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涙をぬぐうことも忘れ、ぼやけたアリーナをただ見つめていると、殿下が私の側にやって来てハンカチを手渡してくださいました。
「あり、がとうございます」
殿下から受け取ったハンカチを頬に当てる間も、妹は私をきつく睨み付けたままです。
「こんな所でわざとらしい涙を流していやらしい! 殿下! 姉はこのように人を騙し、惑わす人間なのです!」
叩きつけるような妹の荒らげた声は聞いたことがなかったなとぼんやり思いましたが、いつも妹の言い分が全て通っていたからその必要がなかったのだろうと理解しました。
「もうよせ、アリーナ。君こそ見苦しいぞ」
「けれど殿下はわたくしを誤解したままでいらっしゃいます!」
「……確かにそうだな。私は君を誤解していた。それは認めよう。美しい仮面の下にはこんなに醜悪な顔が隠されていたとはな」
「で、殿下は! 婚約者のわたくしよりも、この嘘つき女の姉を信じると言うのですか!」
目を吊り上げ、顔を赤らめて憤る妹に、殿下は疲れたように大きくため息をつかれました。
「アリーナ。私は自分が見ていないものや、自分で検証もしていないものの真偽を確定することなどできないし、するつもりなどない」
「ならばなぜ!」
「まだ分からないか。私は、君がその男と熱烈に愛を語り合っているその現場をこの目で目撃したんだ」
「っ!」
そう。
アリーナが私に見せつけようと睦み合っていたその現場では、私のみならず、殿下も目撃なさっていたのです。きっと殿下もアリーナを探しに庭に出たのでしょう。
殿下は身動きできなかった私をその場から連れ出してくださいました。殿下も同じく、いえ、私以上に衝撃を受けたはずだったでしょうに。
「ああ。君はこの男とこうも相談していたな。公衆の面前で婚約破棄を発表して、姉に恥をかかせてやろうと。――どうだ? 自分が先にその立場になった気分は。満足か?」
「あ……。も……もう、申し訳、ありません」
殿下から顎で示されたマリオット様は震える声で謝罪を始めます。
「申し訳ありません、申し訳ありません! まさか彼女が殿下の婚約者様だったとは露ほどにも知らなかったのです。扇情的に私に言い寄ってきて、姉は自分をいじめる酷い女だと嘘を吹き込まれたのです! 私はこの女に騙されていただけなのです! この女こそ嘘つきなのです!」
「こっ、の裏切り者! 侯爵家の次男ごときを相手にしてあげたこの私に向かっ――」
そこまで言ってアリーナははっと言葉を切りました。
「どうかお許しを! どうか殿下、私にご慈悲を!」
マリオット様は殿下に慈悲を懇願し、アリーナはもはや反論の言葉を失い、顔色を赤から青に変えて震えるのみ。
会場では皆、息を詰めて見つめるばかりで罵りの声も、嘲りの声も誰一人として上げません。私も彼女にかける言葉はありませんでした。ただ彼女の怯え震える姿を、この成り行きを静かに見守るだけ。
「処分は追って言い渡す。マリオット・イミドール。君は知らなかったと言ったが、君たち二人は不貞を働いて婚約者である彼女を傷つけた上、王家の面子を丸潰しにしたんだ。軽い処分で済むとは思うな。――以上だ。皆の者、騒ぎを起こしてすまない。この話題を酒のあてに残りの晩餐会を楽しんでくれ」
皮肉げにそうおっしゃって殿下がパーティー会場を退室すると、元婚約者のマリオット様は顔面蒼白で立ち尽くし、アリーナは、私の妹は顔を覆って高らかに泣き叫びました。
「あり、がとうございます」
殿下から受け取ったハンカチを頬に当てる間も、妹は私をきつく睨み付けたままです。
「こんな所でわざとらしい涙を流していやらしい! 殿下! 姉はこのように人を騙し、惑わす人間なのです!」
叩きつけるような妹の荒らげた声は聞いたことがなかったなとぼんやり思いましたが、いつも妹の言い分が全て通っていたからその必要がなかったのだろうと理解しました。
「もうよせ、アリーナ。君こそ見苦しいぞ」
「けれど殿下はわたくしを誤解したままでいらっしゃいます!」
「……確かにそうだな。私は君を誤解していた。それは認めよう。美しい仮面の下にはこんなに醜悪な顔が隠されていたとはな」
「で、殿下は! 婚約者のわたくしよりも、この嘘つき女の姉を信じると言うのですか!」
目を吊り上げ、顔を赤らめて憤る妹に、殿下は疲れたように大きくため息をつかれました。
「アリーナ。私は自分が見ていないものや、自分で検証もしていないものの真偽を確定することなどできないし、するつもりなどない」
「ならばなぜ!」
「まだ分からないか。私は、君がその男と熱烈に愛を語り合っているその現場をこの目で目撃したんだ」
「っ!」
そう。
アリーナが私に見せつけようと睦み合っていたその現場では、私のみならず、殿下も目撃なさっていたのです。きっと殿下もアリーナを探しに庭に出たのでしょう。
殿下は身動きできなかった私をその場から連れ出してくださいました。殿下も同じく、いえ、私以上に衝撃を受けたはずだったでしょうに。
「ああ。君はこの男とこうも相談していたな。公衆の面前で婚約破棄を発表して、姉に恥をかかせてやろうと。――どうだ? 自分が先にその立場になった気分は。満足か?」
「あ……。も……もう、申し訳、ありません」
殿下から顎で示されたマリオット様は震える声で謝罪を始めます。
「申し訳ありません、申し訳ありません! まさか彼女が殿下の婚約者様だったとは露ほどにも知らなかったのです。扇情的に私に言い寄ってきて、姉は自分をいじめる酷い女だと嘘を吹き込まれたのです! 私はこの女に騙されていただけなのです! この女こそ嘘つきなのです!」
「こっ、の裏切り者! 侯爵家の次男ごときを相手にしてあげたこの私に向かっ――」
そこまで言ってアリーナははっと言葉を切りました。
「どうかお許しを! どうか殿下、私にご慈悲を!」
マリオット様は殿下に慈悲を懇願し、アリーナはもはや反論の言葉を失い、顔色を赤から青に変えて震えるのみ。
会場では皆、息を詰めて見つめるばかりで罵りの声も、嘲りの声も誰一人として上げません。私も彼女にかける言葉はありませんでした。ただ彼女の怯え震える姿を、この成り行きを静かに見守るだけ。
「処分は追って言い渡す。マリオット・イミドール。君は知らなかったと言ったが、君たち二人は不貞を働いて婚約者である彼女を傷つけた上、王家の面子を丸潰しにしたんだ。軽い処分で済むとは思うな。――以上だ。皆の者、騒ぎを起こしてすまない。この話題を酒のあてに残りの晩餐会を楽しんでくれ」
皮肉げにそうおっしゃって殿下がパーティー会場を退室すると、元婚約者のマリオット様は顔面蒼白で立ち尽くし、アリーナは、私の妹は顔を覆って高らかに泣き叫びました。
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