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第二章

■五月山修羅の特訓

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 □修羅サイド□


 稽古を付けることを引き受けてくれた第十騎士団長であるカロルは、バルザクトなど目ではないほどのサドいトレーニングを課してくる。

「お前なぁ、こんなんで、騎士を目指すとか、ねぇぞ? 平民出は貴族出の三倍は鍛えなきゃならねぇんだからな。あいつらは、そもそもガキの頃から師匠を付けて剣の訓練をしてるがよぉ、俺ら平民はそんなお遊びしてる暇なんてなかっただろ? ああ、そうな、お前、記憶喪失だっけか」

 走る修羅の背に乗りニヤニヤと笑うカロルに、修羅は残り一周のノルマを必死に走る……いやカロルを背負って必死で歩く。

 付与魔法で底上げしても、身長二メートルを超す大男を背に乗せての走り込みはキツい、それもこれはまだ準備運動だ。

 第十騎士団の基地がある、王都を囲う壁の間際にあるそこで稽古を付けられる。

 周囲には第十騎士団と第九騎士団に所属する騎士……第五騎士団とはかなり毛色の違う、大柄な騎士達が自主訓練に精を出している。

 第五騎士団の貴族出の騎士の従騎士であることで、奇異の目で見られていた修羅だったが。カロルの直々に訓練されていることで、面と向かって文句を言う者は居なかった。

 この基地に所属する騎士、従騎士合わせても、修羅ほど貧弱な容姿の者はおらず。すぐに音を上げて訓練に来なくなると思われていたが。こっそりと、影で賭けが行われていたが。

 周囲の予想は外れ、日参してくる修羅に、周囲も感化されて時間外の訓練に励む者が増えていた。

「よぉ修羅、あとで手合わせしようや!」
「ありがとうございます!」

 気さくに声を掛けてくる騎士に、修羅も快く応じる。

 第五騎士団よりもずっと、居心地がいい。認めたくはないが、それが事実だった。

 カロルを慕い彼に従う騎士達は団結力があり、そして気安い。全員が平民出であり、この国を……民を守るという志ををしっかりと持った者達だからだ。



「そういや、お前が仕えている騎士って、誰だ?」

 休憩の合間に聞かれ、バルザクトだと答えた修羅に、聞いてきた騎士が少し考えてから思い出したように頷いた。

「ああ、彼か。――まだ、続いてたんだな」

 ぼそりとこぼされた言葉に、修羅はすこしムッとする。
 それに気付いたのか、彼は肩を竦め、言い訳するように手を振った。

「あんな細っこいんだぞ? すぐに辞めると思うだろう」
「そりゃ、細いですけれど。バルザクト様は、強い人ですよ」

 はっきりとそう言った修羅に、彼は意地の悪い顔をする。

「とはいえ、第五だぞ? それも、貴族出だ。箔を付けるだけの騎士団だろう」

 その話は修羅も既に聞いていた。

 数年騎士団に在籍することが、貴族の子弟として箔を付けるのだと。そのためにあるのが、平民の騎士も混じる第五騎士団であるのだと。

「バルザクト様は、そんな人じゃない。誰よりも訓練して、誰よりも騎士らしくあろうとしてる人です」
「ふーん。まぁ、自分の仕える騎士を、悪く言うヤツはいねぇわな」

 納得していない騎士にギリギリと歯がみしていると、騎士の頭が大きな拳骨で小突かれた。

「いてっ!」
「騎士バルザクトあっての第五だっての、知らねぇのかよ、オーバン」
「団長ぉ、力強すぎです」

 顔を顰めて抗議するオーバンに、他の騎士との手合わせを終えたばかりのカロルは、汗を拭いながら修羅の隣に腰を下ろす。

「で、騎士バルザクトあっての第五って、どういうことです?」
「ここ数年、第五が随分まともに仕事をしてるのは知らねぇのか。今までは、予算食らいの第五だったのが、アイツのお陰で平民出の騎士にも物資が渡るようになったし、目に余る不正も無くなった。あれで野心があれば、他の団に引き抜かれるんだろうがな。本人に第五を離れる気はまるで無いらしい」
「へぇ、引き抜きがかかる程なんですか」
「ボルテスのヤツが睨みを利かせてるから、あそこを動くことはねぇだろうがな」

 はじめて聞く話に真剣に聞き耳を立てていた修羅に、カロルはニヤリと笑いかける。

「お前が仕える人間は、一筋縄ではいかねぇ男だぞ」


 カロルの言葉に、修羅は真剣な顔で頷いた。
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