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第二章
■五月山修羅と第十騎士団長
しおりを挟む □修羅サイド□
バルザクトが内側から破壊された壁から屋敷に飛び込んだとき、修羅は足が動かずその背を見送るだけだった。
「シュラはここで、引き続き見張りをしていてくれ」
その言葉に従ったわけではなかった、建物へと走れぬ足に、その場に留まるしかなかったのだ。
建物の中には魔法で負傷したと思しき男達が、血まみれで転がっていた。腕がもげている者がいて、足が変な方向に曲がっている者もいる、修羅の目には地獄絵図に見えた。
おびただしい量の血を見てこみ上げる吐き気を堪え、バルザクトに命じられた事を果たすという名目で凄惨な現場に背を向けて、一般人が近づかないように見張りをおこなう。
周囲には修羅だけではなく、他の従騎士や突入組以外の騎士達もシュラと同じように、周囲の警戒及び逃走者がいればそれを捕まえている。
何人かの騎士は、バルザクトが向かったように建物へ走っていたが、従騎士は残っていた。
だが、『主人公』である修羅は、本来あのタイミングで中に向かわねばならなかった、バルザクトより先んじて。
そして、治癒を使って、騎士達から一目置かれるようになる……第五騎士団内の好感度を上げる、そんなイベントだったのだ。大きな意味のあるイベントではなかったが、修羅は打ちのめされていた。自身の弱さを、流血に弱い自分に向き合わなければならないことを理解した。
自主練という名目で逃げるように部屋を出て、基地の周囲を黙々と走る。走れば気が紛れることを、この世界に来てから知った。
何周目かわからぬほど走り、だらだらと汗を流して訓練場の端に辿り着いた。
「強くなる……強くならなくちゃ、いけない。もっと……っ」
それ以外にはないのだと理解していた、あとは腹をくくるだけだと。
「若いねぇ」
揶揄うような声を掛けられ、修羅がぜぇはぁと喘いでいた顔を上げると、第五騎士団の団長であるボルテスよりも屈強な大男が腕を組み、愉快そうに修羅を見ている。こんなに大きく存在感があるのに、声を掛けられるまでそこにいることに気付かなかった。
「え、あ、第十騎士団のカロル団長……?」
平民出の騎士の最高峰である第十騎士団をまとめる、ひとつ頭抜けた傑物。ゲームで見たイラストよりも雄々しく、そこにいる。存在感が、生命力が圧倒的で、そこにいるだけで気圧された。
「へぇ? オレのことを知っているのかい。第五に入った、記憶喪失の従騎士の兄ちゃん」
月夜の下で、ギラリと目が光った気がした。修羅の背筋に冷や汗が流れ、体が動かない。
生物としての格の違い、そんなもので縫い止められていた。そして、ミスをした修羅はもう狩人の前から逃れられない。
ゆっくり近づいてくるカロルに恐れを感じる、だが頭の一部がこれはチャンスだと囁いている。修羅は我知らず、ゲームのストーリーを踏んでいた。それは、第十騎士団長であるカロルのルートではあったが。
「面白い付与魔法を使うってぇのはお前だろ? 聞いたぜ」
ニヤリと笑う男に見下ろされ、グッと腹に力を入れて頷く。
「カロル団長、自分に稽古をつけてください」
「ああん? オレを第十の団長と知った上で、稽古をつけてほしいだ? てめぇ、いい根性してるじゃねぇか」
恫喝するような低い声をカロルが吐き出した。明らかに機嫌を損ねたその声だが、修羅は顔を上げて視線をしっかりと合わせている。その顔に怯えは見えなかった。
「勿論、ただでとは言いません。相応の見返りを約束します」
「ほぉ? このオレの稽古に見合う見返りだと? 金貨を積まれても、オレは動かねぇぞ?」
口の端を捲り上げ、獰猛な笑みを浮かべるカロルに、修羅は頷いた。
「オレは、あなたの力に負けぬ武器を用意することができます。それが報酬では、どうですか」
力に負けぬ武器、全力で振るっても折れぬ武器、それはカロルが喉から手が出るほど求めているものであった。勿論、修羅は彼がそれを求めていることを理解した上で、交渉の材料にしている。
「――それが、偽りでなければ貴様を鍛えよう。血反吐を吐く覚悟はあるんだな、なまっちろい体だが、生半可なシゴキはしねぇぞ」
「覚悟の上です。俺は弱いから、強くならなきゃならないんです。もっと、もっと強く……様を守れるくらい」
胸の前で握りしめた拳を見ながら吐き出した修羅を、カロルは目を細めて見つめる。
「守る力が欲しいのか。いいんじゃねぇか、なんせ俺たちは守ってなんぼの騎士だ。取りあえず、鍛えるに値するか、ちょっと手合わせしてみようじゃねぇか。弱音を吐いたらそこで切り捨てるぞ」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
付与魔法を使っても勝てぬカロルにボコボコにされ、それでも逃げなかった修羅は、彼に気に入られることに成功した。
バルザクトが内側から破壊された壁から屋敷に飛び込んだとき、修羅は足が動かずその背を見送るだけだった。
「シュラはここで、引き続き見張りをしていてくれ」
その言葉に従ったわけではなかった、建物へと走れぬ足に、その場に留まるしかなかったのだ。
建物の中には魔法で負傷したと思しき男達が、血まみれで転がっていた。腕がもげている者がいて、足が変な方向に曲がっている者もいる、修羅の目には地獄絵図に見えた。
おびただしい量の血を見てこみ上げる吐き気を堪え、バルザクトに命じられた事を果たすという名目で凄惨な現場に背を向けて、一般人が近づかないように見張りをおこなう。
周囲には修羅だけではなく、他の従騎士や突入組以外の騎士達もシュラと同じように、周囲の警戒及び逃走者がいればそれを捕まえている。
何人かの騎士は、バルザクトが向かったように建物へ走っていたが、従騎士は残っていた。
だが、『主人公』である修羅は、本来あのタイミングで中に向かわねばならなかった、バルザクトより先んじて。
そして、治癒を使って、騎士達から一目置かれるようになる……第五騎士団内の好感度を上げる、そんなイベントだったのだ。大きな意味のあるイベントではなかったが、修羅は打ちのめされていた。自身の弱さを、流血に弱い自分に向き合わなければならないことを理解した。
自主練という名目で逃げるように部屋を出て、基地の周囲を黙々と走る。走れば気が紛れることを、この世界に来てから知った。
何周目かわからぬほど走り、だらだらと汗を流して訓練場の端に辿り着いた。
「強くなる……強くならなくちゃ、いけない。もっと……っ」
それ以外にはないのだと理解していた、あとは腹をくくるだけだと。
「若いねぇ」
揶揄うような声を掛けられ、修羅がぜぇはぁと喘いでいた顔を上げると、第五騎士団の団長であるボルテスよりも屈強な大男が腕を組み、愉快そうに修羅を見ている。こんなに大きく存在感があるのに、声を掛けられるまでそこにいることに気付かなかった。
「え、あ、第十騎士団のカロル団長……?」
平民出の騎士の最高峰である第十騎士団をまとめる、ひとつ頭抜けた傑物。ゲームで見たイラストよりも雄々しく、そこにいる。存在感が、生命力が圧倒的で、そこにいるだけで気圧された。
「へぇ? オレのことを知っているのかい。第五に入った、記憶喪失の従騎士の兄ちゃん」
月夜の下で、ギラリと目が光った気がした。修羅の背筋に冷や汗が流れ、体が動かない。
生物としての格の違い、そんなもので縫い止められていた。そして、ミスをした修羅はもう狩人の前から逃れられない。
ゆっくり近づいてくるカロルに恐れを感じる、だが頭の一部がこれはチャンスだと囁いている。修羅は我知らず、ゲームのストーリーを踏んでいた。それは、第十騎士団長であるカロルのルートではあったが。
「面白い付与魔法を使うってぇのはお前だろ? 聞いたぜ」
ニヤリと笑う男に見下ろされ、グッと腹に力を入れて頷く。
「カロル団長、自分に稽古をつけてください」
「ああん? オレを第十の団長と知った上で、稽古をつけてほしいだ? てめぇ、いい根性してるじゃねぇか」
恫喝するような低い声をカロルが吐き出した。明らかに機嫌を損ねたその声だが、修羅は顔を上げて視線をしっかりと合わせている。その顔に怯えは見えなかった。
「勿論、ただでとは言いません。相応の見返りを約束します」
「ほぉ? このオレの稽古に見合う見返りだと? 金貨を積まれても、オレは動かねぇぞ?」
口の端を捲り上げ、獰猛な笑みを浮かべるカロルに、修羅は頷いた。
「オレは、あなたの力に負けぬ武器を用意することができます。それが報酬では、どうですか」
力に負けぬ武器、全力で振るっても折れぬ武器、それはカロルが喉から手が出るほど求めているものであった。勿論、修羅は彼がそれを求めていることを理解した上で、交渉の材料にしている。
「――それが、偽りでなければ貴様を鍛えよう。血反吐を吐く覚悟はあるんだな、なまっちろい体だが、生半可なシゴキはしねぇぞ」
「覚悟の上です。俺は弱いから、強くならなきゃならないんです。もっと、もっと強く……様を守れるくらい」
胸の前で握りしめた拳を見ながら吐き出した修羅を、カロルは目を細めて見つめる。
「守る力が欲しいのか。いいんじゃねぇか、なんせ俺たちは守ってなんぼの騎士だ。取りあえず、鍛えるに値するか、ちょっと手合わせしてみようじゃねぇか。弱音を吐いたらそこで切り捨てるぞ」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
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