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第二章
□異世界の物語
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閨での常識とか、知るわけがない! 第一そんな下品な話など、騎士がすべきではないだろう、品行方正で民の見本となるべき職なのだから!
両手で顔を覆い、ぐるぐると頭の中で言い訳を連ねていると、突然肩を叩かれ驚いて顔をあげた。
「っ……あっ……!」
「どうかしたんですか? バルザクト様」
濡れた髪のまま、首にタオルを掛けたシュラが首を傾げている。彼を認識した途端に、驚きに引いていた熱が一気に顔に戻ってきた。
「な、なんでもない! 私は、先に部屋に戻っている! 君は、しっかり髪を乾かしなさい」
慌ただしく言い捨てて、彼の返事を聞くことなく、私は自分の寝室へと早足に戻った。
彼に合わせる顔が無い。
魔力の使い方を教えると言って、せっ、性的に興奮するようなことをしてしまうなんて……っ。
自室のドアに背中を付けて、顔を覆ってズルズルと座り込んだ。
少ししてドアが控え目にノックされ、驚きに付けていた背が弾み、体を反転させてドアを凝視する。多分、それで私がドアに寄りかかっていることがわかったんだと思う。
ドア越しにぼそぼそと彼の声が聞こえてきた。
「バルザクト様? あの、俺、なにか気に障ることでもしましたか? いや、あの、お風呂は……『お風呂でドッキリ、ラッキースケベイベント』は諦めましたから。大丈夫です、ひとつくらいイベントをクリアできなくても……バッドエンドは回避してみせますから、俺、絶対に死なないし、絶対に死なせませんからっ」
死ぬ? 死なせる?
ドアの方を向いて座ったまま静かに聞いていたが、不穏な言葉も気になるけれど、それよりも彼の声が涙に濡れてることに気づいてしまった。
鼻を啜る音がドアのすぐ外で聞こえる。ゴツッと音がして、多分彼が頭をドアに付けたのだろうと推測できた。
「絶対に……っ、絶対に、誰も死なない結末、キメてみせますから……っ」
決意のこもった苦しげなその声音に、彼が『この世界の理』を知っていると言っていたことを思い出す。
その理が、死に通ずるものなのか? 彼が死ぬ未来、そして、私が死ぬ未来だというのか。
焦った私が彼を問いただすべく中腰のままでドアを押し開ければ、ゴスッといい音がした。
「バルザクト様……痛いです」
「こ、こんなすぐ側に居るのが悪い!」
灯りの無い部屋で二人共ドアの前に座り込んで、騎士としてはだらしないが……私とシュラしかいないのだから、大目に見てもいいだろう。
焦って開けてしまった手前、腰を浮かして手を伸ばして彼の額に回復魔法を掛けた。
「まだ痛いところはあるか?」
「……痛すぎて、涙が止まらないです」
項垂れて、服の袖で目を押さえる彼に、どうしていいかわからない。
物理的な痛みで泣いてるわけじゃないのは、さすがにわかるが。どう慰めていいのか、いや私に慰める資格があるのかすらわからない。
「シュラ……、ええと、どうしてほしい? ドアを閉めておいた方がいいか? ハンカチ、あっ、ハンカチがあるから、これを使ってくれ」
ポケットから取り出したハンカチを差し出す手を掴まれ、引き寄せられる。
私の肩口に彼の顔が伏せられ、腕が私の背にまわった。強くはないその腕に、彼の弱り切った心が見えた気がして、突き放すことができずにされるがままになる。
「バルザクト様、聞いてもらえますか。どうか、空想や妄想なんて思わずに、俺の話、聞いてもらえますか……っ俺だけじゃ、抱えきれない……っ」
かすれた声で請われて、胸が熱く脈動する。
まだ出会って僅かだが、彼は嘘を吐く人間ではないと思う。いや思いたい、信用したいと、私の心が望んでいる。
肩に乗る彼の顔を両手で挟んで肩から離し、至近距離で彼の目を見つめ、彼を安心させるように微笑んで額を合わせた。
「シュラ、君の重荷を私にも分けてくれ」
「……っ」
瞬いた彼のまつげに、涙が弾ける。
彼の手が、彼の頬を挟んでいる私の両手を掴み離し、頬に頬がすり寄せられ強く抱きしめられた。
それはまるで、溺れた人間が必死に縋るようで、振り払うことなどできなかった。
「バルザクト様……っ、俺は、本当は……、あなたを巻き込んじゃ駄目なのかも知れない。でも、どうすればいいのか、わからなくて……っ」
彼の高い体温が、触れ合っている頬から伝わり、彼の頬を流れていた涙が私の頬も濡らす。
どう言葉を掛けていいかわからずに戸惑っている私に、彼が頬ずりした。
「あなたは……生きてるんだ。温かくて、こんなに華奢なのに強くて、厳しくて……あなたは間違いなく、この世界に生きてて、生きてるのに……ゲームのキャラだなんて、そんなわけないのに、物語が、進んでいくんです……っ」
彼の腕から力が抜ける、だけど、私を囲うのはやめず、手は腰のあたりに落ちてギュッと私のシャツを掴んだ。
頬を合わせている彼の呼吸が首筋を温める。
ああ、どうしようか。年上の筈なのに、なんでこんなに可愛いんだろうな。
年下の私の前で、こんな手放しで泣いて、縋って。
どうしようもなく――可愛い。
その言葉がストンと胸に落ちてきた、それと同時に彼を守りたいという思いが強く湧く。
そうだ、私が彼の騎士になろう。
一年間だけだけど、私の残りの騎士人生を彼に捧げよう。なにも残すことなく離れると思っていたこの仕事だったけれど、最後に残せるものができたんだ。
「シュラ、君の悩みを解決しよう。まず、君が告白しようとしていたことを、教えてくれないか? それから、二人で考えよう」
彼の頭を撫でて提案すれば、小さく頷いた彼がゆっくりと離れた。
まだ濡れていた彼の頬を、行き場をなくしていたハンカチで拭い、鼻をかませる。
「洗って返しま……」
彼が言い終える前にすみやかに浄化の魔法を使った私に、物言いたげな視線が刺さる。
「洗いたかったのか?」
「様式美というのがあるでしょう……っ!」
よくわからないが、洗いたかったということなんだろう。
「洗うか?」
綺麗になったハンカチを差し出せば。「そういうことではなくてっ」と打ちひしがれてしまった。
「シュラの世界は変わってるんだな」
「うちの世界には魔法が無いので、魔法でパパッと綺麗にするのには、慣れないです」
口を尖らせる彼に、首を傾げる。
「魔法が、無いのか? その割には、最初から魔法を使っていなかったか?」
「それはゲームのシステムで……」
ゲームというのがシュラの世界の娯楽で、物語に出てくる選択肢を自分で選び、進んだり、中の登場人物を操作して戦ったりしていくというものらしい。詳しく説明してくれたが、今ひとつ把握することができなかった、登場人物を操るというのは……洗脳とも違うらしい、ボードゲームも駒を操るという意味では似ているようだが、それとも違うとシュラも頭を悩ませていた。
ともあれ、そのゲームというものがこの世界と酷似しており、主人公が選ぶ選択肢によって運命が変わっていくかもしれないと言われれば、真剣に耳を傾けるしかない。
「実際、ゲームに存在していた選択肢があって、概ね、俺の知っている流れで物語が進んでるんです」
至近距離で床に座ったまま話していた彼は、離れるのを嫌がって繋いでいた手に、僅かに力を込められた。
「ゲームには攻略対象者というのがいて、そのひとりがバルザクト様なんです」
「攻略対象者?」
本来であれば、そのゲームの主人公はうら若き女性で、その乙女と恋仲になるのが攻略対象と呼ばれるこの世界の男達なのだという。だが実際は、うら若き女性の代わりに男であるシュラがその位置についている。
「あ、いえ、攻略対象者っていっても、本編ではバルザクト様との結末は友情止まりですから、大丈夫ですっ。その代わり、バルザクト様ルートは戦闘の難易度が高くて、攻略するのが凄く大変だったんですが」
「ふむ、友情ならば問題ないな。因みに、他にも攻略対象者はいるのか?」
聞き出した顔ぶれに、なぜその中に私の名が連なるのかと不思議になってしまう。
「いやいや、第五騎士団の苦労人で、儚げな美貌の青年で、無茶苦茶人気が高かったんですよっ。薄い本では主人公と両思いになって、結ばれまくってますから!」
「両思い……」
「ああああっ、だっ、大丈夫です、ゲームの主人公と違って、俺は男ですから、男同士でそんなことには絶対にならないですからっ!」
「絶対にならない……。そうか、そうだな、男同士だからな」
私が繰り返すと、彼が必死に首を縦に振る。
もしも私が女だと知ったら、彼はどうするのだろう。
やはり友情を主張するのだろうか、それとも……。いやそんなこと考えるだけ無駄だな、無駄だ。
「それでですね、今後起こるかも知れない重要なイベントと、その対策なんですが――」
一生懸命説明する彼の話を聞きながら、持て余し気味の自分の心から目を逸らしたが、彼の語る内容が進むにつれて、自分の気持ちなどどうでもよくなっていた。
「――その発生した迷宮暴走から王都を防衛できれば、物語の終結となる。ということか」
迷宮暴走、本来であれば迷宮と呼ばれる魔力が多量にある地帯から、魔物達が溢れ出てくる恐ろしい現象。王都に影響がある迷宮といえば、ここから一日の場所にある大森林がそうだが、あの迷宮は日々冒険者が狩りに入り、手入れがされているので危険はないはずだ。
果たして本当に暴走など起こるのだろうか?
「暴走の規模はわかるのか?」
そして語られたその被害の大きさに、体がぐらりと傾いだ。目眩に床に手をつき、片手で顔を覆う。
いま聞いた彼の言葉が本当ならば……この王都は…………廃墟になる。
「いえ、あのっ、最悪の場合ですからっ。ストーリーの進め方次第では、最小限に抑えることができるんです! だから、最悪の事態を回避するために、バルザクト様の力を借りたいんです!」
「打つ手があるのか?」
希望のある言葉に顔を覆っていた手をおろして視線を上げれば、彼は大きく頷いた。
「第一騎士団長と第十騎士団長の好感度を上げれば、いけます!」
拳を握りしめての力強い答えに、私はもう一度がっくりと項垂れた。
「寄りによって、貴族系騎士のトップと、平民系騎士のトップじゃないか……」
「同じ騎士じゃないですか」
きっぱりと言い切る彼に、私の頬が引きつる。
「しかし、だな……」
同じじゃないんだ。性質自体から違う、貴族系の騎士は王ひいては王宮の守護を司り、平民系の騎士は王都外の仕事がメインとなる。王家以下貴族と平民に二分されていると言っても過言ではない。
どう説明すればいいか倦ねている私の手を取った彼が、勇気づけるようにその手を上下に揺らした。
「同じ、騎士なんですよ。大丈夫です、大丈夫ですから」
そう力強く言った彼に、項垂れていた頭を上げる。私の手を掴んでいるその手は震えているのに、闇に慣れてきた私の目に彼の力強い視線がぶつかる。
「俺、習いました。騎士は王国を守る為にあるんだって。志はひとつなんだって」
じわりと胸に熱が湧き上がる。
そうだ、確かに我々は等しくこの国を守る騎士であると、そう教えられてきたのに私はなにを憂えていたのか。この第五騎士団に、知らずに毒されて……いや、人のせいにするのは違うな、私はいつの間にか、騎士としての在りようを見失っていたのか。
「そうだな、同じ騎士だ。この国を守る、騎士に相違ない」
気を取り直して言った私の答えに、彼が強く頷く。
「だから、きっと大丈夫です。来たるべき日までになんとか繋ぎをつけて、みんなで生き残りましょうっ!」
私達は泣くこともあるし不安にもなるが、二人ならば大丈夫だと――不思議なほど自然に納得できた。
両手で顔を覆い、ぐるぐると頭の中で言い訳を連ねていると、突然肩を叩かれ驚いて顔をあげた。
「っ……あっ……!」
「どうかしたんですか? バルザクト様」
濡れた髪のまま、首にタオルを掛けたシュラが首を傾げている。彼を認識した途端に、驚きに引いていた熱が一気に顔に戻ってきた。
「な、なんでもない! 私は、先に部屋に戻っている! 君は、しっかり髪を乾かしなさい」
慌ただしく言い捨てて、彼の返事を聞くことなく、私は自分の寝室へと早足に戻った。
彼に合わせる顔が無い。
魔力の使い方を教えると言って、せっ、性的に興奮するようなことをしてしまうなんて……っ。
自室のドアに背中を付けて、顔を覆ってズルズルと座り込んだ。
少ししてドアが控え目にノックされ、驚きに付けていた背が弾み、体を反転させてドアを凝視する。多分、それで私がドアに寄りかかっていることがわかったんだと思う。
ドア越しにぼそぼそと彼の声が聞こえてきた。
「バルザクト様? あの、俺、なにか気に障ることでもしましたか? いや、あの、お風呂は……『お風呂でドッキリ、ラッキースケベイベント』は諦めましたから。大丈夫です、ひとつくらいイベントをクリアできなくても……バッドエンドは回避してみせますから、俺、絶対に死なないし、絶対に死なせませんからっ」
死ぬ? 死なせる?
ドアの方を向いて座ったまま静かに聞いていたが、不穏な言葉も気になるけれど、それよりも彼の声が涙に濡れてることに気づいてしまった。
鼻を啜る音がドアのすぐ外で聞こえる。ゴツッと音がして、多分彼が頭をドアに付けたのだろうと推測できた。
「絶対に……っ、絶対に、誰も死なない結末、キメてみせますから……っ」
決意のこもった苦しげなその声音に、彼が『この世界の理』を知っていると言っていたことを思い出す。
その理が、死に通ずるものなのか? 彼が死ぬ未来、そして、私が死ぬ未来だというのか。
焦った私が彼を問いただすべく中腰のままでドアを押し開ければ、ゴスッといい音がした。
「バルザクト様……痛いです」
「こ、こんなすぐ側に居るのが悪い!」
灯りの無い部屋で二人共ドアの前に座り込んで、騎士としてはだらしないが……私とシュラしかいないのだから、大目に見てもいいだろう。
焦って開けてしまった手前、腰を浮かして手を伸ばして彼の額に回復魔法を掛けた。
「まだ痛いところはあるか?」
「……痛すぎて、涙が止まらないです」
項垂れて、服の袖で目を押さえる彼に、どうしていいかわからない。
物理的な痛みで泣いてるわけじゃないのは、さすがにわかるが。どう慰めていいのか、いや私に慰める資格があるのかすらわからない。
「シュラ……、ええと、どうしてほしい? ドアを閉めておいた方がいいか? ハンカチ、あっ、ハンカチがあるから、これを使ってくれ」
ポケットから取り出したハンカチを差し出す手を掴まれ、引き寄せられる。
私の肩口に彼の顔が伏せられ、腕が私の背にまわった。強くはないその腕に、彼の弱り切った心が見えた気がして、突き放すことができずにされるがままになる。
「バルザクト様、聞いてもらえますか。どうか、空想や妄想なんて思わずに、俺の話、聞いてもらえますか……っ俺だけじゃ、抱えきれない……っ」
かすれた声で請われて、胸が熱く脈動する。
まだ出会って僅かだが、彼は嘘を吐く人間ではないと思う。いや思いたい、信用したいと、私の心が望んでいる。
肩に乗る彼の顔を両手で挟んで肩から離し、至近距離で彼の目を見つめ、彼を安心させるように微笑んで額を合わせた。
「シュラ、君の重荷を私にも分けてくれ」
「……っ」
瞬いた彼のまつげに、涙が弾ける。
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「バルザクト様……っ、俺は、本当は……、あなたを巻き込んじゃ駄目なのかも知れない。でも、どうすればいいのか、わからなくて……っ」
彼の高い体温が、触れ合っている頬から伝わり、彼の頬を流れていた涙が私の頬も濡らす。
どう言葉を掛けていいかわからずに戸惑っている私に、彼が頬ずりした。
「あなたは……生きてるんだ。温かくて、こんなに華奢なのに強くて、厳しくて……あなたは間違いなく、この世界に生きてて、生きてるのに……ゲームのキャラだなんて、そんなわけないのに、物語が、進んでいくんです……っ」
彼の腕から力が抜ける、だけど、私を囲うのはやめず、手は腰のあたりに落ちてギュッと私のシャツを掴んだ。
頬を合わせている彼の呼吸が首筋を温める。
ああ、どうしようか。年上の筈なのに、なんでこんなに可愛いんだろうな。
年下の私の前で、こんな手放しで泣いて、縋って。
どうしようもなく――可愛い。
その言葉がストンと胸に落ちてきた、それと同時に彼を守りたいという思いが強く湧く。
そうだ、私が彼の騎士になろう。
一年間だけだけど、私の残りの騎士人生を彼に捧げよう。なにも残すことなく離れると思っていたこの仕事だったけれど、最後に残せるものができたんだ。
「シュラ、君の悩みを解決しよう。まず、君が告白しようとしていたことを、教えてくれないか? それから、二人で考えよう」
彼の頭を撫でて提案すれば、小さく頷いた彼がゆっくりと離れた。
まだ濡れていた彼の頬を、行き場をなくしていたハンカチで拭い、鼻をかませる。
「洗って返しま……」
彼が言い終える前にすみやかに浄化の魔法を使った私に、物言いたげな視線が刺さる。
「洗いたかったのか?」
「様式美というのがあるでしょう……っ!」
よくわからないが、洗いたかったということなんだろう。
「洗うか?」
綺麗になったハンカチを差し出せば。「そういうことではなくてっ」と打ちひしがれてしまった。
「シュラの世界は変わってるんだな」
「うちの世界には魔法が無いので、魔法でパパッと綺麗にするのには、慣れないです」
口を尖らせる彼に、首を傾げる。
「魔法が、無いのか? その割には、最初から魔法を使っていなかったか?」
「それはゲームのシステムで……」
ゲームというのがシュラの世界の娯楽で、物語に出てくる選択肢を自分で選び、進んだり、中の登場人物を操作して戦ったりしていくというものらしい。詳しく説明してくれたが、今ひとつ把握することができなかった、登場人物を操るというのは……洗脳とも違うらしい、ボードゲームも駒を操るという意味では似ているようだが、それとも違うとシュラも頭を悩ませていた。
ともあれ、そのゲームというものがこの世界と酷似しており、主人公が選ぶ選択肢によって運命が変わっていくかもしれないと言われれば、真剣に耳を傾けるしかない。
「実際、ゲームに存在していた選択肢があって、概ね、俺の知っている流れで物語が進んでるんです」
至近距離で床に座ったまま話していた彼は、離れるのを嫌がって繋いでいた手に、僅かに力を込められた。
「ゲームには攻略対象者というのがいて、そのひとりがバルザクト様なんです」
「攻略対象者?」
本来であれば、そのゲームの主人公はうら若き女性で、その乙女と恋仲になるのが攻略対象と呼ばれるこの世界の男達なのだという。だが実際は、うら若き女性の代わりに男であるシュラがその位置についている。
「あ、いえ、攻略対象者っていっても、本編ではバルザクト様との結末は友情止まりですから、大丈夫ですっ。その代わり、バルザクト様ルートは戦闘の難易度が高くて、攻略するのが凄く大変だったんですが」
「ふむ、友情ならば問題ないな。因みに、他にも攻略対象者はいるのか?」
聞き出した顔ぶれに、なぜその中に私の名が連なるのかと不思議になってしまう。
「いやいや、第五騎士団の苦労人で、儚げな美貌の青年で、無茶苦茶人気が高かったんですよっ。薄い本では主人公と両思いになって、結ばれまくってますから!」
「両思い……」
「ああああっ、だっ、大丈夫です、ゲームの主人公と違って、俺は男ですから、男同士でそんなことには絶対にならないですからっ!」
「絶対にならない……。そうか、そうだな、男同士だからな」
私が繰り返すと、彼が必死に首を縦に振る。
もしも私が女だと知ったら、彼はどうするのだろう。
やはり友情を主張するのだろうか、それとも……。いやそんなこと考えるだけ無駄だな、無駄だ。
「それでですね、今後起こるかも知れない重要なイベントと、その対策なんですが――」
一生懸命説明する彼の話を聞きながら、持て余し気味の自分の心から目を逸らしたが、彼の語る内容が進むにつれて、自分の気持ちなどどうでもよくなっていた。
「――その発生した迷宮暴走から王都を防衛できれば、物語の終結となる。ということか」
迷宮暴走、本来であれば迷宮と呼ばれる魔力が多量にある地帯から、魔物達が溢れ出てくる恐ろしい現象。王都に影響がある迷宮といえば、ここから一日の場所にある大森林がそうだが、あの迷宮は日々冒険者が狩りに入り、手入れがされているので危険はないはずだ。
果たして本当に暴走など起こるのだろうか?
「暴走の規模はわかるのか?」
そして語られたその被害の大きさに、体がぐらりと傾いだ。目眩に床に手をつき、片手で顔を覆う。
いま聞いた彼の言葉が本当ならば……この王都は…………廃墟になる。
「いえ、あのっ、最悪の場合ですからっ。ストーリーの進め方次第では、最小限に抑えることができるんです! だから、最悪の事態を回避するために、バルザクト様の力を借りたいんです!」
「打つ手があるのか?」
希望のある言葉に顔を覆っていた手をおろして視線を上げれば、彼は大きく頷いた。
「第一騎士団長と第十騎士団長の好感度を上げれば、いけます!」
拳を握りしめての力強い答えに、私はもう一度がっくりと項垂れた。
「寄りによって、貴族系騎士のトップと、平民系騎士のトップじゃないか……」
「同じ騎士じゃないですか」
きっぱりと言い切る彼に、私の頬が引きつる。
「しかし、だな……」
同じじゃないんだ。性質自体から違う、貴族系の騎士は王ひいては王宮の守護を司り、平民系の騎士は王都外の仕事がメインとなる。王家以下貴族と平民に二分されていると言っても過言ではない。
どう説明すればいいか倦ねている私の手を取った彼が、勇気づけるようにその手を上下に揺らした。
「同じ、騎士なんですよ。大丈夫です、大丈夫ですから」
そう力強く言った彼に、項垂れていた頭を上げる。私の手を掴んでいるその手は震えているのに、闇に慣れてきた私の目に彼の力強い視線がぶつかる。
「俺、習いました。騎士は王国を守る為にあるんだって。志はひとつなんだって」
じわりと胸に熱が湧き上がる。
そうだ、確かに我々は等しくこの国を守る騎士であると、そう教えられてきたのに私はなにを憂えていたのか。この第五騎士団に、知らずに毒されて……いや、人のせいにするのは違うな、私はいつの間にか、騎士としての在りようを見失っていたのか。
「そうだな、同じ騎士だ。この国を守る、騎士に相違ない」
気を取り直して言った私の答えに、彼が強く頷く。
「だから、きっと大丈夫です。来たるべき日までになんとか繋ぎをつけて、みんなで生き残りましょうっ!」
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