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第14話 姉の想いと妹の想い
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「メイリーンさん!」
クラリスさんにはメイリーンさんが部屋に通される前に退室をお願いして、私はサロンに通されたメイリーンさんを一人で迎えた。
本日の彼女は肌の露出が多い夜の装いではなく、むしろ肌を覆い隠すような服で身を包んでいる。化粧も控えめで、どこかの貴婦人だと言われても疑うことはないほど気品にあふれている。ただの立ち姿だけで、あれほど色気があふれ出ている方が一体からだのどこに隠しているのかと疑問に思う。
「体は元気そうね。と言っても昨日のことだけれど」
「はい。ようこそおこしくださいました。けれどよく門衛さんに門前払いされませんでしたね。お約束の予定はありませんと言われませんでしたか?」
「言われたわよ。だから約束はあると答えたわ。疑うのならば、屋敷に行って確かめて来なさいとね。あなたがここにいるなら必ず応じてくれると思ったから」
「つ、強気ですね」
経験の違いか、あるいは格の違いか。私なんて門衛さんの静かな威圧に臆してすぐに身を引いてしまった。
「それで私がここに来た理由だけど」
「あ、失礼いたしました。まずはおかけ――くだひゃっ!?」
メイリーンさんは私に近付くと、私の両頬をつかんで横に伸ばした。
「あなたに文句を言いに来たのよ。私に挨拶もなしで館を出ていくとはどういう了見? さぞかしご立派な理由があることでしょうね。さあ、聞かせてもらおうじゃない」
「メーリーンはん、いひゃいいひゃいでふ。ごめなはい、メーリンはん」
一つため息をついた彼女は私の頬から手を離すと、むっとした様子で腕を組む。
「今日、昼頃に起きてきたらあなたはいなくなっているし、親父様には私の借金を帳消しの上、大金を寄越してきてこれ持って館から出ていけと言われたの。いきなりよ」
「も、申し訳ありません。お世話になりましたのに、ご挨拶もなく失礼して誠に申し訳ありませんでした。……とりあえずおかけください」
私は片手で頬を撫でながらもう一方の手でソファーを勧め、お互い腰を落ち着かせるとメイリーンさんが話を再開させた。
「昨日の事情は親父様に聞いたわ。聞いた上で頭にきたからお金を突っ返したら、エリーゼの想いを汲んでこのお金を持って出て行ってくれと諭すのよ。私をどこの誰だと思っているの。あなたを売った金で幸せになれだなんて、そんなことできるものですか! あなたの想いなんて誰が汲んでやるものですか!」
メイリーンさんの言葉には愛が溢れていて、もう泣かないと決めたのに涙が浮かんでくる。
「そうではないのです。私が望んで出て行ったのです。それにご主人様は私を必死に止めてくださいました」
「分かっているわ。けれどそれでも最後まで引き留めなかったことを怒っているの。たった四日間の付き合いだとしても、私の妹を売ったことをね。そもそも妹の引き換えの幸せだなんて私の誇りが許さないわよ」
「メイリーンさん……。でも。でも三月に一度の君とは」
「何。その洒落た呼び名」
メイリーンさんはおかしそうに笑った。
「彼とのことだけど、元々ここに備品を納品に来てくれる取引先だったの。ただ、彼の家は名門の商家ではないとは言え、商売している以上、世間体というものがあるでしょう。だけど彼は必ず自分の手で商家を大きくしてみせるからと、誰にも文句を言わせないようにするからと、必死でご家族を説得したらしいわ。ただ昨夜の時点では身請け金はまだまだほど遠くしか用意できていなかったから、全額揃ったら改めて求婚したいと言ってくれたのよ。だから少し待ってみようかと思ってね。あんまり遅ければこちらから求婚してやろうとは思っているけれど」
今でも大金を持って嫁げばその商家は大喜びで迎え入れてくれるに違いない。けれど、大金をいきなり持つことの恐ろしさを知っているメイリーンさんは、彼の成長を待ちたいのかもしれない。
「親父様があなたの気持ちを無駄にするのかと諫めたり、頼むから出て行ってくれと泣き落とししたりするものだから、もう客は取らず、指導役としての職を担うことになったのよ」
「そうなのですか。良かった」
メイリーンさんは自分が館を出た後、残される妹たちのことを考えているのだろう。けれど、ちゃんと自分の未来も考えてくれている。
ほっと息をつくと、メイリーンさんは綺麗な微笑を浮かべた。
「実はね。あなたがずいぶんと悲痛な面持ちで出て行ったと言うから心配で来たの。でも、何だか吹っ切れたような顔している」
「落ち込むようなことも、泣くようなこともあったのですが、私は大丈夫です。メイリーンさんのおかげで大丈夫になりました」
「私の?」
「はい。決して矜持まで売り渡すな。矜持は誰にも渡さずに自分の胸に強く抱いて生きろと。――そうおっしゃったお言葉のおかげで、私は私らしく生きる道を選ぼうと思えたのです。ここで花毒の薬の開発する約束も取り付けたんですよ」
「そう。さすが私が見込んだだけあるわね。行動が早い」
「何もかもメイリーンさんの――お姉様のおかげです。ありがとうございます」
お礼を述べるとメイリーンさんは嬉しそうに笑って首を振った。
「お礼を言うのはこちらよ。あなたが館に残していってくれた気持ちのおかげで、妹たちの給金は上がったし、もっと高度な治療を受けられるようになったの。何よりあなたは私の夢を叶えてくれたのだから。あなたがこれから何をさせられるのか分からないけれど、力になれることなら何でも協力するから言ってちょうだい」
私の事情は何も伝えていないのに、メイリーンさんは経験上、何かを察したのかもしれない。
「本当にありがとうございます。……もしかしたらお世話になることがあるかもしれません。その時はどうぞよろしくお願いいたします。また花毒の薬の開発も経過をお知らせしますね」
「ええ、分かったわ」
次の確かな約束をすることはできなかったけれど、また必ず会うことを約束するとメイリーンさんは帰って行った。
クラリスさんにはメイリーンさんが部屋に通される前に退室をお願いして、私はサロンに通されたメイリーンさんを一人で迎えた。
本日の彼女は肌の露出が多い夜の装いではなく、むしろ肌を覆い隠すような服で身を包んでいる。化粧も控えめで、どこかの貴婦人だと言われても疑うことはないほど気品にあふれている。ただの立ち姿だけで、あれほど色気があふれ出ている方が一体からだのどこに隠しているのかと疑問に思う。
「体は元気そうね。と言っても昨日のことだけれど」
「はい。ようこそおこしくださいました。けれどよく門衛さんに門前払いされませんでしたね。お約束の予定はありませんと言われませんでしたか?」
「言われたわよ。だから約束はあると答えたわ。疑うのならば、屋敷に行って確かめて来なさいとね。あなたがここにいるなら必ず応じてくれると思ったから」
「つ、強気ですね」
経験の違いか、あるいは格の違いか。私なんて門衛さんの静かな威圧に臆してすぐに身を引いてしまった。
「それで私がここに来た理由だけど」
「あ、失礼いたしました。まずはおかけ――くだひゃっ!?」
メイリーンさんは私に近付くと、私の両頬をつかんで横に伸ばした。
「あなたに文句を言いに来たのよ。私に挨拶もなしで館を出ていくとはどういう了見? さぞかしご立派な理由があることでしょうね。さあ、聞かせてもらおうじゃない」
「メーリーンはん、いひゃいいひゃいでふ。ごめなはい、メーリンはん」
一つため息をついた彼女は私の頬から手を離すと、むっとした様子で腕を組む。
「今日、昼頃に起きてきたらあなたはいなくなっているし、親父様には私の借金を帳消しの上、大金を寄越してきてこれ持って館から出ていけと言われたの。いきなりよ」
「も、申し訳ありません。お世話になりましたのに、ご挨拶もなく失礼して誠に申し訳ありませんでした。……とりあえずおかけください」
私は片手で頬を撫でながらもう一方の手でソファーを勧め、お互い腰を落ち着かせるとメイリーンさんが話を再開させた。
「昨日の事情は親父様に聞いたわ。聞いた上で頭にきたからお金を突っ返したら、エリーゼの想いを汲んでこのお金を持って出て行ってくれと諭すのよ。私をどこの誰だと思っているの。あなたを売った金で幸せになれだなんて、そんなことできるものですか! あなたの想いなんて誰が汲んでやるものですか!」
メイリーンさんの言葉には愛が溢れていて、もう泣かないと決めたのに涙が浮かんでくる。
「そうではないのです。私が望んで出て行ったのです。それにご主人様は私を必死に止めてくださいました」
「分かっているわ。けれどそれでも最後まで引き留めなかったことを怒っているの。たった四日間の付き合いだとしても、私の妹を売ったことをね。そもそも妹の引き換えの幸せだなんて私の誇りが許さないわよ」
「メイリーンさん……。でも。でも三月に一度の君とは」
「何。その洒落た呼び名」
メイリーンさんはおかしそうに笑った。
「彼とのことだけど、元々ここに備品を納品に来てくれる取引先だったの。ただ、彼の家は名門の商家ではないとは言え、商売している以上、世間体というものがあるでしょう。だけど彼は必ず自分の手で商家を大きくしてみせるからと、誰にも文句を言わせないようにするからと、必死でご家族を説得したらしいわ。ただ昨夜の時点では身請け金はまだまだほど遠くしか用意できていなかったから、全額揃ったら改めて求婚したいと言ってくれたのよ。だから少し待ってみようかと思ってね。あんまり遅ければこちらから求婚してやろうとは思っているけれど」
今でも大金を持って嫁げばその商家は大喜びで迎え入れてくれるに違いない。けれど、大金をいきなり持つことの恐ろしさを知っているメイリーンさんは、彼の成長を待ちたいのかもしれない。
「親父様があなたの気持ちを無駄にするのかと諫めたり、頼むから出て行ってくれと泣き落とししたりするものだから、もう客は取らず、指導役としての職を担うことになったのよ」
「そうなのですか。良かった」
メイリーンさんは自分が館を出た後、残される妹たちのことを考えているのだろう。けれど、ちゃんと自分の未来も考えてくれている。
ほっと息をつくと、メイリーンさんは綺麗な微笑を浮かべた。
「実はね。あなたがずいぶんと悲痛な面持ちで出て行ったと言うから心配で来たの。でも、何だか吹っ切れたような顔している」
「落ち込むようなことも、泣くようなこともあったのですが、私は大丈夫です。メイリーンさんのおかげで大丈夫になりました」
「私の?」
「はい。決して矜持まで売り渡すな。矜持は誰にも渡さずに自分の胸に強く抱いて生きろと。――そうおっしゃったお言葉のおかげで、私は私らしく生きる道を選ぼうと思えたのです。ここで花毒の薬の開発する約束も取り付けたんですよ」
「そう。さすが私が見込んだだけあるわね。行動が早い」
「何もかもメイリーンさんの――お姉様のおかげです。ありがとうございます」
お礼を述べるとメイリーンさんは嬉しそうに笑って首を振った。
「お礼を言うのはこちらよ。あなたが館に残していってくれた気持ちのおかげで、妹たちの給金は上がったし、もっと高度な治療を受けられるようになったの。何よりあなたは私の夢を叶えてくれたのだから。あなたがこれから何をさせられるのか分からないけれど、力になれることなら何でも協力するから言ってちょうだい」
私の事情は何も伝えていないのに、メイリーンさんは経験上、何かを察したのかもしれない。
「本当にありがとうございます。……もしかしたらお世話になることがあるかもしれません。その時はどうぞよろしくお願いいたします。また花毒の薬の開発も経過をお知らせしますね」
「ええ、分かったわ」
次の確かな約束をすることはできなかったけれど、また必ず会うことを約束するとメイリーンさんは帰って行った。
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