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第一章
□従騎士就任
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「記憶喪失の男を保護した、だと?」
熊のように大きく、厳めしい顔をいつも以上に険しくした平民上がりの第五騎士団のボルテス団長の前に立ち、竦みそうになる体を堪えて平然とした表情を貫く。
座っているのに私よりも大きく見える巨躯に、怯んではいけない。
「はい。パティディエス遺跡群の巡回中、第五遺跡奥にて発見、確保いたしました。所持品は衣服のみで、武器も確認しましたが所持しておりませんでした。現地で本人に聞き取りはしましたが、私の聴取だけでは間諜である嫌疑をぬぐえませんので、現在は聴取室にて留めております」
私の報告を聞いた団長は、憮然とした顔で私を睨む。
殺気とまではいかないが非常に重い威圧感を放つ団長に、息苦しさを感じる。彼の前に立つといつもそうだ、私のなにが気に入らないのか、じっと見据えてこうして威圧を掛けてくる。
最初の頃はその威圧感に慣れず、最低限……いや、できうる限り団長と関わらないように過ごしてきたが。入団して早五年、いまでは耐性もつき、平然とした顔を取り繕って目を見返すぐらいはできるようになった。
「まったく、お前はソツがないな。最近じゃ俺にも脅えやしねぇ」
苦々しく片頬を歪める団長の発言に、目が据わりそうになる。やはり、脅えさせたくて威圧していたのか。
なぜ、自分の団員を威圧するんだ? やっぱり、こんななりでも貴族である私が目障りだかっらだろうか。いや、たたき上げの団長から見たら、ひ弱なこんななりだから、一層目障りなんだろうか。
お互い、あと一年の我慢だと承知しているはずなのに、いまだにこうして睨まれるのは、やはり嫌われているからなんだろう。こぼれ落ちそうになるため息をかみ殺す。
「お陰様で、団長に鍛えていただいておりますので」
「そういうところが、可愛くねえってんだよ」
吐き捨てるように言われて、肩をすくめる。騎士に可愛げが必要だと思ってるんだろうか、この人は。
「それで、記憶喪失者の聴取はいかがいたしますか」
「副団長はどうした」
「本日は外出しております」
「またかっ!」
吐き捨てるように言った団長が、執務机を拳で殴りつける。
手加減はしてくれたな、今日はどこにもヒビが入っていない。
生粋のダメ貴族である副団長が、おとなしく西部基地内の詰め所に居ることは稀だと知っているだろうに。用があるときに居ないとわかると、団長は毎回こうして怒る。
いい加減、慣れてくださればいいのに。どのみち副団長も、あと数年で辞めていくのだから。
我が第五騎士団に勤める貴族の大部分は、数年働いて箔が付くと、さっさと辞めていく。或いは、志と腕のある者は、早々に第五騎士団を出て他の団で実績をあげるのだ。
「申し訳ありませんが、聴取に当たらせる他の者を指名していただけますか」
促すと、ギロリと睨まれる。私が悪いとでもいうようなその視線の意味がわからない。
「お前は既に聴取したんだったな」
「はい、遺跡にて聞き取りいたしました」
団長の太い指がいらだたしげに机を叩いたが、腹を括ったのか立ち上がり、ドアへ向かう。
「バルザクト・アーバイツ、お前もついてこい」
目の前を通り過ぎる巨体のうしろに付き従う。
彼のうしろを歩くと前が見えない、低くはない天井近くまである長身に、筋肉で幾重にも覆われた巨躯。
ドアの上辺よりも高いから、頭をぶつけているのはよく見るし、身につけるものは服も靴も完全にオーダーメイドであるのを知っているので、うらやましいとは思わない。横暴ではないが、高圧的な態度は少し控えて欲しい。
団長は、第五騎士団所属の貴族連中には疎まれているが、その分平民出の騎士からの支持は厚い。
情に厚く義理堅い。騎士らしいといえば、そうなのかもしれないが……性別を隠している身としては、実に迷惑だった。
入団当初はいまよりももっと貧相で、世話好きな団長が目を掛けたがるような、子供だったのだ。
吐くほど食わされ、吐くほど走らされ、面構えが甘いと怒鳴られた。
普通の貴族なら怒るなり、逃げるなりできただろうが、生憎と私にはここに居るしか無かったのだ。弟が無事七歳を迎えるまでは、嫡子として騎士であらねばならないのだ。
たどり着いた取り調べ用の部屋の前で立ち止まった団長の前に出て、ノックしてドアを開ける。
「失礼します。ボルテス団長をお連れしました」
私が声を掛けると、中に居た平民出の騎士が立ち上がり、団長を迎える。
チラリと見たシュラは大柄な団長を見て顔を引きつらせ、騎士が立ち上がったのを見て、慌てて自分も立ち上がった。
「緊張しなくてもいい、すこし話を聞かせてもらうだけだ」
「はっ、はいっ」
厳ついが人好きのする笑みを浮かべた団長に、シュラは安心したのか表情を緩ませた。団長という職だけあって、こういうところはそつがない。
先にいた騎士が座っていた、シュラの向かい側の椅子に団長が座り、壁際にある小さな書記用の席に私が座った。
「騎士バルザクト、調書を頼む。騎士ネフェド、悪いが茶を頼んで良いか」
「はっ! ただいまお持ち致します」
呼ばれた騎士は飼い主から仕事を命じられた猟犬のように、喜び勇んで部屋を出て行った。騎士ネフェドからお茶を受け取ると、彼に仕事へ戻るように伝えて、三人だけになった。
「さて、バルザクトが一通り聞いては居るようだから、取りあえず形式だけになるが確認させてもらうぞ――」
形式だけと言った団長の言葉は真実で、シュラと面談した内容は本当に最低限の内容だけだった。
「なるほどな、じゃぁこれで終わりだ」
そう言って早々に切り上げた団長に、記録を取っていた私も、聞き取りされていたシュラも呆気にとられる。
さっき用意されたお茶が、冷めてもいないのだ。
「団長……これで終えて、よろしいのですか?」
「ああ? お前がちゃんと聞き取りした上で、記憶喪失だって判断したんだろう。ウチで一番細かいお前が認めたんだから、これ以上聞いても時間の無駄だ」
面倒臭そうにそう言うと、ビシッと伸ばしていた背筋を丸め、だらしなく机に肘を突いた。
「バルザクト、もう聴取は書かなくていいぞ。さてと、こっからは世間話だ。それで兄ちゃんよぉ、これからどうするよ? 名前しか覚えてねぇんだろ?」
「えっ、あ、はい……そうです」
団長に問われて、しょんぼりと肩を落とすシュラだが、本当は違う世界からこの世界に迷い込んだわけなので、記憶喪失どころの騒ぎではない。
なんとも言い難く空気が沈むと、団長は困ったように頭を掻いた。
「頼れる身内や知り合いなんかも、居ねぇわな?」
「はい……」
申し訳なさそうに項垂れるシュラの頭を、団長は大きな手のひらでぐりぐりと撫でる。乱暴な力加減に、シュラの頭がもげそうになっていた。
「取りあえず、ウチで雑用でもするか? バルザクト、どうにかなるだろ?」
目論見通りにこちらに話を振ってくる団長に、内心安堵する。
表面上は難しげな顔をして思案をしてみせてから、口を開く。
「そうですね、多少トウは立ってますが、従騎士として配属してはいかがですか? 従騎士として数年ここで暮らせば、町へ戻ってもやっていけるかと」
従騎士になるには、身元を保証できなくてはいけないが、逆に言えば従騎士であるということは、身元が保証されているということだ。従騎士から騎士になることなく騎士団を離れたとしても、従騎士であった経歴から、就職に困らなくなる。
「なるほどな。じゃぁ、騎士バルザクト、お前の従騎士にしろ」
予想していた団長の言葉に、首を横に振る。
「そうできればいいのですが、私は貴族なので――」
用意していた言葉を言い切る前に、不穏な「ほぉ?」という低い声に、言葉を中断させてしまった。いけない、たたみかけるように私の意向を伝えねばならなかったのに、しくじった……冷や汗が背筋を滑る。
「お前が、貴族だのという、下らん言い訳を使うとは思わなかったなぁ」
ちいさく見える椅子の上にふんぞり返って腕を組む団長に、いったん口を閉じ、心の中で気合いを入れ直してもう一度口を開く。
「言い訳ではありません、事実です。ですので、騎士フレイオスか騎士ラーゼルに頼むのがよいのではないかと、具申いたします」
どちらも平民からの騎士だが、人となりがよく、シュラを預けるに値する人物だ。他にもいい人物はいるが、既に従騎士を抱えているから頼むわけにはいかない。
「勿論、私も微力ながら、彼が困らぬよう、見守りたいとは思いますが――」
「騎士バルザクト」
低い声にゆっくりと名を呼ばれ、私は言葉を止めて「はい」と返事をした。
ああ、これは、駄目だ。
「お前の従騎士とせよ」
「――承知致しました」
覆らない決定に、心の中で臍を噛む。
だがこれ以上、反駁すれば、もっとよくないことになるのは経験として知っている。
「最初からそう言えばいいんだよ」
ゴスッと頭を小突かれる。力加減を覚えて欲しいと、切実に思う。
「そういうことだから、バルザクトに面倒見てもらえ。他の奴らになんか言われたら、俺の命令だって言えば、誰も文句は言わねぇからよ」
「は、はい、ありがとうございます」
戸惑った様子のシュラの肩を叩いて、団長が部屋から出て行く。
ドアが閉まったのを確認してから、項垂れて静かにため息を吐き出す。
「あの、大丈夫ですか?」
心配そうなシュラに、ぎこちなく笑みを向けて「大丈夫だ」と返す。
残念なことに私としてはちっとも大丈夫ではないんだが、決定してしまったのだからこれ以上心配させるのも可哀想だと思い直す。
「これから、よろしく頼む」
シュラの前に立って私が差し出した手を、一回り大きな骨張った手がギュッと掴む。
「よろしくお願いしますっ! 足手まといにならないように、俺、頑張りますからっ」
正面から黒い瞳に見据えられる。
彼の意見など聞かずに勝手に従騎士にしてしまったのに、怒るどころか前向きに捉えている彼の真っ直ぐさが眩しい。
「ふ……そうだな、明日からシュラにも訓練に参加してもらうことになるから、目一杯頑張ってもらうぞ」
「くっ、訓練ですかっ」
少しだけ意地悪い口調で言った私に、シュラは顔を引きつらせる。
体つきを見れば、訓練などとは無縁の生活を送ってきたことがわかる。果たして、どのくらいでついてこれるようになるか、楽しみだ。
いや、楽しみだ、ではなくて、私が居る一年でなんとか一人前にしなくてはいけないんだな。
「名ばかりの従騎士では、他に示しがつかないから、従騎士としての仕事もしてもらうことになる」
「はいっ! 俺、バルザクトさんの従騎士として、精一杯仕えさせてもらいますっ」
渋い顔で告げた私とは反対に、彼は生き生きと返事をする。
「俺、ではなく、『私』か『自分』。私のことは『騎士バルザクト』か、『様』付けで呼びなさい。そして、仕えさせてもらう、ではなく、お仕え致します、だな」
先行きが不安だが、一年だ、一年でなんとかしなくては。
焦りから出た言葉が、最初から厳しいことに気付き、慌てて弁解する。
「私は……不器用でな、君を厳しく指導してしまうかもしれないが、ついてきてくれるか?」
いままでも、他の騎士の従騎士や、あとから入ってきて私が指導した騎士達から、何度か不満を漏らされていたことを思い出し、胸に苦渋が広がる。
もし、彼も私の指導を厭うようなら、その時は、なんとか団長に直訴するしかないか。
「ついていきます、俺、いや、自分は、バルザクト様についていきます」
握手したままだった手が、両手で握られる。
熱意が、その手を伝って私に流れ込んでくるようだった。
熊のように大きく、厳めしい顔をいつも以上に険しくした平民上がりの第五騎士団のボルテス団長の前に立ち、竦みそうになる体を堪えて平然とした表情を貫く。
座っているのに私よりも大きく見える巨躯に、怯んではいけない。
「はい。パティディエス遺跡群の巡回中、第五遺跡奥にて発見、確保いたしました。所持品は衣服のみで、武器も確認しましたが所持しておりませんでした。現地で本人に聞き取りはしましたが、私の聴取だけでは間諜である嫌疑をぬぐえませんので、現在は聴取室にて留めております」
私の報告を聞いた団長は、憮然とした顔で私を睨む。
殺気とまではいかないが非常に重い威圧感を放つ団長に、息苦しさを感じる。彼の前に立つといつもそうだ、私のなにが気に入らないのか、じっと見据えてこうして威圧を掛けてくる。
最初の頃はその威圧感に慣れず、最低限……いや、できうる限り団長と関わらないように過ごしてきたが。入団して早五年、いまでは耐性もつき、平然とした顔を取り繕って目を見返すぐらいはできるようになった。
「まったく、お前はソツがないな。最近じゃ俺にも脅えやしねぇ」
苦々しく片頬を歪める団長の発言に、目が据わりそうになる。やはり、脅えさせたくて威圧していたのか。
なぜ、自分の団員を威圧するんだ? やっぱり、こんななりでも貴族である私が目障りだかっらだろうか。いや、たたき上げの団長から見たら、ひ弱なこんななりだから、一層目障りなんだろうか。
お互い、あと一年の我慢だと承知しているはずなのに、いまだにこうして睨まれるのは、やはり嫌われているからなんだろう。こぼれ落ちそうになるため息をかみ殺す。
「お陰様で、団長に鍛えていただいておりますので」
「そういうところが、可愛くねえってんだよ」
吐き捨てるように言われて、肩をすくめる。騎士に可愛げが必要だと思ってるんだろうか、この人は。
「それで、記憶喪失者の聴取はいかがいたしますか」
「副団長はどうした」
「本日は外出しております」
「またかっ!」
吐き捨てるように言った団長が、執務机を拳で殴りつける。
手加減はしてくれたな、今日はどこにもヒビが入っていない。
生粋のダメ貴族である副団長が、おとなしく西部基地内の詰め所に居ることは稀だと知っているだろうに。用があるときに居ないとわかると、団長は毎回こうして怒る。
いい加減、慣れてくださればいいのに。どのみち副団長も、あと数年で辞めていくのだから。
我が第五騎士団に勤める貴族の大部分は、数年働いて箔が付くと、さっさと辞めていく。或いは、志と腕のある者は、早々に第五騎士団を出て他の団で実績をあげるのだ。
「申し訳ありませんが、聴取に当たらせる他の者を指名していただけますか」
促すと、ギロリと睨まれる。私が悪いとでもいうようなその視線の意味がわからない。
「お前は既に聴取したんだったな」
「はい、遺跡にて聞き取りいたしました」
団長の太い指がいらだたしげに机を叩いたが、腹を括ったのか立ち上がり、ドアへ向かう。
「バルザクト・アーバイツ、お前もついてこい」
目の前を通り過ぎる巨体のうしろに付き従う。
彼のうしろを歩くと前が見えない、低くはない天井近くまである長身に、筋肉で幾重にも覆われた巨躯。
ドアの上辺よりも高いから、頭をぶつけているのはよく見るし、身につけるものは服も靴も完全にオーダーメイドであるのを知っているので、うらやましいとは思わない。横暴ではないが、高圧的な態度は少し控えて欲しい。
団長は、第五騎士団所属の貴族連中には疎まれているが、その分平民出の騎士からの支持は厚い。
情に厚く義理堅い。騎士らしいといえば、そうなのかもしれないが……性別を隠している身としては、実に迷惑だった。
入団当初はいまよりももっと貧相で、世話好きな団長が目を掛けたがるような、子供だったのだ。
吐くほど食わされ、吐くほど走らされ、面構えが甘いと怒鳴られた。
普通の貴族なら怒るなり、逃げるなりできただろうが、生憎と私にはここに居るしか無かったのだ。弟が無事七歳を迎えるまでは、嫡子として騎士であらねばならないのだ。
たどり着いた取り調べ用の部屋の前で立ち止まった団長の前に出て、ノックしてドアを開ける。
「失礼します。ボルテス団長をお連れしました」
私が声を掛けると、中に居た平民出の騎士が立ち上がり、団長を迎える。
チラリと見たシュラは大柄な団長を見て顔を引きつらせ、騎士が立ち上がったのを見て、慌てて自分も立ち上がった。
「緊張しなくてもいい、すこし話を聞かせてもらうだけだ」
「はっ、はいっ」
厳ついが人好きのする笑みを浮かべた団長に、シュラは安心したのか表情を緩ませた。団長という職だけあって、こういうところはそつがない。
先にいた騎士が座っていた、シュラの向かい側の椅子に団長が座り、壁際にある小さな書記用の席に私が座った。
「騎士バルザクト、調書を頼む。騎士ネフェド、悪いが茶を頼んで良いか」
「はっ! ただいまお持ち致します」
呼ばれた騎士は飼い主から仕事を命じられた猟犬のように、喜び勇んで部屋を出て行った。騎士ネフェドからお茶を受け取ると、彼に仕事へ戻るように伝えて、三人だけになった。
「さて、バルザクトが一通り聞いては居るようだから、取りあえず形式だけになるが確認させてもらうぞ――」
形式だけと言った団長の言葉は真実で、シュラと面談した内容は本当に最低限の内容だけだった。
「なるほどな、じゃぁこれで終わりだ」
そう言って早々に切り上げた団長に、記録を取っていた私も、聞き取りされていたシュラも呆気にとられる。
さっき用意されたお茶が、冷めてもいないのだ。
「団長……これで終えて、よろしいのですか?」
「ああ? お前がちゃんと聞き取りした上で、記憶喪失だって判断したんだろう。ウチで一番細かいお前が認めたんだから、これ以上聞いても時間の無駄だ」
面倒臭そうにそう言うと、ビシッと伸ばしていた背筋を丸め、だらしなく机に肘を突いた。
「バルザクト、もう聴取は書かなくていいぞ。さてと、こっからは世間話だ。それで兄ちゃんよぉ、これからどうするよ? 名前しか覚えてねぇんだろ?」
「えっ、あ、はい……そうです」
団長に問われて、しょんぼりと肩を落とすシュラだが、本当は違う世界からこの世界に迷い込んだわけなので、記憶喪失どころの騒ぎではない。
なんとも言い難く空気が沈むと、団長は困ったように頭を掻いた。
「頼れる身内や知り合いなんかも、居ねぇわな?」
「はい……」
申し訳なさそうに項垂れるシュラの頭を、団長は大きな手のひらでぐりぐりと撫でる。乱暴な力加減に、シュラの頭がもげそうになっていた。
「取りあえず、ウチで雑用でもするか? バルザクト、どうにかなるだろ?」
目論見通りにこちらに話を振ってくる団長に、内心安堵する。
表面上は難しげな顔をして思案をしてみせてから、口を開く。
「そうですね、多少トウは立ってますが、従騎士として配属してはいかがですか? 従騎士として数年ここで暮らせば、町へ戻ってもやっていけるかと」
従騎士になるには、身元を保証できなくてはいけないが、逆に言えば従騎士であるということは、身元が保証されているということだ。従騎士から騎士になることなく騎士団を離れたとしても、従騎士であった経歴から、就職に困らなくなる。
「なるほどな。じゃぁ、騎士バルザクト、お前の従騎士にしろ」
予想していた団長の言葉に、首を横に振る。
「そうできればいいのですが、私は貴族なので――」
用意していた言葉を言い切る前に、不穏な「ほぉ?」という低い声に、言葉を中断させてしまった。いけない、たたみかけるように私の意向を伝えねばならなかったのに、しくじった……冷や汗が背筋を滑る。
「お前が、貴族だのという、下らん言い訳を使うとは思わなかったなぁ」
ちいさく見える椅子の上にふんぞり返って腕を組む団長に、いったん口を閉じ、心の中で気合いを入れ直してもう一度口を開く。
「言い訳ではありません、事実です。ですので、騎士フレイオスか騎士ラーゼルに頼むのがよいのではないかと、具申いたします」
どちらも平民からの騎士だが、人となりがよく、シュラを預けるに値する人物だ。他にもいい人物はいるが、既に従騎士を抱えているから頼むわけにはいかない。
「勿論、私も微力ながら、彼が困らぬよう、見守りたいとは思いますが――」
「騎士バルザクト」
低い声にゆっくりと名を呼ばれ、私は言葉を止めて「はい」と返事をした。
ああ、これは、駄目だ。
「お前の従騎士とせよ」
「――承知致しました」
覆らない決定に、心の中で臍を噛む。
だがこれ以上、反駁すれば、もっとよくないことになるのは経験として知っている。
「最初からそう言えばいいんだよ」
ゴスッと頭を小突かれる。力加減を覚えて欲しいと、切実に思う。
「そういうことだから、バルザクトに面倒見てもらえ。他の奴らになんか言われたら、俺の命令だって言えば、誰も文句は言わねぇからよ」
「は、はい、ありがとうございます」
戸惑った様子のシュラの肩を叩いて、団長が部屋から出て行く。
ドアが閉まったのを確認してから、項垂れて静かにため息を吐き出す。
「あの、大丈夫ですか?」
心配そうなシュラに、ぎこちなく笑みを向けて「大丈夫だ」と返す。
残念なことに私としてはちっとも大丈夫ではないんだが、決定してしまったのだからこれ以上心配させるのも可哀想だと思い直す。
「これから、よろしく頼む」
シュラの前に立って私が差し出した手を、一回り大きな骨張った手がギュッと掴む。
「よろしくお願いしますっ! 足手まといにならないように、俺、頑張りますからっ」
正面から黒い瞳に見据えられる。
彼の意見など聞かずに勝手に従騎士にしてしまったのに、怒るどころか前向きに捉えている彼の真っ直ぐさが眩しい。
「ふ……そうだな、明日からシュラにも訓練に参加してもらうことになるから、目一杯頑張ってもらうぞ」
「くっ、訓練ですかっ」
少しだけ意地悪い口調で言った私に、シュラは顔を引きつらせる。
体つきを見れば、訓練などとは無縁の生活を送ってきたことがわかる。果たして、どのくらいでついてこれるようになるか、楽しみだ。
いや、楽しみだ、ではなくて、私が居る一年でなんとか一人前にしなくてはいけないんだな。
「名ばかりの従騎士では、他に示しがつかないから、従騎士としての仕事もしてもらうことになる」
「はいっ! 俺、バルザクトさんの従騎士として、精一杯仕えさせてもらいますっ」
渋い顔で告げた私とは反対に、彼は生き生きと返事をする。
「俺、ではなく、『私』か『自分』。私のことは『騎士バルザクト』か、『様』付けで呼びなさい。そして、仕えさせてもらう、ではなく、お仕え致します、だな」
先行きが不安だが、一年だ、一年でなんとかしなくては。
焦りから出た言葉が、最初から厳しいことに気付き、慌てて弁解する。
「私は……不器用でな、君を厳しく指導してしまうかもしれないが、ついてきてくれるか?」
いままでも、他の騎士の従騎士や、あとから入ってきて私が指導した騎士達から、何度か不満を漏らされていたことを思い出し、胸に苦渋が広がる。
もし、彼も私の指導を厭うようなら、その時は、なんとか団長に直訴するしかないか。
「ついていきます、俺、いや、自分は、バルザクト様についていきます」
握手したままだった手が、両手で握られる。
熱意が、その手を伝って私に流れ込んでくるようだった。
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