私の婚約者と駆け落ちした妹の代わりに死神卿へ嫁ぎます

あねもね

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第14話 残酷なほど世界が美しいから

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 海から出た私たちは馬たちを管理小屋に繋いだ。
 人気がないなと思っていたが、ここはパストゥール家のプライベートビーチということらしい。小屋には簡単な生活雑貨がそろえてあるそうだ。

 中に入って足を拭くこともできたが、それよりもまずはゆっくりと海を眺めることを選んだ。
 砂浜に並んで座ると視界いっぱいに青い空と海が入り、鼻には潮の香りが、耳には心地よい潮の満ち引きの音が入ってくる。地についた手には細かい砂が、肌には少しのべたつきを感じるが、それでも目の前に広がる景色の美しさを損なわせるものではない。

「綺麗ですね」
「ああ。綺麗だ」

 私は腕を真っ直ぐ伸ばすと空と海の境界線を指さした。

「わたくしは幼い頃、きらきらと輝く海の向こう側には夢や希望で溢れているものだと思っておりました」

 夢や希望は簡単に手に届かないから、遠く離れた所に存在しているものだと人は勘違いしてしまう。それは何もこの地に住む私たちに限った話ではない。この海を越えた地に住む人々とっても私たちの地がそう見えているのだろう。

 この世界は届かぬものほど、残酷なまでに美しく輝いて見えるから、遠く遠くへと手を伸ばすのだ。そしてそれらを手に入れたいと強く望んだ結果、羨望が熱望に変わり、切望に変わり、渇望へと変わる。醜い感情を生み、争いや戦が起こってしまう。
 けれど夢や希望はもしかしたら遠くにあるのではなく、意外とすぐ近くにあるのかもしれない。今は見えないだけで。見ようとしていないだけで。

「本当はきっとこの世界のどこにでも夢と希望はあるのです」
「ああ。そうだな」

 肯定してほしかったわけではなく、ただ言葉にしたかった。けれどアレクシス様は共感してくれる。
 嬉しくなってアレクシス様の顔を見ると、彼は穏やかに微笑み返してくれた。


「暗くなる内にそろそろ帰るか」

 今日は馬に乗る練習をしていたから出かけるのが遅くなってしまった。それでも服はべたつきがあるものの、いつの間にかほとんど乾いているところを見ると思いのほか長くいたようだ。

「そう、ですね」

 確かに暗くなると私の不慣れな馬乗りは危険だろう。もう少しいたかったが仕方がない。

「アレクシス様、またわたくしを連れてきてくださいますか」

 いつお役御免になるか分からない私なのに、を望む言葉を口から出してしまった。
 あまりにも世界が綺麗だから。残酷なほど世界が美しいから。

「ああ。いつでも……というわけにはいかないが」

 正直すぎるアレクシス様に笑ってしまう。
 できればブランシェが見つかる前にもう一度来たいものだ。

「はい。その時を楽しみにしております」

 私たちは立ち上がると馬たちが待つ小屋へと向かう。その最中、ふと目の端に赤いものが映った。引き寄せられるように視線をやると頭上高く伸びる崖があり、その中央に赤い花が咲いていた。

「アレクシス様、ご覧ください」
「え?」
「ほら、崖のあんな中央に赤いは――」

 アレクシス様に呼びかけて指さした瞬間。

「――っ!?」

 突如ガツンと酷い頭痛に襲われ、目の前の景色が揺らぐ。

「ブランシェ!?」

 頭を抱えながら崩れ落ちそうになる私をアレクシス様が抱き留めてくれた。一瞬の浮遊感を覚えたのは、彼がそのままゆっくりと身を屈めたからだろうか。

「ブランシェ。ブランシェ、私の声が聞こえるか。どこが悪い? 気分は」

 焦る気持ちを必死に抑えながら掛けてくれるアレクシス様の声と、彼の温もりに包まれていると乱れた呼吸が整い、次第に痛みが治まってきた。

「は、い……。い、え。だい、丈夫です。大丈夫です」
「いきなり動くな」

 気付けば先ほどの頭痛が嘘のように消え失せて起き上がろうとしたが、止められた。
 私を見下ろすアレクシス様の表情があまりにも真剣で、何だか悪い気がする。

「申し訳ありません。もう本当に大丈夫みたいです」
「……無理をさせて悪かった」
「なぜアレクシス様が謝罪なさるのですか。わたくしが少しはしゃぎすぎたのです」

 起き上がる許可をもらって私はゆっくりと身を起こした。

「本当に大丈夫なのか」
「ええ。ご心配をおかけして申し訳ありません。暗くなる前に帰りましょう」
「分かった」

 アレクシス様は私の手を引き、馬へと乗せてくれる。彼自身も準備をしていると私はふと気付く。

「あら。アレクシス様、こちらはラウラでは」

 と言ったところで、私の背後に人の気配を感じた。
 アレクシス様が乗り込んできたのだ。

「え。――え!?」

 驚いて振り返るとアレクシス様は目を細めて私を見下ろす。

「乗っている間にまた同じ症状が起こって落馬でもしたら大変だ」
「も、もう大丈夫ですよ」
「君が大丈夫でも私が大丈夫ではない」

 心配で大丈夫じゃないということだろうか。

「ですが、ラウラは」
「並走させる。賢い子だからついてくる」

 アレクシス様はラウラの引き手綱を持っている。さっき準備していたのはそれだったらしい。
 これ以上、議論するまでもない。私は素直に頷いた。

「……分かりました。では、よろしくお願いいたします」
「ああ。ゆっくり走らせるが気分が悪くなったらいつでも言ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
「それでは出発する」

 その言葉を合図にアレクシス様は馬を走らせ始めた。
 走行中は、体の安否を時折聞かれる以外は互いに終始無言を貫いていたが、アレクシス様の優しさを背中の熱さでずっと感じていた。
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