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STAGE15・終わりの始まり

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「お、よかった! 村が見えたぞ。なんとか野宿は避けられそうだな!」

 背後から聞こえてきたダレンの声に、ハッと意識を取り戻す。
 …………はて、私は今何をしていたのだろうか。

(“意識を取り戻す”って……おかしいわね。寝ていたわけでもないのに……)

 右手には相棒の鋼鉄メイスがあり、足元には叩き潰された魔物の残骸が転がっている。うん、明らかに私が戦った跡だ。
 ディアナ様の故郷であるエリーゴの街を出発したのは、つい先ほど。太陽が昇り切る前の午前中だったはず。
 なのに、見上げた空は赤とだいだい色……いや、すでに夜の色が混じり始めていた。

「何これ……いつの間に……?」

 まるで早送りでもされたかのように、時間がごっそりと進んでしまっている。これは一体どういうことだ?
 思わず声をこぼせば、すぐ隣から聞き慣れた幼馴染の声が聞こえてきた。

「アンジェラ? 大丈夫?」

「ジュード……」

 愛剣を鞘の中へしまう彼の姿は、髪も服も特に乱れていない。いつも通りのイケメンだ。
 転がっている魔物もよく見かける弱い個体だし、時間を忘れるほど長く戦っていたというわけではないだろう。

「具合でも悪いの? なんだか、ずっと心ここにあらずって感じだったよ」

「……そういうわけではないんだけど」

 そっと伸ばされた大きな手のひらが、私の額に触れる。伝わるジュードの体温と、心地よい空気。……感触があるのだから、夢でもない。
 ということは、私はボーッとしたまま戦っていたようだ。我ながら、戦場で何をやっているのかしらね。

「熱はないけど、まだ疲れがとれていないのかな? もう少し進んだら村があるみたいだから、ゆっくり座っていきなよ。僕たちだけでも大丈夫だから」

「そう、ね……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわね」

 離れていく温もりを名残惜しく感じつつも、大人しくメイスを片付ける。
 彼の言う通り、進行方向には村と思しき木の柵が見えている。恐らく二十分も馬車を走らせれば辿りつけるだろう。
 いつも通り御者席に腰を下ろせば、すぐに中と繋がる窓から声をかけられた。

「大丈夫かい、アンジェラ殿。今日はまだそんなに戦っていないはずだけど」

 話しかけてきたのは王子様だったけど、どうやら座席のほうには魔術師組も全員乗ったままのようだ。
 彼らが動いていないのなら、大した戦闘はなかったということだ。……だからといって、呆けていい理由にはならないけど。

「すみません、ちょっとぼんやりしていたみたいです」

「具合が悪いのならすぐに言ってくれ。まだ座席には余裕もあるし」

「ありがとうございます」

 本当に心配してくれている様子の彼に会釈を返して、視線を前へと戻す。先行するダレンたちと話を終えたジュードも、すぐに御者席ほうへ戻ってきた。
 街を出る時はちょっとバタバタしていたけど、それ以外には問題もなく進行しているようだ。

(……ああ、そうだわ。マグマの跡地を迂回する時に、車輪が上手く曲がらなくて苦労したのよね。ちゃんと覚えているのに……私はいつから呆けていたのかしら)

 隠密の魔法を発動させながら、自分の記憶を辿ってみる。
 ハルトとディアナ様の話をしたことは忘れていない。しばらく触れていなかった乙女ゲームっぽい貴重な話だもの。それは忘れるはずがない。
 曖昧になっているのは、その後……そうだ、自分の目の色に気付いた時からだわ。

(青い目の色。私のこれが、くだんの泥女と同じだと気付いた辺りから、ぼんやりしている?)

 きっと大事なことなのに、どうしてボーッとしてしまったのだろう。
 青眼なんてこの国では珍しくもない。なのに、この部隊では私だけが持っている。そこに意味があるかもしれないのに。

(熱があったり病気って感じもない。そもそも、強化魔法を使える私が、記憶が飛ぶほど呆けてしまうなんて)

 トールマン邸ではちゃんと休ませてもらったし、疲れが残っているとも考えにくい。
 何故だ? ――――“何か、おかしい?”

[くれぐれも気をつけてね。彼女に会うと、君の体は――]



「アンジェラ。村につくまで寝ていていいよ?」

 答えが喉まで出かかったところで、ぽすんと頬に何かが触れる。
 気付けば、私の肩にジュードの手が回されており、頭を彼の肩に預けてくれていた。

「…………考えごとの答えが、出かかっていたんだけど」

「あれ、邪魔しちゃった? ごめんごめん」

「まあ、いいけどさ」

 促されるままに目を閉じれば、規則的なひづめの音とジュードの匂いだけの世界になる。手綱を片手だけで操れるとか、ジュードもすっかり馬車の扱いに慣れたものね。

(まあ、どうせ今のボーッとした頭で考えても、正しい答えは出ないわね)

 ちょうどこれから休める場所へ向かうのだ。
 落ち着いた場所で、意識をハッキリさせてからのほうがいいかもしれない。
 なんとなくモヤッとした感覚は残るけど、そのまま馬車は目的地へと進んで行く。

 そうして数十分後。私たちの一行は、日が落ちきる前に無事に村に辿りついた。
 といっても、村というよりは小さな集落だったようで、宿屋などもないらしい。事情を話せば、今夜は集会所として使われている平屋を貸してもらえることになった。
 日程的に野宿も覚悟していたし、屋根のある建物を借りられるだけでも充分ね。

「布団借りてきたぞー」

 馬車から必要な荷物を下ろしていれば、ダレンが全員分のお布団も借りてきてくれたようだ。これで横になって眠ることもできる。
 ヘルツォーク遺跡まではもう数日馬車を走らせなければならないし、こうした一日一日の回復はとても貴重だ。
 ……まあ、乗っている人間の立場を考えれば、ちょっとずさんすぎる対応かもしれないけど。
 王子様が一切文句を言わないのだから、こういう点でもいい部隊よね。

「……おい、偽聖女」

「何よ外見詐欺師」

 そんなこんなで休む準備をしていれば、ふいにカールから低い声がとんできた。
 ちゃんと応えるのも癪なので嫌味で返せば、『ぽん』と軽い音を立てて何かが投げつけられる。

「ちょっと、何す……あ、おばけちゃん!」

 条件反射で手を伸ばせば、その正体は彼の使い魔のおばけちゃんだったようだ。
 風船のようにまんまるの体に重量はなく、ぽいんと私の手の上で弾んでからゆっくりと降りてくる。
 デフォルメされた顔は、『ひさしぶりー!』とでも言わんばかりの明るい笑みだ。

「ふふ、相変わらず可愛いわねー! ねっ今度こそ私にくれるの!?」

「やらねえよ!! 貸すだけだ!!」

「チッ」

「聖女が舌打ちすんな!!」

 カールのもっともなツッコミはスルーして、久しぶりのマスコット候補をきゅっと抱き締める。
 おばけだから冷たいのかと思いきや、それっぽいのは外見だけらしい。まんまるの体は人肌同等に温かく、つつくとプニッとした柔らかな感触を指に伝えてくる。
 私の腕の中に納まったまま、ゆらゆらとリズムをとる姿はなんだか楽しそうだ。

「ああ、可愛い……!! 癒されるわ! 肌触りもいいし、何でできてるのかしらねー? うりうり」

「うんうん、可愛いもの同士がじゃれてると、見てるこっちも癒されるよ」

 プニプニ肌に思わず頬ずりしてみれば、ジュードをはじめとした仲間たちの笑い声が聞こえてくる。
 やっぱりマスコットは必要よね? この部隊、戦力は足りているのだから、次は癒しを投入するべきよね!?

「この子、欲しいなあ……」

「調子に乗るな、貸すだけだっての! ……全く、珍しく落ち込んでいると思ったら元気じゃねえかよ」

「……落ち込む?」

 意外な言葉に視線を向ければ、カールは何とも言えないしかめっ面で私を見ていた。
 もしかしなくても、彼なりに気を遣ってくれたのだろうか。

「私、落ち込んでいるように見えた?」

「少なくとも、元気なようには見えなかったな。魔物が出たら、いつもノリノリで撲殺していくお前にしては」

「破壊工作班に言われたくないわよ」

 まあ、戦闘脳であることは否定しないけど。相棒をふり回すのは、実際大好きだし。
 でも、それをカールが気にかけてくれるのはちょっと意外だったわね。……今向かっている先が『私に対する罠』である可能性が高いからかしら。

 なんとなく視線を動かせば、他の皆も穏やかな表情で私とカールのやりとりを見守ってくれている。
 ……思ったよりも、私は皆に心配をかけてしまっていたのかもしれない。

(それはそうか。だって、ヘルツォーク遺跡へ行くことになった理由は、私だものね。心配……してくれたんだ)

 全く、本当に、私の仲間たちはいい人ばかりで困ってしまうわ。私が皆に返せることなんて、戦闘と回復魔法ぐらいしかないのに。

「…………ありがとう」

 噛み締めるようにお礼を口にすれば、『どういたしまして』と皆から返ってくる。
 ああ、胸がぽかぽかする。抱き締めたおばけちゃんの温もりはもちろんだけど、もっと奥のほうから温かい。
 世界はハードで鬼畜だけど、本当にいい仲間たちに出会えたわ。……今回は、カールも含めてね。

「それでアンジェラ。今日、君が煩わされていたのは、結局なんだったの?」

 止めていたお布団敷きを再開しながら、ジュードが問いかけてくる。
 やっぱり私は何かを思い悩んでいたように見えていたみたいね。実際には、記憶がないぐらいにぼんやりしていたわけなんだけど。 

「んー……正直、私自身もよくわからないんだけどね」

 もう一度おばけちゃんに頬ずりをすれば、慰めるようにプニプニと応えてくれる。よし、今夜は一緒に寝よう! ……じゃなくて。

「考えていたというか、気付いてしまったことに煩わされていたというか……」

「気付いてしまった?」

 首を少し動かすと、壁際の木枠の窓が目に入る。ごくごく一般的な、ガラス張りの窓だ。
 外はすっかり暗くなっており、日本のように明るい街灯がともっているようなこともない。
 おかげで鏡の役割を果たすそこには、私とおばけちゃんの顔が映っている。きょとんとした可愛いこの子と、私の――青い目が。

「私が泥の中に見ていた青い眼球は――――私の」







 ――――そこで、私の意識は途切れた。
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