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第二話

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「アルフレッド様。いらっしゃいませ」
「こんにちは」

 金色の髪に鳶色の瞳を持つ整った容貌で、騎士職で鍛えているとあって均整の取れた体つきをしている。もちろん王子様に憧れる女性は多いが、騎士もまた女性人気が高い。アルフレッド様はその中でも群を抜いて高い支持を得ていると思う。

 彼とは何度となく同じ仕事をすることはあったが、各々の職業上、同じ場面を共にすることは少ない。しかし当店の薬を気に入ってくださっているようで、うちの常連様になってくれている。また、魔女を敬遠せずに普通に接してくれる方だ。

「今日はバーバラ様はいらっしゃらないのかい」
「奥で調合中ですが、呼んできましょうか」
「ああ、いや。姿が見えないもので少し気になっただけだから。薬をお願いできる?」
「はい。かしこまりました」

 アルフレッド様の次の仕事をお聞きしながら薬を用意する。
 怪我をしそうだから今回は強化薬が必要のようだ。

「いつもお買い上げありがとうございます。次のお仕事は大変そうですね。念の為に回復薬をサービスで付けておきます。くれぐれもご自愛ください」

 精算を終えると労いの言葉をかける。

「こちらこそいつもありがとう。ナディアさんも体に気をつけて。昨日も塔に登って大変だったね」
「え。ご、ご覧になっていたのですか」

 まさか見られているとは思っていなかったので、急に恥ずかしくなる。
 登る姿が間抜けではなかっただろうか。ああ、どうせ変身していたから関係ないわね。……でも、あれ? 老婆に変身していたのによく気付いてくださったな。

「僕もちょうど近くで仕事だったんだ」
「そうだったのですね」
「……ナディアさん、危険な仕事を受けすぎじゃないかい? 火あぶりにされたり、水の中に落とされたりとか」
「あはは。そうかもですね」

 我ながら結構体を張っているとは思う。危険手当がつくから何とかやっていられるもので。

「とても心配だ」

 アルフレッド様はお優しい方だ。……誰にでもお優しい方。
 それでも心臓がとくとくと早音を打つ。
 もちろん自分に釣り合うような方ではないのは重々承知している。今の関係以上を望むのは高望みすぎるということも。

「お気遣いいただいて、ありがとうございます。無理はしていないから大丈夫ですよ」

 舞い込んでくる仕事を選り好みしないのも、もしかしたらアルフレッド様をひと目だけでも拝見できるかもしれないと考えるから。

「だけど」

 アルフレッド様がそこまで言った時、再び扉のベルが鳴った。来客だ。

「お客様だね。では僕はもう失礼するよ」

 名残惜しそうに見えるのは私がそう思いたいからだろう。

「はい。ではまたのご来店をお待ちしております」

 笑顔でアルフレッド様を送り出すと、彼は入ってきた女性客に軽く黙礼して去って行った。女性は見惚れたようにその後ろ姿を見送っていたが、私が声をかけると我に返ったようにカウンターへと歩いてくる。

「いらっしゃいませ。本日は何をご所望でしょうか」

 貴族のご令嬢だろう。身なりが美しく品もある女性だ。

「実は……あの」

 言いづらそうに視線を落として口ごもっていた彼女だったが、決意したようにきっと顔を上げる。

「ほ、ほれ薬、なる物は……無いでしょうか!」
「惚れ薬ですか」
「え、ええ」

 彼女はまた視線を落とすと頬を赤く染めた。

「薬に頼ることは卑怯だと思います。好きになってほしいなどとは望んではおりません。けれどほんの少しだけでいい。わたくしを意識してほしいのです」

 恋する彼女の気持ちは痛いほど分かってしまう。だから私も彼女に協力したくなった。

「少しお高くなりますが、入ったばかりの良い薬があります。少々お待ちくださいますか」

 彼女をソファーに勧めると調合室に入る。

「お祖母ちゃん」
「ん? 調合が必要なお客様か?」
「ええ。これの用量と適正価格……分かる?」

 手に取ったのは、先ほどの人魚の声の結晶が入っている小瓶だった。


「ありがとうございました」

 彼女は嬉しそうに受け取ると礼を述べて去って行った。
 受け取ったお金を箱に入れて調合室へと戻った私は祖母に話しかける。

「さすが貴族のご令嬢様ね。金払いがいいわ」
「そうかい」
「……お祖母ちゃん。私、間違っていたかな」

 人の心を媚薬で乱すなんて許されることだったのだろうか。
 瓶を手に取ると残っている結晶を見つめる。

「さてな。ただ、需要があるから供給がある。それにお前さんがそのお客様の力になりたいと思ったのだろう。だったらその結果を見届けるしかないんじゃないか」

 私は頷くと、身勝手にも自分の想いを乗せた彼女に良い結果が生まれるといいなと思った。


 翌日。
 お昼の休憩時間となって町へ買い物に繰り出した私は、昨日の自分の判断が自分の首を締める結果として目撃する羽目になった。
 昨日の女性客が一緒にいたのは、他でもないアルフレッド様だったのだ。

 アルフレッド様は穏やかな表情で彼女を見つめ、彼を仰ぎ見る彼女は頬を染めて美しく輝いている。美男美女でお似合いの二人だ。

 自分は最初から諦めて動こうとはしなかった。だからこの結末は仕方ないものだと理解している。けれど二人を見ているのが苦しくなった私は身を翻すとその場を去った。
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