男装の騎士は異世界転移主人公を翻弄する

こる

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第三章

□第一騎士団長からの依頼

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「第一騎士団長から、ですか?」

 怪訝な顔をする私に、ボルテス団長は渋い顔で頷く。

「ああ、明日の午後、本部基地に行ってくれ。従騎士は連れずにひとりで来て欲しいそうだ、用件もそこで聞いてくれ」
「承知致しました」

 有無を言わさぬ命令に頷くしかなかった。


   ◇◆◇


「そんな……馬鹿な。仮面舞踏会イベントが起きるなんて……」

 私が第一騎士団長に呼び出されたことをシュラに伝えれば、彼は顔色を変えてブツブツと呟いた。

「仮面舞踏会イベント?」
「はい。本来は男装して従騎士となったヒロインが華奢で女性的……そもそも、女性であることを隠して従騎士をしているので、当然なんですが、そんな関係で、第一騎士団長から依頼されて、女装して潜入捜査を行うイベントです。騎士団員ならば後腐れがないだろうとのことで、小柄なヒロインが舞踏会のパートナーを依頼されるはずなんですが。なぜ、バルザクト様に……」

 戸惑う視線が私に向けられるが、私とて呼び出された理由はまだ聞かされていないので答えようがない。それにしても、ヒロインというのは男装して従騎士をしているのか。

 背中に冷や汗が伝ったが、顔には出さぬように思案する仕草で彼から視線をそらす。

「呼び出されはしたが、舞踏会がらみではないだろう。別件だと考えるのが妥当だと思うが」
「あっ!」

 私の言葉に、彼はハッと目を見開き、それから恥ずかしそうに頭を掻いた。

「そう、ですよね。男性であるバルザクト様に、パートナーを頼むとか、あるわけないですよね。自分、早とちりしてしまいました」



 ――そんな会話をしていたのだがなぁ……。



 第一騎士団がある本部基地。

 同じ騎士だが、市中警備が主である我が第五騎士団とは一線、いや二線も三線も画している。貴族出であり、且つ有能な騎士のみで構成された第一騎士団は、騎士の花形だ。

 王族の警護や要人警護を司り、魔法も体術も一流の精鋭達。

 基本的に第五とは接点が無いその第一の団長が、私を名指しで一体どんな用なのだろうか。

 そういえば窃盗団を捕まえたあの日、第一の団長が現場に居たが、それもなにか関係があるのだろうか。

 指定された待ち合わせ場所である基地の裏口に辿り着くと、従騎士がひとり立っていて、私を見つけると静かに頭を下げてきた。

「バルザクト・アーバイツ様ですね」
「はい。第一騎士団長のお召しにより参上いたしました」

 礼儀正しい青年の後ろについて、第一騎士団がある基地を進む。

 はじめて入る基地内は、西部基地とは雰囲気からして違う。空気自体が洗練されていて、粗野な口調や態度を見せる騎士など見かけないし、どの人物も部外者である私を静かに無視しているのに、動向はすべて見られている、そんな感じがする。

 緊張して、背中が汗で濡れる。

 顔には緊張を出さぬまま歩き、騎士団長の部屋の前にたどり着いた。従騎士の青年は私の様子を確認してから、重厚なドアをノックする。

「バルザクト・アーバイツ様をお連れしました」

 すぐに中から、応えがあり入室する。

 団長室も第五騎士団とは違う、貴族の応接室もかくやという華やかさで、壁の一面を埋める書棚、置かれている花瓶には花が生けられ、応接用のソファやテーブルにはヒビも欠けもない。

「忙しいところすまないな。まずは、ソファに掛けてくれ」

 部屋に通されるとすぐに、第一騎士団の団長である騎士ジェンド・フレグラントが――際立つ容姿はしていないが、人好きのする穏やかな表情で出迎えソファを勧めてくれた。

 騎士団の花形である第一をまとめる方だけあって、第五で且つ目下である私のような者に対しても嫌味なく好意的だ。

「ありがとうございます、失礼します」

 一礼してジェンド団長の向かいに座ると、彼と彼のうしろに控えるように立った従騎士の青年から観察するような視線を向けられた。

 居心地の悪さを感じつつも、背筋を伸ばして正面のジェンド団長を見る。

「そう緊張しないでくれ、実は大変申し訳ない願いがあるのだ」
「どのようなことでしょうか」

 他の団に所属している人間に依頼するのだから、よっぽどの事情があるとは思うのだが。私のような者に白羽の矢が立った理由がわかるはずもなく。

 居住まいを正した私に、ジェンド団長は少し躊躇してから口をひらいた。

「大変申し訳ないことなのだが。とある舞踏会に、私の同伴者として出席してもらいたい」

 一瞬、脳が理解を拒絶したが、事前にシュラがそのような危惧をしていたなと思い出し、ジェンド団長に確認する。

「私が女装をして、舞踏会のパートナーを務めればよろしいのですか?」
「まさにその通りなのだが。折角、君を傷つけないように、柔らかく表現してみたんだがなぁ」

 言い直した私の言葉が不服らしく、人好きのする顔を哀しげに歪めてみせる彼のわざとらしさには乗らず、重ねて確認を口にする。

「お気遣いありがとうございます。ですが、私のようななりでは、団長に恥を掻かせることにはならないでしょうか」

 男である、ということをアピールをした私に、彼は首を横に振った。

「彼よりは、全然いい」

 立てた親指で後方に立つ従騎士を指さす。
 細身ではあるが筋肉質で、男らしい顔立ちの彼には確かに荷が重そうだ。

「それはそうですが」

 私が真顔で同意すると、従騎士の彼は怒っていいのか笑うべきなのか判断しかねたような、変な顔をする。

「舞踏会ではあるが、仮面を付けてのものだ。万が一、君を知る者が来ていても、顔を知られることはないだろう。君の不名誉は決して外に漏らさぬようにしよう、このことを知るのは私と、そして従騎士である彼だけだ」
「それは、ありがたいですが……」

 女装姿を同僚に見られることがないのは、ありがたい。シュベルツなどはきっと、指を指して大笑いするだろうからな。

「潜入捜査ではあるが、君には入退場時のカモフラージュを手伝ってもらうことになる」
「入退場の……。なるほど、承知致しました。パートナーとして入退場に付き合い、会場ではおとなしくしていればいい。ということで、相違ございませんか?」

 簡単なお遣い仕事だ。第五の人間には、分相応だな。

「ああ、屋敷内には、当日までに数名の騎士が潜入する。今回、誰の思惑かはわからんが、私のもとへ、このような招待状が送られてきた」

 テーブルに置かれていたバインダーを開き、その豪奢な招待状を私に手渡してきた。

 開封済みのその封筒を開き、中のカードを拝見する。金の縁取りに、美しい書体で詳細が綴られていた。
 内容に目を通し、日時と場所を記憶してから、ジェンド団長にお返しする。

「挑発なのか、SOSなのか判断はつきかねるが……。売られたケンカは買う主義なんだ。付き合ってくれるな?」
「承知いたしました、ご婦人にケンカの加担を願う訳にもいきませんから。ですが、私の女装があまりに見苦しい場合は、他の手段を考慮願えますか?」
「ああ、もちろんだとも。では、さっそく衣装合わせをしてもらおう」

 大袈裟に両手を開いて請け負ってくれたジェンド団長に安堵して、彼に指示された部屋へと移動した。

 衣装合わせとは……どうあっても、私は拒否できなかったということか。そうだろうな、仮面舞踏会までの日付は短かったから、今から女性を探すのも大変だろう。ジェンド団長は未婚であられたはずだし。

 指定された部屋には仕立屋の紳士が来ており、話は通っているのか、既にできあがっているドレスを数着試着させられた。

「騎士様は、随分と華奢でございますね」

 呆れているのか、感心しているのか、仕立屋の紳士はううむと唸る。
 男が着る物として大きく作られているのだろうか、丈の合うものは全体的にブカブカとだらしなくなってしまう。

「コルセットも用意しておりましたが。これでは、肉襦袢を着ていただかなければなりませんね、さて、どうしたものか」
「はぁ……申し訳ありません」

 私が着ている服を引いて、布のあまり具合を見ていた紳士のため息に、思わず謝罪してしまう。

「全体的に詰めて、腰にも布を巻いて肉を嵩増かさまし致しましょう。胸は既存のもので、膨らみをもたせる商品をご用意しております」

 そう言って取り出された、胸元が膨らんでいる胸下までのシャツを渡され、衝立の向こうで着用させられた。一応男同士とはいえ、配慮してもらえて安堵する。

 衝立で隠れながら胸が膨らんでいるシャツを着て、シャツの前を閉じるリボンを引き締めてから、もう一度ドレスを着た。ちゃんとそれなりに見える胸ができあがった。

「形的には問題ありませんが、もう少々盛ってもよいかも知れませんね」

 衝立から出てきた私の胸元をマジマジと見て言った紳士に、このくらいで勘弁してほしいと頼む。

「そうですか? 残念ですね」

 紳士はあごひげをしごいてめつすがめつ私の胸を見てから、やっと諦めたのか視線をあげた。

「あなた、絶対に男だとばれてはいけませんよ。女性達から袋だたきにされかねません」
「は?」
「一級の女優に張り合う程の細腰をもった男など、女性の怒りを買うに決まっているじゃありませんか」

 きっぱりと言い切る紳士に、そんなことはないだろうと肩をすくめると、女性の妬心を甘く見てはいけないと真顔で断言されてしまった。

「では、もし私が女性だとしたら?」
「まぁそれでも、羨まれるのは避けられませんな」

 どっちにしても駄目ではないかと肩を落とす私に、紳士は楽しげにそれもそうだと頷き、他にも必要な小物の用意をして、一式を私に付けさせた。

「服の余りを詰めれば、見られぬこともありませんな。なにか不具合はありますか」
「動き難いです。肩周りと、足周りに余裕がなくて、どうにかなりませんか」

 未亡人のような喉元を隠すハイネックはいいのだが、身に沿った流れるようなラインのスカートは足にからまり、実に歩きにくい。

「淑女はもっと狭い歩幅で歩くものです。腕も、肩より上にあげることは滅多にありません」

 そう言ってダンスのホールドの姿勢をしてみせる紳士に、なるほどそういうものかと納得する。だが、本当に動きにくいのだ。
 再度頼めば、渋々と修正を受け入れてくれた。

「腰は細くていらっしゃるのに、腕はがっしりしておりますから、しかたありませんね、裾と肩周りに少々手を加えて参りましょう。あとは腕を隠すようにショールも用意して、長手袋も必要ですね」
「はぁ、よろしくお願いします。あ、いえその前に、ジェンド団長に善し悪しを判断いただなくてはいけないのですが」
「善し悪し?」
「男とわかるような女装では、はなしにならないでしょう?」
「男とわかる! いえいえ大丈夫ですよ、私が請け負いましょう、装ったあなたを男だと気付く人間などおりませんよ。先程も言ったように、女性からも羨まれるような美姫になれると、保証致しましょう」


 胸を叩いた紳士に、がっくりと肩を落とした。
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