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第二章
□窃盗団3
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平民街から貴族街にかけてあらわれていた窃盗団だったため、おなじ基地内にある第六騎士団と共闘することになった。
貴族街の下見の為に放たれた騎士服の男達を捕まえたいま、今日を逃せば窃盗団を取り逃してしまうだろうことは明白だ。捕らえた男達から聞き出した奴らの隠れ家と行動計画を元に、王都に三カ所つくられた窃盗団の隠れ家を、一斉に押さえる作戦が立てられる。
捕まえた男達から聞き出した中でも最も重要であろう郊外の古びた館を、第五騎士団と第六騎士団の合同チームで取り囲んだ、突入するのは第五と、第六の中でも精鋭の騎士達であり、後衛は取り逃がしがないように周囲を守り近隣の住民に被害が出ぬように配慮し、万一負傷する者があれば速やかに救助に向かう。
私は同じく後衛にまわったシュベルツと共に、それぞれ従者を連れて持ち場につく。
館といってもそう大きなものではなく、もう何年も空き家になっている一軒家だ。
「シュラ、大丈夫か?」
木の陰に身を隠す私の、斜めうしろに控えている彼の顔色は悪く呼吸も浅いが、視線はしっかりしたもので、ちいさく顎を引いて頷いた。大丈夫だろうか、基地に残してきた方がよかっただろうか、いや、今日が彼の試練の日だ、ここを乗り越えることができねば……。
いや、大丈夫だ。短期間で随分体も鍛えたし、いざとなれば魔法も使えるのだ、最悪の場合後方に逃がせばいい、私ほどではないが付与魔法も上手く使えるのだから、逃げ足に心配はない。
それよりも、男達の証言が正しければ、捕らえる敵の数は二桁になる。これは久しくなかった大捕物だ、気を引き締めねば。
周囲の気配に気を配り、一般人が近づかぬように注意する。
突入組は、我が第五騎士団の貴族出の騎士ばかりで構成されているのが、少々心配ではある。実力でいえば、平民出の騎士も含めるべきなのだが……貴族出の騎士達のごり押しに、ボルテス団長が問答する時間を惜しんで了承したのだ。
周囲は、第五の中でも一歩劣る者やまだ若い者が取り囲んでいるし、第六騎士団の精鋭達も居るのだから大丈夫なはずだ。……悪い癖さえでなければ。
駄目だ、心配だ。
「シュラ、前にで――」
前に出ないようにと伝えるまえに、突入の合図があがった。
鬨の声をあげて騎士達が突入していくのを見送り、我々も木の陰から出る。
建物の内部から怒声があがり、戦闘音が聞こえるまえに、窓を割って出てきた男達を周囲を囲んでいた騎士が捕らえてゆく。もちろん素直に捕まるわけもなく、そこここで戦闘が発生するが、窓から一度に出られる人数など知れているわけで、多数の騎士に囲まれてすぐに捕縛される。
窃盗団の捕縛よりも、周囲の住人が来ないように、対応に回っていた私は内心安堵していたが、すぐに危惧していた事態が勃発した。
「どけ! こいつらは我々の獲物だ! 平民出は下がっていろ!」
「共闘だろうが!」
窃盗団の男の処遇を巡って、第六騎士団とウチの貴族出の騎士が争っている。獲物を寄越せだの、横取りするなだのと……。
その間に窃盗団の男が二人を振り切って逃げ出した。
素早くブーツに付与魔法をかけ、思いのほか素早く逃げる男に追いつき、逃げる男の首に腕を引っかけて引き倒す。
走る勢いのお陰で、簡単に倒れた男に素早く縄を掛ける。
「よくやった、騎士バルザクト!」
悠々と歩いてきた貴族出の騎士を見あげ、男に繋がる縄を渡す。当然のようにその縄を受け取った彼は、そのまま男を引きずるようにして引き立てていった。
「くそっ! いいとこ取りしやがって」
悪態を吐く第六騎士団のまだ若い騎士をちらりと見れば、険悪な視線に貫かれた。
「ひょろひょろの坊ちゃんだろうが、騎士になれるってぇのはいいよな。さすが貴族様だ」
悪意のこもった言葉に僅かに胸が痛んだが、私がこの体格で騎士になれたのは確かに貴族であることも大きな一因なので否定はしまい。
だが、貴族でなければ……平民だったのなら、私は剣を持つことなくただの娘として生きることができただろうな。
思わず零れそうになったため息を飲み込み、若い騎士から視線を外す。
「おいっ、なんとか言ったらどうなんだ! 平民なんか、話す価値もないってのか」
「それ以上バルザクト様を侮辱しないでください」
顔色の悪いままのシュラが、私と若い騎士の間に立った。
「な、なんだよ。一人前に従騎士までいるのかよ」
騎士になり三年経てば従騎士を持つことを許されるのだから、なんらおかしくはないのだが。きっと彼は、私のことを新人の騎士だと思っていたのだろう。すでに入団して五年が経っているのだが、顔に貫禄がないのでいつも新人だと思われてしまう。
従騎士であるシュラを前に、私が先輩騎士であることに気付いた彼は、気まずそうに持ち場に戻っていった。
本来なら注意をしなければならないが……。任務の最中であることを理由に、私は彼の背を無言で見送った。
「なんなんですか、あれ。あんな態度、許され――」
悔しそうに言葉を吐き出すシュラの唇を人差し指で押さえて止める。
「言葉を胸にしまえ。思うところがあろうとも、簡単に口にしてはいけない。我々騎士は、民の憧れでなければならぬのだから」
彼の黒い瞳を見つめながら言い聞かせれば、不承不承頷いてくれた。
その時――館から爆音が響いた。
考えたくはないが、第五騎士団の誰かが場にそぐわぬ魔法を打ち出したわけではないだろうな。いや、まさか……突入組に攻撃魔法ができる者が居た記憶はないから、大丈夫なはずだ。
大丈夫だと思うのに、嫌な汗に背を濡らしながら振り向いた先の館には、明らかに攻撃魔法を使ったと思しき破壊跡が。
「いや、さすがに、まさか、こんな町中では、あり得ない」
血が下がりふらついた私の肩を、シュラが両手で支えてくれた。
「大丈夫、ですか?」
「大丈夫だ。シュラはここで、引き続き見張りをしていてくれ、私は、行ってくる」
持ち場を離れる呵責はあるが、それどころではない事態に、不安と共に駆けだしていた。
そして破壊された壁の向こうに見えたのは、仲間に肩を借り、げっそりと頬を痩けさせつつも得意げな顔をしている若い騎士と、吹き飛ばされた窃盗団と思しき男達が無残な姿で地に這って呻く姿だった。
男爵家の三男で、いつも第五などさっさと出て上の団に行くのだと息巻いていた新人の騎士だ。今回もごり押しで、突入組になっていた。
自身の魔力の容量を超えるほどの魔法を行使したのが、一気に痩せたその体つきでわかる。
手柄を立てたいといっても、作戦を無視するなど懲戒ものだとなぜわからないのか。そのうえ、魔力切れで戦闘不能になるなど言語道断だ。
騎士達のうしろに、討ち漏らした窃盗団の男達がバラバラと現れたのを視認した私は、ブーツに付与魔法を掛けて走りだしていた。
倒れている男達を跳躍して避け、驚いている騎士二人の脇をすり抜けて剣を抜く。
切れ味の付与はせずに、服とグローブに付与魔法をして剣を繰り出し、窃盗団の男達を辛うじて殺さず戦闘不能にしてゆく。
すぐに他の騎士達も助っ人に入ってきたので彼らにその場を渡し、新人騎士を抱えていた突入組の騎士から彼を受け取る。
「こちらで預かります」
「助かる」
苦々しい顔で新人騎士を支えていた騎士から身柄を受け取り、新人騎士の制服に軽量の付与魔法をかけてから肩に担ぎ上げて戦線を離脱する。
魔力をすっかり使い切った彼は、私に担がれても逃げることもできずに、なすがままだ。
屋敷から離れた木陰におろして木の幹に背をもたせかけた。言葉を発するのもおっくうなのだろう、彼は痩けた頬をもごもごと動かしたが言葉は発せず、なにか言いたげな視線で私を見る。
私は彼の前にしゃがみ、彼の目を見て口を開いた。
「戦闘中に魔力切れになった場合は、三日間の謹慎です」
彼の目が、大きく開く。
なにを驚くことがあるだろう、座学でも習っていることなのに。戦闘中に魔力切れになった場合、倒れた騎士を守るのに他の人間の手を借りなければならないのだから、魔力切れを起こしては駄目だと、考えればわかることではないか。
魔力切れが許されるのは、そうなることも想定されて計画された任務のときだけだ。
「それに今回の作戦では、建物内での魔法の使用は許可されていない。そちらについても懲罰を覚悟してください」
「そ……鹿な……」
そんな馬鹿な? 馬鹿はお前だ、という言葉は飲み込む。
「今更ではありますが、今後、作戦の内容はしっかりと頭に入れておいてください、他の仲間を危険に晒すことになりますので。今後があるかは、わかりませんが……」
あの程度の魔法で魔力切れになる騎士が、他の騎士団から勧誘されるはずがない。もちろん、命令違反するような人間を団長が他の団に推薦するようなこともない、今回のことは厳重注意か悪ければ任意退団の勧告か。
シュラが駆けてくるのに気付いて立ち上がれば、近くに居た一般人と視線がぶつかり内心酷く驚く。作戦の邪魔にならぬよう、一般人は遠ざけていはずなのに、なぜこんな所に? いや、違う……。
凡庸な顔をし一般人の服装をした一人の男性が、綺麗に気配を消して佇んでいる。好悪の感情が混じらない凡庸とした顔は、かつて一度だけ拝見したことのある第一騎士団の団長に他ならなかった。
帯剣していないから非番なのだろう、それならば他の団の任務の邪魔をするのはあり得ないから、この場は見なかったことにすべきか。
驚きで無様にうろたえなかった自分を褒めつつ、そっと黙礼して彼から目を逸らし、やってきたシュラを迎える。
「バルザクト様! 大丈夫ですかっ」
「問題ない。制圧は――終わったようだな」
丁度、任務完了を伝える鐘が鳴らされ、ほっと息を吐き視線を巡らせれば、既に第一騎士団の団長の姿はなかった。
総出で窃盗団の男達に縄を掛けて基地へと連れ帰り、手当が必要な者は最低限の手当をして牢へと入れることになる。
騎士側には負傷者は居らず取り逃がしもないが、暴走した新人騎士を確認にきたヒリングス副団長は苦々しい顔で、私に今回の顛末の報告を命じていった。忖度を匂わせる言葉はなかったので、過不足なく報告することにする。
寮に戻ってシュラを休ませ、自分は基地に戻った。シュラの口数が少なく、暗い雰囲気が気に掛かるが、はじめての大仕事だったから仕方がないだろう。
ヒリングス副団長から命じられた報告書の作成のために、問題行動を起こした騎士とペアで行動していた騎士に聞き取りをし……少々庇う様子が見えたので、第六騎士団にも確認をおこなうことを匂わせれば、するすると当時の状況を話してくれた。
魔法を使った本人も始末書を提出するはずなので、ヒリングス副団長の代わりに処理をするときに内容を読むのがとても楽しみだな。
報告書を提出して部屋に戻ると、灯りもつけないままシュラがソファで項垂れていた。
「どうした? 夕食はちゃんと食べたのか?」
灯りをつけてソファに座る彼の前にしゃがみ、すだれのように顔を隠している黒髪を避けて彼の頬を撫でたが、拒絶するようにその手をやんわりと外された。
「俺……なにもできなくて……すみません」
うつむいたままの彼に謝罪されて、首を傾げる。
「従騎士の仕事は、後方支援だ。シュラはちゃんと私に言われたとおり、周囲を守る仕事をしていたじゃないか。前に出れないのは、剣を振るうわけではないから、なにもしていないように感じるかもしれないが、それは仕事をしていなかったわけじゃないだろう?」
道理を説くように重ねた私の言葉に、彼は強く頭を横に振り、膝に置いた拳をきつく握りしめた。
彼がなにか伝えようとしているのを感じて静かにそれを待っていたが、結局彼は胸の内を口にすることなく立ち上がった。
「自主訓練に行ってきます。あの……今日は、ひとりで」
「わかった」
私が頷くと、彼は振り向かずに部屋を出て行った。いや、そういえば、一度も私の顔を見なかったな……。
もしかして、第五騎士団のあのざまを見て、嫌気が差したのだろうか。
「あり得るな……」
第五は規則を守らない者がいるし、自分の手柄を優先しようと権力を使う者もいる、そのうえ他の騎士団からはそれとなく馬鹿にされている。
嫌になってもおかしくはないのだろうな。
シュラが座っていたソファに座り、ため息を吐き天井を仰ぐ。
その日、遅い時間になっても戻らぬ彼を心配しながら、私は眠りについた。
貴族街の下見の為に放たれた騎士服の男達を捕まえたいま、今日を逃せば窃盗団を取り逃してしまうだろうことは明白だ。捕らえた男達から聞き出した奴らの隠れ家と行動計画を元に、王都に三カ所つくられた窃盗団の隠れ家を、一斉に押さえる作戦が立てられる。
捕まえた男達から聞き出した中でも最も重要であろう郊外の古びた館を、第五騎士団と第六騎士団の合同チームで取り囲んだ、突入するのは第五と、第六の中でも精鋭の騎士達であり、後衛は取り逃がしがないように周囲を守り近隣の住民に被害が出ぬように配慮し、万一負傷する者があれば速やかに救助に向かう。
私は同じく後衛にまわったシュベルツと共に、それぞれ従者を連れて持ち場につく。
館といってもそう大きなものではなく、もう何年も空き家になっている一軒家だ。
「シュラ、大丈夫か?」
木の陰に身を隠す私の、斜めうしろに控えている彼の顔色は悪く呼吸も浅いが、視線はしっかりしたもので、ちいさく顎を引いて頷いた。大丈夫だろうか、基地に残してきた方がよかっただろうか、いや、今日が彼の試練の日だ、ここを乗り越えることができねば……。
いや、大丈夫だ。短期間で随分体も鍛えたし、いざとなれば魔法も使えるのだ、最悪の場合後方に逃がせばいい、私ほどではないが付与魔法も上手く使えるのだから、逃げ足に心配はない。
それよりも、男達の証言が正しければ、捕らえる敵の数は二桁になる。これは久しくなかった大捕物だ、気を引き締めねば。
周囲の気配に気を配り、一般人が近づかぬように注意する。
突入組は、我が第五騎士団の貴族出の騎士ばかりで構成されているのが、少々心配ではある。実力でいえば、平民出の騎士も含めるべきなのだが……貴族出の騎士達のごり押しに、ボルテス団長が問答する時間を惜しんで了承したのだ。
周囲は、第五の中でも一歩劣る者やまだ若い者が取り囲んでいるし、第六騎士団の精鋭達も居るのだから大丈夫なはずだ。……悪い癖さえでなければ。
駄目だ、心配だ。
「シュラ、前にで――」
前に出ないようにと伝えるまえに、突入の合図があがった。
鬨の声をあげて騎士達が突入していくのを見送り、我々も木の陰から出る。
建物の内部から怒声があがり、戦闘音が聞こえるまえに、窓を割って出てきた男達を周囲を囲んでいた騎士が捕らえてゆく。もちろん素直に捕まるわけもなく、そこここで戦闘が発生するが、窓から一度に出られる人数など知れているわけで、多数の騎士に囲まれてすぐに捕縛される。
窃盗団の捕縛よりも、周囲の住人が来ないように、対応に回っていた私は内心安堵していたが、すぐに危惧していた事態が勃発した。
「どけ! こいつらは我々の獲物だ! 平民出は下がっていろ!」
「共闘だろうが!」
窃盗団の男の処遇を巡って、第六騎士団とウチの貴族出の騎士が争っている。獲物を寄越せだの、横取りするなだのと……。
その間に窃盗団の男が二人を振り切って逃げ出した。
素早くブーツに付与魔法をかけ、思いのほか素早く逃げる男に追いつき、逃げる男の首に腕を引っかけて引き倒す。
走る勢いのお陰で、簡単に倒れた男に素早く縄を掛ける。
「よくやった、騎士バルザクト!」
悠々と歩いてきた貴族出の騎士を見あげ、男に繋がる縄を渡す。当然のようにその縄を受け取った彼は、そのまま男を引きずるようにして引き立てていった。
「くそっ! いいとこ取りしやがって」
悪態を吐く第六騎士団のまだ若い騎士をちらりと見れば、険悪な視線に貫かれた。
「ひょろひょろの坊ちゃんだろうが、騎士になれるってぇのはいいよな。さすが貴族様だ」
悪意のこもった言葉に僅かに胸が痛んだが、私がこの体格で騎士になれたのは確かに貴族であることも大きな一因なので否定はしまい。
だが、貴族でなければ……平民だったのなら、私は剣を持つことなくただの娘として生きることができただろうな。
思わず零れそうになったため息を飲み込み、若い騎士から視線を外す。
「おいっ、なんとか言ったらどうなんだ! 平民なんか、話す価値もないってのか」
「それ以上バルザクト様を侮辱しないでください」
顔色の悪いままのシュラが、私と若い騎士の間に立った。
「な、なんだよ。一人前に従騎士までいるのかよ」
騎士になり三年経てば従騎士を持つことを許されるのだから、なんらおかしくはないのだが。きっと彼は、私のことを新人の騎士だと思っていたのだろう。すでに入団して五年が経っているのだが、顔に貫禄がないのでいつも新人だと思われてしまう。
従騎士であるシュラを前に、私が先輩騎士であることに気付いた彼は、気まずそうに持ち場に戻っていった。
本来なら注意をしなければならないが……。任務の最中であることを理由に、私は彼の背を無言で見送った。
「なんなんですか、あれ。あんな態度、許され――」
悔しそうに言葉を吐き出すシュラの唇を人差し指で押さえて止める。
「言葉を胸にしまえ。思うところがあろうとも、簡単に口にしてはいけない。我々騎士は、民の憧れでなければならぬのだから」
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その時――館から爆音が響いた。
考えたくはないが、第五騎士団の誰かが場にそぐわぬ魔法を打ち出したわけではないだろうな。いや、まさか……突入組に攻撃魔法ができる者が居た記憶はないから、大丈夫なはずだ。
大丈夫だと思うのに、嫌な汗に背を濡らしながら振り向いた先の館には、明らかに攻撃魔法を使ったと思しき破壊跡が。
「いや、さすがに、まさか、こんな町中では、あり得ない」
血が下がりふらついた私の肩を、シュラが両手で支えてくれた。
「大丈夫、ですか?」
「大丈夫だ。シュラはここで、引き続き見張りをしていてくれ、私は、行ってくる」
持ち場を離れる呵責はあるが、それどころではない事態に、不安と共に駆けだしていた。
そして破壊された壁の向こうに見えたのは、仲間に肩を借り、げっそりと頬を痩けさせつつも得意げな顔をしている若い騎士と、吹き飛ばされた窃盗団と思しき男達が無残な姿で地に這って呻く姿だった。
男爵家の三男で、いつも第五などさっさと出て上の団に行くのだと息巻いていた新人の騎士だ。今回もごり押しで、突入組になっていた。
自身の魔力の容量を超えるほどの魔法を行使したのが、一気に痩せたその体つきでわかる。
手柄を立てたいといっても、作戦を無視するなど懲戒ものだとなぜわからないのか。そのうえ、魔力切れで戦闘不能になるなど言語道断だ。
騎士達のうしろに、討ち漏らした窃盗団の男達がバラバラと現れたのを視認した私は、ブーツに付与魔法を掛けて走りだしていた。
倒れている男達を跳躍して避け、驚いている騎士二人の脇をすり抜けて剣を抜く。
切れ味の付与はせずに、服とグローブに付与魔法をして剣を繰り出し、窃盗団の男達を辛うじて殺さず戦闘不能にしてゆく。
すぐに他の騎士達も助っ人に入ってきたので彼らにその場を渡し、新人騎士を抱えていた突入組の騎士から彼を受け取る。
「こちらで預かります」
「助かる」
苦々しい顔で新人騎士を支えていた騎士から身柄を受け取り、新人騎士の制服に軽量の付与魔法をかけてから肩に担ぎ上げて戦線を離脱する。
魔力をすっかり使い切った彼は、私に担がれても逃げることもできずに、なすがままだ。
屋敷から離れた木陰におろして木の幹に背をもたせかけた。言葉を発するのもおっくうなのだろう、彼は痩けた頬をもごもごと動かしたが言葉は発せず、なにか言いたげな視線で私を見る。
私は彼の前にしゃがみ、彼の目を見て口を開いた。
「戦闘中に魔力切れになった場合は、三日間の謹慎です」
彼の目が、大きく開く。
なにを驚くことがあるだろう、座学でも習っていることなのに。戦闘中に魔力切れになった場合、倒れた騎士を守るのに他の人間の手を借りなければならないのだから、魔力切れを起こしては駄目だと、考えればわかることではないか。
魔力切れが許されるのは、そうなることも想定されて計画された任務のときだけだ。
「それに今回の作戦では、建物内での魔法の使用は許可されていない。そちらについても懲罰を覚悟してください」
「そ……鹿な……」
そんな馬鹿な? 馬鹿はお前だ、という言葉は飲み込む。
「今更ではありますが、今後、作戦の内容はしっかりと頭に入れておいてください、他の仲間を危険に晒すことになりますので。今後があるかは、わかりませんが……」
あの程度の魔法で魔力切れになる騎士が、他の騎士団から勧誘されるはずがない。もちろん、命令違反するような人間を団長が他の団に推薦するようなこともない、今回のことは厳重注意か悪ければ任意退団の勧告か。
シュラが駆けてくるのに気付いて立ち上がれば、近くに居た一般人と視線がぶつかり内心酷く驚く。作戦の邪魔にならぬよう、一般人は遠ざけていはずなのに、なぜこんな所に? いや、違う……。
凡庸な顔をし一般人の服装をした一人の男性が、綺麗に気配を消して佇んでいる。好悪の感情が混じらない凡庸とした顔は、かつて一度だけ拝見したことのある第一騎士団の団長に他ならなかった。
帯剣していないから非番なのだろう、それならば他の団の任務の邪魔をするのはあり得ないから、この場は見なかったことにすべきか。
驚きで無様にうろたえなかった自分を褒めつつ、そっと黙礼して彼から目を逸らし、やってきたシュラを迎える。
「バルザクト様! 大丈夫ですかっ」
「問題ない。制圧は――終わったようだな」
丁度、任務完了を伝える鐘が鳴らされ、ほっと息を吐き視線を巡らせれば、既に第一騎士団の団長の姿はなかった。
総出で窃盗団の男達に縄を掛けて基地へと連れ帰り、手当が必要な者は最低限の手当をして牢へと入れることになる。
騎士側には負傷者は居らず取り逃がしもないが、暴走した新人騎士を確認にきたヒリングス副団長は苦々しい顔で、私に今回の顛末の報告を命じていった。忖度を匂わせる言葉はなかったので、過不足なく報告することにする。
寮に戻ってシュラを休ませ、自分は基地に戻った。シュラの口数が少なく、暗い雰囲気が気に掛かるが、はじめての大仕事だったから仕方がないだろう。
ヒリングス副団長から命じられた報告書の作成のために、問題行動を起こした騎士とペアで行動していた騎士に聞き取りをし……少々庇う様子が見えたので、第六騎士団にも確認をおこなうことを匂わせれば、するすると当時の状況を話してくれた。
魔法を使った本人も始末書を提出するはずなので、ヒリングス副団長の代わりに処理をするときに内容を読むのがとても楽しみだな。
報告書を提出して部屋に戻ると、灯りもつけないままシュラがソファで項垂れていた。
「どうした? 夕食はちゃんと食べたのか?」
灯りをつけてソファに座る彼の前にしゃがみ、すだれのように顔を隠している黒髪を避けて彼の頬を撫でたが、拒絶するようにその手をやんわりと外された。
「俺……なにもできなくて……すみません」
うつむいたままの彼に謝罪されて、首を傾げる。
「従騎士の仕事は、後方支援だ。シュラはちゃんと私に言われたとおり、周囲を守る仕事をしていたじゃないか。前に出れないのは、剣を振るうわけではないから、なにもしていないように感じるかもしれないが、それは仕事をしていなかったわけじゃないだろう?」
道理を説くように重ねた私の言葉に、彼は強く頭を横に振り、膝に置いた拳をきつく握りしめた。
彼がなにか伝えようとしているのを感じて静かにそれを待っていたが、結局彼は胸の内を口にすることなく立ち上がった。
「自主訓練に行ってきます。あの……今日は、ひとりで」
「わかった」
私が頷くと、彼は振り向かずに部屋を出て行った。いや、そういえば、一度も私の顔を見なかったな……。
もしかして、第五騎士団のあのざまを見て、嫌気が差したのだろうか。
「あり得るな……」
第五は規則を守らない者がいるし、自分の手柄を優先しようと権力を使う者もいる、そのうえ他の騎士団からはそれとなく馬鹿にされている。
嫌になってもおかしくはないのだろうな。
シュラが座っていたソファに座り、ため息を吐き天井を仰ぐ。
その日、遅い時間になっても戻らぬ彼を心配しながら、私は眠りについた。
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私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
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