男装の騎士は異世界転移主人公を翻弄する

こる

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第一章

□部屋に案内

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 私の従騎士となることを手放しで受け入れてくれた彼に、胸が熱くなる。

「……ありがとう。さぁ、立ってくれ、部屋に案内しよう」

 純粋な彼の思いに熱く広がる喜びを押し殺して、彼を部屋へと連れて歩く。

 我々騎士団が常駐している西部基地と呼ばれる建物の裏手にある寮へ向かいながら、内部の説明もしておく。独身者が利用できるこの寮は、南北に延びる横長の建物で、一人一部屋割当たっているが、貴族出の騎士には南側に部屋を与えられ、部屋自体も平民出の者よりも広く作られている。

 騎士に騎士見習いともいえる従騎士が付くのは一般的なので、従騎士用の小さめの部屋も併設されている。体を作るため一日に三度の食事は支給されるし、浴場の他にシャワー室すら設置され、娯楽のためにカードルームまである。

「凄いですね」

 感心する声に、そうだな、と返しておく。
 私の部屋は貴族部屋の一番端に位置し、隣から平民出の騎士の部屋となっている、丁度境界にあるのだ。

「ここが、今日から君と私の部屋だ。君は私の従騎士だから、奥の部屋を使ってくれ」
「個室ですか! てっきり、相部屋だと思ってました」

 興味津々といった様子で中を見て回る彼が満足するのを待ってから、彼の部屋に案内する。
 締め切っていた部屋のカーテンを引いて、窓を開ける。

「悪いな、何年も開けてないから埃っぽい」

 ふわりと舞い上がった埃を手で散らし、一旦部屋の外に出る。

「俺、あ、自分、掃除します」
「いや、大丈夫だ」

 掃除用具を探しに行こうとするシュラを止め、右手を部屋の中に向けて浄化の魔法を行使する。
 手のひらから魔力が魔法となって放たれ、キラキラとした魔力の軌跡が部屋を綺麗にして消えてゆく。

「す……っ、ご! こ、これって魔法っ! 魔法ですかっ! この、この手でっ! エフェクトまで出るなんてっ」

 興奮して詰め寄り、私の手を掴んで目を輝かせる子供のような彼に、苦笑する。

「浄化の魔法はわりと初歩的な魔法だ。君も魔力があるんだろう? なら、覚えることは可能だ」

 多少のセンスは必要だが、浄化の魔法は魔力さえあれば行使は難しくない。

 ベッドに掛けてあった埃避けの布を取り、枕を縦と横に押して形を整えて埃が出ないことを確認する。うん、大丈夫そうだ。

「ステータスオープン、あっ、浄化の魔法が増えてる」

 シュラが虚空を目で辿り、嬉しそうな声をあげた。魔法が増える? 自分が使える魔法も、あの透明な板に書かれているんだろうか。

「そっか、知らない魔法を覚えることもできるのか。いよぉし! 『浄化』っ! ……あれ?」

 右手を前に出して怪訝そうに首を傾げているのを見て、苦笑する。

「いま綺麗にしたばかりだ、重ね掛けしても効果はない場合は、魔法の発動はない。試したいなら、居間の方で使ってみるといい」
「はいっ! 『浄化』っ」

 喜んで居間へ向けて浄化の魔法を使うと、部屋中にキラキラと魔力の残滓が舞う。

 一度見ただけで使えるとは、まるで魔法の天才だ、嫉妬も湧かない程の圧倒的な才能だ。
 違う世界から来たからなのか? 異世界の人間はみんな、こうなんだろうか。

「バルザクト様! できました!」
「ああ、上手にできたな」

 私の内心のわだかまりなど知らないシュラの笑顔に、肩の力が抜け、思わずその頭をぐりぐりと撫でてしまった。
 自分よりも小柄な私に撫でられても、嬉しそうに笑う彼の無邪気さに救われる。

 一通り部屋の設備と、それぞれの部屋は不可侵であることを言い聞かせてから、シュラを連れて食堂へ向かった。

「学校の寮みたいですね、なんか、懐かしいです」

 カウンターに並んだ料理を取りながら、小声で話しかけてくる彼の表情は少々こわばっているが、まぁ仕方ないだろうな、好奇心と警戒混じりの視線がチラチラとこちらに向けられているのだから。

「よぉ、バルザクト」
「騎士シュベルツにベリル」

 濃い茶色の髪を跳ねさせている騎士シュベルツとその従騎士の少年であるベリルの登場に、ホッと気が抜ける。シュベルツは平民出の騎士で、少々ふざけが過ぎるときもあるが、実力と人柄には定評がある好人物だ。

 年下の貴族出である私のことも、よく気に掛けてくれる。だから、このタイミングで近づいてくれたのだろう。
 彼らも手にトレーを持って、一緒にカウンターを進む。

「団長から聞いたぞ、やっと従騎士を取ることにしたんだってな。彼がそうか?」

 心持ち大きめの声で、シュベルツがそう聞いてくれる。

「ああ、シュラという、よろしく頼む。シュラ、彼は騎士シュベルツ、そして、彼の従騎士のベリルだ。シュラ、ベリルはまだ若いが、しっかりとした青年なので、教えを請うといい。ベリル、よろしく頼めるだろうか?」
「もっ、勿論ですっ。バルザクト様の頼みでしたら、なんなりとっ」

 緊張しているのか少し顔を赤くして、それでも私の願いに頷いてくれたベリルに「ありがとう、助かるよ」と笑顔で礼を言う。

「修羅と申します、よろしくお願い致します」
「ああ、よろしくな」
「ベリルです、よろしくお願いします」

 シュラが表情を引き締めて頭を下げると、二人共笑顔で受け入れてくれる。よかった、彼らがシュラを気に入ってくれれば、平民出の騎士にも受け入れて貰える確率が高くなる。

「バルザクト、お前はまたこれだけしか食わないつもりか? 騎士は体力だと言ってるだろうが。小食でももう少し食べる努力をしたらどうだ」

 私のトレーを見たシュベルツが眉をひそめる。

「そうしたいのは山々ですが……」

 食べ過ぎると吐く、ということを繰り返してきたのを彼は知っているので、口頭で注意されるだけで終わる。本当に、お腹一杯食べたいのはやまやまなんだけれど……そうすると、余計なところに肉が付いてしまって、男としてここに居られなくなってしまう。
 だから、辛い思いをして食事を減らしてきたし、無理に食べさせられたときは、無理矢理吐き戻した。

 あと一年だけ頑張って、お役御免になれば、晴れてお腹いっぱいご飯を食べられるのが、今は一番の楽しみだ。

「バルザクトさん、食えないなんて、どこか悪いんですかっ」

 焦った声と共に腕を掴まれる。見あげれば、青ざめたシュラの真剣な顔があった。
 その彼を諫めたのはベリルだった。

「さん、じゃなくて、ちゃんと様を付けて呼ばなくてはいけません。バルザクト様は食事をあまり食べられないだけです。体質的なもので、病気じゃないです」
「あ……そう、なんですね、よかった。ありがとうございます、ベリル様」

 私を掴むシュラの手をやんわりと離させながらされたベリルの説明に、強張っていた表情を緩ませたシュラは、気を取り直したようにベリルにちゃんと礼を言う。よかった、シュラが、自分より若い人間に対しても、ちゃんと序列を重んじる人で。

 ベリルは私よりも小柄で、ついかわいがってしまいたくなる容姿をしているが、内面はしっかりしていて侮られることを嫌うから。内心ドキドキしていたのは内緒だ。

「それにしても、どういった風の吹き回しだ? 今まで頑なに従騎士を付けなかったのに」

 私の隣に座ったシュベルツが、早速本題を切り出してきた。シュラの前で、団長のごり押しで仕方なくとは言えず、意味ありげに笑みを返す。

「私だって、趣旨替えすることもありますよ。……どうした、シュラ?」
「推しの生台詞ありがとうございますっ。いえ、大丈夫です、失礼しましたっ」

 正面に座るシュラに瞬きもせずに見つめられ、居心地悪く彼を見返すと、彼はしきりに恐縮する。

「なんでもないならいいが。ほら冷める前に食べなさい、ここの食事は経費に含まれていて、お代わりも自由だから、足りないようならもう一度もらっておいで」
「はいっ」

 素直に返事をしてスプーンを動かし、一生懸命な様子で食べる彼を少しの間眺めてから、私も自分の食事に取りかかる。

「シュラも、バルザクトに負けず細いなぁ。食えるなら、しっかり食って、こいつを守れるくらいになれよ」
「はいっ。お代わりもらってきます」

 シュベルツに力強く頷き、お代わりを取りに行くシュラに、ベリルも一生懸命スプーンを動かしているのが可愛い。

「ぼくもお代わりしてきますっ」
「いってらっしゃい」

 シュラを追うように席を立つベリルを見送ると、シュベルツが上半身をこちらに近づけてきた。

「それで、どういうことだ? お前、あと一年しか居ないから、絶対に従騎士は付けないって言ってただろう。もしかして、辞めるのを伸ばす気になったのか?」
「伸ばしはしませんよ。今回は、団長命令ですから……一年で、なんとかものになるようにはするつもりですが」

 カウンターに並ぶ従騎士の二人を視界に入れながら、小声でシュベルツに返す。

「辞めるのを延期すればいいじゃないか、まだ二十歳だろう。伸びしろなんかまだまだある」
「残念ですが、自分の限界は自分でよくわかっておりますよ。ここが私の辞め時なんです」

 自分が女であることを隠せるのも、もうそろそろ無理だとわかっている。弟の件がなかったとしても、やはり私は辞めるべきだろう。

「そんなことはねぇよ。お前は自己評価が低すぎる」

 苦い口調でぼやき、憂さを晴らすように乱暴にパンをかじる彼に、買いかぶりすぎですよと呟いてから、視線を落としてスープをすすった。

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