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第40話 同じ言葉なのに

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「なるほど。今回は完敗みたいだね」
「リベリオ様……。か、完敗と言うほどではないかと」

 リベリオ様が苦笑しながら言うと、ユスティーナ様は顔を引きつらせた。

「いいや。君は危険人物ではないと言い切った。一方、エリーゼ嬢の報告では、白とは言い切れない気になる点が見つかった。その差はあまりにも大きい。君の負けだよ」

 リベリオ様は穏やかな笑顔だけれど、その内容にざわりと嫌な感触が胸を撫でた。
 僕たちの負け、ではなく、君の負け。つまりリベリオ様はユスティーナ様の負けだと言った。もちろん密偵の妻として競い合ったわけだから間違ってはいないけれど、言葉が心に引っかかる。
 もし私が今回結果を出せなかったとしても、シメオン様ならきっと私たちの負けだと言ってくれるに違いないと、そんな根拠もないことを思ってしまう。

「今回の試験に勝ち負けはない。ユスティーナ嬢の能力を基準にエリーゼ嬢の能力を測っただけだ。両者とも実りある結果を導いてくれた。共にこれからも精進してほしい」

 アルナルディ侯爵の言葉にはっと我に返る。

「はい。ありがとうございます。承知いたしました」
「仰せの通りに」

 私とユスティーナ様はそれぞれの言葉で礼を取った。

「では本日はこれにて会合を終了とする」

 終了の言葉と共にアルナルディ侯爵は立ち上がり、それを倣って皆、席を立つ。

「帰ろうか」
「はい」

 帰りの準備をしていると、シメオン様がアルナルディ侯爵に呼ばれた。

「行ってくる。少し待っていてくれ」
「分かりました」

 シメオン様が離れて壁際で一人ぽつんと立っていると、エレノア様が私の側にやって来た。

「エリーゼさん、ごきげんよう」
「ごきげんよう。アルナルディ侯爵夫人。先日はご助力いただき、ありがとうございました」

 改めて先日のお礼を述べる。

「あら。嫌だわ。あなたはシメオンの妻なのだし、主人にも親族にも、そしてリベリオらにも認めさせたのだから、お義母様と呼んでほしいわ。――ね。お義母様と。さあ、さあ、お義母様と」
「は、はい。……お義母様」

 美しい笑顔で圧力をかけられて、お呼びするとお義母様は笑顔になる。

「まあ、嬉しい。うちは男の子ばかりだから、娘が欲しかったのよ。もちろんユスティーナさんもだけれど、あなたも娘として歓迎するわ」
「あ、ありがとうございます」
「ところで主人のことだけれど、ありがとう。体調がみるみる良くなっているのが分かるわ。やはり専門家が指導すると違うわね」

 お義母様は、わたくしが言っても聞かないのだからと、少し不服そうにおっしゃった。

「失礼いたしました。指導と言うより、脅しだったでしょうか」
「ふふ。そうね。確かに。けれど最近では誰もそんな厳しいことを言ってくれる人はいないから、主人には効いたみたい。生活習慣も頑張って変えようとしているわ」
「そうですか。良かったです。体調が良くなっていらっしゃるのは、アルナルディ侯爵ご自身が努力されているからです。いくら良い薬を服用しようとも、ご自身で生活習慣を変えていきませんと根本的には良くなりませんから」
「そうね。ありがとう。今後も主人の体調管理もお願いできるかしら」
「はい。かしこまりました」
「それと」

 お義母様が口元に手を当てる仕草を見せた後、私に耳打ちする。
 美容に効く薬があったらぜひ教えてね、と。
 可愛らしいお願いに私が快く承諾すると、お義母様はではまたねと笑顔で去って行った。

 再び一人になるかと思われたが、今度はリベリオ様がやって来る。
 ユスティーナ様のお姿がない。もう馬車に乗っていらっしゃるのだろうか。

「エリーゼ嬢。今日はどうも」
「リベリオ様、ごきげんよう」
「先日は驚かせてごめんね。前回は話す機会がなくて今日になってしまったんだけど」

 兄上が睨みを利かせているものだからと、リベリオ様は苦笑した。

「こちらこそご挨拶が遅れました」
「これから親戚になるわけだし、よろしくね」
「はい。リベリオ様がアクロイド子爵とは存じ上げず、大変失礼いたしました」

 同じ子爵でもアクロイド子爵はうちよりも格上だ。将来的には伯爵、あるいは侯爵になる可能性だってある。それを知らないというのは本当に失礼だった。

「ううん。僕も市井に行く時まで子爵という爵位を掲げたくはなかったからね。それに君も長らく貴族のパーティーに出席していなかったわけだから仕方がないよ。それに親戚との間に問題が生じて、生活費と弟さんを支えるのに頑張っていたんでしょ? 大変だったね」

 リベリオ様も私の事情を調べられたようだ。

「あ。もうお店は閉めたんだよね。でも僕が体調を崩した時は薬を調合してほしいな」
「もちろんです。いつでもお声がけくださいませ」
「ありがとう。――それにしても残念だな」

 今回、私が一族として認められたことだろうかと思っていると、リベリオ様は身を屈めて低く囁いた。

「兄上の婚約者になったのは」
「……え?」
「本当は僕も欲しかったんだけどな。君のこと」

 シメオン様から言われた言葉と違いはない。それなのに、なぜか仄暗い笑いを含んだような台詞にぞくりと寒気が走る。
 マルセル・ブラウン様とはこんな方だっただろうか。

「何を……」

 そう呟いたその時、リベリオ様が後ろに勢いよく引かれた。

「エリーゼに、私の妻に近付くな」

 リベリオ様の肩を引いた人物はシメオン様だった。なぜ恐れを抱いたのか分からない、けれどシメオン様の姿を見てほっとした。
 リベリオ様は笑って冗談っぽく両手を上げる。

「エリーゼ嬢はこれから親戚になるから、少し話をしていただけ。何もしていない。それより独占欲が強い男は嫌われるよ」
「……エリーゼ、待たせた。行こう」

 シメオン様はリベリオ様には返事せず、私の肩を抱き寄せる。

「はい。それではリベリオ様、失礼いたします」
「うん、エリーゼ嬢。またね」

 シメオン様に肩を抱かれている私は、リベリオ様に軽く礼を取って別れの挨拶を述べた。
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