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STAGE15-03
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私が気絶してしまった日から早数日が経過し、今日の夕方前に私たちはツィーラーという発音しづらい名前の街に到着した。
ここが、ひとまずの拠点――ヘルツォーク遺跡の管理を託されている最寄りの街だ。
(寂れてしまった観光地って、やっぱりこんな感じよね)
私たちの馬車が余裕で通れる中央大通りに人影はなく、両脇に並ぶ立派な建物は、ほとんどが放置されて廃墟になってしまっている。
この世界ではなかなか見ない三階、四階がある建物も多く、大半が宿だったのだろう。今はただ、長くて重い影を落とすばかりだ。
その中でも一応営業している宿があり、私たちの一行は中でも一番大きな建物に部屋をとることになった。
真っ白な漆喰壁の広くて上品な宿だけど、ここにもやはり宿泊客はいない。
ほぼ貸し切り状態ということなので、ここぞとばかりに王子様(のお財布)がはりきって、今回は一人一部屋ずつとることになった。
別に仲間と同室や大部屋が嫌ってわけじゃないんだけど、ちょっと考えごとをしたかったからありがたい提案だったわね。
「――さて、と」
メイスと荷物を棚に預けて、大きなベッドにごろんと転がる。
実は何日か前の気絶の件から、色々と考えていたのだ。ただ、旅路はちょくちょく戦闘を挟むものだから、ゆっくり思考の時間がとれなかった。
ツィーラーの街は、外も宿の中もとにかく静かだ。明日にはヘルツォーク遺跡へ向かう予定である以上、考えは今の内にまとめておきたい。
(……こんがらがっている情報を、少しおさらいしておきましょうか)
目を閉じれば、浮かび上がってくる様々な問題点。本当は考えるのは苦手なんだけど、今回ばかりは真面目にやらないとね。
まずは、ディアナ様の故郷を出るまでにあった仮説。
ゲームの時のラスボスであった、魔物の創造主こと【無垢なる王】が動いている。
そして、ヤツの近くには世界に悪意を持っている人間がついていて、騙されやすそうな人間にコンタクトをとっている。特殊な泥の魔物【混沌の下僕】を配らせているのも、この人間だ。
(私はこの人間が、あの泥女だと思っていた)
【無垢なる王】に取り入った方法はわからないけど、とにかく泥女は泥の魔物のネットワークを使うことができる。
あちこちに存在する弱い泥の魔物を目の代わりに使い、目的の場所を見つけたら【影】に進化した強い魔物を送り込む能力を持っている。
――そして、泥女は私とクロヴィスが大嫌いらしい。私のことは、特に。
と、ここまでが仮説だった。つまり、私はこの戦いのラスボスは二人だと思っていた。
けれど今回の気絶の一件を経て、泥女が『アンジェラ・ローズヴェルト』の姿をしている可能性が高くなってきた。
泥の中にあった目も、私の目に似た色ではなく“私と全く同じ目”であるようなのだ。
だが、言わずもがな。この世界のアンジェラ・ローズヴェルトとは私である。
このファンタジーな世界でドッペルゲンガー的なアレコレは聞いたことがないし、私に双子の姉妹がいた可能性も低い。
だが、たった一人――人と数えるべきかは知らないけど、私と極めてそっくりな外見に変われるモノを知っている。
「……正式な外見を持たない“システム”である存在。【無垢なる王】本人なら、できるのよね」
つまり、二人だと思っていたラスボスが【無垢なる王】一人だったとしたら、泥を自在に操れる不思議さも納得できるのだ。だってヤツは、全ての魔物の産みの親だもの。
ただこの仮説の場合は、ゲームで培った根底条件が崩れる。
一つ、システムであるヤツには感情が存在しないこと。一つ、より効率的な魔素ゴミの除去法を求めたがゆえに、魔物を異常発生させてしまったという現状。
「【無垢なる王】に確固たる自我があり、私を憎んでいることも含めて、全てヤツの意思だとしたら」
ヤツはもう、私が情報で知っているラスボスではない。
いや、それどころか――もしかしたらヤツは、私と同じ『転生者』なのかもしれない。
「主人公が私になったのだから、ラスボスに誰かが転生してもおかしくはないわ。ただ、世界ができた時からあったシステムになるのだから……乗っ取り? 成り代わり? まあ何でもいいけど。私が嫌われているっていうのは納得いかないわよね」
静かな部屋の中に、私のため息が響く。
思えば、前からひっかかることはあった。ジュードが言っていた『泥女の正体を知る人物』だけど、幼馴染であるジュードはもちろん、カールは『聖女然としたアンジェラ』を予知していたし、ディアナ様は……今の私とは面識がなかったとしても、ゲームでは同じ主人公枠だった。
つまり、三人ともアンジェラに関係があるキャラなのだ。本来カールは違うけど、今の彼は私を偽物呼ばわりするぐらい、聖女に入れ込んでいる。
泥女が私の姿に化けた【無垢なる王】という説は、かなり可能性が高そうだ。
……そういえば以前、ジュードは【無垢なる王】の名前にも強い拒絶反応を示していたわね。やっぱり、どこかで私の姿をしたヤツに会っていたってことなのかしら。
「はーあ……なんで私が憎まれるのかしらね。私、悪いことは何もしてないのになあ」
弁明でもないけど、私はこれまでの人生で『悪いこと』をした覚えはない。
教会に住んでたから気を付けていたのももちろんだけど、自覚のある『主人公』のサガというか、ハッピーエンドを目指した生き方を無意識に心掛けてきたのだ。
ストレスがたまった時は全部魔物にぶつけてきたし、正直に言って、誰かに恨まれる覚えはない。
なんで泥女は、私を殺したいほど憎いなんて言うんだろう。
「まさか、【無垢なる王】に転生した人が、元はアンジェラ派の廃人プレイヤーで、脳筋に変わった私にキレたとか?」
……いや、そんな理由なら、まず真っ先に私を殺しに来るわよね。
あのよくわからない【混沌の下僕】なんて魔物を作る必要もないだろうし。そもそもプレイヤーだったなら、ゲームの舞台によく似たこの世界に悪意を持つことはないだろう。多分。
「あーやっぱりよくわからないわ……でも、きっと私の顔をした敵と戦わなきゃいけないのよね」
ゲームの時は仲間の姿に化けたヤツでも、そういう能力だと割り切って戦えたけど、実際に自分と同じ顔と対峙したら、私は戦えるのかしらね。
やったことがないから、予想もできないわ。
「…………いや、ちょっと待って。もしこの仮説が正しいなら、泥女はイコール【無垢なる王】……ヘルツォーク遺跡でラスボス戦じゃない!?」
なんてこった。色々考えたけど、今一番気付きたくないことに気付いてしまった。
今までもいきなり強敵と戦わされてはきたけど、こんなところでラスボス戦!?
ゲームだったら投げ売りされるレベルのクソゲーだわ!!
「皆強いし、多分戦えるとは思うけど……ラスボスか……。念のため、今日はコンディションを整えてもらえるように話すべきかしら」
私のSAN値は、現在進行形で削れっぱなしだけどね!
柔らかなベッドをゴロゴロと転がりながら、私はまた深いため息をつく。
今日も今日とて鬼畜な世界は、つくづく転生者に優しくない。
ここが、ひとまずの拠点――ヘルツォーク遺跡の管理を託されている最寄りの街だ。
(寂れてしまった観光地って、やっぱりこんな感じよね)
私たちの馬車が余裕で通れる中央大通りに人影はなく、両脇に並ぶ立派な建物は、ほとんどが放置されて廃墟になってしまっている。
この世界ではなかなか見ない三階、四階がある建物も多く、大半が宿だったのだろう。今はただ、長くて重い影を落とすばかりだ。
その中でも一応営業している宿があり、私たちの一行は中でも一番大きな建物に部屋をとることになった。
真っ白な漆喰壁の広くて上品な宿だけど、ここにもやはり宿泊客はいない。
ほぼ貸し切り状態ということなので、ここぞとばかりに王子様(のお財布)がはりきって、今回は一人一部屋ずつとることになった。
別に仲間と同室や大部屋が嫌ってわけじゃないんだけど、ちょっと考えごとをしたかったからありがたい提案だったわね。
「――さて、と」
メイスと荷物を棚に預けて、大きなベッドにごろんと転がる。
実は何日か前の気絶の件から、色々と考えていたのだ。ただ、旅路はちょくちょく戦闘を挟むものだから、ゆっくり思考の時間がとれなかった。
ツィーラーの街は、外も宿の中もとにかく静かだ。明日にはヘルツォーク遺跡へ向かう予定である以上、考えは今の内にまとめておきたい。
(……こんがらがっている情報を、少しおさらいしておきましょうか)
目を閉じれば、浮かび上がってくる様々な問題点。本当は考えるのは苦手なんだけど、今回ばかりは真面目にやらないとね。
まずは、ディアナ様の故郷を出るまでにあった仮説。
ゲームの時のラスボスであった、魔物の創造主こと【無垢なる王】が動いている。
そして、ヤツの近くには世界に悪意を持っている人間がついていて、騙されやすそうな人間にコンタクトをとっている。特殊な泥の魔物【混沌の下僕】を配らせているのも、この人間だ。
(私はこの人間が、あの泥女だと思っていた)
【無垢なる王】に取り入った方法はわからないけど、とにかく泥女は泥の魔物のネットワークを使うことができる。
あちこちに存在する弱い泥の魔物を目の代わりに使い、目的の場所を見つけたら【影】に進化した強い魔物を送り込む能力を持っている。
――そして、泥女は私とクロヴィスが大嫌いらしい。私のことは、特に。
と、ここまでが仮説だった。つまり、私はこの戦いのラスボスは二人だと思っていた。
けれど今回の気絶の一件を経て、泥女が『アンジェラ・ローズヴェルト』の姿をしている可能性が高くなってきた。
泥の中にあった目も、私の目に似た色ではなく“私と全く同じ目”であるようなのだ。
だが、言わずもがな。この世界のアンジェラ・ローズヴェルトとは私である。
このファンタジーな世界でドッペルゲンガー的なアレコレは聞いたことがないし、私に双子の姉妹がいた可能性も低い。
だが、たった一人――人と数えるべきかは知らないけど、私と極めてそっくりな外見に変われるモノを知っている。
「……正式な外見を持たない“システム”である存在。【無垢なる王】本人なら、できるのよね」
つまり、二人だと思っていたラスボスが【無垢なる王】一人だったとしたら、泥を自在に操れる不思議さも納得できるのだ。だってヤツは、全ての魔物の産みの親だもの。
ただこの仮説の場合は、ゲームで培った根底条件が崩れる。
一つ、システムであるヤツには感情が存在しないこと。一つ、より効率的な魔素ゴミの除去法を求めたがゆえに、魔物を異常発生させてしまったという現状。
「【無垢なる王】に確固たる自我があり、私を憎んでいることも含めて、全てヤツの意思だとしたら」
ヤツはもう、私が情報で知っているラスボスではない。
いや、それどころか――もしかしたらヤツは、私と同じ『転生者』なのかもしれない。
「主人公が私になったのだから、ラスボスに誰かが転生してもおかしくはないわ。ただ、世界ができた時からあったシステムになるのだから……乗っ取り? 成り代わり? まあ何でもいいけど。私が嫌われているっていうのは納得いかないわよね」
静かな部屋の中に、私のため息が響く。
思えば、前からひっかかることはあった。ジュードが言っていた『泥女の正体を知る人物』だけど、幼馴染であるジュードはもちろん、カールは『聖女然としたアンジェラ』を予知していたし、ディアナ様は……今の私とは面識がなかったとしても、ゲームでは同じ主人公枠だった。
つまり、三人ともアンジェラに関係があるキャラなのだ。本来カールは違うけど、今の彼は私を偽物呼ばわりするぐらい、聖女に入れ込んでいる。
泥女が私の姿に化けた【無垢なる王】という説は、かなり可能性が高そうだ。
……そういえば以前、ジュードは【無垢なる王】の名前にも強い拒絶反応を示していたわね。やっぱり、どこかで私の姿をしたヤツに会っていたってことなのかしら。
「はーあ……なんで私が憎まれるのかしらね。私、悪いことは何もしてないのになあ」
弁明でもないけど、私はこれまでの人生で『悪いこと』をした覚えはない。
教会に住んでたから気を付けていたのももちろんだけど、自覚のある『主人公』のサガというか、ハッピーエンドを目指した生き方を無意識に心掛けてきたのだ。
ストレスがたまった時は全部魔物にぶつけてきたし、正直に言って、誰かに恨まれる覚えはない。
なんで泥女は、私を殺したいほど憎いなんて言うんだろう。
「まさか、【無垢なる王】に転生した人が、元はアンジェラ派の廃人プレイヤーで、脳筋に変わった私にキレたとか?」
……いや、そんな理由なら、まず真っ先に私を殺しに来るわよね。
あのよくわからない【混沌の下僕】なんて魔物を作る必要もないだろうし。そもそもプレイヤーだったなら、ゲームの舞台によく似たこの世界に悪意を持つことはないだろう。多分。
「あーやっぱりよくわからないわ……でも、きっと私の顔をした敵と戦わなきゃいけないのよね」
ゲームの時は仲間の姿に化けたヤツでも、そういう能力だと割り切って戦えたけど、実際に自分と同じ顔と対峙したら、私は戦えるのかしらね。
やったことがないから、予想もできないわ。
「…………いや、ちょっと待って。もしこの仮説が正しいなら、泥女はイコール【無垢なる王】……ヘルツォーク遺跡でラスボス戦じゃない!?」
なんてこった。色々考えたけど、今一番気付きたくないことに気付いてしまった。
今までもいきなり強敵と戦わされてはきたけど、こんなところでラスボス戦!?
ゲームだったら投げ売りされるレベルのクソゲーだわ!!
「皆強いし、多分戦えるとは思うけど……ラスボスか……。念のため、今日はコンディションを整えてもらえるように話すべきかしら」
私のSAN値は、現在進行形で削れっぱなしだけどね!
柔らかなベッドをゴロゴロと転がりながら、私はまた深いため息をつく。
今日も今日とて鬼畜な世界は、つくづく転生者に優しくない。
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