男装の騎士は異世界転移主人公を翻弄する

こる

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プロローグ

□異なる世界

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「素早さの付与魔法を、靴にかける?」

 武器や防具以外に付与魔法をかけるなんて、聞いたことがなかった。

「はい、靴には素早さを、服には防御を」

 彼に言われたように、靴に付与の魔法を掛けるとちゃんと効力を発揮した。生身の人間に掛けることはできない魔法だが、まさか剣や盾以外の物に掛けることができるなんて。

「バルザクトさん、走ってみてください」
「あ、ああ――う、わっ」

 彼に言われて足を踏み出せば、軽い力で地面を蹴ることができた。スピードの加減ができなくて、壁まで駆け上ってしまったがこれは凄い、空を飛ぶかのように身が軽い!
 調子に乗って、靴にかけた魔力が切れるまで走り回ってしまった。まさか天井まで走れるとは思わなかった、体の軽さに感動する。

「シュラ! これは素晴らしいな! 私は素早さだけが取り柄だったが、それだってこんなに身軽に動くことはできなかったよ!」

 興奮して報告する私に、彼は切れ長の目を嬉しそうに細めた。

「体に不具合はありませんか? 変な筋肉の使い方をして、痛めたりとかは?」
「ん、いや大丈夫だと思う、うん、大丈夫だ」

 心配する彼に、自分の体に意識を向けてみたが、不調を訴える箇所は見つからなかった。

「あ、それと、靴を少し見せてもらってもいいですか?」
「え?」

 私の両脇に手を差し入れた彼が、ひょいっと私を持ち上げて、そのまま硬直する。
 私も、ぶら下げられて目を丸くした。だって、私よりも筋肉が薄っぺらいのに、こんな、簡単に持ち上げられるなんて。い、いや、きっとシュラも服になんらかの付与魔法を掛けたに違いない。

「ず、ずいぶん……軽いんですね、バルザクトさん」

 ぎこちなく祭壇に私を座らせた彼は、なぜか頬を赤くして私から目をそらした。

 まさかとは思うが、『私が女』だとバレたのか。
 ザッと音を立てて血の気が引き、乗せられた祭壇を降りることも考えつかずに硬直した私に気付かず、彼は視線をそらしたまま、咳払いする。

「だ、大の男の人に、軽いなんて言って、すみませんでした。バルザクトさんは、こんなに清廉で素晴らしい騎士なのに」
「……い、いや。それほどでも、ない」

 バレてないのか? バレてないんだな?
 引いていた血の気が戻ってくる。

 それにしても、清廉な騎士などとはじめて言われた。口の悪い平民出の騎士から、お堅いだのクソ真面目だのとはよく言われているが。

「あっ、そうだ、ブーツ! ちょっと、ブーツを見せてください。『鑑定』ああ、やっぱり耐久値がほぼない、底もすり減ってツルツルになってるし。耐久力が低いのしかないから、今まで靴とかに付与魔法を使ってなかったのかな? 俺、似たようなの持ってるから、交換しますね。ちょっとやそっとじゃ壊れないやつなんで、いくらでも付与魔法かけれますよ」

 そう言って、私の足もとに跪いた彼はブーツの紐を解くと、あれよあれよという間に空中から取り出した新品のものと私のブーツを取り替えた。

 一握りの魔法使いしか使えない「鑑定」の魔法、それに空中から物を取り出す見たこともない魔法、そして履かされたブーツはあつらえたように足に馴染み、いままで履いていた支給品の物とは格が違うのだとわかる。

 なんなんだこいつは……、意味がわからない。

「おい、ちょっと待て。鑑定の魔法なんて、おいそれとできるものじゃないぞ。それに、こんな立派なブーツをもらう理由もない」

 混乱しながらも指摘をすると、彼は目を瞬かせる。

「えっ……鑑定。あっ、そういえば、そうでしたね! うっかりしてました。バルザクトさん、他の人に内緒にしてもらえますか? ええと、その口止め料として、そのブーツをお渡しするということで……駄目、ですか?」

 叱られた犬のような眼差しで上目遣いにそう尋ねられ、突っぱねることができなかった。

「――わかった。君が今後、他人に向けて勝手に『鑑定』を使わないと約束するなら、私もこれ以上は言わない」

 迷ったすえ、絞り出すように出した言葉に、彼の顔が明るく輝く。

「ああよかった! ありがとうございます、約束しますっ」

 嬉しそうに感謝を示す彼に、胸が痛む。

 ――打算だ。

 万が一、私に向けて鑑定を使われた場合、性別がバレてしまうのではないか。それを阻止できるなら、本来騎士団に報告せねばならない事項を伏せるくらいのことはしよう。

 それに……こんなことを報告してしまえば、彼がどんな目に遭うか。いや、鑑定だけじゃない。

「シュラ、君に注意しなければならないことが、まだある」
「は、はい?」

 私は懇々と彼に説明した。

 彼が異なる世界から来たということや、何もないところから物を出したりする能力について、この世界では希有なものであるから方々から狙われる可能性がある、ゆえに、秘匿とすべきこと。

「あ……やっぱり、そうですか。じゃあこの、ステータスとかは」

 そう言って彼が虚空を指さすが、そこに何も見ることがないということを伝える。

「自分にだけ見えるんですね」
「そこになにか見えるのか?」

 彼が見る虚空を、私も横に立って見るが、やっぱりなにも見えない。

「はい、ここに、俺の体力とか魔力とかが数値で見えて、他には、スキルと、装備と――」
「体力が数字で見えるのか? うわっ!」

 思わず虚空を指す彼の手に、手を掛けて身を乗り出した――その途端、彼の指が指す先に透明の板が見え、そこにびっちりと文字らしきものが並んでいた。

「バルザクトさん?」

 驚いて思わず手を離してしまったが、怪訝な顔をする彼の手にもう一度手を重ねてみれば、目の前にあの透明な板が浮かぶのが見えた。

「これが、この透明なものが、ステータスなのか?」
「見えるんですか?」

 驚いた顔をする彼に頷き、彼の手を掴んだままステータスと呼ばれる透明な板に目を凝らした。

「見たことのない文字が、びっしりと書かれているな」
「あ、文字は読めないんですね」

 触れている彼から、安堵の雰囲気が伝わってくる。なにか、見られたくないことでも書かれているんだろうか……あ、いや、自分の体力や魔力などが他人にわかってしまうのは、嫌なものだろうな。

 納得して、彼から手を離そうとすると、逆に手を掴まれた。

「どうしたんです? ああ、横からだったら見えにくいですよね。こうすれば、見やすいですか?」

 ……なぜこうなる?

 うしろから彼に抱き込まれた私の前に、透明な板が展開されている。
 彼からいい匂いがする、うわ、私汗臭いんじゃないか。こっそり浄化の魔法使いたい、いや、この距離で使ったら彼にもかかってバレてしまう、それは恥ずかしい。

「バルザクトさん? ほら、ちゃんと手、掴んでてください」

 左手の指と指を交互にするように握り込まれる。
 本当に、彼は私が女だと気付いていないんだろうか? いや、気付いてないよな? 女の騎士なんてあり得ないし。騎士としては小柄だが、普通の女性よりは長身だし。

 心臓がバクバクする音が伝わらないように祈りながら、彼が示す目の前の文字を追う。

「ここが、俺の名前です、五月山さつきやま修羅しゅらと書いてあります。こっちが年齢で、二三歳って書いてあります。バルザクトさんはおいくつなんですか?」
「わ、私は、今年で二十だが」

 体を固くしながら答えると、背中に当たる体からすこしだけ力が抜けたのがわかる。年下だと知って安堵したんだろうか?

「そうなんですね、作中に出てこなかったから、てっきり……。あ、ほら、ここを見てください、ここを選ぶと自分の持ち物の一覧が出てくるんです」

 節くれ立った長い指が、文字に触れると。透明な板の文字がパッと変わった。

 上から下までびっしりと文字が並び、横には数字が入っている、その数字が持っているものの数量を表しているのだという。数字はそう難しいものではなく、私たちが使っているものとほぼ同じだった。

「ここに記されているすべてを、持っているのか?」

 先ほど、持ち物と呼んでいたことを疑問に思い、うしろにいる彼を振り仰ぐ。

「……っ! は、はいっ、そう、です。仕様が変わっていなければ、特殊な空間に保管しているので、劣化もないはずです」

 握られている左手に力が入ったが、すぐに緩められ……なんだかしっとりと、汗を感じる。

「特殊な空間か、それも明かさないほうがいいだろうな。あとこんなに、いろいろ持っていることも内緒にしておかないと、無理矢理、没収されるかも知れんぞ」
「はいっ。バルザクトさん以外には、口外しません」

 きっぱりと言い切ったその言葉に、もしかすると彼も危険性を認識していたのかもしれないと心当たる。
 私よりも年上だし、むしろそれが当然だろう。

「余計なお世話だったか……」「ヤバイな……新しい扉を開きそうだ……」

 自嘲めいたつぶやきがこぼれてしまったが、同時に彼も何事か呟いていたので、お互い顔を見合わせて乾いた笑いを漏らした。

 あともうひとつ、注意しておかなければならないことに気づく。

「それとな、いくら君が私よりも年上だとしても、騎士に対しこのように、気安く接触するのは危険だぞ。気位の高い者ならば、不敬を咎め、怒りだしかねんからな」

 つないだ手を上下させて苦笑いすれば、彼はコクコクと頭を上下させる。

「はい、バルザクトさん以外には、しません」

 いや私にも駄目なんだが……。なんだか憎めない年上の男に、それ以上咎める心が失せてしまった。

「……ああ、是非ともそうしてくれ」

 呆れ半分でそう言えば、「はいっ」と元気に返事される。

 見上げていた彼から目を離して視線を前に向け、そっとため息を吐く。
 大丈夫だろうか――いや、不安しかないな。
 違う世界の人間なんだという主張は、正直に言って受け入れがたい。受け入れがたいのだがしかし……こうして、ステータスなどというものを見せられ、付与魔法の新しい使い方まで教えられ、なにもないところから物体を取り出す。

 私は彼が言う、この世界の理の一端を知っているという言葉を、信じはじめている、いや、信じないわけにはいかないだろう。あんな非常識な現象を見せられてしまえば。

 そして、どうにか彼に悲劇が降りかからないようにと願ってしまう。

「おおい! 騎士バルザクト! 居ないのかー!」

 聞こえた同僚の声に、頭が一気に冷えて急速に回る。
 私を囲うシュラの腕から出て、彼を見上げる。

「シュラ、君はどうしたい。このままここで別れて、一人で生きるか。それとも、騎士団に保護されるか」
「バルザクトさんの居る場所に、行きたいです」

 ひとつの迷いも見せずに言い切った彼に、なぜかホッと安堵している自分がいたが、それを隠して厳しい顔をする。

「騎士団と言っても、清廉潔白なところではない。危険な目にあうかもしれないぞ」
「大丈夫です、頑張りますっ」

 両手の拳を握りしめてそう宣言する彼に、なにをして大丈夫なんだとは聞けず「わかった」と答えて声を潜めて続けた。

「シュラ、君は記憶喪失ということにする。なんとか話を合わせてくれ」
「は、はいっ」

 硬くなってしまう私の表情につられ、顔を硬くしてしまった彼の背を鼓舞するように叩く。

 彼の今後は、私にかかっている……。
 ずっしりと重い荷を感じながらも顔をあげ、近づいてくる同僚に手を振った。

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