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第12話 聞きたいのではなく言いたい
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翌朝、私の部屋に侍女長と専属侍女さんがやって来た。それぞれブリジットさんとクラリスさんと言うそうだ。
事情をご存知なのだろうか。二人はほんのひと時、痛ましそうに私を見たがすぐに笑顔を作った。
「これからクラリスがエリーゼ様の専属侍女となりますので、何かありましたらまずは彼女にお伝えください。何かお部屋や生活でお困りのことがございます場合も、ご遠慮なくいつでもお申し付けくださいませ」
「ありがとうございます」
「まずは朝のご準備をいたしましょう」
「はい」
洗顔を終えた後、クラリスさんが顔をマッサージしてくれたおかげで、目の腫れはすっかり引いた。それに加えて心に気合を入れて堂々と戦えるような化粧をお願いすると、知的で洗練された女性に仕上げてくれた。
「すごい。別人みたいです……」
「ありがとうございます。美容に関しては、唯一私が得意とするものなのです」
「唯一無二のとても素晴らしい技術です」
「え。あ、ありがとうございます」
クラリスさんは少し驚いたような、恥ずかしいような表情でお礼を述べた。
「いいえ。私のほうがお礼を申し上げなければ。ありがとうございます」
「い、いえ。そんな」
私たちのやり取りを見守っていた侍女長さんはふっと笑った後、一つ手を打った。
「それでは衣服のご準備もしていただいて、朝食に向かっていただきましょう。旦那様がお待ちでございます」
「はい」
服を着るのを手伝っていただいてすべての準備を済ませた後、私は食堂へと案内された。シメオン様はすでに席に着いている。
「失礼いたします、旦那様。おはようございます」
「……ああ。おはよう」
固い声で挨拶すると返事は返してくれるものの、シメオン様は私の顔を見なかった。
もう好意を見せる必要はないからと考えているのか、おそらく泣き腫らした顔は見るに堪えないだろうと思われているからなのか。
顔を合わせないまま、お座りくださいませと引かれた椅子に腰を下ろした。
「旦那様」
「……何だ」
シメオン様はそれでも視線を合わせない。
私は彼との楽しい会話を期待してはいないが、言っておかなくてはいけないことがある。
「お仕事のことでお話ししたいことがございます」
ようやく私と視線を合わせると彼は目を瞠った。
私の表情に何かを決意したような、意志の強さを感じられたのかもしれない。
「お時間を作っていただけますか」
「……分かった。朝食後、私の執務室で話をしよう」
「ありがとうございます」
それだけの会話を終えると、朝食は終始無言の食事となった。食事はこれまでの日々よりもはるかに豪勢だったが、美味しくは感じられなかった。
「それで仕事の話とは何だ」
私の正面に座るシメオン様は長い足を組んで尋ねてきた。
「昨日、無色透明かつ無味無臭の毒薬を作れとおっしゃいましたね」
「そうだ」
「その一方で解毒薬を作れともおっしゃいました。毒殺が目的ではないのですか」
「主目的ではない。その過程の先にあるかないかだ」
殺めることが主目的ではないということは、それは脅しや自白に使うということだろうか。
「近々、その薬を使いたい人物がいるのでしょうか」
質問ばかりの私をシメオン様は細めた目で見た。
「何が聞きたい?」
「聞きたいのではなく言いたいのです。もし毒殺が目的ではないのだとしたら、私はおっしゃる毒薬を作ることができません」
「私に逆らうつもりか?」
「いいえ。毒殺が目的ではないのならばと申しました。薬は人が持つ体質によって効果の出方がまったく違うのです。時には治療薬だったはずの薬で命を落とすこともあります。旦那様のように普通の治療薬では効かない方もいます」
私の意図を読み取ったのか、あるいは意図を読み取ろうとしているのか、シメオン様は私を真っすぐに見つめてきた。もちろん好意が含まれる視線ではなかったけれど。
「毒薬は特に調整が難しい薬です。その人の体質を考慮して調合しなければ、殺めるつもりがなくても、薬が体に合わずに命を落としてしまうことだってあるのです」
「つまり?」
「近々使おうと考えている人物がいるのだとしたら、その人の詳しい体質を知りたいということです」
体格はどんな人か。太っているのか痩せているのか、中肉中背なのか。食事はしっかり取れているのか。睡眠はしっかり取れているのか。毎日快腸なのか。過去に病歴はないのか、今、何かしらの病気にかかっていないか、持病はないか、現在悩んでいる症状はないか。薬は飲んでいるか、薬が合わなかったことはないか。何の職に就いているか。家族、または普段接する身近な人に病気の者がいないか、血族に何らかの症状を患っている者はいないか、普段食事は何を食べているか、食べ物で体調を崩したことはないか、庭や家の付近にどんな木や草花があるか、動物は飼っているか、飼っているとしたらどんな動物か、その動物は室内に入れているか、など。
「できるだけたくさんの情報を手に入れて欲しいのです」
立て板に水のごとく話す私にシメオン様は、目を見開いて私を見つめた。
「できますか?」
多分できるのだろうけれど尋ねた。しかしシメオン様からの返答はない。
「で・き・ま・す・か」
今度は言葉を切って挑戦的に尋ねたら、彼ははっと我に返って頷いた。
「分かった。すぐに探らせる」
「お願いいたします。それと一つお尋ねしたいこととお願いがございます」
「何だ?」
「以前おっしゃっていた、貧しくて薬が買えない人たちへ私の薬を提供するというお話は、数多ある嘘の中の真実と思ってよろしいのでしょうか?」
皮肉っぽく言うと、シメオン様はぐっと言葉を詰まらせたけれど、一つ息を吐いて頷いた。
「ああ。それは当初通り約束する。福祉に力を入れることも闇の仕事を請け負う我が一族の隠れ蓑の一つだからな」
「それを聞いて安心いたしました。それではもう一つ。こちらはお願いになります」
「何だ?」
「花街の皆さんが罹患することが多い花毒の治療薬を開発したいのです。どうかお許しいただけませんか。旦那様がご所望する薬の製造の妨げになるようなことはいたしません」
「……分かった。許そう」
私の心の均衡が取れるのならば、とでも考えてださったのだろうか。シメオン様は許可を出してくれた。
事情をご存知なのだろうか。二人はほんのひと時、痛ましそうに私を見たがすぐに笑顔を作った。
「これからクラリスがエリーゼ様の専属侍女となりますので、何かありましたらまずは彼女にお伝えください。何かお部屋や生活でお困りのことがございます場合も、ご遠慮なくいつでもお申し付けくださいませ」
「ありがとうございます」
「まずは朝のご準備をいたしましょう」
「はい」
洗顔を終えた後、クラリスさんが顔をマッサージしてくれたおかげで、目の腫れはすっかり引いた。それに加えて心に気合を入れて堂々と戦えるような化粧をお願いすると、知的で洗練された女性に仕上げてくれた。
「すごい。別人みたいです……」
「ありがとうございます。美容に関しては、唯一私が得意とするものなのです」
「唯一無二のとても素晴らしい技術です」
「え。あ、ありがとうございます」
クラリスさんは少し驚いたような、恥ずかしいような表情でお礼を述べた。
「いいえ。私のほうがお礼を申し上げなければ。ありがとうございます」
「い、いえ。そんな」
私たちのやり取りを見守っていた侍女長さんはふっと笑った後、一つ手を打った。
「それでは衣服のご準備もしていただいて、朝食に向かっていただきましょう。旦那様がお待ちでございます」
「はい」
服を着るのを手伝っていただいてすべての準備を済ませた後、私は食堂へと案内された。シメオン様はすでに席に着いている。
「失礼いたします、旦那様。おはようございます」
「……ああ。おはよう」
固い声で挨拶すると返事は返してくれるものの、シメオン様は私の顔を見なかった。
もう好意を見せる必要はないからと考えているのか、おそらく泣き腫らした顔は見るに堪えないだろうと思われているからなのか。
顔を合わせないまま、お座りくださいませと引かれた椅子に腰を下ろした。
「旦那様」
「……何だ」
シメオン様はそれでも視線を合わせない。
私は彼との楽しい会話を期待してはいないが、言っておかなくてはいけないことがある。
「お仕事のことでお話ししたいことがございます」
ようやく私と視線を合わせると彼は目を瞠った。
私の表情に何かを決意したような、意志の強さを感じられたのかもしれない。
「お時間を作っていただけますか」
「……分かった。朝食後、私の執務室で話をしよう」
「ありがとうございます」
それだけの会話を終えると、朝食は終始無言の食事となった。食事はこれまでの日々よりもはるかに豪勢だったが、美味しくは感じられなかった。
「それで仕事の話とは何だ」
私の正面に座るシメオン様は長い足を組んで尋ねてきた。
「昨日、無色透明かつ無味無臭の毒薬を作れとおっしゃいましたね」
「そうだ」
「その一方で解毒薬を作れともおっしゃいました。毒殺が目的ではないのですか」
「主目的ではない。その過程の先にあるかないかだ」
殺めることが主目的ではないということは、それは脅しや自白に使うということだろうか。
「近々、その薬を使いたい人物がいるのでしょうか」
質問ばかりの私をシメオン様は細めた目で見た。
「何が聞きたい?」
「聞きたいのではなく言いたいのです。もし毒殺が目的ではないのだとしたら、私はおっしゃる毒薬を作ることができません」
「私に逆らうつもりか?」
「いいえ。毒殺が目的ではないのならばと申しました。薬は人が持つ体質によって効果の出方がまったく違うのです。時には治療薬だったはずの薬で命を落とすこともあります。旦那様のように普通の治療薬では効かない方もいます」
私の意図を読み取ったのか、あるいは意図を読み取ろうとしているのか、シメオン様は私を真っすぐに見つめてきた。もちろん好意が含まれる視線ではなかったけれど。
「毒薬は特に調整が難しい薬です。その人の体質を考慮して調合しなければ、殺めるつもりがなくても、薬が体に合わずに命を落としてしまうことだってあるのです」
「つまり?」
「近々使おうと考えている人物がいるのだとしたら、その人の詳しい体質を知りたいということです」
体格はどんな人か。太っているのか痩せているのか、中肉中背なのか。食事はしっかり取れているのか。睡眠はしっかり取れているのか。毎日快腸なのか。過去に病歴はないのか、今、何かしらの病気にかかっていないか、持病はないか、現在悩んでいる症状はないか。薬は飲んでいるか、薬が合わなかったことはないか。何の職に就いているか。家族、または普段接する身近な人に病気の者がいないか、血族に何らかの症状を患っている者はいないか、普段食事は何を食べているか、食べ物で体調を崩したことはないか、庭や家の付近にどんな木や草花があるか、動物は飼っているか、飼っているとしたらどんな動物か、その動物は室内に入れているか、など。
「できるだけたくさんの情報を手に入れて欲しいのです」
立て板に水のごとく話す私にシメオン様は、目を見開いて私を見つめた。
「できますか?」
多分できるのだろうけれど尋ねた。しかしシメオン様からの返答はない。
「で・き・ま・す・か」
今度は言葉を切って挑戦的に尋ねたら、彼ははっと我に返って頷いた。
「分かった。すぐに探らせる」
「お願いいたします。それと一つお尋ねしたいこととお願いがございます」
「何だ?」
「以前おっしゃっていた、貧しくて薬が買えない人たちへ私の薬を提供するというお話は、数多ある嘘の中の真実と思ってよろしいのでしょうか?」
皮肉っぽく言うと、シメオン様はぐっと言葉を詰まらせたけれど、一つ息を吐いて頷いた。
「ああ。それは当初通り約束する。福祉に力を入れることも闇の仕事を請け負う我が一族の隠れ蓑の一つだからな」
「それを聞いて安心いたしました。それではもう一つ。こちらはお願いになります」
「何だ?」
「花街の皆さんが罹患することが多い花毒の治療薬を開発したいのです。どうかお許しいただけませんか。旦那様がご所望する薬の製造の妨げになるようなことはいたしません」
「……分かった。許そう」
私の心の均衡が取れるのならば、とでも考えてださったのだろうか。シメオン様は許可を出してくれた。
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