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第12話 明日に備えて
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「奥様、サザランスの町はいかがでしたか!? お二人の初デートは!」
帰宅するとライカさんが満面の笑みで尋ねてきた。むしろ詰め寄ってきた。
「デートではないと思うのです……。でも少しトラブルもありましたが、とても楽しかったです」
「トラブルですか?」
ソファーに座ってお茶とお菓子を頂きながらかいつまんで説明すると、ライカさんは、まあと眉をひそめる。
「それは大変でしたね」
「ですが、アレクシス様が素早く捕まえてくださいましたし、町の皆さんから慕われている方なのだなと知ることができました」
少しくらいアレクシス様の優しさに気付いていたが、それでも意外すぎる発見だった。だから行って良かったと思う。まだ言っても二日だし、彼の意外な面はあるのだろう。
「ええ。そうなのです! 旦那様は無口でむっつりとしていらっしゃるので、一見怖いお方のように見えますが、とてもお優しいお方なのですよ」
分かってくださって良かったとライカさんは微笑む。
「優しいお方なのですね」
「はい!」
ここで仕えて三年目のライカさんが言うのだから、その通りなのだろう。勇気出して最初から聞いておけば良かった。
「あの、もう一つ。ここだけのお話ですが、アレクシス様が戦場では死神卿だなんて不名誉な通り名で呼ばれていることは」
「はい! それも事実です!」
さっきと同じキラッキラ輝く明るい笑顔で全肯定された……。
帰宅してからはそれぞれ別れて部屋で休息を取っていたが、夕食の時間となって再び顔を見合わせることになる。気まずい雰囲気は嫌なので私から声をかけることにした。
「アレクシス様、本日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「ああ。それは良かった。明日はどうする? 海に行きたいと言っていたが」
アレクシス様も先ほどと違って私の顔を見て話をしてくれる。
「はい。ぜひご案内をよろしくお願いいたします」
「分かった。ところで馬には乗れるか?」
馬!? 乗馬でお出かけ!?
「はい! 乗れます!」
――あ。しまった。
ブランシェは乗れなかった。馬に乗っていた時、なぜか突如彼女の魔力が暴走して馬に振り落とされそうになって以来、怖がってすっかり乗らなくなったんだ。それ以降、両親からは私にも乗らないよう言われた。
「明日も天気がいいようだし、馬で出かけるのはどうかと思う」
「そう、ですね」
さっきまでの勢いを失い、急に渋り出した私を見てアレクシス様は眉をひそめた。
「どうかしたのか」
「あ、いえ。以前はよく乗っていた記憶があるのですが、最近、あまり乗っていなかったなと思いまして。少し自信がなくなってきてしまいました」
その言葉も本当だ。乗りたい気持ちはあっても、乗れるかどうか分からない。
「そうか。二人乗りもできなくはないだろうが、往復だと馬に負担がかかるだろうな。馬との相性もあるし、ひとまず明日直接馬と会って、乗れそうだったら馬で行こう。無理なら馬車を用意する」
「はい。ありがとうございます」
その後の夕食は明日のお出かけのことでそこそこ盛り上がったように思う。そこそこと言うのは、私が尋ねてアレクシス様が短く答えるといった形式だったからだ。それでも会話が続いていたから良しとしよう。
ちなみに夕食は食事作法におろおろすることなく、楽しく食事することができた。
そして今晩もまた最大の試練、初夜を迎えることとなる。――のだが。
「え。本日もアレクシス様はご自分の部屋で眠られるのですか」
小綺麗にして待っている私の立場は一体……。
いや。私としても断る前提なのだが、相手から拒否されるとなぜかもやもやする複雑な乙女心。
「そうみたいです。明日は馬で遠出されるのでしょう? 奥様がお疲れになってはいけないからという話です」
ああ。そっか。それもそうだと思う。
初夜を文字通りはじめて体験する私は、それもそうの意味もよく分からないが何となく。
「しっかり休んで明日に備えてほしいとのことです」
本日は馬車で悠々自適だったが、馬に乗るのは神経も使うし、体力もとても使う。久々だから緊張もある。体調を万全に整えるためにしっかり休まなければ。
「そうですか。ありがとうございますとお伝えください」
「はい。承知いたしました。ですが旦那様、意外と奥手なのですね」
「はい?」
「いえいえ。こちらのお話です。では奥様、お休みなさいませ」
ライカさんは私の問いには答えてくれず、忍び笑いだけ残して去って行った。
私はベッドに横になると本日のことを思い出す。
今日は色々あった。
アレクシス様はやはり魔術行使の能力にも優れているし、領民の方々からも慕われている人物だということを知った。怖いだけではなくて、優しい方だとも。けれどやっぱり怖い部分があって。それでも最初に接した時よりも、印象は少しずつ良い方向に変わってきているように思う。
ブランシェは私の婚約者に思いを寄せていたわけだから、必ずしも死神卿の噂を耳にしたから逃げ出したわけではないとは思うが、戻ってきた時に彼女も少しずつアレクシス様の良い所を発見していくだろう。
そういえばブランシェが見つかったら連絡をくれるとは言っていたが、捜索の行方はどうなっているのかな。その内にこちらからも手紙をしたためよう。
ともかく明日は馬で遠出だ。
さあ、体力を蓄えるために休――――。
帰宅するとライカさんが満面の笑みで尋ねてきた。むしろ詰め寄ってきた。
「デートではないと思うのです……。でも少しトラブルもありましたが、とても楽しかったです」
「トラブルですか?」
ソファーに座ってお茶とお菓子を頂きながらかいつまんで説明すると、ライカさんは、まあと眉をひそめる。
「それは大変でしたね」
「ですが、アレクシス様が素早く捕まえてくださいましたし、町の皆さんから慕われている方なのだなと知ることができました」
少しくらいアレクシス様の優しさに気付いていたが、それでも意外すぎる発見だった。だから行って良かったと思う。まだ言っても二日だし、彼の意外な面はあるのだろう。
「ええ。そうなのです! 旦那様は無口でむっつりとしていらっしゃるので、一見怖いお方のように見えますが、とてもお優しいお方なのですよ」
分かってくださって良かったとライカさんは微笑む。
「優しいお方なのですね」
「はい!」
ここで仕えて三年目のライカさんが言うのだから、その通りなのだろう。勇気出して最初から聞いておけば良かった。
「あの、もう一つ。ここだけのお話ですが、アレクシス様が戦場では死神卿だなんて不名誉な通り名で呼ばれていることは」
「はい! それも事実です!」
さっきと同じキラッキラ輝く明るい笑顔で全肯定された……。
帰宅してからはそれぞれ別れて部屋で休息を取っていたが、夕食の時間となって再び顔を見合わせることになる。気まずい雰囲気は嫌なので私から声をかけることにした。
「アレクシス様、本日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「ああ。それは良かった。明日はどうする? 海に行きたいと言っていたが」
アレクシス様も先ほどと違って私の顔を見て話をしてくれる。
「はい。ぜひご案内をよろしくお願いいたします」
「分かった。ところで馬には乗れるか?」
馬!? 乗馬でお出かけ!?
「はい! 乗れます!」
――あ。しまった。
ブランシェは乗れなかった。馬に乗っていた時、なぜか突如彼女の魔力が暴走して馬に振り落とされそうになって以来、怖がってすっかり乗らなくなったんだ。それ以降、両親からは私にも乗らないよう言われた。
「明日も天気がいいようだし、馬で出かけるのはどうかと思う」
「そう、ですね」
さっきまでの勢いを失い、急に渋り出した私を見てアレクシス様は眉をひそめた。
「どうかしたのか」
「あ、いえ。以前はよく乗っていた記憶があるのですが、最近、あまり乗っていなかったなと思いまして。少し自信がなくなってきてしまいました」
その言葉も本当だ。乗りたい気持ちはあっても、乗れるかどうか分からない。
「そうか。二人乗りもできなくはないだろうが、往復だと馬に負担がかかるだろうな。馬との相性もあるし、ひとまず明日直接馬と会って、乗れそうだったら馬で行こう。無理なら馬車を用意する」
「はい。ありがとうございます」
その後の夕食は明日のお出かけのことでそこそこ盛り上がったように思う。そこそこと言うのは、私が尋ねてアレクシス様が短く答えるといった形式だったからだ。それでも会話が続いていたから良しとしよう。
ちなみに夕食は食事作法におろおろすることなく、楽しく食事することができた。
そして今晩もまた最大の試練、初夜を迎えることとなる。――のだが。
「え。本日もアレクシス様はご自分の部屋で眠られるのですか」
小綺麗にして待っている私の立場は一体……。
いや。私としても断る前提なのだが、相手から拒否されるとなぜかもやもやする複雑な乙女心。
「そうみたいです。明日は馬で遠出されるのでしょう? 奥様がお疲れになってはいけないからという話です」
ああ。そっか。それもそうだと思う。
初夜を文字通りはじめて体験する私は、それもそうの意味もよく分からないが何となく。
「しっかり休んで明日に備えてほしいとのことです」
本日は馬車で悠々自適だったが、馬に乗るのは神経も使うし、体力もとても使う。久々だから緊張もある。体調を万全に整えるためにしっかり休まなければ。
「そうですか。ありがとうございますとお伝えください」
「はい。承知いたしました。ですが旦那様、意外と奥手なのですね」
「はい?」
「いえいえ。こちらのお話です。では奥様、お休みなさいませ」
ライカさんは私の問いには答えてくれず、忍び笑いだけ残して去って行った。
私はベッドに横になると本日のことを思い出す。
今日は色々あった。
アレクシス様はやはり魔術行使の能力にも優れているし、領民の方々からも慕われている人物だということを知った。怖いだけではなくて、優しい方だとも。けれどやっぱり怖い部分があって。それでも最初に接した時よりも、印象は少しずつ良い方向に変わってきているように思う。
ブランシェは私の婚約者に思いを寄せていたわけだから、必ずしも死神卿の噂を耳にしたから逃げ出したわけではないとは思うが、戻ってきた時に彼女も少しずつアレクシス様の良い所を発見していくだろう。
そういえばブランシェが見つかったら連絡をくれるとは言っていたが、捜索の行方はどうなっているのかな。その内にこちらからも手紙をしたためよう。
ともかく明日は馬で遠出だ。
さあ、体力を蓄えるために休――――。
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