドに捕まったことを知った修羅は、ナイフよりも鋭利な声音に自分がやってはいけないことをやってしまったことに気がついた。

 恐ろしさに鳥肌が立ち、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。

「言え。なにが目的だ」

 後ろから襟首を絞められる、言えという割りに声を出すのを許さぬやりようは中々に非道い。

 あまりの実力が違い、その恐ろしさに震える。このままでは、バルザクトまで累が及ぶかも知れないと思い至り、無理矢理呼吸を整え、瞬間的に付与魔法を行使してなんとか不意を突きジェンドの腕から逃れ――土下座した。

「大変っ、申し訳ございませんでしたっ」

「…………ほぉ。私の拘束を振り切るか、面白い。よかろう、話は聞いてやる」

 愉快そうな声音に背を押され、額を地面につけたまま修羅は口を開く。

「包み隠さず申し上げますっ。自分は、バルザクト様のことが心配でっ、どうにかあなたに繋ぎを取り、バルザクト様のお仕事のお手伝いをさせていただきたく、お願いしたいと思い、後を付けておりましたっ」
「バルザクトから、仕事について聞いているのか?」
「内容は教えていただいてませんっ、しかし、外での仕事があるので他の騎士につくようにと言われたので、気になってバルザクト様の後を付けさせていただきましたっ、あとは独自に調べましたっ」

 苦しい言い訳だったかも知れないが、とにかくこれで突き通そうと腹を決めた修羅が言い切った途端、その下げていた頭を踏みつけられた。

「わかりやすい嘘をつくな、クズが」

 地を這うような声と共に殺気がジェンドからあふれ、四肢を地につけたままの修羅は体を硬直させる。額がゴリゴリと地面に押しつけられるが、逃げることができない。

 どうしてこんなことに、という焦燥のような疑問が浮き上がる。第一騎士団長がこんな凶悪な性格だとはゲームにはなかった。これは、ゲームとの差分なのか、それともゲーム内で描ききれなかった部分なのか。

「これが最後だ、包み隠さず申せ」

 それが最後通牒なのだと本能で理解する。この世界に来て、死が近いところにあるせいだろうか、修羅の本能は間違いなく鋭さを増していた。





「それが本当の事であると、どうやって証明する」

 異世界から来たことや、この世界がゲームに酷似していることなど、一切合切を吐き出した修羅は、ステータス画面をジェンドに見せることで、証明して見せた。

「ほぉ、これは面白い。これが貴様の世界の文字か、なにが書かれているのだ」
「はい。ここに、自分の情報が記載されています。体力や魔力の残量だとかは数字で、使える魔法や持ち物など、色々と」
「体力や魔力の残量が数値でわかるのか、それは便利なことだな。わかった、お前の言葉を信じよう、それで、私を尾行していた理由はなんだ」

 長身のジェンドに、ゲーム内でも第一騎士団長に請われて、ヒロインが仮面舞踏会に出るイベントがあることを伝えた。

「人身売買紛いのことが行われていて、女性は媚薬を飲まされて、買われていくという流れで……万が一、バルザクト様にもしものことがあったらと。自分ならば、助けることができるので、どうしてもその会場に潜入したかったんです」

 現実にどこの屋敷で舞踏会が開催されているのかわからないのがネックだった。

「ほぉ? 従騎士のお前が、潜入とな。あそこは中々に、警備が厳重だぞ」

 自分だけが使える、身を隠す特殊な道具があることを伝え、同行することを土下座で頼む。

「足手まといを連れていく訳にはいかん」
「足手まといになるかどうかは、実際に試してから決めてください」

 そこではじめて顔を上げて不適に笑った修羅に、ジェンドは手を差し伸べ引き起こした。

「騎士バルザクトもそうだが、貴様も面白い」


 かくして修羅は、ジェンドとの手合わせでボコボコになったものの、バルザクトに内緒で同行する権利をもぎ取った。







「へぇ、面白いことになってんじゃねぇか、シュラよぉ」

 付与魔法を多用し、魔法に剣にとにかく手段を選ばず戦っても勝てなかったジェンドとの手合わせのことを聞いた第十騎士団長のカロルは、「そんだけ遊べば、今日の訓練はいらねぇだろう」と笑い、修羅を誘って町へと繰り出した。

 カロルとの好感度が上がると発生する酒場イベントだと思い出したのは、大ジョッキよりも大きなジョッキに並々と注がれた酒がテーブルに届いてからだった。

「そうか……あれは小柄な女子が持ったからデカかったんじゃなくて、ガチででかいジョッキだったのか」

 片手で持つには難のあるサイズに顔を引き攣らせる。

「よぉーし、じゃぁ、シュラの前途を祝して!」
「乾杯っ」

 ジョッキを合わせて、一気にあおる。
 正直、ジェンドとの手合わせですっかり体が興奮し、喉が渇いていたから酒がうまい。
 そして必要なのは、この最初の一杯の飲みっぷりだ。これでさらにカロルの好感度があがる。上がらなくても飲むけどね、と、内心で呟きながら二杯目の酒をオーダーする。

「いい飲みっぷりじゃねぇか」
「久し振りなので、うまいです」

 二杯目はじっくりと味わいながら飲もうと、ゆっくりとジョッキを傾ける。

「へぇ、どのくらいぶりなんだ?」
「ざっと――」

 言いかけたところで自分のへまを悟り、そろりとカロルを見れば、カロルはおかしそうに目を細めていた。

「実戦でもそうだが、お前、脇が甘いよなぁ」
「面目次第もありません……」

 しょんぼりする修羅の頭を小突き、頑丈なテーブルに肘をついたカロルはジョッキを傾けながら、けけけと笑う。修羅の秘密を気にした様子もなく酒を飲みつまみをつつく彼に、ホッと息をついて自分もつまみをつつく。

 そして、どこをどうしたのか、バルザクトの話になっていた。

「バルザクト様は素晴らしいんですよー、とても努力家だし、とっても綺麗だし、華奢だし、優しいし、大好きなんですよぉぉっ」
「だけど男だろう、好きな女はいねぇのか? ほら、あそこのねぇちゃんとか」

 カロルの視線を受けて給仕の女性がウィンクを飛ばしてくるのを、修羅はスンとした顔でスルーする。

「バルザクト様のほうが綺麗です」
「根本的に、性別が駄目だろう。もし本気で惚れたんなら、ウチじゃ無理だな。隣の隣の国なら、男同士でも結婚できるらしいが」

 カロルの言葉に、眠たげに半分閉じていた修羅の目が瞬く。

「え? あ、いや、惚れたって、そうじゃなくて……」
「おまえなぁ、女と比べてる時点で、結構きてんじゃねぇのか? よくある話だがよ、お前、バルザクトが女を作ったらどうするよ? あの華奢な体で、ぼんきゅっぼんを抱くんだぞ? まぁ騎士やってるくらいだから、並の男より筋力はあるんだろうが」

 カロルに言われ、酒でぼやけた脳裏に裸のぼんきゅっぼんを抱き寄せるバルザクトを思い描いた修羅は、途端にテーブルに突っ伏した。

「お……俺の、バルザクト様が……穢される……っ」
「ぶっ! はっはっはっは! もう手遅れじゃねぇか。おい、歩けるうちに帰れよ」



 送り届けるなんて面倒だと酒場を放り出された修羅は、悶々とバルザクトのことを考えながら、ふらつく足取りで寮へと歩き出した。
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