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第四章
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グレイドから夜会の為にと贈られたドレスは、はじめて見たときからディアスの心を引きつけていた。平民なのでドレスを着る機会もないし、もちろん持ってもいなかったから。
ディアスは恐る恐る繊細な生地のドレスに袖を通す。
傷はすべて隠しつつも、適度に肌を露出したシンプルなラインの青を基調としたドレスを着たディアスは部屋の真ん中で一度くるりと回ってから、裾を踏まないように気を付けつつドレッサーの前に座った。
髪を結い上げて飾りを付け、いつもより丁寧に化粧を施し、紅筆をケースに戻して鏡に映り込んだ自分を見た。
出来映えを確認してから、緊張で強張る頬を意識して引き上げて笑顔を作る。
「大丈夫、ちゃんとやれる。私は、リアーナの為に、ちゃんとやるわ」
不安な顔などしない、私は強い女だからと暗示を掛けて目を閉じる。
部屋のドアをノックする音にゆっくりと目を開けたディアスは、鏡にうつる凜とした顔が綺麗な笑みを作るのを確認して立ち上がる。
ドアの向こうに声をかけ、尋ねてきたのがグレイドだと確証を得て開ければ、いつもよりもきっちりと髪を後ろに撫でつけディアスのドレスに色を合わせ青の差し色を入れた黒を基調とした礼装を纏った彼が立っていて、ディアスはその偉丈夫っぷりに見惚れた。
そして、グレイドもまた、彼女を認めて凜々しい頬に柔らかな笑みを浮かべる。
「ティア、とても綺麗だ」
グレイドは一歩距離を詰め、ディアスの手を取ってその指先に口付けを落とした。
「あ、ありがとうございます。グレイド師長も、素敵です」
賛辞には馴れているのに、彼からの真っ直ぐな視線と熱を感じる低い声と指先への口付けに胸が高鳴ってしまう。真っ直ぐに視線を返すことができないディアスを、グレイドは愛しげに見下ろした。
グレイドは取ったままの彼女の細い手を、自らの腕にそっとかけさせる。
「では、行こうか」
「はいグレイド師長、参りましょう」
ディアスは覚悟を決めて顔を上げると、力強く頷いた。
◇◆◇
ドレスアップして現れた偉丈夫と美女に会場の視線が自然と集まる。
華やかな貴族達のなかにあって、決して見劣りしないディアスの所作――貴族の子弟の多い職場で「マナーも知らぬ猿」という謗りに奮起して磨き上げたものが十二分に役に立っていた。
前回の顔ぶれとは若干違うものの、これからを担う貴族達が揃った夜会は今宵も華やかで、ディアスは気後れしそうになる心を叱咤してグレイドの隣で顔をあげ笑みを浮かべる。
「……前回とは違って、自分の仕事を理解しているぶん、緊張してしまうわ」
軽く挨拶回りをしたふたりは、ひと息吐いて壁際までさがっていた。
緊張で冷たい指先を温めるため、レースの手袋越しに手を擦ったディアスは、グレイドが持ってきてくれたグラスに手を伸ばした。
甘いなかにも濃さを感じるそのお酒を、品のいい仕草のままで半分程飲み干し、一度唇から離して数呼吸おいて残りを飲み干した。
「大丈夫か、ティ……」
「ディアスとお呼びください。グレイド師長、もう一杯いただけるかしら?」
二人きりの場では無いからと呼び方を訂正したディアスは、ニッコリと微笑んでこっそりとグラスをグレイドに預けた。
飲もう。
そう決めたディアスは、グレイドの制止も聞かずに杯をあけつづける。
「それくらいでやめなさい、ダンスができなくなる」
五杯目を望むディアスに、グレイドはこれ以上は看過できないと、彼女の手をとめた。
「あら、大丈夫ですわ。すこし暖まったくらいで、まだ、酔ってませんもの」
ほんのりと頬を染めてとろりとした笑みを浮かべるディアスに、グレイドはもう手遅れかもしれないと感じる。
「酔ってる人間こそが、酔ってないと言い張るものだ」
呆れたようなグレイドの言葉に、ディアスはプッと頬を膨らませ、すぐに表情を改めるとグレイドの腕を取って彼を見上げた。
「では証拠をお見せしますわ。私と、踊っていただけます?」
仕方なくディアスをエスコートするグレイドと並んでホールに立ったふたりだったが、マント着用の前回とは違い、ドレスの上からできる不埒な行為は微々たるもので……。
お酒での体温上昇はあるものの、体の内側から這い上がってくるあの欲望はほんの僅かだった。焦ったディアスは、余計に欲望を遠のかせてしまう。
「ティア落ち着いて」
グレイドに囁かれ、ディアスは涙ぐんだ目元で縋るように彼を見上げた。その頼りない仕草にグレイドの体温があがる。
「すこし休もう」
曲の切れ目に手を引かれ、ディアスは悄然とした気持ちを押し隠し、見るものが見れば強張ったと称するだろう笑みを貼り付けてグレイドについて歩く。
シルリアーナ王妃の助けになるならばと奮起したのに、大事なところで役立たずな自分に焦り、焦りが悪循環をうむ。
テラスから、ぽつりぽつりと灯るあかりに幻想的に彩られた庭園に出たグレイドは、ディアスを室内から死角になる位置にあるベンチに座らせて自らも隣に座ると、彼女の冷たくなった手を取りその指先を大きなてのひらで包み温める。
無言で手を温めてくれるグレイドの横顔を見上げ、ディアスの胸がギュッと引き絞られポロリと涙が零れ落ちた。
その一粒が零れ落ちたことでハッとしたディアスは、グレイドの手の間から抜いた手で素早くその涙を拭い立ち上がった。
「ティア?」
心配そうに見上げてくるグレイドに、ディアスは少しだけこわばりの残る笑みを向けた。
「化粧をなおして参ります。グレイド隊長はこちらにいらっしゃいますか?」
「いや、途中まで送ろう」
そう言ってエスコートするグレイドの肘に掴まり、廊下の途中で彼と別れたディアスは、その先にある身繕いの為に用意されている部屋を目指した。
夜会がはじまってさほどたっていないせいか、他に人の居ない部屋で丁寧に化粧をなおしたディアスは、部屋を出たところで壮年の女官に声を掛けられた。
「ディアス様、王妃様がお呼びですので、御一緒願えますでしょうか」
しっかり教育されている女官の言葉にディアスは驚き、一瞬なにかの罠かと思いつつも、拒否するという選択肢はないことに気づいて女官に頷いた。
「承知いたしました、案内お願い致します」
「ありがとうございます。こちらです」
礼儀正しいその女官の後に続いてぐるりと会場を回廊から迂回する。彼女のあとに続きながら、グレイドを探したが彼の姿は会場に見えなかった。
「お連れ様にも伝えておりますから、大丈夫ですよ。ささ、こちらでございます」
ディアスの様子に気付いた女官は、穏やかに微笑んで先を促す。そうして連れられて着いたのは、建物の右翼側に位置する棟だった。
左翼側が来賓のための棟ならば、右翼側は主催者のプライベート空間となっている。
入り口の警備は強固で、ディアスはそのなかにコレンドが居ないことに安堵しながら、女官のあとに続いた。
「こちらでございます。ディアス様をお連れ致しました」
ノックのあとに声を掛け、応じる声を待ってから静かにドアを開けてディアスを促した。
内心の警戒を表に出さないようにして、ほのかな蝋燭のあかりの灯る部屋のなかに入ったディアスは、そこに懐かしい彼女の姿を見つけて思わず破顔する。
「ディアス!」
小柄なシルリアーナに飛びつくように抱きつかれ、少しよろめいたもののディアスもしっかりと彼女を抱きしめ返した。二人のうしろで、しずかにドアが閉められる。
繊細な金色の髪に頬を埋め、以前と変わらぬ優しい彼女の香りを吸い込み溜め息が零れる。
「あぁ、リアーナ……」
遠くから見ることはあっても、こうしてふれ合うのは久しぶりで、ディアスは彼女を抱きしめていた腕に力がこもる。同じようにシルリアーナの腕も強くなった。
「ディアス。ごめんなさい、わたくしのせいで」
湿ったその声にディアスはハッとして腕の力を緩め、腕のなかのシルリアーナを見下ろした。
儚げな少女だった彼女は、ほっそりとした肢体を上質なドレスに身を包み今や麗しい美女となっていたが、ディアスの庇護欲を強く刺激するのは変わっていない。
「リアーナ、謝らないで。私が望んでしていることよ」
柔らかな声でシルリアーナを慰撫し宥めるように優しく背中を撫でると、うるんだ瞳がディアスを見上げる。
「ですが、わたくしが辛いのです。ディアスが苦労してきたのを知っているのに、わたくしのせいであなたを傷つけてしまうのが……」
震える華奢な肩を抱き寄せると、甘えるように首筋にシルリアーナのちいさな頭が寄せられる。
「大丈夫、大丈夫よ、リアーナ」
シルリアーナの髪飾りに気を付けながら、そっと頬を寄せたディアスは目を閉じて腕の中に確かに居るシルリアーナの存在を噛みしめる。
「……ディアスの香りは、とても安心する」
ディアスの首筋で深く息を吸い込んだシルリアーナが、甘えるような声音で呟く。その囁くような吐息が首筋にかかり、ディアスはくすぐったさに小さく身を捩る。
「ディアスとなら、こうして触れあっていても安堵しかないのに、あの方だと……」
シルリアーナがぎゅっとしがみついて零した言葉に、ディアスは『あの方』が陛下を指しているのだと察する。
「陛……旦那様とだと、緊張してしまう?」
自分も、以前はグレイドに抱きしめられて緊張していたことを思い出して尋ねると、シルリアーナは微かに頷いた。
「結婚してもう何年も経つのに、おかしいでしょ? でも、早く子を作らなければと、そう思えば思う程、肌を合わせるのが……怖くなるの」
「肌を、合わせるのが?」
頷くシルリアーナは、もう最近は義務としか思えなくなってしまったと、哀しい声で告げた。
ディアスはその言葉を出さざるを得なかった彼女の境遇に胸が痛くなるのを感じ、このままではいけないと顔をあげる。愛する人と思いを通じ合わせ、肌を重ねるあの甘やかな幸福を――いまだ旦那様を愛している彼女に取り戻させることができるのは、自分だけだとディアスは知っているから。
「リアーナに、私の快感を分けてあげるわ」
驚きに見上げるシルリアーナに、ディアスは蕩けるような微笑みを返した。
ディアスは恐る恐る繊細な生地のドレスに袖を通す。
傷はすべて隠しつつも、適度に肌を露出したシンプルなラインの青を基調としたドレスを着たディアスは部屋の真ん中で一度くるりと回ってから、裾を踏まないように気を付けつつドレッサーの前に座った。
髪を結い上げて飾りを付け、いつもより丁寧に化粧を施し、紅筆をケースに戻して鏡に映り込んだ自分を見た。
出来映えを確認してから、緊張で強張る頬を意識して引き上げて笑顔を作る。
「大丈夫、ちゃんとやれる。私は、リアーナの為に、ちゃんとやるわ」
不安な顔などしない、私は強い女だからと暗示を掛けて目を閉じる。
部屋のドアをノックする音にゆっくりと目を開けたディアスは、鏡にうつる凜とした顔が綺麗な笑みを作るのを確認して立ち上がる。
ドアの向こうに声をかけ、尋ねてきたのがグレイドだと確証を得て開ければ、いつもよりもきっちりと髪を後ろに撫でつけディアスのドレスに色を合わせ青の差し色を入れた黒を基調とした礼装を纏った彼が立っていて、ディアスはその偉丈夫っぷりに見惚れた。
そして、グレイドもまた、彼女を認めて凜々しい頬に柔らかな笑みを浮かべる。
「ティア、とても綺麗だ」
グレイドは一歩距離を詰め、ディアスの手を取ってその指先に口付けを落とした。
「あ、ありがとうございます。グレイド師長も、素敵です」
賛辞には馴れているのに、彼からの真っ直ぐな視線と熱を感じる低い声と指先への口付けに胸が高鳴ってしまう。真っ直ぐに視線を返すことができないディアスを、グレイドは愛しげに見下ろした。
グレイドは取ったままの彼女の細い手を、自らの腕にそっとかけさせる。
「では、行こうか」
「はいグレイド師長、参りましょう」
ディアスは覚悟を決めて顔を上げると、力強く頷いた。
◇◆◇
ドレスアップして現れた偉丈夫と美女に会場の視線が自然と集まる。
華やかな貴族達のなかにあって、決して見劣りしないディアスの所作――貴族の子弟の多い職場で「マナーも知らぬ猿」という謗りに奮起して磨き上げたものが十二分に役に立っていた。
前回の顔ぶれとは若干違うものの、これからを担う貴族達が揃った夜会は今宵も華やかで、ディアスは気後れしそうになる心を叱咤してグレイドの隣で顔をあげ笑みを浮かべる。
「……前回とは違って、自分の仕事を理解しているぶん、緊張してしまうわ」
軽く挨拶回りをしたふたりは、ひと息吐いて壁際までさがっていた。
緊張で冷たい指先を温めるため、レースの手袋越しに手を擦ったディアスは、グレイドが持ってきてくれたグラスに手を伸ばした。
甘いなかにも濃さを感じるそのお酒を、品のいい仕草のままで半分程飲み干し、一度唇から離して数呼吸おいて残りを飲み干した。
「大丈夫か、ティ……」
「ディアスとお呼びください。グレイド師長、もう一杯いただけるかしら?」
二人きりの場では無いからと呼び方を訂正したディアスは、ニッコリと微笑んでこっそりとグラスをグレイドに預けた。
飲もう。
そう決めたディアスは、グレイドの制止も聞かずに杯をあけつづける。
「それくらいでやめなさい、ダンスができなくなる」
五杯目を望むディアスに、グレイドはこれ以上は看過できないと、彼女の手をとめた。
「あら、大丈夫ですわ。すこし暖まったくらいで、まだ、酔ってませんもの」
ほんのりと頬を染めてとろりとした笑みを浮かべるディアスに、グレイドはもう手遅れかもしれないと感じる。
「酔ってる人間こそが、酔ってないと言い張るものだ」
呆れたようなグレイドの言葉に、ディアスはプッと頬を膨らませ、すぐに表情を改めるとグレイドの腕を取って彼を見上げた。
「では証拠をお見せしますわ。私と、踊っていただけます?」
仕方なくディアスをエスコートするグレイドと並んでホールに立ったふたりだったが、マント着用の前回とは違い、ドレスの上からできる不埒な行為は微々たるもので……。
お酒での体温上昇はあるものの、体の内側から這い上がってくるあの欲望はほんの僅かだった。焦ったディアスは、余計に欲望を遠のかせてしまう。
「ティア落ち着いて」
グレイドに囁かれ、ディアスは涙ぐんだ目元で縋るように彼を見上げた。その頼りない仕草にグレイドの体温があがる。
「すこし休もう」
曲の切れ目に手を引かれ、ディアスは悄然とした気持ちを押し隠し、見るものが見れば強張ったと称するだろう笑みを貼り付けてグレイドについて歩く。
シルリアーナ王妃の助けになるならばと奮起したのに、大事なところで役立たずな自分に焦り、焦りが悪循環をうむ。
テラスから、ぽつりぽつりと灯るあかりに幻想的に彩られた庭園に出たグレイドは、ディアスを室内から死角になる位置にあるベンチに座らせて自らも隣に座ると、彼女の冷たくなった手を取りその指先を大きなてのひらで包み温める。
無言で手を温めてくれるグレイドの横顔を見上げ、ディアスの胸がギュッと引き絞られポロリと涙が零れ落ちた。
その一粒が零れ落ちたことでハッとしたディアスは、グレイドの手の間から抜いた手で素早くその涙を拭い立ち上がった。
「ティア?」
心配そうに見上げてくるグレイドに、ディアスは少しだけこわばりの残る笑みを向けた。
「化粧をなおして参ります。グレイド隊長はこちらにいらっしゃいますか?」
「いや、途中まで送ろう」
そう言ってエスコートするグレイドの肘に掴まり、廊下の途中で彼と別れたディアスは、その先にある身繕いの為に用意されている部屋を目指した。
夜会がはじまってさほどたっていないせいか、他に人の居ない部屋で丁寧に化粧をなおしたディアスは、部屋を出たところで壮年の女官に声を掛けられた。
「ディアス様、王妃様がお呼びですので、御一緒願えますでしょうか」
しっかり教育されている女官の言葉にディアスは驚き、一瞬なにかの罠かと思いつつも、拒否するという選択肢はないことに気づいて女官に頷いた。
「承知いたしました、案内お願い致します」
「ありがとうございます。こちらです」
礼儀正しいその女官の後に続いてぐるりと会場を回廊から迂回する。彼女のあとに続きながら、グレイドを探したが彼の姿は会場に見えなかった。
「お連れ様にも伝えておりますから、大丈夫ですよ。ささ、こちらでございます」
ディアスの様子に気付いた女官は、穏やかに微笑んで先を促す。そうして連れられて着いたのは、建物の右翼側に位置する棟だった。
左翼側が来賓のための棟ならば、右翼側は主催者のプライベート空間となっている。
入り口の警備は強固で、ディアスはそのなかにコレンドが居ないことに安堵しながら、女官のあとに続いた。
「こちらでございます。ディアス様をお連れ致しました」
ノックのあとに声を掛け、応じる声を待ってから静かにドアを開けてディアスを促した。
内心の警戒を表に出さないようにして、ほのかな蝋燭のあかりの灯る部屋のなかに入ったディアスは、そこに懐かしい彼女の姿を見つけて思わず破顔する。
「ディアス!」
小柄なシルリアーナに飛びつくように抱きつかれ、少しよろめいたもののディアスもしっかりと彼女を抱きしめ返した。二人のうしろで、しずかにドアが閉められる。
繊細な金色の髪に頬を埋め、以前と変わらぬ優しい彼女の香りを吸い込み溜め息が零れる。
「あぁ、リアーナ……」
遠くから見ることはあっても、こうしてふれ合うのは久しぶりで、ディアスは彼女を抱きしめていた腕に力がこもる。同じようにシルリアーナの腕も強くなった。
「ディアス。ごめんなさい、わたくしのせいで」
湿ったその声にディアスはハッとして腕の力を緩め、腕のなかのシルリアーナを見下ろした。
儚げな少女だった彼女は、ほっそりとした肢体を上質なドレスに身を包み今や麗しい美女となっていたが、ディアスの庇護欲を強く刺激するのは変わっていない。
「リアーナ、謝らないで。私が望んでしていることよ」
柔らかな声でシルリアーナを慰撫し宥めるように優しく背中を撫でると、うるんだ瞳がディアスを見上げる。
「ですが、わたくしが辛いのです。ディアスが苦労してきたのを知っているのに、わたくしのせいであなたを傷つけてしまうのが……」
震える華奢な肩を抱き寄せると、甘えるように首筋にシルリアーナのちいさな頭が寄せられる。
「大丈夫、大丈夫よ、リアーナ」
シルリアーナの髪飾りに気を付けながら、そっと頬を寄せたディアスは目を閉じて腕の中に確かに居るシルリアーナの存在を噛みしめる。
「……ディアスの香りは、とても安心する」
ディアスの首筋で深く息を吸い込んだシルリアーナが、甘えるような声音で呟く。その囁くような吐息が首筋にかかり、ディアスはくすぐったさに小さく身を捩る。
「ディアスとなら、こうして触れあっていても安堵しかないのに、あの方だと……」
シルリアーナがぎゅっとしがみついて零した言葉に、ディアスは『あの方』が陛下を指しているのだと察する。
「陛……旦那様とだと、緊張してしまう?」
自分も、以前はグレイドに抱きしめられて緊張していたことを思い出して尋ねると、シルリアーナは微かに頷いた。
「結婚してもう何年も経つのに、おかしいでしょ? でも、早く子を作らなければと、そう思えば思う程、肌を合わせるのが……怖くなるの」
「肌を、合わせるのが?」
頷くシルリアーナは、もう最近は義務としか思えなくなってしまったと、哀しい声で告げた。
ディアスはその言葉を出さざるを得なかった彼女の境遇に胸が痛くなるのを感じ、このままではいけないと顔をあげる。愛する人と思いを通じ合わせ、肌を重ねるあの甘やかな幸福を――いまだ旦那様を愛している彼女に取り戻させることができるのは、自分だけだとディアスは知っているから。
「リアーナに、私の快感を分けてあげるわ」
驚きに見上げるシルリアーナに、ディアスは蕩けるような微笑みを返した。
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