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王位継承編④ 正しく可愛がる

リディア① 宗教

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 チェンバーズ家とミューレン家のしんぼくかいを終えた次の日、おれはリルといつしよに『とある教会』をおとずれていた。
 マノンは親睦会でつかれてしまったらしく、部屋で待機。

 とはいえ、あのヤンデレロリっ子がだまって俺とリルを二人きりにしてくれるはずもなく、パティ考案のとうさつほうかんされている状態である。
 働きもののれいけんじやめ。とんでもない魔法を考えだしてくれたものだ。


「ここか。立派な教会だな」

「十字大陸で一番大きいと思う」


 宗教というのはどこの世界にもあるようで、ややこしいことに東西南北の半島と中央区では、元々異なる宗教を国教としていた。
 ハッキリ言って国を一つにまとめるよりも、宗教を一つにまとめるほうがほど難しい。
 権力者の権力と国教を強制しないことは、統一のこうしように当たって絶対にゆずってもらえない一線だった。
 特にこの国は元々、王族を神の子としてあがたてまつっている。
 そんなもの、他国が受け入れるはずもない。


「しっかし、王族なのか神なのかどっちなんだよ」

「王族は神の血族だから魔法の才がある――。そういう神話を信じる人にとっては、全ての王族がいのられる対象なのよ」

「その人たちは王族の横暴をきらっていないのか?」

「んー……。まあ中には嫌っていない人もいると思うけれど。どちらかというとリディアの人気が……ね」


 リルはことじりのほうで視線を横にらして、声は消え入るように先細った。
 それだけ強敵ということか。


「おう。リルじゃないか」


 教会のはしのほうで落ち葉を片付けている少年が、王族のリルを呼び捨てにした。
 対してリルは、王族然とした態度で語りかける。


「こんにちは。落ち葉拾いですか?」
「教会は常に神聖であるべきだ。最近は風の強い日が多いから、落ち葉も増える」


 なるほど。この人が王族の『宗教をつかさどる家』に産まれた、大人気の聖職者。――リディア・ルート・クローデンか。
 男としては少しだけ長いかなという程度のかみに、女性と男性の中間的な身長。
けがれのない少年』っぽさがあふれ出していて、ものすっごい中性的イケメン。
 天然ブロンドの髪はサッラサラ。むしろ太陽の光を浴びてキッラキラの輝き。
 ……強敵というか、もはやしつしんしか出てこないんですけれど!
 俺が勝っているのは身長と筋肉だけではなかろうか。


「リル、こちらの御方は……?」

「ハヤト様――と言えば、おわかりになるでしょうか」

「ああっ、ではあなたがえいゆうの――! これは失礼しました。パレードに参加できなかったもので」


 スッと手を差し出される。
 白くてなめらかなはだに、細い指。しかし少しだけれた感じがするのは、かれが決して王族のにふんぞり返ってれいごとだけを教え説いて生きてきたわけでないことを、じかに表しているようにも感じられた。

 俺は彼の手をにぎって、自己しようかいをする。
 こういうのって女性同士がやっているとほほましく思えるのに、男同士だとものすごみような感じになるのは、何故なぜだろうか。
 名刺交換とお辞儀を愛する日本男児としては、あくしゆなんて戦ったあとに芽生えた友情ぐらいで十分だと思ってしまう。
 特に引きこもり体質の人間というのは、こういうスキンシップが苦手なんだ。キスハグの国に生まれなくてよかった。


「ハヤトです。リディア様のおうわさは、かねてよりうかがっております」


 それでも悲しいことに、慣れちゃったんだよなあ、こういうしきてき交流。
 大人になるって悲しいことなの……っ。


「あはは――。ぼくはまだ十九で、年下です。リディアと呼び捨てにしてください。年下のリルにだって、そうしてもらっているのですから」

「十九というと、パティと同じとしですか」


 賢者というのは非常にとくしゆな立場にあって、幼少期に賢者のみがあれば王族や貴族と同じ程度の教育を受けることとなっている。
 平民に義務教育が存在しないこの国にも貴族以上が通う学校はあって、同じ中央区の中ならば同学年の知り合いという可能性があるわけだ。
 義務教育すらほどこされない平民出身が王族と同じ学び舎に通う同学年になるというのは、とんでもないぎようである。


「ああ、賢者の――」

「ええ。賢者の」

「天才の」

「おそらく」


 リディアは遠く空の彼方を見るような目で、呟くように言った。


「――――かのじよとは、同じまなで苦労を共にしました。……というより、苦労させられました」


 させられた?
 なんだかろう感たっぷりで口にしているし、あいつ、何をやらかしたんだ。


「……というと?」

「彼女はその……、事情通すぎる嫌いがあったので」


 ほうほう。事情通ねえ。ということは、その頃から既に――。
 これは前科が増えたな。


「誕生日も近いことだから、王族や平民といった関係は無しにして、おたがいに敬語はやめよう――という話をした時にも」

「あいつのことだから、絶対に王族のことを呼び捨てになんてできなかったでしょう? 権力には無条件で従うんですよ。困ったことに」

「いえ、その逆です」

「逆?」

「王族の命令は絶対なので、と。そりゃあもう『よっ、リディア! 今日も女みたいな顔しやがって――』みたいな感じで……」


 なんでいきなり親友みたいなノリになってんだ。
 平民と王族なんていう関係じゃなくても、いきなりそれではれしすぎるだろう。容姿と性別の話なんて、本人が気にしている可能性だってあるわけで。


「さすがにそれでは周りとのあつれきが生まれてしまいますし、僕の周囲の者はおさえようとしたのですが」

「まさか、逆らったのか?」

「はい……。『王族の命令に逆らうとは無礼者め!』と、逆にパティがいつかつしてしまう始末でした」


 賢者とは一体。


「以来、彼女が英雄の補佐となるまで、その関係は続き……」

「それはその……、大変だったな……」


 俺はねぎらうつもりで、彼のかたにポンと手を置いた。


「ひやっ!?」

「ん、あ――ごめん! 俺も、初めて会った仲なのに馴れ馴れしかった!」


 握手を求められたからスキンシップを好むものだとかんちがいしてしまった。あれは社交れいだから、更にまれると、おどろいてしまうこともあるのだろう。
 うわった声がちょっとわいらしく感じてしまったのは、胸にとどめておこう。性の多様化とは言うけれど、俺の多様化はしていないわけで。


「……ん?」


 しかし念のためにかくにんした好感度が、ゆっくりと高まっていっている。
 まるで彼の驚きが、れんあいこうよう感に見えるほどに。
 ――――これ、まさかめんどうごとになるやつじゃないだろうな!?


「念のためなんだけど、リディアは女の子が好きなんだよな?」

「えっ? ――も、もちろんだ!」


 今のまどいは、当然のことを聞かれたことによるもの――。そう信じよう。
 そもそも、この国の宗教はカトリック的というか、保守寄りで同性愛は固く禁じている。
 子を作ることが神に許されたこうとして神聖視される一方で、そうでない性的な行為は全て罪なのだ。
 よく働く真面目な国民性に、この宗教。もう少し人間らしくくだけても良いんじゃないかなと個人的には思うところだけれど、よその世界の文化や歴史、宗教に口をはさむほどでもない。
 男でないと神父になれないというのも、カトリック的だと感じる一因だ。
 その保守的な宗教の頂点、『きようこう』の座には、代々ルート家の当代が就いてきた。


「ルート家は聖職者の家系って聞いたんだけど、リディアも将来は神父や教皇になるのか?」

「そういう前提で生きているよ。弟たちには、けつこんや子育てもしてしいからね」

「には、ってことは――」

「教皇はもちろん、神父も結婚ができないんだ。人々を『全て等しく神の恩恵を授かった子』として見なければならないからね。そのためには自分の血を分けた子はじやとなる」

「邪魔って……」

「我が子への愛情で目が曇ってしまってはならないんだ」


 まあ実際そうなのだろうし、きっと、彼の言っていることは宗教の教えとして正しい。


「でもそれだと、血が途切れてしまうだろ」

「そう。だからルート家の子供が全員神父になるわけではなくて、次期教皇の候補者が一人だけ神父となる決まりだ」


 それでも全ての人に結婚の自由ぐらいあってもいいのに――なんて思ってしまうのは、俺が現代日本に生まれた特にこれといった宗教を持たない人間だからだろうか。
 いつぱんてきな日本人は、イエスキリストの降誕祭こうたんさいをケーキで祝って年末を過ごし、年が明けるとすぐ神社へ行ってさいせんを投げ入れ、拍手かしわでを打ったり合掌がっしょうをして神に祈る。
 この間、最短で一週間強。
 宗教に関してはとことんたらな国だ。


「じゃあリディアはもう神父なのか?」

「二十歳になれば資格が与えられる」

「そっか。――――それなら、質問がある」


 そして俺は、ここへ来た理由を打ち明ける。


「どうして神父になることが決まっている人間が、王位けいしよう選に立候補するんだ?」


 問うと、リディアのさわやかながおに、わずかなかげが差した。
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