35 / 49
第35話 あなたが私に選んでくれたもの
しおりを挟む
「んんっ! この海老、美味しいです!」
私は美味しくて落ちそうな頬を両手で押さえて支えた。
跳ね返すようなぷりぷりとした弾力性と甘味が口の中に広がって本当に美味しい。
「良かった」
「ありがとうございます。幸せです」
町を一通り歩いた後、アレクシス様は新鮮な魚介類を食べさせてくれるというお店に連れていってくれた。人気店らしく、昼間からお酒を飲んだりする人で賑わっている。美味しい物を頂く時、人は皆、幸せな気持ちになれるらしく、生き生きとしているように見える。もちろん私も例に漏れずだ。
「私も幸せそうに食べる君を見て幸せだ」
アレクシス様がそんな台詞を真顔で言うものだから頬が熱くなった。
「君も茹で上がったな」
「もう。意地悪ですね!」
それでもこの美味しさの前には文句もすぐに引っ込んでしまう。
「町の一部はアレクシス様のおっしゃる通り、異国に来たみたいでした。目に楽しい場所ですね。気持ちがとても高揚しました」
我が国は比較的落ち着いた配色の家々や店が多いが、セントナ港の町の一部では赤やオレンジ、水色に緑色などと一貫性はないものの色に富んだ町模様だった。おそらくその辺りがアレクシス様の言う移民の方々が住んでいる場所なのだろう。顔立ちや言語が違う方ともたくさんすれ違った。
「そうか」
アレクシス様は微笑しているが、きっと楽しいばかりの町ではないのだろう。他国に足を踏み入れながら、我が物顔で振る舞う者もいると言っていた。
他国の秩序を守り、文化を尊厳しようとする人間もいる一方で、守りたくない、尊厳したくないと思う人間もいる。それは何も異国民に限ったわけではなく、人という生き物全てに共通しているものに違いない。美しいものを美しいと鑑賞するだけでは飽き足らず、それを自分のものにしたい、奪い取りたい人間もいるということだ。
職業病かもしれない。アレクシス様は監視するがごとく、それとなく町を見回っているようにも思えた。
現在は昔ほど不穏な世の中ではないが領民のみならず、国の防衛という重い使命を背負っているのだ。気を抜ける瞬間などないのかもしれない。
私にもアレクシス様のお力添えができることはないのだろうかと思う。それでもその言葉を口にすれば、せっかくの休みを私に使ってくれたのにかえって気負わせることになるだろう。
今は自分の心の中に仕舞っておくことにした。
「アレクシス様。このセントナ港から以前連れていってくださった海辺までは遠いのですか」
地理的な感覚が全く分からない私は尋ねた。
「そうだな。海沿いに行けばもちろん行けるが、少し距離はあるな」
「そうですか」
「海を見たいのか?」
「いいえ。ここでも海は見られますもの」
しかし同じ海でもアレクシス様と一緒に見たあの海は特別な場所だ。ここからでは見られない。
「また時間を作るから行こう」
「はい。ありがとうございます」
アレクシス様は私の気持ちを汲んでくれたのか、あるいは同じ気持ちを抱いてくれたのかそう言ってくれた。
食事を終えて再び町の散策に出ることにした。
美味しそうな香りが漂う町に誘惑されそうにもなったが、さすがにお腹が膨れていた私は見るだけに留めておいた。確かに実家の料理長でも調理法が分からないのではないかと思う珍しい食材なども売っている。
「世の中には自分の知らぬ色々な物があるのですね。とても勉強になります」
「そうだな」
くすりと笑うアレクシス様を仰ぎ見る。
アレクシス様もまた目の前の妻が本当の妻ではないということを知らない。知らぬことを知ることは決していいことばかりではない。
自嘲しそうになった時、ふと目に付いたものがあって足を止めた。
店先に赤や白、黄色などの単色を初め、様々な花の形や色が組み合わされた花飾りが並べられていたのだ。
「きれい……」
思わず呟くと。
「どれがいいんだ?」
「――え。あ。い、いえ! ただ見ていただけですので」
まるでねだった形になり、顔を上げると慌てて否定する。
「私が君に贈りたい」
「……ほ、本当に良いのですか?」
「食べ物は遠慮しないくせに、なぜ髪飾りは遠慮する?」
そう言われて思わず口を尖らせてしまった。
アレクシス様は笑って促す。
「ほら。どれがいい?」
「ありがとうございます。では」
視線を彼から花飾りへと落とす。
私が好きな色は赤色や薄紅色。もしかしたら自分にはない華やかさを求めてその色が好きなのかもしれない。一方、ブランシェが好きな色は清楚な白や控えめな淡い色だ。だから私が選ぶ花飾りは。
「この白い花飾りが欲しいです」
小さく控えめな白い花飾りを指差す私に、アレクシス様はご自分の口元に拳を当てて小首を傾げた。
「そうだろうか。君には」
アレクシス様は花飾りを手に取ると私の髪に当てた。
「こちらの赤い方が似合うと思うが」
私が好きな色は――赤。
アレクシス様が選んでくれた赤。
「っ! わ、悪い。白い花飾りの方が良かったか?」
「……え。あ」
珍しく焦っているアレクシス様を前にして、自分の頬に熱いものが伝っていることにようやく気付いた。
「も、申し訳ありません。違うのです。とても嬉しいのです」
私は頬に伝った雫をハンカチで当てて拭う。
「え?」
「アレクシス様がわたくしのために選んでくださったから」
アレクシス様はブランシェに贈ろうとしてくれているのに、アンジェリカに合う花飾りを選んでくれた。私を通してブランシェを見ているのではなく、アンジェリカを見てくれた。それが本当に嬉しくて仕方がない。
「わたくしはこちらの赤い花飾りが欲しいです」
「そうか」
私が意思を見せるとアレクシス様は安堵した様子で頷く。
「ありがとうございます、アレクシス様。家宝にいたします」
「家宝って大袈裟だな」
苦笑するアレクシス様に私もまた笑みを返した。
私は美味しくて落ちそうな頬を両手で押さえて支えた。
跳ね返すようなぷりぷりとした弾力性と甘味が口の中に広がって本当に美味しい。
「良かった」
「ありがとうございます。幸せです」
町を一通り歩いた後、アレクシス様は新鮮な魚介類を食べさせてくれるというお店に連れていってくれた。人気店らしく、昼間からお酒を飲んだりする人で賑わっている。美味しい物を頂く時、人は皆、幸せな気持ちになれるらしく、生き生きとしているように見える。もちろん私も例に漏れずだ。
「私も幸せそうに食べる君を見て幸せだ」
アレクシス様がそんな台詞を真顔で言うものだから頬が熱くなった。
「君も茹で上がったな」
「もう。意地悪ですね!」
それでもこの美味しさの前には文句もすぐに引っ込んでしまう。
「町の一部はアレクシス様のおっしゃる通り、異国に来たみたいでした。目に楽しい場所ですね。気持ちがとても高揚しました」
我が国は比較的落ち着いた配色の家々や店が多いが、セントナ港の町の一部では赤やオレンジ、水色に緑色などと一貫性はないものの色に富んだ町模様だった。おそらくその辺りがアレクシス様の言う移民の方々が住んでいる場所なのだろう。顔立ちや言語が違う方ともたくさんすれ違った。
「そうか」
アレクシス様は微笑しているが、きっと楽しいばかりの町ではないのだろう。他国に足を踏み入れながら、我が物顔で振る舞う者もいると言っていた。
他国の秩序を守り、文化を尊厳しようとする人間もいる一方で、守りたくない、尊厳したくないと思う人間もいる。それは何も異国民に限ったわけではなく、人という生き物全てに共通しているものに違いない。美しいものを美しいと鑑賞するだけでは飽き足らず、それを自分のものにしたい、奪い取りたい人間もいるということだ。
職業病かもしれない。アレクシス様は監視するがごとく、それとなく町を見回っているようにも思えた。
現在は昔ほど不穏な世の中ではないが領民のみならず、国の防衛という重い使命を背負っているのだ。気を抜ける瞬間などないのかもしれない。
私にもアレクシス様のお力添えができることはないのだろうかと思う。それでもその言葉を口にすれば、せっかくの休みを私に使ってくれたのにかえって気負わせることになるだろう。
今は自分の心の中に仕舞っておくことにした。
「アレクシス様。このセントナ港から以前連れていってくださった海辺までは遠いのですか」
地理的な感覚が全く分からない私は尋ねた。
「そうだな。海沿いに行けばもちろん行けるが、少し距離はあるな」
「そうですか」
「海を見たいのか?」
「いいえ。ここでも海は見られますもの」
しかし同じ海でもアレクシス様と一緒に見たあの海は特別な場所だ。ここからでは見られない。
「また時間を作るから行こう」
「はい。ありがとうございます」
アレクシス様は私の気持ちを汲んでくれたのか、あるいは同じ気持ちを抱いてくれたのかそう言ってくれた。
食事を終えて再び町の散策に出ることにした。
美味しそうな香りが漂う町に誘惑されそうにもなったが、さすがにお腹が膨れていた私は見るだけに留めておいた。確かに実家の料理長でも調理法が分からないのではないかと思う珍しい食材なども売っている。
「世の中には自分の知らぬ色々な物があるのですね。とても勉強になります」
「そうだな」
くすりと笑うアレクシス様を仰ぎ見る。
アレクシス様もまた目の前の妻が本当の妻ではないということを知らない。知らぬことを知ることは決していいことばかりではない。
自嘲しそうになった時、ふと目に付いたものがあって足を止めた。
店先に赤や白、黄色などの単色を初め、様々な花の形や色が組み合わされた花飾りが並べられていたのだ。
「きれい……」
思わず呟くと。
「どれがいいんだ?」
「――え。あ。い、いえ! ただ見ていただけですので」
まるでねだった形になり、顔を上げると慌てて否定する。
「私が君に贈りたい」
「……ほ、本当に良いのですか?」
「食べ物は遠慮しないくせに、なぜ髪飾りは遠慮する?」
そう言われて思わず口を尖らせてしまった。
アレクシス様は笑って促す。
「ほら。どれがいい?」
「ありがとうございます。では」
視線を彼から花飾りへと落とす。
私が好きな色は赤色や薄紅色。もしかしたら自分にはない華やかさを求めてその色が好きなのかもしれない。一方、ブランシェが好きな色は清楚な白や控えめな淡い色だ。だから私が選ぶ花飾りは。
「この白い花飾りが欲しいです」
小さく控えめな白い花飾りを指差す私に、アレクシス様はご自分の口元に拳を当てて小首を傾げた。
「そうだろうか。君には」
アレクシス様は花飾りを手に取ると私の髪に当てた。
「こちらの赤い方が似合うと思うが」
私が好きな色は――赤。
アレクシス様が選んでくれた赤。
「っ! わ、悪い。白い花飾りの方が良かったか?」
「……え。あ」
珍しく焦っているアレクシス様を前にして、自分の頬に熱いものが伝っていることにようやく気付いた。
「も、申し訳ありません。違うのです。とても嬉しいのです」
私は頬に伝った雫をハンカチで当てて拭う。
「え?」
「アレクシス様がわたくしのために選んでくださったから」
アレクシス様はブランシェに贈ろうとしてくれているのに、アンジェリカに合う花飾りを選んでくれた。私を通してブランシェを見ているのではなく、アンジェリカを見てくれた。それが本当に嬉しくて仕方がない。
「わたくしはこちらの赤い花飾りが欲しいです」
「そうか」
私が意思を見せるとアレクシス様は安堵した様子で頷く。
「ありがとうございます、アレクシス様。家宝にいたします」
「家宝って大袈裟だな」
苦笑するアレクシス様に私もまた笑みを返した。
2
お気に入りに追加
2,553
あなたにおすすめの小説
忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても
千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。
【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~
Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。
婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。
そんな日々でも唯一の希望があった。
「必ず迎えに行く!」
大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。
私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。
そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて…
※設定はゆるいです
※小説家になろう様にも掲載しています
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?【カイン王子視点】
空月
恋愛
精霊信仰の盛んなクレセント王国。
身に覚えのない罪状をつらつらと挙げ連ねられて、第一王子に婚約破棄された『精霊のいとし子』アリシア・デ・メルシスは、第二王子であるカイン王子に求婚された。
そこに至るまでのカイン王子の話。
『まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/368147631/886540222)のカイン王子視点です。
+ + + + + +
この話の本編と続編(書き下ろし)を収録予定(この別視点は入れるか迷い中)の同人誌(短編集)発行予定です。
購入希望アンケートをとっているので、ご興味ある方は回答してやってください。
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScCXESJ67aAygKASKjiLIz3aEvXb0eN9FzwHQuxXavT6uiuwg/viewform?usp=sf_link
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる