7 / 49
第7話 もちろんお口に合います。ですから
しおりを挟む
アレクシス様が私の部屋から退室すると入れ替わりに入室したのは、侍女長のグレースさんと私付きとなる侍女ライカさんだ。
侍女長はさすがに貫禄があって少々気圧されたが、ライカさんは年齢がごく近く、親しみやすい笑顔で挨拶してくれてほっとした。
「侍従長まで話を通す程でもないこと、言いづらいことなどはわたくし共にお申しつけいただければと思います」
侍女長という役職にあって接する態度を弁えておられるだけで、私のことを考えてくれているお方のようだ。
「はい! 圧が強くて近寄りがたい侍女長まで話を通す程でもないこと、言いづらいことなどはわたくしライカにお申しつけいただければと思います!」
「……ライカ」
じろりと睨めつける侍女長に対しても臆することなく、冗談ですとぴっと赤い舌を出して肩をすくめているライカさんはなかなか度胸の座った人物と見た。
私に付いてくれる人がライカさんで良かった。
「ライカさん。ご助言、誠にありがとうございます。そういたします」
「奥様まで」
一瞬眉をひそめたが、ライカさんと顔を見合わせて笑うと侍女長はやれやれと苦笑いを見せた。
こんな方々が私の側に付いてくれるならきっと大丈夫。ここできっと上手くやっていける。
私はそう思った。
――のは早計でした。
室内着に着替えを終えると、死神卿との最初の食事が待っていたからだ。
ご機嫌斜めでいらっしゃるのか、ズモモモと背後から目に見えぬはずの暗黒の靄を出して待機している姿を拝見してしまった。
長い道のりで疲れてお腹は食事を要求しているのにもかかわらず、口の方は拒否している。心と体の均衡が崩れている今、回れ右してお部屋に直帰したいところだ。
食事を部屋で取ることはできないだろうか。……うん。できないだろう。頑張るんだ私。
「お、お待たせいたしました」
「ああ」
自分に発破をかけてアレクシス様に声をかけると、彼は立ち上がって私を迎えてくれるが、その表情は硬い。
何かの失態を犯して最後の晩餐になるかもしれないから、今晩は思う存分しっかりと頂くことにしよう……。
私はそう心に決めながら、引いてもらった椅子に腰を掛けた。
「今日はその。ご苦労だった」
「は、はい。アレクシス様もお疲れ様でございました」
料理が運ばれて来るまで沈黙が続くかと思われたが、アレクシス様が口火を切ってくれた。どうにも事務的な言葉ではあるものの、沈黙ほど怖い空間はないのでとてもありがたく思う。
……あ、違う。
そういえば口を開いても怖いものは怖いんだった。
それでも今のアレクシス様からは不器用ながらも気遣いが伝わってくるので、必要以上の気を張ることもない。私も頑張って会話を続けることにした。
「サザランスは国境付近には山々がありますが、海にも面している町なのですよね」
この地に降り立った時、木々の香りと共に潮の香りがしたような気がしたのだ。
「ああ。だから内陸とは採れる食材も、獲れる海産物の新鮮さも違う」
「そうなのですね。お料理、とても楽しみです」
なかなかいい感じに会話が続いている中、美味しそうなお料理が次々に運ばれてきてテーブルに並べられた。
実家ではお料理は順番に運ばれてくるので驚いたが、国防を担う辺境伯はいつ何時呼び出しがあるか分からないから、一度に出てくるのかもしれない。
「食事作法が内陸部と違うかもしれないが、慣れてくれ」
驚いている私を見てのことだろう。アレクシス様はそう言った。
「え? あ、はい。もちろんでございます。お気遣いありがとうございます」
私としても内心、ちまちま出てくる料理形式には少し辟易していたのだ。これくらい豪快に出てくる方が彩り豊かで見目にも楽しませてくれ、わくわくする。
アレクシス様は天の恵みと命、食卓まで携わってくれた人々への感謝を口にする。それがパストゥール家での食事前の挨拶のようだ。
死神卿とは思えないほど、人への感謝と命に対する真摯な言葉に内心驚きつつも私も彼に倣った。
そしてついに食事が開始される。
料理は一度に出てくるものの、作法的にはやはり前菜から行くべきだろうかとアレクシス様の様子を伺っていると、前菜をまだ残したままメイン料理を食べている。
私も前菜に軽く手をつけた後、冷えない内にとメイン料理へと手を伸ばす。
何のお魚の煮付け料理だろうか。自分の味覚に合うだろうか。おそるおそる口に運ぶと。
「こっ」
これは何と――美味っ!
美味しさのあまり震える手を止めて目を見張った。するとアレクシス様は目ざとく気づいて声低く尋ねてくる。
「口に合わないか? もしかしたら内陸とは味付けが違うかもしれないな。あまりにも慣れないようだったら次回から変えるが」
――なっ。りょ、料理人を斬首ですって!?
私は勢いよく顔を上げる。
「いいえ、いいえ! とても、とても美味しいです! 美味しくて感動しております!」
やっぱり絶対的な生殺与奪権に手にしている恐ろしい人だった……。
「そうか?」
「ええ、ええ! むしろわたくしの方が口を合わせに参りますから、どうか料理人の方をクビにしないでくださいませ」
「……斬首? あ、ああ。分かった」
内陸部はなかなか過激なんだなとアレクシス様が呟いたことは、あまりにも小さな声だったので私の耳に届かなかった。
侍女長はさすがに貫禄があって少々気圧されたが、ライカさんは年齢がごく近く、親しみやすい笑顔で挨拶してくれてほっとした。
「侍従長まで話を通す程でもないこと、言いづらいことなどはわたくし共にお申しつけいただければと思います」
侍女長という役職にあって接する態度を弁えておられるだけで、私のことを考えてくれているお方のようだ。
「はい! 圧が強くて近寄りがたい侍女長まで話を通す程でもないこと、言いづらいことなどはわたくしライカにお申しつけいただければと思います!」
「……ライカ」
じろりと睨めつける侍女長に対しても臆することなく、冗談ですとぴっと赤い舌を出して肩をすくめているライカさんはなかなか度胸の座った人物と見た。
私に付いてくれる人がライカさんで良かった。
「ライカさん。ご助言、誠にありがとうございます。そういたします」
「奥様まで」
一瞬眉をひそめたが、ライカさんと顔を見合わせて笑うと侍女長はやれやれと苦笑いを見せた。
こんな方々が私の側に付いてくれるならきっと大丈夫。ここできっと上手くやっていける。
私はそう思った。
――のは早計でした。
室内着に着替えを終えると、死神卿との最初の食事が待っていたからだ。
ご機嫌斜めでいらっしゃるのか、ズモモモと背後から目に見えぬはずの暗黒の靄を出して待機している姿を拝見してしまった。
長い道のりで疲れてお腹は食事を要求しているのにもかかわらず、口の方は拒否している。心と体の均衡が崩れている今、回れ右してお部屋に直帰したいところだ。
食事を部屋で取ることはできないだろうか。……うん。できないだろう。頑張るんだ私。
「お、お待たせいたしました」
「ああ」
自分に発破をかけてアレクシス様に声をかけると、彼は立ち上がって私を迎えてくれるが、その表情は硬い。
何かの失態を犯して最後の晩餐になるかもしれないから、今晩は思う存分しっかりと頂くことにしよう……。
私はそう心に決めながら、引いてもらった椅子に腰を掛けた。
「今日はその。ご苦労だった」
「は、はい。アレクシス様もお疲れ様でございました」
料理が運ばれて来るまで沈黙が続くかと思われたが、アレクシス様が口火を切ってくれた。どうにも事務的な言葉ではあるものの、沈黙ほど怖い空間はないのでとてもありがたく思う。
……あ、違う。
そういえば口を開いても怖いものは怖いんだった。
それでも今のアレクシス様からは不器用ながらも気遣いが伝わってくるので、必要以上の気を張ることもない。私も頑張って会話を続けることにした。
「サザランスは国境付近には山々がありますが、海にも面している町なのですよね」
この地に降り立った時、木々の香りと共に潮の香りがしたような気がしたのだ。
「ああ。だから内陸とは採れる食材も、獲れる海産物の新鮮さも違う」
「そうなのですね。お料理、とても楽しみです」
なかなかいい感じに会話が続いている中、美味しそうなお料理が次々に運ばれてきてテーブルに並べられた。
実家ではお料理は順番に運ばれてくるので驚いたが、国防を担う辺境伯はいつ何時呼び出しがあるか分からないから、一度に出てくるのかもしれない。
「食事作法が内陸部と違うかもしれないが、慣れてくれ」
驚いている私を見てのことだろう。アレクシス様はそう言った。
「え? あ、はい。もちろんでございます。お気遣いありがとうございます」
私としても内心、ちまちま出てくる料理形式には少し辟易していたのだ。これくらい豪快に出てくる方が彩り豊かで見目にも楽しませてくれ、わくわくする。
アレクシス様は天の恵みと命、食卓まで携わってくれた人々への感謝を口にする。それがパストゥール家での食事前の挨拶のようだ。
死神卿とは思えないほど、人への感謝と命に対する真摯な言葉に内心驚きつつも私も彼に倣った。
そしてついに食事が開始される。
料理は一度に出てくるものの、作法的にはやはり前菜から行くべきだろうかとアレクシス様の様子を伺っていると、前菜をまだ残したままメイン料理を食べている。
私も前菜に軽く手をつけた後、冷えない内にとメイン料理へと手を伸ばす。
何のお魚の煮付け料理だろうか。自分の味覚に合うだろうか。おそるおそる口に運ぶと。
「こっ」
これは何と――美味っ!
美味しさのあまり震える手を止めて目を見張った。するとアレクシス様は目ざとく気づいて声低く尋ねてくる。
「口に合わないか? もしかしたら内陸とは味付けが違うかもしれないな。あまりにも慣れないようだったら次回から変えるが」
――なっ。りょ、料理人を斬首ですって!?
私は勢いよく顔を上げる。
「いいえ、いいえ! とても、とても美味しいです! 美味しくて感動しております!」
やっぱり絶対的な生殺与奪権に手にしている恐ろしい人だった……。
「そうか?」
「ええ、ええ! むしろわたくしの方が口を合わせに参りますから、どうか料理人の方をクビにしないでくださいませ」
「……斬首? あ、ああ。分かった」
内陸部はなかなか過激なんだなとアレクシス様が呟いたことは、あまりにも小さな声だったので私の耳に届かなかった。
2
お気に入りに追加
2,553
あなたにおすすめの小説
忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても
千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。
【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~
Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。
婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。
そんな日々でも唯一の希望があった。
「必ず迎えに行く!」
大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。
私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。
そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて…
※設定はゆるいです
※小説家になろう様にも掲載しています
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?【カイン王子視点】
空月
恋愛
精霊信仰の盛んなクレセント王国。
身に覚えのない罪状をつらつらと挙げ連ねられて、第一王子に婚約破棄された『精霊のいとし子』アリシア・デ・メルシスは、第二王子であるカイン王子に求婚された。
そこに至るまでのカイン王子の話。
『まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/368147631/886540222)のカイン王子視点です。
+ + + + + +
この話の本編と続編(書き下ろし)を収録予定(この別視点は入れるか迷い中)の同人誌(短編集)発行予定です。
購入希望アンケートをとっているので、ご興味ある方は回答してやってください。
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScCXESJ67aAygKASKjiLIz3aEvXb0eN9FzwHQuxXavT6uiuwg/viewform?usp=sf_link
私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw
さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」
ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。
「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」
いえ! 慕っていません!
このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。
どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。
しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……
*設定は緩いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる