1 / 11
1
しおりを挟む
「アリーナ・オーブリット。私はようやく目が覚めた。君の品格は王室に迎えるにあたってふさわしくない。したがって君との婚約は今夜をもって白紙とさせてもらう」
王位第一継承者であるフォレックス様は、年若い貴族たちの交流のためにと開かれた夜会の場で、冷淡な瞳を向けて婚約破棄の宣言をされました。
先ほどまでの明るく華やかな雰囲気は一掃され、辺りは途端に不穏な空気に包まれます。
私には分かっていました。
そう遠くない未来、こうなるであろうということは。
分かっていたのです。
絶世の美女として誉れ高かった母とよく似ている妹は、幼い頃から恐ろしいほどの美貌の持ち主でした。彼女がひと度にっこりと笑えば場は一気に華やかになり、周りの者を笑顔でとろけさせたものです。
口々に賛美の声をかけられ、幼き心にもきっと自分は特別な人間なのだと思ったことでしょう。
その容姿は成長するにつれてますます美しくなっていきます。
意図しなくても彼女が流し目すると男性は皆、魅了され、ふわりと笑みを向ければ恋に落ちて虜になり、ついと視線を外されれば悲しみのどん底に沈むと言われました。
両親も例にもれず妹を深く愛しました。
最大限にお金をかけて彼女を美しく飾り立て、褒め立て、望むもの全てを与えてきました。きっと彼女には高位貴族との輿入れが望めると判断したのでしょう。
妹はすっかりもてはやされることに慣れ、年々、私に対する我が儘さがが増してきました。家族の中で唯一、私を家族の一員として慕い、味方となってくれていた弟も、妹にそそのかされた父が寄宿学校へ追いやってしまいました。それから、なお彼女の行動は悪化したように思います。
私が何度も懇願し、学校で良い成績を修めることを条件にようやく手に入れた物さえも、お姉さまばかりずるいわの一言で奪っていくのです。
お姉さんなのだから譲りなさいと、大人気ないと、彼女の方が似合うのだからあげなさいと、どれ程言われたことでしょう。その度に、どれ程の痛みを心に覚えたことでしょう。
両親に強くたしなめられて泣く泣く渡すと、ありがとうと彼女はいつも勝ち誇ったようにその場は笑みを浮かべるけれど、瞬く間に興味を失うのです。
「これ。わたくしがあなたにあげた物よ。どうしてゴミ箱に捨てているの!?」
ある時、ゴミ箱に捨てられていた私のハンカチに気付いて慌てて取り出すと、彼女に突きつけました。
「ああ。それ? よく見れば大して綺麗でもないし、使うこともないわと思って捨てたの。だってほら。もっと私に似合う素敵なハンカチをお父様に買っていただいたから」
繊細なレースが施された白いハンカチを綺麗でしょうと妹は私に見せつけてきました。私の捨てられたハンカチよりもはるかに技術が高く、品質の高い素材だと分かります。
「ああ。私が捨てたそれはもういらないから、良かったら姉さまに差しあげるわ。ゴミ箱に捨てたけど、一度も使っていないから綺麗よ。洗えば使えるわ」
彼女は残酷なまでに美しく微笑みました。
「――っ」
妹は私と同じ物が欲しいのではなく、ただ私の物が欲しかっただけなのです。私が大切にしていたものを奪って捨てたかっただけなのです。私が怒りに、屈辱に震える姿を見たかっただけなのです。
だからいずれこうなると分かっていました。
私の婚約者と初めての顔合わせで、妹が彼に艶めかしく微笑みを送ったその時に、また私から……奪っていくのだろうと。
事実、彼と逢瀬を繰り返していることを言葉の端々に匂わせていました。
夜会で彼を人気のない庭に連れ出し、熱い抱擁と口づけをしているのを見せつけられました。その様子を目撃して傷つく私を笑いものにしたかったのでしょう。
だけど私はあなたを愛していました。
生まれたばかりのあなたを見て、お姉ちゃんになるのだと嬉しく思ったことは嘘ではありません。
あなたのふっくらした頬をつつきながら、私がこの子を守るのだと思ったことは嘘ではありません。
舌足らずな甘い声で、おねえちゃま待ってと私の後をいつも追いかけてきたあなたを愛おしく思ったことは嘘ではありません。
そんな時代は確かにあったのです。
だからこそこんな仕打ちは耐えられません。
私の頬につと冷たい雫が伝いました。
王位第一継承者であるフォレックス様は、年若い貴族たちの交流のためにと開かれた夜会の場で、冷淡な瞳を向けて婚約破棄の宣言をされました。
先ほどまでの明るく華やかな雰囲気は一掃され、辺りは途端に不穏な空気に包まれます。
私には分かっていました。
そう遠くない未来、こうなるであろうということは。
分かっていたのです。
絶世の美女として誉れ高かった母とよく似ている妹は、幼い頃から恐ろしいほどの美貌の持ち主でした。彼女がひと度にっこりと笑えば場は一気に華やかになり、周りの者を笑顔でとろけさせたものです。
口々に賛美の声をかけられ、幼き心にもきっと自分は特別な人間なのだと思ったことでしょう。
その容姿は成長するにつれてますます美しくなっていきます。
意図しなくても彼女が流し目すると男性は皆、魅了され、ふわりと笑みを向ければ恋に落ちて虜になり、ついと視線を外されれば悲しみのどん底に沈むと言われました。
両親も例にもれず妹を深く愛しました。
最大限にお金をかけて彼女を美しく飾り立て、褒め立て、望むもの全てを与えてきました。きっと彼女には高位貴族との輿入れが望めると判断したのでしょう。
妹はすっかりもてはやされることに慣れ、年々、私に対する我が儘さがが増してきました。家族の中で唯一、私を家族の一員として慕い、味方となってくれていた弟も、妹にそそのかされた父が寄宿学校へ追いやってしまいました。それから、なお彼女の行動は悪化したように思います。
私が何度も懇願し、学校で良い成績を修めることを条件にようやく手に入れた物さえも、お姉さまばかりずるいわの一言で奪っていくのです。
お姉さんなのだから譲りなさいと、大人気ないと、彼女の方が似合うのだからあげなさいと、どれ程言われたことでしょう。その度に、どれ程の痛みを心に覚えたことでしょう。
両親に強くたしなめられて泣く泣く渡すと、ありがとうと彼女はいつも勝ち誇ったようにその場は笑みを浮かべるけれど、瞬く間に興味を失うのです。
「これ。わたくしがあなたにあげた物よ。どうしてゴミ箱に捨てているの!?」
ある時、ゴミ箱に捨てられていた私のハンカチに気付いて慌てて取り出すと、彼女に突きつけました。
「ああ。それ? よく見れば大して綺麗でもないし、使うこともないわと思って捨てたの。だってほら。もっと私に似合う素敵なハンカチをお父様に買っていただいたから」
繊細なレースが施された白いハンカチを綺麗でしょうと妹は私に見せつけてきました。私の捨てられたハンカチよりもはるかに技術が高く、品質の高い素材だと分かります。
「ああ。私が捨てたそれはもういらないから、良かったら姉さまに差しあげるわ。ゴミ箱に捨てたけど、一度も使っていないから綺麗よ。洗えば使えるわ」
彼女は残酷なまでに美しく微笑みました。
「――っ」
妹は私と同じ物が欲しいのではなく、ただ私の物が欲しかっただけなのです。私が大切にしていたものを奪って捨てたかっただけなのです。私が怒りに、屈辱に震える姿を見たかっただけなのです。
だからいずれこうなると分かっていました。
私の婚約者と初めての顔合わせで、妹が彼に艶めかしく微笑みを送ったその時に、また私から……奪っていくのだろうと。
事実、彼と逢瀬を繰り返していることを言葉の端々に匂わせていました。
夜会で彼を人気のない庭に連れ出し、熱い抱擁と口づけをしているのを見せつけられました。その様子を目撃して傷つく私を笑いものにしたかったのでしょう。
だけど私はあなたを愛していました。
生まれたばかりのあなたを見て、お姉ちゃんになるのだと嬉しく思ったことは嘘ではありません。
あなたのふっくらした頬をつつきながら、私がこの子を守るのだと思ったことは嘘ではありません。
舌足らずな甘い声で、おねえちゃま待ってと私の後をいつも追いかけてきたあなたを愛おしく思ったことは嘘ではありません。
そんな時代は確かにあったのです。
だからこそこんな仕打ちは耐えられません。
私の頬につと冷たい雫が伝いました。
160
お気に入りに追加
1,360
あなたにおすすめの小説

妹が公爵夫人になりたいようなので、譲ることにします。
夢草 蝶
恋愛
シスターナが帰宅すると、婚約者と妹のキスシーンに遭遇した。
どうやら、妹はシスターナが公爵夫人になることが気に入らないらしい。
すると、シスターナは快く妹に婚約者の座を譲ると言って──
本編とおまけの二話構成の予定です。

いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた
奏千歌
恋愛
[ディエム家の双子姉妹]
どうして、こんな事になってしまったのか。
妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。

私を「ウザイ」と言った婚約者。ならば、婚約破棄しましょう。
夢草 蝶
恋愛
子爵令嬢のエレインにはライという婚約者がいる。
しかし、ライからは疎んじられ、その取り巻きの少女たちからは嫌がらせを受ける日々。
心がすり減っていくエレインは、ある日思った。
──もう、いいのではないでしょうか。
とうとう限界を迎えたエレインは、とある決心をする。


最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。

魅了から覚めた王太子は婚約者に婚約破棄を突きつける
基本二度寝
恋愛
聖女の力を体現させた男爵令嬢は、国への報告のため、教会の神官と共に王太子殿下と面会した。
「王太子殿下。お初にお目にかかります」
聖女の肩書を得た男爵令嬢には、対面した王太子が魅了魔法にかかっていることを瞬時に見抜いた。
「魅了だって?王族が…?ありえないよ」
男爵令嬢の言葉に取り合わない王太子の目を覚まさせようと、聖魔法で魅了魔法の解術を試みた。
聖女の魔法は正しく行使され、王太子の顔はみるみる怒りの様相に変わっていく。
王太子は婚約者の公爵令嬢を愛していた。
その愛情が、波々注いだカップをひっくり返したように急に空っぽになった。
いや、愛情が消えたというよりも、憎悪が生まれた。
「あの女…っ王族に魅了魔法を!」
「魅了は解けましたか?」
「ああ。感謝する」
王太子はすぐに行動にうつした。

【完結】殿下、私ではなく妹を選ぶなんて……しかしながら、悲しいことにバットエンドを迎えたようです。
みかみかん
恋愛
アウス殿下に婚約破棄を宣言された。アルマーニ・カレン。
そして、殿下が婚約者として選んだのは妹のアルマーニ・ハルカだった。
婚約破棄をされて、ショックを受けるカレンだったが、それ以上にショックな事実が発覚してしまう。
アウス殿下とハルカが国の掟に背いてしまったのだ。
追記:メインストーリー、只今、完結しました。その後のアフターストーリーも、もしかしたら投稿するかもしれません。その際は、またお会いできましたら光栄です(^^)

婚約者が私の妹と結婚したいと言い出したら、両親が快く応じた話
しがついつか
恋愛
「リーゼ、僕たちの婚約を解消しよう。僕はリーゼではなく、アルマを愛しているんだ」
「お姉様、ごめんなさい。でも私――私達は愛し合っているの」
父親達が友人であったため婚約を結んだリーゼ・マイヤーとダニエル・ミュラー。
ある日ダニエルに呼び出されたリーゼは、彼の口から婚約の解消と、彼女の妹のアルマと婚約を結び直すことを告げられた。
婚約者の交代は双方の両親から既に了承を得ているという。
両親も妹の味方なのだと暗い気持ちになったリーゼだったが…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる