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第一部 第一章

18話 エルスハイド家視点

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 暗殺者集団の構成員が洗脳の呪いを解いて密かに辺境伯家の屋敷を去って行ってから凡そ五時間後の午前六時頃、何時もなら専属のメイドが起こしに来るまで決して起きることの無かった辺境伯夫人であるサリーンは、今までにない寝苦しさと頭の中をかき回される様な頭の痛みによって目を覚ました。

 目を覚ましたサリーンは暫くの間心ここにあらずと言った状態で、何かをすることも無く只々放心状態だったのだが、更に数十分程時間が経つと突然サリーンは何かを探し求める様にして自室を出ると廊下をさまよい始めた。

 サリーンはエルク様の部屋に着くとおもむろにドアノブを掴みドアを開けるとエルク様のいないもぬけの殻の部屋へと入って行った。

 そして、サリーンがエルク様の部屋に入ってから数分後、部屋の中からサリーンの身を切り裂くような悲鳴が聞こえた。

 エルク様の部屋の近くを偶然掃除していたメイドがサリーンの悲鳴を聞いてエルク様の部屋に入ってみると、そこにはうずくまって自身の体を抱えながら涙と鼻水を垂らして泣き崩れているサリーンの姿があった。

「ど、どうされたのですか奥様。うっ」

 メイドは急いでサリーンの下に駆けつけようとしたが、急に激しい頭痛を覚えてその場に立ちすくみ頭を抱えた。

 この時、この屋敷にいる者すべての洗脳が一斉に解かれたのだった。

「な、何、何なのこの光景は。そんなあり得ない私たちがエルクセール様にこんなことをするだなんて、何かの間違いよ」

 メイドはそう呟いた後、はっと我に返り未だに頭を抱えて何かブツブツと呟いているサリーンの下へ向かった。

「奥様、どうされたのですか」

 メイドがサリーンに声をかけるが、サリーンはその問いに答えることはなかった。

 そして、メイドがサリーンのそばでサリーンの様子を伺いつつ看病していると突然エルク様の部屋のドアが勢いよく開かれて旦那様と長期休暇でお屋敷に戻って来ていた長男のシーマ様、長女のミネルバ様が血相を変えて入って来た。

 お三方とも一様に顔色がもの凄く悪く息を切らして肩が上下している。
 
 お三方が、どれだけ急いでこのエルク様の部屋に来たかがわかると言うものだ。

「エルク、エルクどこにいるんだ出て来ておくれ」

「「エルク、エルクどこにいるんだい。お兄ちゃんとお姉ちゃんに意地悪しないで出て来てくれないかな」」

 お三方は部屋に入って来ると中をウロウロしながらその様に呟いていたが、エルク様からの返事は当然無く暫くの間お三方はその場に立ち尽くしていた。

 そして、暫くすると旦那様はさび付いた鎧を着た様なぎこちない動きで涙と鼻水を垂らして泣き崩れている奥様の姿を見て「あの記憶は誠のことであったのか」と呟き泣き崩れている奥様のそばに膝をついて優しく奥様を抱きしめた。

 そこにシーマ様とミネルバ様も来て皆で涙を流しながらエルク様に「すまない」と言い続けていた。

 旦那様と奥様たちがお互いに抱きしめ合いながら慰め合っているとそこに執事がやって来て一人のメイドがお目通りを願っていると報告をして来た。

「そうか、……今は誰とも話したくない。悪いが用件だけ聞いておいてくれ」

「え、し、しかし、そのメイドがお話したいと言う内容がエルク様についてなのですが、本当に宜しいのでしょうか」

「な、何、何故それをはやく言わないのだ。直ぐにそのメイドをこの部屋まで連れて来るのだ」

「はっ、直ちに連れてまいります」

 旦那様たちに報告に来た執事はそう言うと足早に部屋を出て行った。

「あなた、その話を聞けばエルクが今どうなっているのかわかるのよね」

「いや、そこまではわからんが、少なくともエルクが何故いなくなったのかはわかるだろう。取り敢えずこの様な身だしなみのままでメイドと会う訳にはいかないからな皆、顔を洗ってからまたこの部屋に集合だ」

 旦那様が奥様方にそう言うと皆さまは部屋を一度退室して数分後に身だしなみを整えて部屋に戻って来ました。

 そして、皆さまがお部屋にお揃いになってから少し経つと先程報告に来た執事が一人のメイドを連れて部屋に戻って来ました。

「君、そのメイドがエルクの話をしたいと言っているメイドかね」

「はい。そうです。ほら挨拶を」

「はい。わたしは、当家でメイドをしておりますメルルと申します。ですがそれは表向きでして、普段は王都の警備局護衛課で騎士をしております。私は国王陛下の命令を受けた警備局長の命令で神の啓示により救世主とされたエルクセール様の護衛をするためにエルスハイド辺境伯家に参りました。ですが私がこの家に来た時には既にエルスハイド家と関りを持つ全ての者がある組織の手によって洗脳されていました。そこで私は、洗礼の儀の直後にあらかじめコンタクトを取っていた辺境の村の者と協力してエルクセール様を保護しようとして、エルクセール様には先に辺境の村ディックに向かって頂いたのですがその道中でアクシデントがあったらしくエルクセール様を見失ってしまいました。その後、三日三晩捜索をしましたが未だ発見には至っていません。私たちの力不足でこの様なことになってしまい申し訳ありません」

「そんな事が、だがなぜ神の啓示のことを我々に教えてくれなかったのだ。国王陛下とは王立学院時代からの親友だ。知らせを寄こさないなど到底信じられない」

「いいえ、国王陛下は近衛騎士に命じて辺境伯閣下にお知らせしています。恐らくその時には既にやつらによって洗脳されていたのでしょう。洗脳状態でもその時の記憶は残っているはずです思い出してみて下さい」

「……うむ、確かに薄っすらとだが報告を受けた記憶がある。はぁ~、何と言うことだ。それでエルクの捜索はこの後も継続して行ってくれるのか」

「はい。幸いにしてエルクセール様の生存は今のところ確認されています」

 メルルがエルクセール様の生存が確認されていると言うと旦那様と奥様は身を乗り出してそれはどういうことなのかを問いかけた。

「お主は先程発見には至っていないと言ったではないか。それなのに生存が確認されているとはどう言う事なのだ」

「これによって生存が確認されました」

 そう言ってメルルが取り出したのは一輪の花が入った小さな瓶だった。

「これは、生命の花」

「はい。エルクセール様にこの屋敷を脱出して頂く際にこの花に魔力を注いでもらいました。そして、花は今も枯れずにこうして咲いている。その事が指し示すことは、エルク様がまだ生きておられると言うことです」

「そうか、エルクはまだ生きていてくれているのか。こうしてはいられない、至急、捜索隊を編成してエルクの捜索にあたるぞ。メルル、いや、これからはメルル殿と呼ぼう。そなたたちも引き続きエルクの捜索をお願いできるだろうか」

「勿論ですとも。エルク様は私にとっても大切なお方ですから、例え王国が捜索を打ち切ったとしても私は、エルク様を探し続けます」

「そうか、ありがとう」

 旦那様方はそう言うと部屋を急いで出て行かれました。

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