男装の騎士は異世界転移主人公を翻弄する

こる

文字の大きさ
上 下
26 / 86
第二章

■五月山修羅と第十騎士団長

しおりを挟む
 □修羅サイド□


 バルザクトが内側から破壊された壁から屋敷に飛び込んだとき、修羅は足が動かずその背を見送るだけだった。

「シュラはここで、引き続き見張りをしていてくれ」

 その言葉に従ったわけではなかった、建物へと走れぬ足に、その場に留まるしかなかったのだ。

 建物の中には魔法で負傷したと思しき男達が、血まみれで転がっていた。腕がもげている者がいて、足が変な方向に曲がっている者もいる、修羅の目には地獄絵図に見えた。

 おびただしい量の血を見てこみ上げる吐き気を堪え、バルザクトに命じられた事を果たすという名目で凄惨な現場に背を向けて、一般人が近づかないように見張りをおこなう。

 周囲には修羅だけではなく、他の従騎士や突入組以外の騎士達もシュラと同じように、周囲の警戒及び逃走者がいればそれを捕まえている。

 何人かの騎士は、バルザクトが向かったように建物へ走っていたが、従騎士は残っていた。

 だが、『主人公』である修羅は、本来あのタイミングで中に向かわねばならなかった、バルザクトより先んじて。

 そして、治癒を使って、騎士達から一目置かれるようになる……第五騎士団内の好感度を上げる、そんなイベントだったのだ。大きな意味のあるイベントではなかったが、修羅は打ちのめされていた。自身の弱さを、流血に弱い自分に向き合わなければならないことを理解した。



 自主練という名目で逃げるように部屋を出て、基地の周囲を黙々と走る。走れば気が紛れることを、この世界に来てから知った。

 何周目かわからぬほど走り、だらだらと汗を流して訓練場の端に辿り着いた。

「強くなる……強くならなくちゃ、いけない。もっと……っ」

 それ以外にはないのだと理解していた、あとは腹をくくるだけだと。

「若いねぇ」

 揶揄うような声を掛けられ、修羅がぜぇはぁと喘いでいた顔を上げると、第五騎士団の団長であるボルテスよりも屈強な大男が腕を組み、愉快そうに修羅を見ている。こんなに大きく存在感があるのに、声を掛けられるまでそこにいることに気付かなかった。

「え、あ、第十騎士団のカロル団長……?」

 平民出の騎士の最高峰である第十騎士団をまとめる、ひとつ頭抜けた傑物。ゲームで見たイラストよりも雄々しく、そこにいる。存在感が、生命力が圧倒的で、そこにいるだけで気圧けおされた。

「へぇ? オレのことを知っているのかい。第五に入った、記憶喪失の従騎士の兄ちゃん」

 月夜の下で、ギラリと目が光った気がした。修羅の背筋に冷や汗が流れ、体が動かない。

 生物としての格の違い、そんなもので縫い止められていた。そして、ミスをした修羅はもう狩人の前から逃れられない。
 ゆっくり近づいてくるカロルに恐れを感じる、だが頭の一部がこれはチャンスだと囁いている。修羅は我知らず、ゲームのストーリーを踏んでいた。それは、第十騎士団長であるカロルのルートではあったが。

「面白い付与魔法を使うってぇのはお前だろ? 聞いたぜ」

 ニヤリと笑う男に見下ろされ、グッと腹に力を入れて頷く。

「カロル団長、自分に稽古をつけてください」
「ああん? オレを第十の団長と知った上で、稽古をつけてほしいだ? てめぇ、いい根性してるじゃねぇか」

 恫喝するような低い声をカロルが吐き出した。明らかに機嫌を損ねたその声だが、修羅は顔を上げて視線をしっかりと合わせている。その顔に怯えは見えなかった。

「勿論、ただでとは言いません。相応の見返りを約束します」
「ほぉ? このオレの稽古に見合う見返りだと? 金貨を積まれても、オレは動かねぇぞ?」

 口の端を捲り上げ、獰猛な笑みを浮かべるカロルに、修羅は頷いた。

「オレは、あなたの力に負けぬ武器を用意することができます。それが報酬では、どうですか」

 力に負けぬ武器、全力で振るっても折れぬ武器、それはカロルが喉から手が出るほど求めているものであった。勿論、修羅は彼がそれを求めていることを理解した上で、交渉の材料にしている。

「――それが、偽りでなければ貴様を鍛えよう。血反吐を吐く覚悟はあるんだな、なまっちろい体だが、生半可なシゴキはしねぇぞ」
「覚悟の上です。俺は弱いから、強くならなきゃならないんです。もっと、もっと強く……様を守れるくらい」

 胸の前で握りしめた拳を見ながら吐き出した修羅を、カロルは目を細めて見つめる。

「守る力が欲しいのか。いいんじゃねぇか、なんせ俺たちは守ってなんぼの騎士だ。取りあえず、鍛えるに値するか、ちょっと手合わせしてみようじゃねぇか。弱音を吐いたらそこで切り捨てるぞ」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」



 付与魔法を使っても勝てぬカロルにボコボコにされ、それでも逃げなかった修羅は、彼に気に入られることに成功した。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。

たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。 その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。 スティーブはアルク国に留学してしまった。 セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。 本人は全く気がついていないが騎士団員の間では 『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。 そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。 お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。 本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。 そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度…… 始めの数話は幼い頃の出会い。 そして結婚1年間の話。 再会と続きます。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します

佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚 不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。 私はきっとまた、二十歳を越えられないーー  一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。  二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。  三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――? *ムーンライトノベルズにも掲載

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...