男装の騎士は異世界転移主人公を翻弄する

こる

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プロローグ

□出会い

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 私がその声に気付いたのは、第五騎士団の任務で廻っていた遺跡の内部巡視中だった。

 そこは王都の端にあるパティディエス遺跡の一角。
 過去にこの地にいくつもあった神々を祀る神殿群の、私がいるここは、遺跡の名となった精神と時の神を祀った場所。切り出された岩でできている建物はほぼ瓦礫で、かろうじて残っている数カ所の建物の内部を巡視するのが今日の仕事だ。

 そのむかし、この地にあった古代都市は天変地異により三日で姿を消したという。その天変地異をもしのいだ建物だが、古代につくられたものだけあって風化が激しく、危険もあるため民の出入りは禁止されている。
 所々抜けたところのある石畳を注意して歩きながら、胸に手をやり深く呼吸を繰り返す。ここに来るといつも胸がざわめく、寂寥感とも違う不思議な感覚に柔らかく包み込まれるのだ。

 一人で歩く足音が反響する音も、心地よい。

 本当はいけないことなのだが、いくつもある遺跡を効率よく確認するために、本来二人ひと組で行動すべきところを、一人ひと遺跡確認している。
 他の騎士団ならば絶対にこんなことはしないだろうけど。なにせ、私のいるこの第五騎士団はコネ入団の貴族と、平民とが混じって成っている……まぁ、なんだ、お飾りとか、名ばかり騎士団と呼ばれることもあるような半端な団だ。
 第一、第二騎士団は生粋の貴族の精鋭が集まり、末尾になる第九、第十騎士団は平民の精鋭で構成されている。
 気楽といえば気楽な第五騎士団だが、こういうルーズな部分はいただけないと思う。とはいえ、楯突いて目立つ度胸なんてない私は、気が進まないながらも、薄暗い遺跡の中を発光玉の魔法で先を照らしながら一人で歩いていた。

 訳あって常時ある空腹を紛らわせるために、ポケットから取り出したクルミを口にして、ガリガリとかみ砕きながら周囲を警戒する。まぁこういうことができるのも、第五だからこそなのだから、この団に所属していることに否はないのだが。

「散々盗掘されたこんな遺跡、誰も寄りつかないだろうに」

 とはいえ、犯罪者の隠れ家になっていたりしたら問題なので、発光玉を飛ばして隅々まで人の入り込んだ形跡がないか目視で確認してゆく。


 そして、最も奥にある妙に広い礼拝堂、そこに至る通路を歩いているときに、弾けるような声が聞こえた。


「うわっ、なんだここ! もしかしてオープニングの神殿っ?」

 若そうな男の戸惑いと歓喜が入り交じった声に、驚いて飛び上がりそうになったが、そこを騎士の矜持でグッとこらえ、声のした方へ反射的に走り出した。
 礼拝堂への一本道は短く、すぐにそこへ辿り着く。

「そこに居るのは誰だ!」

 誰何すいかした私を、信仰が絶えて久しいとはいえ、不謹慎にも祭壇から見下ろしてきたのは一糸まとわぬ姿の細面の青年だった。
 祭壇だけのがらんとした空間で、私が使っていた発光玉が眩しいのか目を眇めた彼は、艶やかだが短い黒髪と黒い目をしていた。この国では珍しいその色味に目が奪われる。
 私と同じくらいに見える顔つきの、切れ長の黒い目が私を捕らえて大きく見開かれた。
 何事か呟いたようだったが、その言葉は私が投げつけたマントによって止められる。

「変態がっ! こんなところで、真っ裸などっ! 痴れ者がっ!」

 局部は見えなかったとはいえ、男性の裸体に動揺して声が大きくなってしまう。

「うわっぷ、ち、違っ、これは、不可抗力でっ」

 弁解の余地もない全裸男にズカズカと近づき、頭から被せてしまったマントを肩に掛けて、下肢に視線をやらぬようにしながらマントの前をしっかりと閉じてやる。

「随分貧相な体だ。……どこかから、逃げてきたのか?」

 近づいて見て取れたあばら骨の浮いた胸や細い手足、私よりも筋肉の薄い体に苦いものがこみ上げる。なまじ顔立ちがいいから、余計に痛ましい。
 彼はきっと、食事も満足に摂れない……いや、与えられない環境にいたに違いない。
 この国の闇の部分に残る、奴隷制度が真っ先に思い浮かんだ。ここ王都には居ないものの、一部の領ではまだその制度が残っているという。そして、奴隷とされる者の両手には、焼き印が押されているということだ、見たことはないが知識としてはある。

 ざっと見たところ奴隷の印は入れられていないようだが、その痩身が彼の置かれていた状況を伝えて余りある。もしかすると、あからさまにわかる奴隷の印は押していなくとも、そのように扱っている者が王都にいるのかも知れない。
 逃げられぬよう食事をあまり与えられず、しかし、その整えられた髪や、肌の見えるところに痛ましい傷はないようだから――愛玩――その言葉が脳裏を過る。
 ああそうか、だからこんなところに逃げ込んでいたのか。きっと、決死の思いだったに違いない。

「逃げ……? いや、俺は……」

 言いかけた彼の口を、そっと人差し指で塞ぐ。

「いまは言わずともいい。私は第五騎士団のバルザクト・アーバイツという、君の名は?」

 なるべく優しい口調で名乗り彼の名を問えば、彼は「やっぱり……」と一瞬絶句して、ゴクリとつばを飲みこんでから口を開いた。

「お、俺は、サツキヤマ・シュラです。あの、シュラというのが名前でっ」

 耳慣れしない名だが、ちゃんと名があることに安堵して頬が緩む。
 奴隷ならば数字が名になるが、彼はそうではなかった。武器のひとつも持っていないから、間者である可能性も低いだろう。

「シュラか、いい名だ」
「あ、あなたの、バルザクトさんの名前も、かっこいいです」

 彼はそう言ってくれるけれど、名前負けしていることは自分が一番よくわかっている。
 闘神の眷属である雄々しい神の名を付けられてはいるが、残念なことに私は武に秀でておらず体格も並以下で、コネで入ったこの第五騎士団の末席を温めるのが関の山だ。コネで入ろうが実力があればどんどん上に、他の騎士団から声が掛かり転属する者も多いが、私は一度として声が掛かったことはない……掛けられたとしても転属することはできぬのだが、抜けていく有望な新人を見送るのは楽しいことではなかった。
 だが、何も知らず、名を褒めてくれた彼の気持ちは嬉しい。私自身が、この名について思うところがあろうとも。

「ありがとう。さて、いつまでもここに居るわけにはいかないが、君は裸足だしな……」

 祭壇の端に座る彼の足を見れば、肉付きの悪い足だがそこに傷はない。……瓦礫の多いこの建物の中を、どうやって無傷でここまで来た?

 胸にじわりと疑問が湧き上がる。

「バルザクトさん?」

 呼びかけられてハッと顔を上げると、心配そうな彼の顔が間近にあった。
 サラリとした黒髪が揺れ、ほんのりと花のような匂いを感じた。まるで乙女のようないい匂いだが、貴族の女性のものとは違ってきつすぎず鼻腔にやさしい。

「あ、ああ、すまない。君の靴があればいいんだが、服も、そのままでは外に出るのは恥ずかしいだろう」

 いつまでも嗅いでいたい柔らかな香りから身を離し、騎士服の上着を脱いで彼に渡す。細身の彼ならば、小柄な私の服でもなんとか着られるだろう。
 案の定寸足らずだが着れないことはなかった、裸よりはましだ。下肢には騎士のマントを巻いて、なんとも情けない間に合わせの格好に、申し訳なさが沸いてくる。
 二人ひと組で行動していれば、片方が服を取りに戻ることも可能だったのだが。彼をひとりにしておけない現状では、これ以上できることがないのが悔しい。

「あっ! ちょっと待ってください、もしかしたら……」

 彼はそう言うと、虚空を見つめ「ステータスオープン。っ! よし、データ全部引き継いでるぞ」と呟いて目を輝かせながら、虚空に指を滑らせていた。

 魔法を行使しているわけではなさそうだが、いまなにかをしているのは間違い無い。
 表情を引き締めて彼の挙動に注目をしていると、チラチラと私を見る彼の視線に気付く。なにか聞きたいことでもあるんだろうか?

「シュラ?」
「……っ! い、いかん……っ、彼は、攻略キャラっ。そもそも、俺はなぜ、戦闘系乙女ゲームの世界に男のまま来てしまったんだっ、実に不条理、実に意味不明っ! ここはTS転生が王道だろぉぉっ!」

 私から視線をはずし、頭を抱えて、鬼気迫る様子で呟いている彼に、それ以上声を掛けることは憚られた。

 わずかに頬を赤くしながら、虚空に指を滑らせていた彼だったが「装備変更完了っ」と呟いた次の瞬間、彼が着ていた私の上着とマントが消え去り、代わりにちょっと身なりのいい町民が着るような服と、それには少々似合わない厳ついブーツを履いていた。

「ふぅ……乙女系衣装とコスプレねた衣装しかないから焦ったけど……。あ、バルザクトさん、この格好おかしくないですか?」

 祭壇から降りてクルリとまわって見せた彼に、はにかんだ表情で問われて、呆然としたままなんとか答えを返す。

「おかしくは、ないな」

 衣服を瞬時に取り替える魔法などあるのだろうか? いや、あるのだろうな……もしかすると、彼は他国の魔法使いなのだろうか、いや、そうだとすれば他国の騎士である私の前で、手の内を見せるように魔法を使うだろうか?

「本当ですか! よかった。あ、これ、服ありがとうございましたっ」

 虚空から、先程私が貸したマントと上着を取り出して、笑顔で差し出してきた彼を見あげる。

「あ、ああ、どういたしまして」

 祭壇に座っているときはわからなかったが、私よりも視線が上だった。彼も私との身長差に気付いたのか、なんだか変な顔をしている。

「バルザクトさんって、実際には、わりと小柄だったんですね」

 小柄……。ようするに、低身長チビ

「私の成長期は、随分昔に止まってしまってね、この身長でもう何年も過ごしているが。騎士になる基準の身長はクリアしているから、問題ない」
「いやっ! あの、そうじゃなくて、す、座っていたので、もっと長身なのかと思っていてっ」

 憮然ぶぜんと答えた私に、目に見えて彼が慌てる。

「バルザクトさんが小さいとか、そうじゃなくて、あの、あなたは画面で見るよりもずっと素敵ですし、中性的な顔立ちとか、濃い金色のまつげに縁取られた目元が凜々しいし、騎士の服も似合っていて、とても格好いい騎士だと思いますっ」

 彼の慌てようと、まるで告白でもされているかのような言葉に、気が抜けてしまう。
 貧相な私を格好いい騎士などという人間は、いままで居なかった。それに、素敵だと言われるのもはじめてで……悪い気はしないものだな。

「ふふっ、こんなに褒めてもらうのははじめてだ。大丈夫だ、私は自分が小柄なことも、貧弱なこともちゃんと理解しているから、騎士としては……致命的だということもな」

 自嘲を込めたその言葉に、彼は真顔で首を振った。

「そんな、そんなことないです。バルザクトさんはもっと強くなれます! あなたの強みは筋肉じゃない、その魔力と、勤勉さだ! あなたが望むなら、もっと強くなれるんですっ」

 私の両肩を掴み真剣な表情でそう言い切った彼に、胸の奥がざわめく。
 強く、なれるだって?
 この私が? だって、基礎訓練をこなすので精一杯、付与魔法や回復系の魔法は他人よりは多少上手い自信はあるが、魔力量が多いわけじゃないから、たくさん使えるわけじゃない。

 体力も魔力もそこそこしかない、それが私だ。

「自分のことは、自分が一番よくわかっているよ」

 うまく笑えないながらも彼に笑みを向ければ、彼はギュッと唇を引き結び、私の肩を掴んだまま首を横に振った。

「違う、そうじゃなくて。俺を、俺を信じてくれませんか」

 なんでこんなに必死になんだろう、この人は。

「シュラ? 君は……どうして」
「お願いです、俺を、信じてくださいっ!」

 戸惑う私を、彼の黒い目が必死に貫く。
 その必死さが、いっそ忌々しい。胸にじわりと沸いた悪心のまま、視線を外す。

「いまさら強くなれたとしても、もう遅い」

 来年には十三歳年下の弟が、七歳になる。七歳になれば、我がアーバイツ家の嫡子としてお披露目が行われるんだ。
 そうなれば、女である私がこうして男の格好をして、第五騎士団にしがみついている必要もなくなる。

「遅くなんかない、遅くなんかないんです。バルザクトさん、お願いです、嘘だと思っててもいいから、俺の言うことを試してください――俺は、この世界のことわりの一部を知っているんです」
「なにを、馬鹿な……」
「俺は、この世界の人間じゃない。よその世界から、迷い込んだ人間なんです」



 ――その荒唐無稽な話を信じねばならなくなったのは、彼の必死さだけでなく実際に彼の言を試して、嘘ではないと実証できたからだった。

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