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第一章

□魔力渡し

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 私とシュラは一度寮へ戻り、私服に着替えて町へ出てきた。

「幻の金髪ワンレン、眼福過ぎますっ。バルザクト様は、私服もかっこいいですね!」

 昨日と同じ服を着た彼が、私の服装を見て両手を顔の前で合わせて目を輝かせていた。
 金髪というのはわかるが、ワンレンとはなんだろう?(※ワンレングス=ストレートの髪でフロントから後ろまでを同じ長さに真直ぐ切り揃えたもの)

「そうか? 一般的な服だと思うが」

 戸惑いながら自分の服を確認する。立て襟のシャツにタイを結び、ベストと……貧弱な体型を隠すために少し大きめのジャケットを着ている。

 いつもはうしろでひとつに結んでいる真っ直ぐな髪を、今日は丁寧に櫛を入れて下ろしているから、多少は貴族然としているかも知れないが。

「シュラも一式服を揃えた方がよさそうだな。ついでだ、あとで服も見に行こうか」
「は、はいっ」

 嬉しそうに頷いて付いてくる彼を従えて、まずは本日の目的地に向かう。

 シュラはキョロキョロとしきりに町を見回し、その黒い目を好奇心に輝かせている。

「はぁ~、実際にはこんな感じだったんですね、凄いなぁ、感動するなぁ。あ、あっちが王宮ですか? ってことは中央公園はこっちで」
「ああそうだ、よく知っているな。それもゲームの知識というやつか?」

 王都の地理については問題なさそうで安堵する。

「はい。でも、画面上で見るのと、実際に見るのでは全然違いますね。ステータスオープン……ええと、地図画面は――」
「危ないっ」

 歩きながら虚空を見ていた彼が段差に躓いたのを、なんとか彼を抱きしめて止めることができた。

「よそ見をして歩くんじゃない」
「は、はいっ!」

 腕の中の彼の心臓がドキドキしてるのが伝わってくる。

「あと、ステータスは万が一知られてはいけないから、部屋の中や人の居ないところで使いなさい」
「はいぃぃっ」

 耳元で注意してから彼の体を離す。本当にこの細さでやっていけるんだろうか。

「さぁ、行くぞ。今から行くのは、第二壁の練習場だ」
「第二壁って、魔力で起動させる壁でしたっけ?」

 シュラの言うとおり、第二壁はいつもは地中に埋まっているが、有事の際に魔力で地上に引き上げる壁だ。この、壁を引き上げるだけの魔力があることが、騎士になるための最低限の基準になる。

 第五騎士団のメンバーも一応は全員、これを最低五枚は持ち上げることができる。因みに従騎士はそこまでの魔力は求められないものの有事の時のために一枚動かせればいいことになっている、あくまで騎士に従う者という立場であり騎士の補佐をする仕事だからだ。従騎士は志があれば試験を受けて騎士になることができるし、直接騎士試験を受けるよりも従騎士から上がった方が試験内容も少なく、騎士になりやすい。

 練習用の壁がある公園は基地の近くにある。もともとここら辺も基地の一部だったらしいが、住民の増加と東部基地の設置に伴いこちらの西部基地が縮小され、公園や宅地になったということだ。私が生まれる前の話なので、人づてに聞いただけだが。

「想像していたより、全然大きいですね」

 管理人に入れてもらい、埋まっている壁の上に立つ。厚さは三メルタ、幅は七メルタ、高さは十メルタ、それが壁一枚の大きさだ。これを最低五枚は魔力で上げ下げできなければならない、因みに私は最大で九枚上げ下げできる。

「柵に捕まっておきなさい」
「はいっ」

 彼がしっかりと壁の片側だけにある柵に掴まったのを確認し、壁の中央に膝をついて手のひらを押しつける。

「擁壁、一枚起動」

 周囲に聞こえる声で宣言し魔力を込めると、ゆっくりと壁が持ち上がってゆく。

「おっ、おっ、おおおおっ! すげぇぇ! じゃなかった、凄いですバルザクト様!」

 シュラが思わずといった歓声をあげる。

 一番上まで上げると町が一望でき、眼下には色とりどりの屋根が見渡せる。私のお気に入りの場所だ。
 私も立ち上がり、感動している彼に並んで周囲を見渡す。ああ、今日もこの都は美しいな。

「ここが、我々騎士団が守る都だ。美しいだろう?」

 高いところは風が強いから髪が風に流されるが、それも心地よい。正面を向いたままの問いかけに、彼は何度も頷いてくれているようだった。

「はいっ。はい、とても美しいです」

 彼の答えを聞いて満足する。一頻り町を見渡してから、彼に向き合う。

「さて、大事なことはこの壁を上げることだと教えたが、この練習用の壁でも勝手に上げることは違法とされているから気をつけるんだぞ」
「い、違法なんですか?」
「当たり前だろう? こんなものを、勝手に上下させていたら迷惑だからな。ほら、壁の影側が日陰になってしまっているだろう」
「あ、本当ですね」
「壁を下ろすから、手すりに掴まりなさい。擁壁、一枚沈下」

 周囲を確認してから壁の床に手を付けて、ゆっくりと壁を下ろしてゆく。

「練習で上げる場合も、時間が決められている。上げたら速やかに下ろす。練習用以外の壁は、有事の時以外に上げてしまうと、除団処分どころではなく、投獄されてしまうので絶対にしてはいけないからな」
「投獄ですか」
「ああ、重罪人になってしまう。実際に、投獄されて獄中で亡くなった者もいるからな」

 嘘を言っているわけではないが、少々大袈裟に伝えておく。このくらい脅しておけばいいかな? 顔を青くしている、彼に満足する。

 本当はデートで彼女と一緒に来て擁壁を上げる騎士も少なからずいて、彼女にいいところを見せたいのだと管理人も理解しているので、訓練には違いないということで割とおおらかに対応してくれるらしい。生憎私はそのような使い方をしたことがないので、真偽はわからないが。

「さて、次はシュラにやってもらおう。周囲の人間への注意喚起の為に「擁壁、一枚起動」と声を掛けるのを忘れずにな」
「あ、それ、起動ワードとかじゃなくて、注意喚起だったんですね……。床に手を突いて、魔力を流すんですね? ええと、魔力を、ながす?」

 しゃがんで手を擁壁に付けたまま、当惑した表情で見あげてくるシュラに嫌な予感がした。

「魔力の流れがわからない、だと? あれだけ凄い魔法を使っておいてかっ」

 思わず天を仰ぐ私に、彼は申し訳なさそうに身を縮めた。

「俺、いや、自分の使う魔法は、この世界の使い方とちょっと違っていて、使いたい魔法を指定するだけなので……魔力の流れとか、必要が無くて」

 魔法を使うのに、魔力の流れを知らずに行うなどという話の方が荒唐無稽だ。

 目眩しそうになるのを気力で堪えて、ポケットから取り出したクルミをかじる。空腹だから悲観的になってしまうんだ、栄養補給すれば多少ましになるだろう。

 ガリガリと囓って飲み込んでから、ひとつ深呼吸する。流れを知らないとは言うが、使用はできるのだからやりようはあるはずだ、一枚も壁を上げることができなければ従騎士でいることさえできなくなってしまう。

「わかった、では、魔力の使い方を知らない子供に教えるやりかただが。両手を出してくれ」

 差し出された、私よりも大きな手を掴み、視線を彼の目に合わせる。

「私の目を見つめて、そうだ、いまから両手に魔力を通す。なにか感じたら教えてくれ」
「は……い」

 彼の黒い瞳を見ながら、ゆっくりと彼の左手に魔力を送る。

「ふぁっ! な、なんか、温かいのが左手から……っ! んぁっ……こ、これっ、あっ、バルさ、バルザクトさ……んんっ」

 唇を噛みしめ苦しげに顔をゆがめる彼に、もう一度送り込もうとした魔力を止めた。

 両手を離すと、ガクリと地面に膝をついた彼に、慌てる。

「どうしたっ? 具合でも悪くなったのかっ」

 両手を足の間に挟んで、苦しそうに息を荒げる彼は、涙目で私を見あげてきた。

「ど、どんな拷問ですか……っ」
「ごっ、拷問? これは、魔力の使い方を知らぬ子供に、魔力の使い方を教えるときの、ごく初歩的な訓練方法だぞ」

 苦しげに下腹を押さえ、赤い顔で私を見上げる彼に焦る。もしや、大人に使ってはいけないやり方だったのだろうか? いや、そんなことは聞いたことがない。

 だとすれば、彼が違う世界の人間だからだろうと気づき、冷や汗が背中を伝う。

 彼の横に膝をつき、背中をさする。

「腹が痛いのか? 歩けそうか? 無理なら私が背負っていくぞ」

 昨日彼に教えられた付与魔法をうまく使えば、彼を背負うぐらいできるはずだと、しゃがんだまま彼に背を向ける。

「そ……なことしたら、マジで暴発しちゃうんでっ、勘弁してくださいっ。行くなら、トイレがいいですっ」
「トイレ……あっ、ああ、そうか。それなら近くにある」

 前屈みで歩く彼に付き添ってトイレに案内し、少し離れた場所で待つ。

 大人に使うと、急激に便意をもよおすようになるとは思ってもみなかった……。そんな弊害があるなら噂になってもいいような気がするが、当人の自尊心が傷つくから隠していたとしてもおかしくはないか。


 見上げた空は抜けるように青く、トイレから聞こえるうめき声に耳を傾けないようにしながら、魔力の流れを教える次の方法を思案した。
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