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第40話 レイヴァンの姉からの手紙
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「レイヴァン、その後、クリスタル王女の怪我の具合はどう?」
アルフォンスがソファーから身を乗り出す形で、いつもと違って心配そうに尋ねてきた。
「ああ。痛みも引いているようで大丈夫そうだ」
私が帰った時も元気そうだった。
「そっか。良かったね。だけど何だか残念そうにも見えるけど?」
口角を上げてにやけるアルフォンスは図星を突いてくる。
元気である以上、昨夜は寝室を一緒にする名目が立たなかった。ただ、寝室を別にすると言ったら、彼女が少し残念そうに表情を曇らせたように見えたのは自分の欲目か。
しかし足首を捻っているため、抱き上げて移動させるくらいは夫としての権利を執行してもいいはずだと思った。
「妻の怪我の回復を残念に思う夫がどこにいる」
「妻と夫ねぇ」
しまった。つい口から出てしまったが、藪蛇だったか。けれどアルフォンスはそれ以上からかうつもりはなかったらしい。
「まあ、仲が良いのは喜ばしいことだよ。二国間の平和のためにもね」
「……そうだな。ただ、屋敷内で気になる報告がいくつか上がっている」
「気になる報告?」
「ああ。彼女が屋敷内の一部の人間にあまり好ましく思われていないようなんだ」
「王女の態度が横柄とか?」
彼は顎に手をやって眉根を寄せる。
「いや。私の目ではそんな所は見当たらないし、初対面時の控えめな彼女の印象は変わっていない。侍女長が言うには文化の違いがあるのかもしれない、と」
「文化の違いね。そういえば、最初は料理をたくさん残していたとか言っていたね」
「そうだったな。それと最近は頑張ってサンティルノ語を話し出したから、相手にうまく伝わっていないのかもしれないとも思っている。しかしそれ以上に気になる報告を聞いた。そこでアルフォンスに頼みたいことがある」
「ん? 何?」
「それは――」
「お帰りなさいませ、レイヴァン様」
「お帰りなさいませ、旦那様」
モーリスとローザが玄関前で出迎えてくれた。
「本日はクリスタル様がお出迎えに来られておりますよ」
「無理はしないよう言ったはずだが」
「無理はしていない、とのことでございます。ご本人が申されているのですから、間違いございません」
モーリスはにっこりと笑う。
「そうか。分かった」
「それとジャスティーヌ様からお手紙が届いております。お部屋に置いてありますゆえ、早急にご確認いただきますよう」
「姉上から?」
嫌な予感しかない。結婚して家を出た後も、姉からはいつも無茶なことを要求されるからだ。
少しため息をつきながら分かったと答える。
「ではとにかく入る」
「はい。先を急がれますのに足をお止めして失礼いたしました」
満面の笑みのモーリスを軽く睨みつけて開かれた扉から足を踏み入れると、玄関先で微笑むクリスタルの姿が目に入った。それだけで自然と自分の顔がほころぶのを感じる。
「レイヴァンさま、お帰りナサまセ」
「ああ。ただいま。怪我はどうだ」
「はい。大丈夫デす」
定型文のごとく、同じ言葉を繰り返す彼女に少しだけ苦い思いをする。自分ももう少し聞き方があるだろうにと思う。
「レイヴァンさま?」
私の名を呼ぶ時だけ片言ではなくなってきたということは、それだけ私の名を呼んでくれているということだ。先ほどの苦い思いがどこかへ消えゆく。
「いや。だったら良かった。だがまだあまり無理をしないように」
マノンに通訳された彼女は、ありがとうございますと笑顔で頷いた。
私は夕食前に着替えをするために部屋へ戻る。クリスタルはいつものごとくサロンで待機しているとのことだ。
素早く着替えを終わると、分かりやすく机に置いてある姉からの手紙を仕方なく手に取って開いた。
「何なに?」
我が愛しき弟、レイヴァンへ。
お元気かしら? わたくしは愛する夫と子供たちに囲まれて毎日幸せな時を過ごしているわ。
先日ね、わたくしの誕生日に夫からネックレスをもらったの。その時に夫が私にね、この宝石も君ほどの美しさと輝きはないが、永遠に続く君に対する私の愛の形だと思って受け取ってほしいと真顔で跪いて言ったのよ。もうやだ、恥ずかしいったらないわ。
ああ、そういえばあなたからも花束が届いたわね。ありがとう。でもね、あなたもいい大人なのだから、もう少し気の利いた贈り物をしなければ駄目よ。そもそもわたくしの好きなお花を知ってのことかしら? 適当に選んで贈ったのではなくて? まあ、それはいいわ。この間はね、私の天使、次男のノエ――。
「いつまで続くのか、この内容は。……よし。読み飛ばそう」
――中略――
そういえばあなた、グランテーレ国の王女と結婚したと言うじゃない。どういうこと。わたくしの所には結婚式の招待状がまだ届いていないわ。それともまだ結婚式を挙げる日にちも決まっていないの? だったら早くなさいな。クリスタル王女に失礼でしょう。もちろんその時はわたくしを呼ぶのよ。でもその前に一度王女にお目にかかりたいと思うの。
夫は仕事で同行できないけれど、二十日に息子たちを連れてあなたの家にお邪魔するからよろしくね。深窓の王女だと聞いているわ。一体どんなお方なのかしら。とても楽しみよ。よろしく伝えておいて。では、クリスタル王女にお会いできるのを楽しみにしているわ。ああ、あなたにもね。
あなたが敬愛する姉、ジャスティーヌより。
「自分で敬愛を付けるなとあれほど――って、明日じゃないか! 姉上はこの手紙をいつ出したんだ。モーリス!」
「はい、ただいま。どうされましたか」
額に手をやった私は説明する気力も起きず、姉からの手紙を彼に渡す。
「最後から五、六行手前ぐらいからでいい」
モーリスは手紙に目を通すと頷いた。
「なるほど」
「明日でなければ都合をつけたが、用事もあってさすがに姉上が到着する頃までに戻ることはできないだろう。姉上はクリスタルに会いたいと言うのだから、彼女に対応してもらうことになる。だから彼女の補助を頼む。できるだけ早く帰宅するようにはする」
「かしこまりました。では早速侍女長に伝達してまいりましょう」
頷いたモーリスは失礼いたしますと部屋を出て行ったが、ほどなくして侍女長を連れて戻って来た。
「どうした、侍女長」
「ええ。実はお願いしたいことがございまして。ジャスティーヌ様がいらっしゃるに当たり、買い物に行かせる人手が必要でございます。少々強引な人選が」
「話次第で君に任せよう」
侍女長はモーリス同様、優秀だ。今回も任せて間違いないだろうと思った。
アルフォンスがソファーから身を乗り出す形で、いつもと違って心配そうに尋ねてきた。
「ああ。痛みも引いているようで大丈夫そうだ」
私が帰った時も元気そうだった。
「そっか。良かったね。だけど何だか残念そうにも見えるけど?」
口角を上げてにやけるアルフォンスは図星を突いてくる。
元気である以上、昨夜は寝室を一緒にする名目が立たなかった。ただ、寝室を別にすると言ったら、彼女が少し残念そうに表情を曇らせたように見えたのは自分の欲目か。
しかし足首を捻っているため、抱き上げて移動させるくらいは夫としての権利を執行してもいいはずだと思った。
「妻の怪我の回復を残念に思う夫がどこにいる」
「妻と夫ねぇ」
しまった。つい口から出てしまったが、藪蛇だったか。けれどアルフォンスはそれ以上からかうつもりはなかったらしい。
「まあ、仲が良いのは喜ばしいことだよ。二国間の平和のためにもね」
「……そうだな。ただ、屋敷内で気になる報告がいくつか上がっている」
「気になる報告?」
「ああ。彼女が屋敷内の一部の人間にあまり好ましく思われていないようなんだ」
「王女の態度が横柄とか?」
彼は顎に手をやって眉根を寄せる。
「いや。私の目ではそんな所は見当たらないし、初対面時の控えめな彼女の印象は変わっていない。侍女長が言うには文化の違いがあるのかもしれない、と」
「文化の違いね。そういえば、最初は料理をたくさん残していたとか言っていたね」
「そうだったな。それと最近は頑張ってサンティルノ語を話し出したから、相手にうまく伝わっていないのかもしれないとも思っている。しかしそれ以上に気になる報告を聞いた。そこでアルフォンスに頼みたいことがある」
「ん? 何?」
「それは――」
「お帰りなさいませ、レイヴァン様」
「お帰りなさいませ、旦那様」
モーリスとローザが玄関前で出迎えてくれた。
「本日はクリスタル様がお出迎えに来られておりますよ」
「無理はしないよう言ったはずだが」
「無理はしていない、とのことでございます。ご本人が申されているのですから、間違いございません」
モーリスはにっこりと笑う。
「そうか。分かった」
「それとジャスティーヌ様からお手紙が届いております。お部屋に置いてありますゆえ、早急にご確認いただきますよう」
「姉上から?」
嫌な予感しかない。結婚して家を出た後も、姉からはいつも無茶なことを要求されるからだ。
少しため息をつきながら分かったと答える。
「ではとにかく入る」
「はい。先を急がれますのに足をお止めして失礼いたしました」
満面の笑みのモーリスを軽く睨みつけて開かれた扉から足を踏み入れると、玄関先で微笑むクリスタルの姿が目に入った。それだけで自然と自分の顔がほころぶのを感じる。
「レイヴァンさま、お帰りナサまセ」
「ああ。ただいま。怪我はどうだ」
「はい。大丈夫デす」
定型文のごとく、同じ言葉を繰り返す彼女に少しだけ苦い思いをする。自分ももう少し聞き方があるだろうにと思う。
「レイヴァンさま?」
私の名を呼ぶ時だけ片言ではなくなってきたということは、それだけ私の名を呼んでくれているということだ。先ほどの苦い思いがどこかへ消えゆく。
「いや。だったら良かった。だがまだあまり無理をしないように」
マノンに通訳された彼女は、ありがとうございますと笑顔で頷いた。
私は夕食前に着替えをするために部屋へ戻る。クリスタルはいつものごとくサロンで待機しているとのことだ。
素早く着替えを終わると、分かりやすく机に置いてある姉からの手紙を仕方なく手に取って開いた。
「何なに?」
我が愛しき弟、レイヴァンへ。
お元気かしら? わたくしは愛する夫と子供たちに囲まれて毎日幸せな時を過ごしているわ。
先日ね、わたくしの誕生日に夫からネックレスをもらったの。その時に夫が私にね、この宝石も君ほどの美しさと輝きはないが、永遠に続く君に対する私の愛の形だと思って受け取ってほしいと真顔で跪いて言ったのよ。もうやだ、恥ずかしいったらないわ。
ああ、そういえばあなたからも花束が届いたわね。ありがとう。でもね、あなたもいい大人なのだから、もう少し気の利いた贈り物をしなければ駄目よ。そもそもわたくしの好きなお花を知ってのことかしら? 適当に選んで贈ったのではなくて? まあ、それはいいわ。この間はね、私の天使、次男のノエ――。
「いつまで続くのか、この内容は。……よし。読み飛ばそう」
――中略――
そういえばあなた、グランテーレ国の王女と結婚したと言うじゃない。どういうこと。わたくしの所には結婚式の招待状がまだ届いていないわ。それともまだ結婚式を挙げる日にちも決まっていないの? だったら早くなさいな。クリスタル王女に失礼でしょう。もちろんその時はわたくしを呼ぶのよ。でもその前に一度王女にお目にかかりたいと思うの。
夫は仕事で同行できないけれど、二十日に息子たちを連れてあなたの家にお邪魔するからよろしくね。深窓の王女だと聞いているわ。一体どんなお方なのかしら。とても楽しみよ。よろしく伝えておいて。では、クリスタル王女にお会いできるのを楽しみにしているわ。ああ、あなたにもね。
あなたが敬愛する姉、ジャスティーヌより。
「自分で敬愛を付けるなとあれほど――って、明日じゃないか! 姉上はこの手紙をいつ出したんだ。モーリス!」
「はい、ただいま。どうされましたか」
額に手をやった私は説明する気力も起きず、姉からの手紙を彼に渡す。
「最後から五、六行手前ぐらいからでいい」
モーリスは手紙に目を通すと頷いた。
「なるほど」
「明日でなければ都合をつけたが、用事もあってさすがに姉上が到着する頃までに戻ることはできないだろう。姉上はクリスタルに会いたいと言うのだから、彼女に対応してもらうことになる。だから彼女の補助を頼む。できるだけ早く帰宅するようにはする」
「かしこまりました。では早速侍女長に伝達してまいりましょう」
頷いたモーリスは失礼いたしますと部屋を出て行ったが、ほどなくして侍女長を連れて戻って来た。
「どうした、侍女長」
「ええ。実はお願いしたいことがございまして。ジャスティーヌ様がいらっしゃるに当たり、買い物に行かせる人手が必要でございます。少々強引な人選が」
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