11 / 11
(終)
しおりを挟む
「姉さん。本当に殿下と婚約するつもり? あんなアリーナ姉さんの正体も見抜けなかった間抜けとさ」
「こら。殿下に対して言葉が過ぎるわ、エミリオ」
陛下との謁見が終わり、部屋を出たエミリオは私にそう言いました。
「これから僕と一緒にあの家で生きていこうよ」
「そうね……。そうだったわ。私がいずれ王室に入るようなことになったら、あなたをあの家で一人にすることになってしまうのね。あなた一人にするわけにも――あら。そういえば、あなたは今の学校はどうするの?」
寄宿学校は今の家からでは通いはできないくらい遠いし、何よりも寮に入ることが条件だったような気がします。
「叔父上と相談してみるけど、家の近くの学校に移ろうかなと思って。今の学校もそう悪くないとは思っているけど、当主となるわけだし、家をあと二年も離れておくわけにもいかないし」
「そう。そうね」
「僕のことはいいとしてさ。この婚約、僕は手放しで賛成はできないな。そもそもが上っ面だけでアリーナ姉さんを選んだ殿下でしょ? 結婚したら苦労すると思うなあ。殿下には、姉さんに何かあっても助けてくれるだけの力量もなさそうだし」
この私の可愛い弟は顔に似合わず辛辣な言葉を放ちます。
「だから言葉が過ぎるわよ。それにさっきはわたくしを庇ってくださったわ」
「まあ、それは……そうだけどさ。でも、いくら王侯貴族はもともと政略結婚が主流だとは言え、アリーナ姉さんへの当てつけみたいにナタリア姉さんを婚約者にしようとする殿下もどうかと思うよ」
「それだけじゃ……」
私は殿下とのやり取りを思い出します。
「まあ、私としては君が悪女でもそうでなくてもいい。だが、私も君も元婚約者に報復することができるんだ。ここは一つ双方の利益のためにも手を組まないか? それに」
殿下は気まずそうに頬を掻きました。
「それに何も君に全く興味がないわけじゃない」
「え?」
「あの夜。二人が逢瀬していた現場を見て茫然と立ち尽くす君に。月の光を受けて心を映し出されたように、あまりにも美しく涙する君の姿に――目を奪われた」
最後はふっと笑みをこぼし、私を見つめる殿下に頬が急激に熱くなりました。誤魔化そうと私は慌てて口を開きます。
「あ、悪趣味ですね!」
天下の殿下に向かって罵ってしまいましたが、殿下は楽しげに笑いました。
「そうだな。私としては君が策略家の悪女なのか、あるいはお人好しの聖女なのか、これから知る楽しみがある。何より、君の泣き顔よりも笑顔を見ていきたいしな」
「……本当に悪趣味なお方ですね。分かりました。わたくしもお相手を王太子殿下で手を打つことにしましょう」
「なかなか言うな。まあ――よろしく」
「おい、姉弟そろって言ってくれるな」
殿下の声が間近で聞こえてはっと思考から戻り、声の方向に視線を向けると、むっとしたご様子で腕を組んでいらっしゃいました。
「おや。殿下ともあろう者が聞き耳を立てておられたのですか」
「エミリオ、君は私に対して当たりが強くないか?」
「大事な姉を任せられる人かどうか心配に思っているんですよ」
「まあ、否定はできないが。これから挽回するから長い目で見てくれ」
エミリオ相手に頬をかいた殿下が下手に出ているところが、何だかおかしい。
思わずくすりと笑うと、エミリオはため息をつきました。
「でも結局、アリーナ姉さんともども、マリオット・イミドールを牢屋にぶち込めませんでしたよね。先行きが不安ですよ」
「さっきも思ったが、身内にも厳しいな!」
殿下は苦笑いし、肩をすくめました。
「王家の顔に泥を塗ったとはいえ、剣を向けたわけでもないから、これぐらいの処遇が妥当だろう。侯爵も多くの金を持たせず追放すると言うし」
「まあ、仕方がないか。ともかく殿下まで姉さんを裏切って泣かせたりしたら、承知しませんよ」
「もちろんだ。何より私は、彼女の泣き顔より笑顔を見たいと思っているから」
「は!? やっぱりこの人、気に食わないな……」
「何でだよ!」
むっとする殿下と嫌そうに眉をひそめるエミリオのやり取りに笑いがこらえきれず、吹き出してしまいました。
「でも姉を笑顔にできる人みたいですね。やっぱり殿下にお任せするしかないかな」
「エミリオ……」
「僕のことは大丈夫だよ。叔父上もいるし」
エミリオは肩をすくめると姿勢を正します。
「殿下。姉をどうぞよろしくお願いいたします」
「ああ。分かった」
殿下もまた真剣な面持ちになると、頷かれました。そして私へと手を差し伸べます。
「ナタリア、決して楽な道ではないと思うが、君と乗り越えていきたい。君をたくさん笑顔にすると約束するから、私と共に生きてくれ」
「――はい」
私は微笑みながら手を重ねました。
(終)
私が策略家の悪女なのか、あるいはお人好しの聖女なのか。
それは――。
あなた次第です。
「こら。殿下に対して言葉が過ぎるわ、エミリオ」
陛下との謁見が終わり、部屋を出たエミリオは私にそう言いました。
「これから僕と一緒にあの家で生きていこうよ」
「そうね……。そうだったわ。私がいずれ王室に入るようなことになったら、あなたをあの家で一人にすることになってしまうのね。あなた一人にするわけにも――あら。そういえば、あなたは今の学校はどうするの?」
寄宿学校は今の家からでは通いはできないくらい遠いし、何よりも寮に入ることが条件だったような気がします。
「叔父上と相談してみるけど、家の近くの学校に移ろうかなと思って。今の学校もそう悪くないとは思っているけど、当主となるわけだし、家をあと二年も離れておくわけにもいかないし」
「そう。そうね」
「僕のことはいいとしてさ。この婚約、僕は手放しで賛成はできないな。そもそもが上っ面だけでアリーナ姉さんを選んだ殿下でしょ? 結婚したら苦労すると思うなあ。殿下には、姉さんに何かあっても助けてくれるだけの力量もなさそうだし」
この私の可愛い弟は顔に似合わず辛辣な言葉を放ちます。
「だから言葉が過ぎるわよ。それにさっきはわたくしを庇ってくださったわ」
「まあ、それは……そうだけどさ。でも、いくら王侯貴族はもともと政略結婚が主流だとは言え、アリーナ姉さんへの当てつけみたいにナタリア姉さんを婚約者にしようとする殿下もどうかと思うよ」
「それだけじゃ……」
私は殿下とのやり取りを思い出します。
「まあ、私としては君が悪女でもそうでなくてもいい。だが、私も君も元婚約者に報復することができるんだ。ここは一つ双方の利益のためにも手を組まないか? それに」
殿下は気まずそうに頬を掻きました。
「それに何も君に全く興味がないわけじゃない」
「え?」
「あの夜。二人が逢瀬していた現場を見て茫然と立ち尽くす君に。月の光を受けて心を映し出されたように、あまりにも美しく涙する君の姿に――目を奪われた」
最後はふっと笑みをこぼし、私を見つめる殿下に頬が急激に熱くなりました。誤魔化そうと私は慌てて口を開きます。
「あ、悪趣味ですね!」
天下の殿下に向かって罵ってしまいましたが、殿下は楽しげに笑いました。
「そうだな。私としては君が策略家の悪女なのか、あるいはお人好しの聖女なのか、これから知る楽しみがある。何より、君の泣き顔よりも笑顔を見ていきたいしな」
「……本当に悪趣味なお方ですね。分かりました。わたくしもお相手を王太子殿下で手を打つことにしましょう」
「なかなか言うな。まあ――よろしく」
「おい、姉弟そろって言ってくれるな」
殿下の声が間近で聞こえてはっと思考から戻り、声の方向に視線を向けると、むっとしたご様子で腕を組んでいらっしゃいました。
「おや。殿下ともあろう者が聞き耳を立てておられたのですか」
「エミリオ、君は私に対して当たりが強くないか?」
「大事な姉を任せられる人かどうか心配に思っているんですよ」
「まあ、否定はできないが。これから挽回するから長い目で見てくれ」
エミリオ相手に頬をかいた殿下が下手に出ているところが、何だかおかしい。
思わずくすりと笑うと、エミリオはため息をつきました。
「でも結局、アリーナ姉さんともども、マリオット・イミドールを牢屋にぶち込めませんでしたよね。先行きが不安ですよ」
「さっきも思ったが、身内にも厳しいな!」
殿下は苦笑いし、肩をすくめました。
「王家の顔に泥を塗ったとはいえ、剣を向けたわけでもないから、これぐらいの処遇が妥当だろう。侯爵も多くの金を持たせず追放すると言うし」
「まあ、仕方がないか。ともかく殿下まで姉さんを裏切って泣かせたりしたら、承知しませんよ」
「もちろんだ。何より私は、彼女の泣き顔より笑顔を見たいと思っているから」
「は!? やっぱりこの人、気に食わないな……」
「何でだよ!」
むっとする殿下と嫌そうに眉をひそめるエミリオのやり取りに笑いがこらえきれず、吹き出してしまいました。
「でも姉を笑顔にできる人みたいですね。やっぱり殿下にお任せするしかないかな」
「エミリオ……」
「僕のことは大丈夫だよ。叔父上もいるし」
エミリオは肩をすくめると姿勢を正します。
「殿下。姉をどうぞよろしくお願いいたします」
「ああ。分かった」
殿下もまた真剣な面持ちになると、頷かれました。そして私へと手を差し伸べます。
「ナタリア、決して楽な道ではないと思うが、君と乗り越えていきたい。君をたくさん笑顔にすると約束するから、私と共に生きてくれ」
「――はい」
私は微笑みながら手を重ねました。
(終)
私が策略家の悪女なのか、あるいはお人好しの聖女なのか。
それは――。
あなた次第です。
289
お気に入りに追加
1,360
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(14件)
あなたにおすすめの小説

いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた
奏千歌
恋愛
[ディエム家の双子姉妹]
どうして、こんな事になってしまったのか。
妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。

妹が公爵夫人になりたいようなので、譲ることにします。
夢草 蝶
恋愛
シスターナが帰宅すると、婚約者と妹のキスシーンに遭遇した。
どうやら、妹はシスターナが公爵夫人になることが気に入らないらしい。
すると、シスターナは快く妹に婚約者の座を譲ると言って──
本編とおまけの二話構成の予定です。

私を「ウザイ」と言った婚約者。ならば、婚約破棄しましょう。
夢草 蝶
恋愛
子爵令嬢のエレインにはライという婚約者がいる。
しかし、ライからは疎んじられ、その取り巻きの少女たちからは嫌がらせを受ける日々。
心がすり減っていくエレインは、ある日思った。
──もう、いいのではないでしょうか。
とうとう限界を迎えたエレインは、とある決心をする。

婚約者が私の妹と結婚したいと言い出したら、両親が快く応じた話
しがついつか
恋愛
「リーゼ、僕たちの婚約を解消しよう。僕はリーゼではなく、アルマを愛しているんだ」
「お姉様、ごめんなさい。でも私――私達は愛し合っているの」
父親達が友人であったため婚約を結んだリーゼ・マイヤーとダニエル・ミュラー。
ある日ダニエルに呼び出されたリーゼは、彼の口から婚約の解消と、彼女の妹のアルマと婚約を結び直すことを告げられた。
婚約者の交代は双方の両親から既に了承を得ているという。
両親も妹の味方なのだと暗い気持ちになったリーゼだったが…。


【完結】殿下、私ではなく妹を選ぶなんて……しかしながら、悲しいことにバットエンドを迎えたようです。
みかみかん
恋愛
アウス殿下に婚約破棄を宣言された。アルマーニ・カレン。
そして、殿下が婚約者として選んだのは妹のアルマーニ・ハルカだった。
婚約破棄をされて、ショックを受けるカレンだったが、それ以上にショックな事実が発覚してしまう。
アウス殿下とハルカが国の掟に背いてしまったのだ。
追記:メインストーリー、只今、完結しました。その後のアフターストーリーも、もしかしたら投稿するかもしれません。その際は、またお会いできましたら光栄です(^^)

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。

私を侮辱する婚約者は早急に婚約破棄をしましょう。
しげむろ ゆうき
恋愛
私の婚約者は編入してきた男爵令嬢とあっという間に仲良くなり、私を侮辱しはじめたのだ。
だから、私は両親に相談して婚約を解消しようとしたのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
お読みいただき、ありがとうございました。
婚約破棄の場面ですが、主人公が婚約破棄されている場面を第三者がいつも見ているんだなと思った時に、その第三者が主人公でもいいのではという考えから生まれました。
流行中の下地があるからこそできることですね。
弟はシスコンこじらせていそうなので、王太子殿下のことをちょっと冷めた目で見ていますが、それでも文句を言いながらも認めざるを得ないなという流れになっていきそうですね!
最後になりましたが、嬉しいお言葉を頂き、誠にありがとうございました!
今後もどうぞよろしくお願いいたします。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
当初は今の半分くらいで終わらせる予定だったので、主人公なのにそもそも名前をつけていませんでした。
ですが、両親へのおしおきを忘れていたので話数を増やし、主人公にも名前をつけ、弟ができました(笑)
弟にとって愛情を向けるナタリアは母親代わりだったのかもしれません。
そんなわけでシスコンを患う結果になりました。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
はい。
騙してしまいました……。
流行のテンプレを逆利用した感じになってしまいましたね。
殿下は誠意ある態度を取る限り、ナタリアも協力してやっていくと思います。
この殿下は自分の過ちを認め、正しい対処をしていくと思われますので、うまくやっていけるかなと。
ナタリアと殿下の応援をありがとうございました。