上 下
31 / 42

第31話 私を労ってください

しおりを挟む
 私は薬液が入った瓶をシメオン様に手渡すと、彼は目の高さまで持ち上げて瓶をしげしげと観察する。

「今回は前回よりも濁りのない澄んだ薬液だな」
「ええ。そしてもちろん無味無臭です。とても素晴らしい出来でしょう。無色透明、無味無臭というのは本当に大変なのですよ。ああ大変大変。大変だったら。――さあ、どうぞ。今すぐ私を労ってくださいませ」

 腕を組んで偉そうに言ってみると、シメオン様は困惑の表情を浮かべた。

「よくやった?」
「何ですか。その上から目線の台詞は。気持ちが足りませんよ。もっと気持ちを示していただかないと。本来ならこんな手間をかける必要はないのですよ。その分、ありがたがる気持ちを上乗せしていただかないと」
「か、感謝する?」

 こちらの反応を伺うような様子に、私はわざとらしく大きくため息をついてみせる。

「まったくもって感謝の意が伝わりませんね。次回はもっと気持ちを込めてお願いいたしますよ」
「……分かった。何でこんな話になる」

 シメオン様は最後何かをぼやいた後、こほんと咳払いする。

「ところでこれをヘラルド・バントに服用させるにあたって聞いておきたい。この薬は一体何の薬だ?」
「それはですね。――彼の」

 私はシメオン様が持つ薬瓶に人差し指を置くと、唇を横に薄く引く。

「彼の大事なものを失わせる薬です」
「大事なもの?」
「ええ。毎夜毎夜、じわりじわりと精神的に追い詰めながら、失わせて行くのです。それはもう彼にとって生き地獄でしょう」

 薬瓶をとんとんと叩きながら不敵に笑う私に彼は息を呑んだ。

「ということで」

 私は瓶から指を離し、彼に両手を広げて見せると明るい笑顔に変える。

「今回は穏やかに効果を示す薬で、体に急変が起こったりすることはありませんので私の立ち会いは必要ありません。ご都合の良い時にお使いください。ただ一つだけ。服用させた後は決して忘れずにお伝えください。これはあなたの一番大事なものを精魂尽き果てるまで根こそぎ奪う薬だと。おどろおどろしく――ね」
「いや。その言葉こそが毒薬だろう……」

 シメオン様からは笑顔が戻らなかった。


 三日後。
 華王館から夜のかすみ草のご指名があり、シメオン様と共に向かう。
 通された部屋で待っていたのは、もちろん当のご本人だ。
 ヘラルド・バント子爵とは初めて会うけれど、ソファーに座る彼は、話に聞いたような派手に立ち回っているような精力溢れた方ではなく、肩を落としているせいか、とても小さく見えた。

「お待たせいたしました。わたくしが夜のかすみ草にございます。こちらはこの度の契約を行うエージェントでございます」

 私は一礼を取った後、シメオン様を紹介する。立ち上がったバント子爵は、シメオン様には一瞥もせずに私に尋ねる。

「あ、あなたが解毒薬を調合してくれる方か」
「ええ。そうです」

 前回と同様に目深に濃紺のベールを被っているので、彼の顔色までは窺うことはできなかったけれど、心細そうな震えた声からおそらく青白い顔をしているのだろうと思う。

「まずはおかけください」

 バント子爵にソファーを勧め、私とシメオン様も彼の正面のソファーに腰を下ろした。

「本当に元に戻るのか」
「元がどこかという問題にもなります。薬を服用される直前だとおっしゃるのならば、今回お渡しする薬を飲んでいただければ間もなく戻るでしょう。もちろん髪のことですから一朝一夕に伸びるわけではございませんが」

 そう説明していると、なぜかシメオン様からの視線を気配で感じた。

「そ、それは分かっている。だが、それ以上は? もっと若い時のように戻らないか?」
「こればかりは体質もございますから。ただ、改善は可能かと。食生活、運動、睡眠の見直し、ストレス解消など、毎日根気よく続けていただくことが大切となります。もちろん薬もご服用いただいた上で」
「わ、分かった! 金はどれほどかかってもいい。頼む!」
「かしこまりました。――ではよろしくお願いいたします」

 私はシメオン様に視線を移すと、彼は一枚の書類とペンをバント子爵の元に差し出した。

「書類をよく読み、納得された上で最後にご署名を。これからあなた様にかかる費用と支払い方法などが書かれています。あなた様が署名し、薬を受け取った時点からこの書類の効力が発生いたします」
「分かった!」
「よくご覧ください。失礼ながら、もしあなた様からのお支払いが滞る場合、バルラガン伯爵に請求が行く旨も記載されております」

 ペンを持って今すぐ署名しようとするバント子爵に、シメオン様は言葉をかける。

「大丈夫だ」

 バント子爵は、結局流し読みすらせずに署名をし、シメオン様に差し戻した。シメオン様はそれを手に取って確認する。

「確かに頂戴いたしました」

 シメオン様が私に合図を送ったので、私は頷くとテーブルに調合した薬、ひと月分と資料を置いた。

「それではこちらがひと月分の薬となります。一度にたくさんご服用されたからと言って効果が早く出るわけではございませんので、必ず用法用量を守ってご服用ください。また資料には生活改善の旨が書かれております。ぜひ毎日実行していただければと思います。精神的負担が一番の大敵でございます。薬を飲んでいるから大丈夫と思われることが大切です」
「そ、そうだな。分かった」
「はい。では薬がなくなり、またご要望の際は、こちらの館にてわたくし、夜のかすみ草をお呼び出しくださいませ」
「分かった。ありがとう!」

 薬と資料を引き寄せたバント子爵は鞄に詰め込むと、初めて会った時とは違って堂々と胸を張り、颯爽と帰って行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『部活』をやめて陰キャボッチになった俺になんでか学校でかわいい美少女たちが話しかけてくるのだが

白金豪
恋愛
高校1年生の春休み 主人公 赤森 敦宏(あかもり あつひろ)は所属していたバスケ部をやめた。理由は部活動内で陰口や悪口などを受けていたからだ。 部活動をやめた敦宏は新学期が始まって仲のよかった部活の生徒の関係が切れて陰キャボッチになった。 だが、ボッチになって1ケ月たったある日、学年でも非常に人気のある美少女 朝本 萌叶(あさもと もえか)から声をかけられる。 その他にも、ボッチになったことで女の子と無縁だった敦宏に美少女たちが話しかけてくる。

鑑定と治癒魔法のおかげで将来安泰!…だよね?

key
恋愛
美醜逆転ものです。 鑑定と治癒魔法を使って奴隷を治したり冒険者みたいなことしてみたり、ほのぼの生きていきます。 ほのぼの、がいつまで続くかは、お楽しみに。 ifエンドという形にしようと思ってますのでお好きなエンドのみお読みください。 始めは恋愛というよりファンタジーです。奴隷くんは少し経ってから出てきます。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

後宮の隠れ薬師は、ため息をつく~花果根茎に毒は有り~

絹乃
キャラ文芸
陸翠鈴(ルーツイリン)は年をごまかして、後宮の宮女となった。姉の仇を討つためだ。薬師なので薬草と毒の知識はある。だが翠鈴が後宮に潜りこんだことがばれては、仇が討てなくなる。翠鈴は目立たぬように司燈(しとう)の仕事をこなしていた。ある日、桃莉(タオリィ)公主に毒が盛られた。幼い公主を救うため、翠鈴は薬師として動く。力を貸してくれるのは、美貌の宦官である松光柳(ソンクアンリュウ)。翠鈴は苦しむ桃莉公主を助け、犯人を見つけ出す。※表紙はminatoさまのフリー素材をお借りしています。※中国の複数の王朝を参考にしているので、制度などはオリジナル設定となります。 ※第7回キャラ文芸大賞、後宮賞を受賞しました。ありがとうございます。

【完結】「弟の婚約者に相応しいか見定めに来た」と言っていた婚約者の兄に溺愛されたみたいです

あろえ
恋愛
没落寸前の男爵家に生まれたニーナ・ルベットは、病弱な母の治療費を稼ぐため、宮廷薬師の職に就いた。 しかし、給料は治療費に消えるばかりで、母の病は良くならない。 貴族らしい裕福な生活ではなく、切り詰めた貧乏生活を送っていた。 そんなニーナの元に、莫大な資産を持つ公爵家から縁談の話が舞い込み、喜んでいたのも束の間――。 「弟の婚約者に相応しいか見定めに来た」 婚約者の兄である天才魔術師のアレク様に、婚約者に相応しいか審査されることになってしまった。 ただ、どうにも様子がおかしい。 「もう仕事の三十分前だぞ」 「寝癖が付いているだろ」 「座っていろ。紅茶をいれてやる」 なぜか婚約者の兄がグイグイと来て、世話を焼いてくれるみたいで……?

わたしは美味しいご飯が食べたいだけなのだっ!~調味料のない世界でサバイバル!無いなら私が作ります!聖女?勇者?ナニソレオイシイノ?~

野田 藤
ファンタジー
キャンパーの山野ケイはキャンプツーリングの行きに突然異世界召喚される。 よくある異世界召喚もののオープニングだ。 でもなんか様子がおかしい。 すっごく無礼で押し付けがましい真っ赤な髪のイケメンだけど残念王子。 私は聖女じゃなかったらしく、あんまりにも馬鹿にするので担架切ったら追放された! それがお前(異世界人)のやり方かーーー! 一人で生きていく覚悟をしたら女神降臨でいっぱいチート貰っちゃって? 倒れていたイケメン騎士を介抱したらなし崩しに宿舎に住むことになっちゃって? 楽しみにしていた異世界の食事は……素材は美味しいのに、この世界には塩味しかなかった。 調味料ってなんですか?の世界なら、私が作ろう、調味料! ないなら自給自足で頑張ります! お料理聖女様って呼ばないで! 私はいつか、ここを出て旅をしたいんじゃーー!(と言ってなかなか出られないやつ) 恋はそこそこ、腹が減っては戦はできぬ! チート道具は宝の持ち腐れ! ズボラ料理は大得意! 合言葉はおっけーびーぐる! 女子ソロキャンパーのまったりのんびり異世界調味料開拓物語。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中!

私を追い出すのはいいですけど、この家の薬作ったの全部私ですよ?

火野村志紀
恋愛
【現在書籍板1~3巻発売中】 貧乏男爵家の娘に生まれたレイフェルは、自作の薬を売ることでどうにか家計を支えていた。 妹を溺愛してばかりの両親と、我慢や勉強が嫌いな妹のために苦労を重ねていた彼女にも春かやって来る。 薬師としての腕を認められ、レオル伯アーロンの婚約者になったのだ。 アーロンのため、幸せな将来のため彼が経営する薬屋の仕事を毎日頑張っていたレイフェルだったが、「仕事ばかりの冷たい女」と屋敷の使用人からは冷遇されていた。 さらにアーロンからも一方的に婚約破棄を言い渡され、なんと妹が新しい婚約者になった。 実家からも逃げ出し、孤独の身となったレイフェルだったが……

冴えない御曹司の俺が恋愛リアリティ番組的なシェアハウスで女子大生たちとリアル恋愛することになった件

Taike
恋愛
 大企業の御曹司、岩崎大河は東都大学の3年生。ごくごく普通のキャンパスライフを送っていた彼であったが、ある日突然彼は『将来ハニートラップに耐えるために修行しろ』と両親から告げられ、5人の女子大生とシェアハウスをすることになる。  そして同居人の彼女たちは様々な思惑を抱きながら、大河を誘惑し始めたようで......   「あらあら、大河さん。目がイヤらしいですよ」 「こ、これは岩崎くんと私だけの秘密だから」 「ウチは1人の男として岩崎っちのことが気に入ってるんだよ!」 「岩崎さんは私のものです!!」 「あ、大河! 今アタシのおっぱい見ただろ! まあ、アンタにならいくらでも見せてあげるんだけどサ☆」  大胆に迫ってくる個性派揃いの5人の美女たち。果たして大河は彼女たちに墜とされてしまうのか。それとも逆に彼女たちを攻略してしまうのか。  シェアハウス内で渦巻く、同居系青春ラブコメが今始まる!!

処理中です...