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第47話 パストゥール家の一員

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 私たちは万全を期してもう一日この施設に身を置いた。翌朝、放出しきって枯渇した魔力はまだ戻らないものの、日常生活に支障がない程度に私の体調が整ったのを確認して私たちは帰宅することになった。
 本当ならアレクシス様と馬車で一緒に戻りたかったところだが、ラウラをひとり残しておくわけにもいかなかったので、私はラウラと一緒に帰ることにした。馬車の後を追って走るつもりだ。

「侍従長、それではアレクシス様をよろしくお願いいたします」
「……承知いたしました」

 ボルドーさんも私ごときに主人を頼むと言われて不本意だったとは思うが、特に反論することもなく了承してくれた。アレクシス様はアレクシス様で微妙な顔をしているが、彼もまた特に何も言わなかった。

 思い返してみれば一昨夜は必死だったので、ボルドーさんに対して随分と偉そうな言動を取ってしまったが、まだ謝罪していない。――いや。謝罪するべきことは他にもある。パストゥール家の皆さんにだ。
 アレクシス様は私を許してくださったが、皆が私を許してくれるとは限らない。特にボルドーさんは。

「奥様もお気をつけてお帰りください」
「は、はい。ありがとうございます」

 ボルドーさんからそんな風に声をかけられてはっと我に返った。

「奥様は私が責任持ってお見守りいたします」
「テオフィル。悪いが妻を頼む」
「はい。了解いたしました」

 ラウラで帰る私をテオフィル様が並走してくれることになった。
 事後処理もあるだろうし、アレクシス様の傷に響かないようゆっくり馬車を走らせることになるから一人で大丈夫ですと言ったが、アレクシス様とテオフィル様から即座に却下されたからだ。

「ではテオフィル様、よろしくお願いいたします」
「はい」

 言葉を交わし、私たちはそれぞれ準備を済ますと出発した。


 ラウラは終始いい子で、道中は特に問題なく無事に到着することができた。テオフィル様はその足で国境の要塞へ報告に戻るとのことなので、お礼を言って別れた。
 屋敷の玄関前には既に連絡が行っていたようで皆が勢揃いしている。

「旦那様! 奥様!」
「皆、出迎えありがとう。心配かけてすまない」

 アレクシス様は一人ひとりの顔を見て頷いた。
 彼は包帯姿で痛ましいものだったが、顔色もよくしっかりした口調で、地に足をつけて自力で歩いている様子に皆さんは安心したようだ。

「奥様! 旦那様を無事に連れ帰ってくださってありがとうございます!」
「い、いえ。わたくしはそんな……。アレクシス様のご生命力に少しお力添えさせていただいたまでです」

 皆から半分涙目の笑顔を向けられて狼狽してしまう。

「いや。君は私を助けてくれた。ありがとう」
「……アレクシス様」

 アレクシス様からも皆の前で改めて感謝された。

「さあ。お休みのご準備はできております。お入りください」
「ああ、ありがとう」

 グレースさんが促すとアレクシス様が中に入り、次にボルドーさんが続く。しかし私はそこから足を動かすことができなかった。

「奥様? どうかなさったのですか。奥様もお疲れでしょう。早くお入りください?」

 異変に気付いたライカさんの言葉で皆が私に振り返ると、アレクシス様と目が合った。
 パストゥール家はアレクシス様の血族だけで守られている家ではない。ここに務める全ての人の支えによって代々守り続けられているのだ。信頼関係で結ばれるアレクシス様たちの中に私という綻びの要素を作ってはならない。

「皆さんに聞いていただきたいことがあります。わたくしはアレクシス様の妻、ブランシェではありません。ブランシェの双子の姉、アンジェリカ・ベルトランです」

 私は経緯を簡単に説明すると身を低くし謝罪する姿勢を取った。

「皆さんを騙して心よりお詫び申し上げます」

 誰も彼もが驚きで息を呑んだまま何も言葉を発しない。辺りが静寂に沈み、重い空気が私の体にのしかかる。これは私が犯した罪に対する罰だ。

 すると一つの足音が聞こえ、私の前で止まるや否やボルドーさんと思われる重いため息が頭に降ってきた。
 どんなになじられても仕方がないことだ。今すぐ出ていけと言わればその通りにしよう。

「まったくあなた様という人は。怪我人の主人を立たせたままご自分の都合で懺悔ですか」
「――っ! もう、し訳ありません」

 確かにそうだ。
 ここでも私は自分勝手だった。

「一昨夜はパストゥール家の女主人として、アレクシス様の妻として立派なお姿に近づいたと少しは見直しましたが、やはりまだまだのようですね」
「……え」

 私はおそるおそる顔を上げてボルドーさんを見ると、彼は厄介そうに目を細めた。

「しかし本当に大変なことをしてくれましたね。奥様の名の訂正のため各所に走らなければならないではありませんか」
「え……?」

 それはつまり。

「旦那様があなた様を奥様とお認めになっているのですから、それ以上のことを私が何を口出すことがありますか」

 それは私のことを、アンジェリカのことをアレクシス様の妻として受け入れてくれるという……こと。

「お祝いの返戻状の訂正は責任持って奥様が行ってくださいよ。ああ、これから大変だ。皆も困るでしょう」

 ふんと鼻を鳴らすボルドーさん。

「あら、侍従長。わたくしどもは何も困りませんよ。ブランシェ様がアンジェリカ様という名に変わるだけですから。それにアンジェリカ様を旦那様の奥様だと思っているのは、旦那様だけではありません。わたくしどももですよ」

 グレースさんはくすりと笑うと胸に手を当てる。

「そうですよ! 侍従長をやり込める奥様、とても格好良かったですもの! 私たちは普段、奥様とお呼びしているから混乱することもありませんし。大変なのは旦那様ですよね。旦那様、奥様のお名前をくれぐれもお間違えしないでくださいよ」
「あ、ああ」

 腰に手を当てて身を乗り出すようにライカさんに言われ、アレクシス様は頷いた。

「奥様のお好きな花は赤い花で良かったですかねぇ」
「もし赤いお花でも薔薇をお望みでしたら、棘取りはわたくしにお任せくださいね」

 そう言ってくれるのは庭師のガイルさんと侍女のミレイさん。

「奥様のために新しい料理を今、色々開発しているんですよ。新作ができたので特別に一足早くつまみ食いさせてあげますよ!」

 にかっと笑うのは料理長のジークさんだ。他にも皆が皆、笑顔で私を迎えてくれているみたいなのに、残念なことに目の前が滲んでよく見えない。
 そんな中、私の前までアレクシス様が引き返してきた。

「アンジェリカ。さあ、行こう」

 アレクシス様は私に左手を差し伸べ、私ははいと答えてその手を取るとパストゥール家に足を踏み入れた。
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