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第39話 試験結果

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 翌日。
 改めてシメオン様の妻になる宣言をした以上、今回の試験を彼に任せきりにはできない。そう考えた私はメイリーンさんに相談に行くことにした。人との応対の仕方はその専門家に助言を受けるのが一番だからだ。何ならパーティーまでの残り四日間、華王館で修行してもいい。
 シメオン様に私の決意を述べると、大反対を受けた。

「いいわけがないだろう」
「ご心配されていることは承知しております。大丈夫。侍女のクラリスさんは化粧で別人のようにしてくれるのですよ。アランブール伯爵夫人となる人間だとは分からないようにしてくださるはずです」
「そういう心配をしているわけではない!」

 一喝されて私は眉尻を下げた。
 自分の魅力が皆無なことは自分が一番良く分かっている。

「ですが今のままですと、ロレンソ・ブラード様から相手にされないでしょう」
「だからと言って君が彼女らの真似事をしたところで、色気など一朝一夕で身に付くものでもないだろう。――いいか。馬鹿なことは考えないことだ」

 馬鹿って何、馬鹿って。私なりに導き出した最善の方法なのに。それより無意識かもしれないけれど、私の胸を指さして私には色気がないと遠回しに言うのは止めてもらえるだろうか。
 シメオン様から睨み付けられて私は唇を尖らせる。

「分かりました。修行は諦めます。ただ、助言を受けに行くことだけはお許しいただけないでしょうか」
「それぐらいなら許可しよう。ただし私も一緒に行く」
「……え?」

 華王館にはメイリーンさんを筆頭に、本当に綺麗な女性が多く揃っているのだ。夜のかすみ草として出向かう時は、シメオン様も同行するのは分かるけれど、今回は私だけの用事なのに。

「何だ? その嫌そうな顔は」
「いいえ。では同行を許しますが、綺麗な子がたくさんいるからって、みっともなく目移りしないでくださいよね」
「……は?」

 私はツンとシメオン様から顔を背けた。


 それから四日後、マドリガル伯爵が開いたパーティーは無事終わり、さらに翌日を迎えた。
 私とシメオン様、そしてリベリオ様とユスティーナがアルナルディ侯爵邸に集まる。顔ぶれは前回と同じく、アルナルディ侯爵とエレノア様、アルナルディ侯爵のご兄弟お二人となる。
 ご兄弟のお三人様は顔色が良くなっているようだ。きちんと薬をご服用いただき、生活改善もしていただいているのだろう。なかなか優等生な患者三名の様子を微笑ましく観察していると、私の視線に気付かれたのか、お三人様とも気まずそうに咳払いをした。その様子をご覧になってエレノア様はくすりと笑う。

「さて。今日、集まってもらったのは先日の試験結果の発表だ」

 アルナルディ侯爵が話を切り出した。侯爵の手元には左右に分けて書類が置かれている。私たちが提出したものだろう。

「まずはユスティーナ・オルコット子爵令嬢。さすがと言っておこうか。パーティー翌日に提出された報告書だが、ロレンソ・ブラードについて詳細、かつ明確にまとめ上げられている」

 侯爵が持ち上げた書類はニ、三枚だろうか。枚数を視認した私は冷や汗が流れるのを感じた。

「恐れ入ります」

 ユスティーナ様は上品に微笑んだ。
 本日の彼女は体の線が出るような締めつける服装ではなく、余裕のある服を着ている。彼女もまた私の助言に従ってくれたようだ。

「これによるとリベリオの事前調査の通り、彼に不穏な動きはないようだな」
「はい。好色家が玉に瑕ではありますが、危険人物になりうる者ではありませんでした」
「そうか。この人物と接触するのは大変だっただろう。ご苦労だった」
「ありがたきお言葉、光栄に存じます」

 ユスティーナ様はもう一度微笑むと、私に向き直る。

「エリーゼ様もご苦労なさったのではないでしょうか。接触の機会に恵まれなかったようですから。パーティーが終わるまでに接触できまして?」
「いえ……その」
「そう。ですけれど、ブラード氏を取り巻く方々とはお話しされているのをお見かけしたから、その方々から少しくらい彼のお話は聞けたかしら」

 何とも返事できず、曖昧な笑顔を浮かべた。
 するとアルナルディ侯爵がテーブルをとんと一つ叩き、場を切り替える。

「では続いてエリーゼ・バリエンホルム子爵令嬢。君が提出したのはこの報告書だが」

 アルナルディ侯爵はほんの一瞬、うんざりしたような表情を見せた後、私が提出した書類を持ち上げた。アルナルディ侯爵が持つ書類は十数枚と言ったところか。

「――んなっ!?」

 令嬢らしからぬ声を上げたのはユスティーナ様だ。けれど、すぐに失礼いたしましたと口に手を当てる。
 アルナルディ侯爵は視線を私に戻す。

「エリーゼ嬢。この報告書だが目を通すのが少々……面倒だった」
「も、申し訳ございません」

 苦笑いするアルナルディ侯爵に身を小さくして謝罪する。
 ユスティーナ様の書類の枚数を見た時、肝が冷えた。あの枚数に収めなければならなかったのだと。

「だが、仕方がない。何一つ過不足がない情報だ。他の者でもこれ以上の情報を短くまとめることは難しいだろう。それと取引される品物の中に少々気になるものがあった。危険人物かどうかは現段階では判断できないが、引き続き彼を監視下に置くことにする。エリーゼ嬢、ご苦労だった」
「ありがたきお言葉でございます」
「それにしても早い仕事だったな。先日の会合の三日後とは」

 ユスティーナ様は驚きでまた目を見開き、リベリオ様は呆れたような表情になる。

「三日後と言うとパーティー前だよね? それより前に接触したということ?」
「はい。幸運なことにたまたま伝手がございまして」
「私たちはすでに本人とは接触していたから、パーティーでは彼の周辺を調査することにした。結局、目新しい追加情報はなかったが」

 私の言葉を補ってくれたのはもちろんシメオン様だ。なるほどとリベリオ様は肩をすくめ、一方、アルナルディ侯爵は再びご自分に注意を戻すためにテーブルを軽く叩いた。

「さて――以上の報告により」

 一度言葉を切ったアルナルディ侯爵は、ご兄弟とお顔を合わせて頷く。

「エリーゼ・バリエンホルム子爵令嬢の密偵の妻としての有用性をここに認めるものとする」

 アルナルディ侯爵により試験結果が告げられると、悔しそうに爪を噛むユスティーナ様の姿が目に入った。
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