転生しました、脳筋聖女です

香月航

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1巻

1-2

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 この世界の元となっているゲームにも、もちろんそうしたキャラはいた。なので、攻略対象は八人いるけど、一方の主人公で攻略できるのは七人になる。ディアナの専用キャラをアンジェラで攻略することはできないし、逆もしかりだからね。
 ただ、パーティーメンバーとしては選択できるので、絶対に攻略できないキャラと一緒に戦う人もいるだろう。主人公の浮気防止に入れるのもアリだ。
 ディアナとアンジェラの専用キャラには共通点があり、それはお互いの『幼馴染おさななじみ』だということ。ジュード少年も私の幼馴染おさななじみで、彼こそがゲームにおけるアンジェラ専用の攻略対象だった。

(すっかり忘れてたわ。彼とパーティーを組んだこともほとんどなかったしね)

 乙女ゲームではお目当てのキャラの『好感度』を上げることで、そのキャラと親密になっていくわけだけど、専用キャラは好感度が上がりやすく、パーティーも組みやすいように作られていた。
 よって、後衛のアンジェラと組むジュードはバリバリの前衛剣士。けれどディアナしか使っていなかった私は、役割がかぶるキャラとはあまり組まなかったため、彼の情報は本当にとぼしい。

(オール前衛パーティーなんて、力ずくで戦う強行ダンジョンでしかやらないものね)

 そもそも乙女ゲームに強行突破するようなダンジョンがある時点でおかしいけど、まあ今更だ。
 とにかく、目の前の彼は重要人物なのだけど、記憶が戻る前のおぼろげな思い出と、取り扱い説明書に載っていた簡単な紹介文しか私は知らない。これは非常に困った事態だ。
 そもそも、私が今の私になった時点で、恋愛を楽しむ予定はなかったのだ。敵やダンジョンの情報は覚えているのに、彼らとのイベントなんて全く記憶にないもの。

(ああでも、このすごくわかりやすい容姿は攻略対象ならではね)

 さすがは恋する乙女のお相手。彼は十に満たないであろう年齢で、すでに世の男性にケンカを売れるレベルで整った容貌をしている。顔立ちはややキツいものの、涼やかな目元にスッと筋の通った鼻。各パーツの配置も実に絶妙で、動いていなければ美術品として楽しめるほどだ。
 しかし、ジュードについて特筆するべきなのは、美しい顔よりもその色合いだろう。
 色素の薄い白色人種がほとんどのこの国において、彼の肌は浅黒い。短い髪も目と同様にすみで塗ったような黒色をしている。真っ白な私と並べば、その黒さはますます際立きわだつはずだ。

(えっと……確か彼は、この国の人間ではなかったわよね)

 オルグレン一族は別の国の剣士の血筋で、この国に来て困っていたところをうちの先祖が助けたらしい。詳しくは知らないけど、恩義を感じた彼らはそれからずっとこの伯爵家に仕えてくれている。私を蔵書室へ案内してくれた執事が、ジュードの父親だ。

(ゲームではジュードも同じ部隊に入っていたし、きっと付き合いは長くなるわよね。前世の記憶を思い出してから、転生後の記憶がどうも曖昧あいまいなのだけど、「なんにも覚えてないの、ごめんね☆」じゃあ、あまりにも印象が悪いわ)

 彼との間に恋が芽生える予定はないけど、今後も付き合っていくのなら人間関係は良いに越したことはない。さて、どう対応するべきか。
 私がつらつらと考えごとをしている間、ジュードは文句を言うこともなく私を見つめていた。どこか寂しげな苦笑を浮かべて。そういえば『私の雰囲気が変わった』とか言っていたような。

「…………ジュードは、今の私が嫌い?」

 特に話したいことも思いつかなかったので質問してみると、彼は外見よりもずいぶん大人びた仕草で、ゆるく首を横にふった。

「ぼくがアンジェラをいやだと思うわけがない」
「じゃあ、どうして寂しそうな顔をしているのかしら?」

 私は逆に可愛らしさと幼さを意識しながら、小さく首をかしげてみる。するとジュードは私の顔と机に積み上げられた本を交互に見て……ゆっくりと目を閉じた。

「神さまは、どうしてアンジェラにばかりいじわるをするのかと思うと、かなしかっただけだよ」
「…………は?」

 うっかりお嬢様の仮面ががれかかった私に、小さな攻略対象は唇だけの笑みを浮かべる。
 ……どういうこと? 私はむしろ、神様から加護をもらっているのに、いじわるをされていると思われていたの? そう見える要素が一体どこにあるの?

(まさか、腕立ても腹筋もまともにできない筋力のなさのこと!? それとも、階段の上り下りだけで息が上がる体力のなさのこと!? 貴族令嬢なら普通だと思っていたんだけど、これは神様からのいじめだったの!?)

 筋肉の「き」の字もない細い体も、日焼けを知らない真っ白な肌も、まさかいじめだったのか!?
 衝撃の事実にうろたえる私を見て、ジュードは少し驚いているようだ。

「えっと、ごめん。そんなにおどろかせるつもりはなかったんだけど」
「驚くに決まっているじゃない。神様は私を守って下さっているのよ? その方が、いじわるだなんて……ねえ、私ってどこか変? いじめられているように見える? 体が弱いから? 細いから? それとも……」
「そ、そういうことじゃないよ。アンジェラはたしかに細いけど、女の子だからしかたないし。そういうことじゃなくてさ……」

 なぐさめるように私の頭をでながら、ジュードは机の上の魔法書を見つめている。まるで、それが良くないものだと責めるような、冷たい眼差しで。

「……魔法に興味があるのなら貸すけど、少し待ってくれる? 私もまだ読めていないから」
「いや、いらないよ。ぼくはマホウもマジュツもつかえないって言われているし」

 大事な教材を変な目で見られたせいか、思わず低い声で答えてしまった私に、ジュードはまた困ったように笑っている。
 興味がないのなら、何故見つめていたのかしら。この分厚ぶあつい本は私のこれからの人生を決める、大事なアイテムなのよ? 上手く使えば、鈍器にもなりそうだし。
 ちょっとねたような表情を作って、彼をじっと見つめる。ほとんど身長差がないので、顔はすぐ近くだ。……その顔が『形だけの笑みを貼り付けたもの』だということもよくわかる。歳の割には、かなり大人びた少年みたいね。
 ――そんなこんなで、ジュードと見つめ合うこと十数秒。
 彼は観念したかのように、くしゃっと表情を崩した。それこそねたような、不満を表す顔になる。

「……神さまはいじわるだよ。ずっとがんばってきたアンジェラに、またこんなにたくさんのべんきょうをさせるなんて。ほかの子たちは、みんなまだべんきょうなんかしないであそんでいるのに」
「…………そうだったかしら?」

 私の予想とはずいぶん違う答えが返ってきて、ちょっと驚いてしまった。つまりジュードは、私が勉強していることを『神様のいじわる』だと思っていたのだ。

(そりゃあ平民と比べれば、私は厳しい英才教育を受けているわ。これでも伯爵家の一人娘だもの。そんなの当然じゃない)

 この国の識字率がいかほどかは知らないけど、少なくとも私は読み書きと一般教養、公的な場での立ち居ふるまいを習得済みだ。だが、こんなものは貴族の子なら誰でも習っているだろう。
 社交界デビューはまだ遠いとはいえ、お茶会なんかに連れ出されることもあるんだし。当然の教養をいじわるだなんて言われても困る。

「私なんて大したことはしていないわ。これぐらい、誰でもやっていることでしょう?」
「たいしたことあるよ!! 父さんにきいたけど、今のハクシャクさまがよみかきできるようになったのは、七さいのときだって。アンジェラはあたまがいいし、がんばりやさんですごいって、やしきのみんながほめていたよ!」
「そ、そうなの? ありがとう」

 どうやら私は早熟な子だったらしい。前世の記憶のおかげかと思っていたら、記憶を取り戻す前から優秀だったのね。ちょっと恥ずかしいけど、められればもちろん嬉しいわ。

「……君はすごいんだよ、アンジェラ」

 ジュードは褐色かっしょくの肌を上気させながら、子どもらしい必死な様子で私に詰め寄ってくる。ただでさえ近かった距離が、もうひたいがくっつくぐらいだ。……さすがに近すぎだよ、少年。イケメンだからってセクハラを許すほど、私は優しくないわよ。

「ジュード、ちょっと近すぎない?」
「アンジェラ……さみしいよ。せっかくアンジェラの習いごとがへったのに、こんどはマホウのべんきょうだなんて。やっとアンジェラとあそべると思ったのに。やっぱり神さまはいじわるだよ」

 こらジュード少年、言葉に気をつけろ。神様を侮辱ぶじょくすると、うちの両親が怒るわよ。
 ……それは、ともかくとして。ジュードはどうも私と遊びたくてねていたらしい。男女では遊び方も違うと思うんだけど、彼はおままごとに付き合ってくれるタイプの男の子なのかしら。

(彼は六、七歳ぐらいよね。いくら使用人の子とはいえ、外で友達ぐらいは作ってもよさそうなものだけど。女の私と遊びたいなんて、何か理由があるのかしら)

 記憶を探っても、彼の情報はゲームのものしか思い出せない。彼のほうから近付いてきてくれたのだから、交流はしておいたほうが良いと思うけど。でも、魔法書を読む時間は削りたくないのよね。

「……えっと、あのねジュード。これは決して神様から命じられたことではないの。私が自分の意思でやろうと決めたことなのよ」
「……わかってるよ。アンジェラはいつだってそうだ。みんなのために、がんばってる」
「そんなことはないわよ。私はきっと、自分勝手でわがままな娘だわ」

 悲しげにうつむいたジュードに、ゆるく首を横にふってみせる。一歩間違えたら頭突きをしそうだから離れて欲しいのだけど、相変わらず彼はぴったりと寄り添ったままだ。
 仕方がないのでその手をとって、なるべく優しげな笑顔を作ってみる。

「私は弱いわ。この間の高熱もそうだけど、とてももろい体をしているの。神様はそんな私に、道しるべを示して下さっただけなのよ。こんな私でも世界や皆のお役に立てるようにってね」

 正しくは、道を示してくれたのは廃人プレイヤーの皆さんたちなんだけどね。いかにも聖女っぽい理由を告げると、ジュードの眉間みけんしわが刻まれていく。

「私、弱いのは嫌よ。皆に迷惑をかけるのも嫌。強くなりたい。大切な人を守れる私になりたい。……お願い、わかってジュード。この勉強は、私にとってとても大切なものなの」
「だけど……やっぱりさみしい。ねえアンジェラ、ぼくとあそぶのはいやなの?」

 なんとか説得をこころみたものの、彼の目にじわじわと涙がにじんできてしまった。……これじゃあ、私が幼馴染おさななじみをいじめているみたいじゃないか。
 色恋は別として、私は彼が嫌いなわけじゃない。魔法の勉強をしている間は邪魔をしないで欲しいだけで、それ以外はむしろ仲良くしておきたいのに。

(…………ああ、そっか。私たち、まだ子どもだったわね)

 考えてみたら、私たちはまだよわい一桁ひとけたなのだ。説得なんて通じなくて当たり前ね。だって相手は子どもだもの。わかってもらいたいなら、やり方を変えないと。

「それならジュード、勉強が一区切りついたら私と遊んでくれる? 勉強も大事だけど、私は丈夫な体も欲しいの。だから、かけっこや鬼ごっこがしたいわ」
「かけっこ? ぼくはもちろんいいけど、アンジェラは走ってだいじょうぶなの? くるしくなったりしない?」
「最初は苦しいかもしれないわ。足も遅いと思う。だから練習をしたいの。ダメかしら?」

 説得ではなく提案した私に、ジュードは顔をパッと輝かせて嬉しそうにうなずいた。だから頭突きしちゃうから! 距離をとって少年!
 しかし、我ながら名案だと思う。一人では準備運動すらままならない私だけど、いずれは腕利きの剣士になるはずの彼が一緒なら、いいトレーニングになるだろう。
 虚弱体質のままでは、いくら強化魔法を覚えたとしても、まず外へ出してもらえないからね。せめて階段ぐらいは楽に上り下りできる基礎体力が欲しい。

「ありがとう、ジュード。いじわるを言ってごめんね」
「ぼくも、ごめんなさい。アンジェラががんばるのなら、ちゃんとおうえんしてるよ」

 作り笑いではなく心からの笑顔を返せば、ジュードの頬がポッと赤く染まった。ずっとくっついて話していたのに、今更照れくさくなったのかしら。
 小さい子は可愛いなあと思っていたら、ジュードは私のひたいに触れるだけのキスをしてから、逃げるように扉のほうへ駆けていく。

「べんきょうがおわったらよんでね! ぼく、まってるから!」
「え、ええ。なるべく早く終わらせるわね」

 予想外のチューに驚く私を残し、彼は元気に走り去っていった。……乙女ゲームの攻略対象って、幼少期からイケメン力がすごいのね。

「まあ、ジョギングの予定が組めたんだからよしとしよう。それにゲーム通りに進めば、いずれ一緒に戦うのだし、交流はしておかないと。さて、強化魔法の続き、と……」

 こほんと咳払せきばらいで気持ちを切り替えてから、私はお預けを食らっていた魔法書に向き直る。体を強化するだけではなく、体力を増やせる魔法もどこかに載っていたらいいんだけど。
 細かい文字を目で追いながら、理想のアンジェラ像を頭に浮かべる。
 戦って回復もできる前衛聖女。その輝かしい未来へ向けて、まずは最初の一歩を踏み出した。


   * * *


「……なんなの、これ」

 あれからしばらく魔法書とにらめっこをしていたら、魔法の基礎はだいたい覚えられた。さすがに五歳児には難しい内容だったけど、充分すぎるほどの収穫があったと思う。
 キリがよいところまで進んだので、息抜きも兼ねて蔵書室の本棚を眺めていたのだけど……そこで、ちょっと困ったものを見つけてしまった。
 それは薄い紙の束。端がギザギザにやぶれているので、恐らくどこかの本から抜き取ったものと思われる。そこに刷られた大きなサイズの文字に、私は見覚えがあった。

「……これ、子ども向けの童話集の一部だわ。なんでこんなところに?」

 記憶を取り戻す前の私も読んでいたはずなのに、欠けたページがあったとは気付かなかった。興味本位でその束の内容に目を通して――――私は知らなかった自分を心から後悔した。
 それは一つの童話で、タイトルは『黒い悪魔のおはなし』。人をたぶらかす悪魔を英雄が退治する勧善懲悪かんぜんちょうあくモノなんだけど、その悪魔の描写がよろしくない。

〝茶色い肌に黒い髪と黒い目の、それはそれは美しい悪魔〟

 言うまでもなく、その容姿はつい先ほど会った私の幼馴染おさななじみにぴったりと合致してしまう。その上、この話は国教である神聖教会の経典きょうてんが元だと書かれていたから、ますます驚いた。驚きのあまり、その束を持って使用人たちのもとへ聞き込みに走ってしまったほどだ。
 ……結果は予想通り。
 この童話はとても有名な話らしく、ウィッシュボーン王国において悪魔というと〝黒髪黒目で褐色かっしょく肌の美しい者〟を皆が思い浮かべるらしい。
 そういえば、同じ特徴を持つジュードの父親は『かつて伯爵家が我らを助けたのも、悪魔を従属させるためだったのかもしれない』と笑って言っていた。いや、笑いごとじゃないよ執事!

(ジュードが私と遊びたいと言った理由はこれね)

 子どもは時にとても残酷な生き物だ。
 多分、『悪魔』と呼ばれる彼と遊んでくれる子が誰もいなかったのだろう。両親が記憶を取り戻す前の私に童話を読ませなかったのも、きっと私がジュードを避けないようにするためだ。
 最初のきっかけはどうあれ、オルグレン一族は我が家でしいたげられることもなく、受け入れられている。敬虔けいけんな信徒である両親が受け入れているのだから、彼らが悪魔のはずがない。

「ジュード!」

 聞き込みに走り回ったままの足で、私はジュードをさがしていた。……あの童話を知った今、ちゃんと彼に会って話したいと思ったのだ。

「アンジェラ? どうしたの。走ったらあぶないよ?」

 使用人たちが寝泊まりする階へと下る階段の手前で、彼は花瓶の水を替えていた。日焼けとは違う褐色かっしょくの肌に、さらりとすべる真っ黒な髪。少年らしからぬ美しさだけれど、この国では珍しい容姿に、胸が痛んだ。

「ジュード! 私は貴方の味方だからね! 誰がなんと言っても、貴方は大切な幼馴染おさななじみよ!」
「え? なにかあったの?」

 倒れるように抱き着いた私を、ほぼ身長差のない彼が慌てて受け止めてくれる。子どもの少し高い体温と、とくとくと脈打つ鼓動が心地よい。
 何も知らなかった自分が悔しい。ジュードはきっと、私の知らないところで沢山悲しい思いをしたに違いないのだ。こんなヒョロヒョロの小枝のような私を頼りにしてくれるほどに。

「……ああ、そっか。アクマのはなし、アンジェラもやっとよんだんだね」
「ジュードは悪魔なんかじゃないわ。私は貴方の髪も肌の色も大好きだもの」
「ありがとう。でも、アクマだって言う人はたくさんいるから……もういいんだ。ぼくには、アンジェラがいてくれる」
「そうよ、私がいるわ。私が強くなって、貴方を守ってあげるからね!」
「それじゃあカッコわるいよ。ぼくもつよくなるよ。アンジェラをまもるために」

 背中に回された小さな手が、私の子ども用ドレスの生地を強く握る。ゲームでは描かれなかった辛い思い出も、この世界ではただの『設定』では済まない。
 たとえろくに覚えていなくとも、彼が大事な幼馴染おさななじみであるのは変わらない。世界を救う主人公の私が、幼馴染おさななじみすら救えなくてどうするのよ。

「ずっと、そばにいさせてね、アンジェラ」
「もちろんよ! 一緒に強くなりましょうね!」

 目の前に早速現れた苦難に、私の心はとても高揚していた。魔物を退治して世界を救うという大きな目標の前に、強くなる理由を一つ手に入れたのだから。
 ――――ゆえに、この時の私は知らないのだ。
 立てる予定のなかった恋愛フラグが、ここでばっちり建設されていたのだと。



   STAGE2 脳筋は日々育っています


「大丈夫ですか、お嬢様? 雑用でしたら、僕が運びますよ」

 心配そうに声をかけてくるジュードに、私はきっぱりと答える。

「平気よ。むしろ、これは私のための訓練なの。危なっかしく見えるだろうけど、見守っていてちょうだい」

 乙女ゲームの記憶を取り戻してから、早くも二年が経過した。
 元プレイヤーで転生者である私、アンジェラ・ローズヴェルトも、先日無事に七歳の誕生日を迎え、ますます魔力にみがきをかけておりますよ!
 二年前から始めた勉強は続いており、魔法技術も着々と身についてきている。神様を心から信仰している両親も、この二年間、非常に好意的に協力してくれたしね。
 回復を中心とした『神聖魔法』は本当に私に合っていたらしい。まるでスポンジが水を吸うかのように、あっと言う間に習得することができた。それが神様のくれたチートなのか、アンジェラという〝キャラ〟に備わっている特性なのかはわからないけど。
 とにかく、今はほとんどの魔法を呪文の詠唱なしで使うことができるぐらいだ。小さな切り傷はもちろん、ねんざや骨折も治せることを使用人たちで確認済みである。
 ……もちろんわざと怪我をさせたりはしてないわよ? 庭の手入れや屋敷の掃除など、その大半を手作業でおこなっているこの世界では、仕事は怪我と隣り合わせなのだ。
 でも回復魔法のおかげで、当家はずっと医者いらず。かつての私が生きていた日本と違って、この国では医療もそれほど発展していないため、それはもう重宝ちょうほうされていた。加護サマサマね!
 そして、戦いのかなめとなる『強化魔法』も、着々と身についてきた。今はまだ回復魔法ほどは使いこなせないけど、それでも充分実用に足るものだと自負している。
 今この瞬間も、自身にかけながら訓練をしているところだ。

(うんうん、この前よりもだいぶ少ない魔力で使えるようになったわね)

 臙脂色えんじいろ絨毯じゅうたんが敷かれた広い廊下を、私は意気揚々いきようようと歩いている。この細い腕に、分厚ぶあつい魔法書を五冊ほど重ねて。
 自慢じゃないけど、相変わらず筋肉がつきにくいの私では、魔法書五冊なんてとても持ち上げられない。そこで、魔法で筋力を強化しているのだ。少し前に試した時は三冊が限界だったけど、今日は五冊持っても安定して歩けているし、魔力の使用量も期待通りに抑えられている。
 この調子で訓練を続ければ、もっと少ない魔力で使えるようになるだろう。最終的な目標は、鉄製の武器を持てるようになることだ。

(良い感じだわ。今日はこのまま屋敷内を一周して、体を慣らしておこう)

 胸を弾ませながら、魔法書の表紙をでる。そうして隣を見ると――こちらを見つめている黒い瞳と目が合った。

「……そんなに頼りなく見えるかしら? それとジュード、変な呼び方はやめてね」
「変って、お嬢様。これが正しい呼び方であって……」
「ジュード?」
「…………わかったよ、アンジェラ」

 成長する私と共に、幼馴染おさななじみのジュードもどんどん良い男に育ってきている。
 同じぐらいだった身長は早くも差がついたし、肩幅や体つきも女の私とは違ってきた。きっともう何年か経てば、私はかなり上から見下ろされるようになるだろう。悔しいけど仕方ない。
 また、最近は丁寧な言葉遣いもするようになってきた。多分、彼の父や周りの人にそうしろと言われているのだろうけど、今更『使用人』ぶられても気持ちが悪いのよね。
 いつかの約束通り、彼と私はずっと一緒に育ってきた。友として、幼馴染おさななじみとして。彼が鬼ごっこやかけっこに付き合ってくれたおかげで、私の体力も少しだけ増えたのだ。これからも仲間として、良好な関係を築いていきたいと思う。

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