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連載
STAGE13-幕間
しおりを挟む[――そう、君たちは【寄生種】と呼んでいるのだったか。あれが、最初の違和感だった]
……誰だろうか。
真っ白な世界の中に、誰かの声が響いている。
男性とも女性とも判別しがたい、どうにも中性的な声だ。私の知っている人ともキャラとも、一致しない。
[だっておかしいだろう? 化け物を作れと命じたのに、別の化け物に寄生するような種類がどうして生まれるんだい?]
……そうね。私の世界には寄生虫は多くいたし、その知識は広がっていたから可能性はあるわ。
でも、最初にそういった情報をもらっていなければ無理かもしれないわね。
化け物と言われれば、真っ先に浮かぶのは大きな体であったり、鋭利な爪や牙であったり。そういうもののはずだもの。
[そうなんだよ。化け物と言われて真っ先に寄生虫を思い浮かべるような者は、それに対して余程の思い入れがあるか、逆にトラウマがあるかがほとんどだ。情報や経験がなければ、なかなかすぐには思いつかない。……わたしは、そんなサンプルなど与えてはいなかったからね]
そうなの?
[ああ。もちろん、情報源は人間だったよ。それが産まれたのは、彼が人間に興味を持ち、観察し、研究して、創りだしたからだ。……そこには、明確な彼の意思がある]
……なんだか難しい話ね。それは、私に関係のあることなの?
[もちろんあるよ。彼が自我を得たからこそ、産まれたもの。自我を得たからこそ、望んだもの。……そして、それに巻き込まれて、帰らなくなった娘]
よくわからないけど、誰か亡くなったの?
[亡くなったわけではないけれど、ある意味同じことかもしれない。君ならすぐにわかるよ。今の君は、アンジェラ・ローズヴェルトだから]
くすくす、と柔らかな声が響く。
なんだろうか。笑っているはずなのに、そこに感情らしきものがあるようには聞こえなかった。
例えるならそう……下手な役者の演技だ。『ここは笑うべきシーンだから、そうふるまった』そんな印象がぬぐえない。
……私は、誰と話しているのだろう。
[……ああ、そろそろ時間だね。くれぐれも気を付けてね。彼女に会うと、君の体はどうしても長くはもたないから]
* * *
(…………なんか、すごい変な夢を見ていた気がするわ)
ゆっくりと目を開けると、見知らぬ天井が見えた。
部屋の中は薄暗く、二か所ほど置いてある燭台が唯一の光源のようだ。低く重い何かの音が、絶えることなく響いている。
体を預けているのは、柔らかなベッド。左を向けば、しっかりとカーテンの下りた窓。右を向けば、
「…………ッ!?」
危うく声を上げるところだった。右を向いたら、ベッドに顔を突っ伏している人間がいた。
よくよく見なくても、闇よりなお濃いこの髪色はジュードだ。ベッドサイドで私に付き添ってくれていたみたいだけど。
(……私、なんでこんなところで寝ていたんだっけ?)
ここがどこかもわからないけれど、とりあえず覚えているところまで記憶を辿ってみる。
ディアナ様の故郷のエリーゴの街で、大量の魔物【寄生種】と戦って、カールのマグマ召喚でそれらを全て倒すことができた。
その後、奇妙な影――いや、例の“泥女”を見つけて、
『ヘルツォーク遺跡で待っているわ』
……そこで私の記憶は途切れている。
多分また気絶して、ジュードあたりが運んでくれたんだろう。
強くなりたくて日々励んでいるのに、なんだかしょっちゅう気絶している気がするわ。その度にジュードに手間をかけさせて……そんなことをさせたいわけじゃないのに。
「……ごめんね、ジュード」
上半身を起こして、そっと彼の髪を撫でてみる。
ウィッシュボーン王国ではなかなか見ない、真っ黒で美しい髪だ。少しばかり煤っぽい触り心地なのは、湯浴みもせずに私に付き添ってくれていたからかもしれない。
「……アンジェラ? 気が付いたの?」
何度か髪を撫でていたら、くぐもった低い声が聞こえてきた。
そのまま、ゆったりと顔が起き上がって、開ききっていない黒眼に私の顔が映る。
「うん、おかげ様で。迷惑ばっかりかけてごめんなさいジュード」
「君が迷惑になったことなんて一度もないよ。体は大丈夫? 痛いところはない?」
「大丈夫よ。貴方は?」
「僕も平気。……よかった。なんだか様子がおかしかったから、魔物に攻撃をされていたのかと思った」
しっかりと体を起こした彼は、熱を確かめるように私と自分の額の両方に触れていく。部屋が暗いから確実ではないけど、ぱっと見た感じ本当に怪我はなさそうだ。
お互いの無事がわかったところで、今度は状況を確認しないとね。
ジュードが言うには、戦いはマグマの鎮火まで無事に済み、今は部隊の全員がトールマン伯爵邸で休息中なのだそうだ。
特に、召喚を行ったカールとそれを一人で防ぎきったノアの二人は疲労が激しすぎて、それぞれ客間で泥のように眠っているらしい。
体が疲れる私たちと違って、魔術は頭が疲れてしまう戦い方だからね。あまり無理をしすぎると廃人になるとも言われているし、功労者の彼らにはしっかり休んでもらいたいと思う。
他の皆も同じく、街の住人のハルトも含めて全員、この屋敷で客間を借りて休んでいるらしい。本当に皆、体がガタガタになるまで戦ったものね。
ただ、ウィリアムだけは違った意味で落ち込んでいるそうだ。なんでも、自分はまた役に立たなかったからとか。
(……ああ、このずっと聞こえている音は、雨の音か)
窓を叩くというよりはずっと流れ続けていて、すっかり環境音と化していた。
鎮火のタイミングで降りだした激しい雨は、今も続いているようだ。
「役に立たないとか……あれだけ散々魔術を撃っておいて、まだ不満なのかしら。破壊師弟の弟子のほう」
「弱気っぽい性格に見えて、彼はなかなか好戦的だよね。落ち込む必要はないだろうし、夜が明けたら何かしら労っておこうか」
……まだ夜だったのか。天気が天気だから、こんな暗さなのかと思っていたわ。今回はそんなに長い間気絶していたわけではなかったのね。
「……ジュードはちゃんと休まなくていいの? そんなところじゃ、疲れはとれないでしょ?」
「んー寝てはいたから、楽にはなったけどね。でも、君が大丈夫そうなら、僕も客間へ戻らせてもらおうかな」
「…………別に、ここで寝てもいいのよ?」
「え」
ぽんぽんとベッドを叩いてみれば、落ち着いていたジュードの頬にさっと赤が入った。
薄暗い部屋の中でもわかるのだから、毎度本当に可愛いと思う。
「ど、どうしたの? 君からそんなことを言ってくれるなんて、何かあったの?」
「……ちょっと夢見が悪くてね。よく覚えてはいないんだけど、変な夢を見た気がしたから」
「夢……また夢?」
彼の甘い期待を裏切るのも申し訳ないけど、先ほどの話を伝えれば、すぐに眉間に皺が入った。
……私にとって、夢の時間は本当にいい思い出がないわ。
「それなら、このまま傍にいるよ。今度は寝ないように見張ってる」
「それは嫌よ。ジュードにもちゃんと休んで欲しいもの。だから、一緒に寝てくれると心強いわ」
「で、でも僕の体、汚れたままだし……」
ああ、やっぱり湯浴みを済ませていなかったのか。見下ろしてみれば、私もいつもの修道服のままだ。
軽く一息吐いてから、私とジュード、そしてこのベッドに『浄化』の魔法をかけていく。
ふわっと軽く風が通りすぎていけば、身についていた汚れなどはさっぱりなくなっていた。
「……魔法って便利だよね」
「本当はちゃんとお風呂に入りたいけど、一応これで体も服も清められているわよ。……ジュードが嫌なら、無理強いはしないけど」
「嫌じゃないよ! ただ、忍耐力が試されるだけ」
困ったように微笑んでから、ジュードは長身の体をそっと私の隣に寝転がらせる。
触れる体温が心地よくて、せっかく目覚めたけどまた眠気が戻ってきた。
……今度はきっと夢も見ずに眠れるだろう。
「おやすみ、ジュード」
「おやすみ、アンジェラ」
忍耐とか言っていたジュードの目も、転がった瞬間からうとうとしている。
次はまた、明るい日の元で会えるといいわね。
応援ありがとうございます!
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