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第二章
□足りないもの
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翌朝私は、顔を腫らしたシュラに驚くことになる。
「どうしたんだ、一体!」
治癒の魔法を使おうと手を伸ばした私から、彼はひらりと身を躱す。その表情は昨日よりもよっぽど明るかった。
「大丈夫、自分でできますから。これは、気合いを入れるために、カロル団長に喝を入れてもらったものだったので。自戒のために朝まで残しましたが、仕事だからちゃんと治します」
喋るのも痛そうにそう説明してから、自分の手を頬にあてて魔法を使った。私は伸ばしていた手を下ろし、呆然とする。
「カロル団長って……第十騎士団長じゃないか。一体どこで」
「それは、すみません。どこで会ったのかは秘密です」
そう言って照れくさそうに笑う彼に、胸が鈍く痛んだ。そうか……私では昨日の彼の悩みを聞き出すことすらできなかったのに、昨日出会ったばかりのカロル団長は、こうして彼が笑えるほどに憂いを取り除くことができたのか。
だが、彼の頬があれだけ腫れるくらい殴るのはいただけない、まさか第五騎士団所属だからと甚振られたわけではなかろうな。いや、面識はないが人徳のある人物だと聞くし、なにより平民の最精鋭部隊であるあの第十騎士団をまとめる傑物なのだから。
彼ならば、私よりもずっとシュラを鍛えるに値する人物ではないのか。指導力もあり懐も深い、そんな人物のほうが、シュラの才能を伸ばせるに違いない……。
ああ駄目だ、考えが上手くまとまらない。そのうえ、あり得ない、くだらない考えまで出てくる始末だ。
深く息を吐き出して気持ちを切り替えていると、朝食をとるために部屋を出て行こうとしていた彼が振り向く。
「バルザクト様? 行きましょう」
エスコートするようにドアを開けて私を待つ彼の笑顔に、私は胸の奥にくすぶるわだかまりに蓋をして足を踏み出した。
「どうしたんだ、一体!」
治癒の魔法を使おうと手を伸ばした私から、彼はひらりと身を躱す。その表情は昨日よりもよっぽど明るかった。
「大丈夫、自分でできますから。これは、気合いを入れるために、カロル団長に喝を入れてもらったものだったので。自戒のために朝まで残しましたが、仕事だからちゃんと治します」
喋るのも痛そうにそう説明してから、自分の手を頬にあてて魔法を使った。私は伸ばしていた手を下ろし、呆然とする。
「カロル団長って……第十騎士団長じゃないか。一体どこで」
「それは、すみません。どこで会ったのかは秘密です」
そう言って照れくさそうに笑う彼に、胸が鈍く痛んだ。そうか……私では昨日の彼の悩みを聞き出すことすらできなかったのに、昨日出会ったばかりのカロル団長は、こうして彼が笑えるほどに憂いを取り除くことができたのか。
だが、彼の頬があれだけ腫れるくらい殴るのはいただけない、まさか第五騎士団所属だからと甚振られたわけではなかろうな。いや、面識はないが人徳のある人物だと聞くし、なにより平民の最精鋭部隊であるあの第十騎士団をまとめる傑物なのだから。
彼ならば、私よりもずっとシュラを鍛えるに値する人物ではないのか。指導力もあり懐も深い、そんな人物のほうが、シュラの才能を伸ばせるに違いない……。
ああ駄目だ、考えが上手くまとまらない。そのうえ、あり得ない、くだらない考えまで出てくる始末だ。
深く息を吐き出して気持ちを切り替えていると、朝食をとるために部屋を出て行こうとしていた彼が振り向く。
「バルザクト様? 行きましょう」
エスコートするようにドアを開けて私を待つ彼の笑顔に、私は胸の奥にくすぶるわだかまりに蓋をして足を踏み出した。
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