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17章-05

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 ちなみに、選ばれなかった別の候補者たちは、きちんとした手順を踏んでこの世界に転生したらしい。かつての辛い人生の記憶をきれいに消し去って、正真正銘ゼロからの新しい人生を始めているのだそうだ。
 もしかしたら、このウィッシュボーン王国にも、そうして生まれ変わった人がいるかもしれないわね。
 いるとしたら、一番早い子は十一歳。きっと今は遊び盛りだろう。

「ねえ神様、他の候補者たちには加護はないんですか? アンジェラにならなかったとは言え、この世界の都合で連れてきた人たちなんでしょう?」

[さすがに君ほどの加護は与えられないよ。そんなことをしたら、彼女たちまで『聖女』になってしまうからね。だから、サービスは少しだけ。特別な力はなくても、好きな人と幸せになって、寿命満了で死ねるような人生を贈ったよ]

「それはそれは」

 この神様のことだから適当な対応をしているかもと思ったんだけど、さすがにそれはなかったらしい。
 なんだかんだ言って、それが一番幸せな人生じゃないかしら。好きになった人と結ばれて、老衰で人生を終えるまで穏やかに暮らす。絵に描いたような『平和な一生』だ。
 英雄譚に憧れることはあっても、実際に化け物と命をかけて戦いたいような人間はそうそういないものね。

(まあ、ゲーマーな私は正しくその異端な人間だったわけだけど)

 そう考えると、やっぱりアンジェラになるべき魂は、私一択だったのかもしれない。
 ……何せ、自分と同じ顔の人間がラスボスで、しかも自分のほうが偽者で。これから、そんな戦いをしなければならないのだから。

[……君は、アンジェラとしての人生は、辛かったかい?]

「ハードでしたけど、辛くはなかったですよ。聖女様らしからぬ生き方をしていますしね」

 本物のアンジェラみたいに、正しく清らかな存在として生きようとしたなら、また違ったかもしれないけど。あいにくと、鋼鉄メイスをぶん回して自由にここまで生きてきたもの。

 プレイヤーとしてのプライドは、残念ながら思い込みだったけど。それでもきっと、ただ穏やかで幸せな人生は私には似合わなかった。
 今からでもそう生きられると言われても、私はアンジェラとしての人生を選ぶ。
 それでたとえ散ることになったとしても、かつての私よりははるかにマシだ。……だってこの生き方は、私が選んで決めたことだから。

「私は戦って死にます。神様も、『アンジェラ』にそれを望んでいるのでしょう?」

[死んで欲しいわけではないよ。でも……【無垢なる王】と戦えと言っているのだから、結局過酷な要求をしてしまっているね]

「構いませんよ」

 戦場で死ぬなら、それが私の運命だ。とは言っても、元が思い込みだろうが何だろうが、負けるつもりは毛頭ないわよ。最低でも、あの泥女は道連れにして死んでやりますとも。

(……でも、そう。ひとつだけ)

 別に、今更死についてどうこう言うつもりはないけど……一つだけ、気付いてしまった想いはある。
 できれば、それだけは遂げて、死ねたらいいなと思う。
 本物のアンジェラが、いらないと捨てていったのだもの。だったら、私がもらってもいいわよね。

(聖女は、今神様が化けている真っ白な男の人を……サイファを選んだ)

 だけど彼は、私がいいと言ってくれたから。
 偽者の、本当の名前も思い出せない私を、好きになってくれたから。

 私は『アンジェラ』ではなかったけど、それでもいいのなら、応えたいと思う。
 愛されず、そして愛せずに殺されてしまった、かつての私と決別するためにも。


[…………彼、だけではないよ?]

「え?」

 ぽつりと、白い姿の神様が呟く。
 

[……ねえ〝    〟。わたしは君を巻き込んで、無茶ばかり強いてしまっているけれど。わたしは――]




「それ以上は、神でも言わせない」









 真っ白だった世界に、ゆっくりと色がともっていく。
 淡い色合いの天井と、そこに重なる黒と褐色。
 神様の中性的な声とは違う、背筋に響く低い男の人の声が聞こえる。

「アンジェラ」

 ……神様が何か言いかけていた気がしたんだけど、最後まで聞き取れなかったわね。
 まあ、起きてしまったものは仕方がない。特別なものとはいえ、夢は夢だもの。
 神様は私を気絶させられるらしいし、緊急事態になれば、また呼び出しにくるでしょう。

 ぼんやりとしていた感覚が、徐々にクリアになっていく。手も足もちゃんと動かせそうだ。
 五感もハッキリしていて……額に触れた彼の手が、温かくて心地よい。

「アンジェラ。……まだ動けない?」

 他なんて見るなとばかりに、彼の顔が視界いっぱいに広がる。
 真っ黒で、鋭い釣り目だ。先ほどまで対峙していた神様とは、ほぼ真逆のキツい顔立ち。小さい子なんかは、怖いと怯えてしまうかもしれない。
 ……だけど、誰よりも優しい目だと私は知っている。これが甘くて、優しい色だと知っている。

「……ジュードはこんなに格好良いのに、聖女様は何が不満だったのかしらね」

「さあ? お嬢様の好みじゃなかったんじゃないかな」

 前の『私』は、前髪で顔を隠していたしね、と。どこか他人ごとのように微笑んだ幼馴染に、私も小さく笑って返す。
 私の幼馴染。聖女アンジェラじゃなくて、〝私の〟ジュード・オルグレン。
 ……目覚めて一番最初に逢うのは、やっぱり貴方なのね。

「おはよう、ジュード。……どうせ起こすなら、キスで目覚めさせてくれればいいのに」

「そうしたいのは山々だけど、どこかの誰かさんがずっと覗いているからね。扉の向こうにも人の気配がするし。モテモテだね、アンジェラ」

 半分冗談で言っただけなのに、ジュードは本気で呆れた様子で肩をすくめて見せる。
 続けて、招くように片手をスッとあげた――次の瞬間。

「うわっ!?」

 そう、本当に、間髪いれずに。
 ぼすっと軽い音を立てて、何かが私に突進してきた。
 転がったまま何とか受け止めたソレは、ぷにぷにしていて温かい。

「むぐっ……お、おばけちゃん!?」

 私の手や顔に勢いよくくっついてくるのは、可愛い可愛いあの子だ。
 ちょっと間の抜けた顔立ちはくしゃっと潰れていて、泣き声が聞こえてきそうなほど潤んでいる。

「ちょ、ちょっと待っ……うわああっ!?」

 なんとか撫でてあげたいけど、すり寄ってくる勢いが強すぎて受け止めるのがやっとだ。か、可愛いけど落ち着いて!? 私、強化魔法を使わないとただのモヤシだからね!?

『だあっ!? おいバカ、落ち着け!! お前が暴れたら何もわからんだろうが!! 偽聖女は起きたのか!? 起きたんだな!?』

「あっ」

 そうこうしている間に、おばけちゃんから聞き慣れた声が聞こえてきた。
 声代わり前の高い声は、間違いなくカールのものだろう。彼が慌てているのも珍しい。

「わっぷ……お、起きてる! 今起きたわよ!」

『お前なんだな? アンジェラじゃないな?』

「私よ、私! 貴方が偽者扱いする脳筋の……むぐっ!? おばけちゃん、本当に落ち着いて!?」

 ちょっと喋るだけでも、ぐりぐりと吸い付いてくるこの子を押さえなければままならない。
 可愛いけど! すっごい可愛いけどね!! 私、一応病み上がりだから手加減してくれないかな!!

「ちょ、ちょっとジュード、助けて!」

「了解! このっ……ちょっとどこうか使い魔君!」

 なんとかぷに体、、、をどければ、彼の大きな手のひらがおばけちゃんの頭を掴んで引きはがしてくれる。ジュードの手の中でまだジタバタしているけど、さすがに彼の力には敵わないらしい。

「あーびっくりした……ごめんジュード、ありがと」

「僕こそごめん。アンジェラが気に入ってるから大目に見たけど……節度をわきまえないなら潰すよ君」

「物騒なこと言うんじゃありません!」

 神様の夢の内容も壮絶だったけど、まさか現実まで慌ただしいとは。
 やっぱり私を取り巻く世界は、ハードモードに間違いないわね。

(……ああでも、これぐらいでちょうどいいのかもしれない)

 一息ついていたら、扉の向こうが一気に騒がしくなってきた。これはまた、色々と話をしないといけない予感がするわ。

 全く、ゆっくり休む間もない――本当に愛しい人々だこと。
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