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王位継承編③ その戦いで得るものは

クロシードと、受け継げないもの

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 思えば戦場と訓練以外で戦うなんて、はじめてのことだ。
 日本にいたころは大人しすぎるぐらいに大人しい性格で、けんなんていつさいえん。戦うのは対戦ゲームぐらいで、スポーツも特に深くは経験していない。
 体育では鉄棒とマット運動が苦手な、どこにでもいる普通の子供だった。

 ただ、引きこもっているときに父さんが『頭と体だけはきたえておけ』と言っていて、それが引きこもる条件のように思えたから、おれは勉強と筋トレだけはキッチリやっていた。
 引きこもりはガリガリのもやしっ子といういつぱんてきなイメージからけたかったということも、あるかもしれない。

 ……でも、まさか自分が戦争の道具になるとは一度たりとも考えなかったわけで。
 もしもそうなることがわかっていたなら、筋トレなんてきっとやらなかった・・・・・・だろう。
 そういう性格である。


「おやわらかに」


 対面した状態から一歩前へ出て、あくしゆを求める。
 これでもえいゆうなわけで、少しぐらい尊敬されていたりとかしないかなー、なんて思っていたのだけれど。
 ミューレン家の三男は、この家系にしてはめずらしいのか、脳筋っぽさが出るほどの筋肉質ではない。
 ある程度の細さも保ち、身なりだけはしんてきふうぼうだ。
 しかし俺の言葉は意にもかいさない様子で、口角を気持ち悪く上げてニヤけた。


あいにくですが、その手をにぎるほど汚れた・・・手は、持ち合わせておりませんので」


 戦場で最も危険な最前線へ、貴族はやってこない。
 当然だ。平民を差し置いて自ら命をす必要なんて一つもないのだから。
 戦場に出てきても指揮官として後ろでふんぞり返るか、そもそも戦場にも出てこないか。まあ大半は後者だ。
 あんぜんけんにいて、ゲームのように戦争を楽しむ。
 少なくともこの世界では、それが常識。


「戦場へ出た者の手はよごれている――と?」

「ええ。三男と言えど貴族は貴族。大会で優勝を重ねれば、自然と名声は手に入りますから」

「あなたは名声を得たから、戦場へ出る必要が無かった」

「その通りです。ヤーマンは私に勝てないから戦場へ出向くしかなくなった、ただそれだけのこと。王族貴族になれない平民が殺し合うだけの場で死ぬとは、まあ、たがいの家のめいけてせつたくしてきた仲としては、本当に残念な結末ですね」


 全くせつたくしてきたなんて思っていないのが丸わかりである。かくす気も無いのだろう。


「――で、英雄様はその棒で、私と戦うおつもりですか?」

「ヤーマンさんから教わったのは、棒術だけなので」

「ああ。そういえば・・・・・彼は棒術を得意としていましたね。全部勝っていたので、なにが得意だとか、忘れていました」


 白々しい。
 ……しかし、やはりここで本気でおこれる人間こそがきっと、英雄らしい人物なのだろう。
 俺は根っからのけんぎらいなのか、争いごとを好まないにもほどがあるのか、ここまでの発言を耳にしたところで『たたきのめしてやる!』とはならないんだ。
 ただただ、こんな最低の人間とは永遠に関わり合いたくない、と思うだけで。


「俺の棒術はヤーマンさんの域に達していません。それでももし、あなたが負けた場合。――二度とチェンバーズ家と、関わらないでもらえませんか?」


 クロシードがあるとはいえ、この言葉に嘘偽りはない。
 技術だけをいだところで体力がちがう。
 筋トレだけをしてきた引きこもりと武術の家に生まれ育った本物のとうでは、きたえかたの次元が完全に異なる。


「私に今後のしんぼくかいや武術大会へ参加するな――と。そうおつしやりたいのでしょうか」

「ええ。ヤーマンさんをねじせる強さがあるのなら、あなたにリスクはないでしょう」


 ふむ、とかんがんで、こちらの目をチラリと見てくる。


「……確かに、戦場においてヤーマンの右に出る武闘家はいなかったと聞いています。英雄と言えど、ヤーマンには勝てなかった――と。…………しかしそういえば、英雄様はこうしようごとがお得意だとか」

「俺の言葉は信用できないですか?」

「いえ。今日のために事前に伝え聞いたうわさばなしまでコントロールすることは不可能でしょう。しかしそのような条件を、勝てない相手にき付けるとも思えない。私の知らない技で不意打ちをねらってくる可能性がある。例えば、ヤーマン以外から教えられた武術などがあるのなら、それを使ってくる――とか」


 うたぐぶかいのか、それとも単にしようしんなのか。


「大陸統一の名誉にけて、ヤーマンさんからけいしようした技以外は使わないと約束しましょう」

「ほう……。――――ふむ。ここで英雄をねじ伏せることができれば、私の名声はさらに上がる。悪くはないですね」


 めるような視線をこちらに送って、彼はうなずいた。
 俺の体格はまあ、しっかり動けるように鍛えているといった程度。
 五年の旅を経てもなお、根っからの武闘家のそれではない。最大の武器は好感度視認スキル『ライカブル』を活用した交渉であって、生身での攻防を主体に大陸統一を果たしたわけでもない。
 その辺りをはかられているのだろう。


「なるほど。……その条件、飲みましょう。ただし、せつかくですからここはヤーマンの技にらわれずに全力で戦っていただきたい。私の名声を上げるには、力をしんだなどという言い訳はじやですから。相応のリスクを負いましょう」


 俺の力量を目で推し量って、リスクを負っても大丈夫だと判断した――か。
 そして、ここでヤマさんだけの技を使うと俺が意地を張ったところで、交渉がたんするだけ。


「わかりました。では、全力でいきます」


 俺は棒を構え、彼も同じく棒を構えた。
 棒術と棒術。
 たがいの力量を比べ合うには最適の組み合わせだ。


「――本当に、ヤーマンの生き写しのような構えですね」


 この手合わせにはしんぱんがいない。ただ両家の人間が見守るのみ。
『はじめ』の合図もないが、さすがに武術の家系同士、不意打ちをしたところで名が落ちるだけというあんもくりようかいがあるからこそ成り立つのだろう。
 俺が気を張って止まっていると、呼び動作ゼロで顔面へ棒がかれる。ギリギリでかわすとまえがみが風でれた。
 初手で全力の突きとか、殺気満々だな。

 正直に言って、今のタイミングに隙はあった。しかし、仕掛けるにはまだ早い。
 そのまま俺がいるほうへ棒がもどされて、波状こうげきが始まる。

 ――――だが。

 チェンバーズ家は守りの型。対処法は無限にある。
 俺は全ての攻撃をはじかえして、いらってきたところで相手の棒をげ、改めて大きなすきを作らせた。


「……どうして、決めに来ないのですか」

「わかりませんか? これはレイフさんの使った技です」


 俺の意図を察したのか、三男が感情的に攻撃を再開した。
 ミューレン家の中では細身と言えど、一般的に言えばかなりの体付きだ。身長も俺より十センチほど高いだろう。さすがにりよくがある。
 このまま続けていれば、俺の筋力ではいずれ分が悪くなるかもしれない。
 ――――でもロニーくんは、これ以上の差を、くつがえしたんだ。


「ふっ!!」


 息をいてされた突きを半身でかわして、俺は棒をほう。そのままふところんでコマのように体のじくを使い、背負い投げた。
 床に叩き付けたところを上からさえつけて、制圧完了。
 棒術と柔術の組み合わせはロニーくんが見せたものである。

 ――――だが、このまま大人しく終わる相手ではないだろう。


「このっ――!!」


 ロニーくんがやられたのと同じように、固くにぎったこぶしでこめかみを狙われたわけだが。
 俺はより速く、目の前の高くびすぎた鼻っ柱へきをった。


「ぐぁ――――ッ、アアぅッ!!」


 もんぜつする相手から体をはなして、スクッと立ち上がる。
 そして乱れたえりを正した。


「ああ、すみません。最後のだけ・・、オリジナルでした」


 この人は戦場で生き抜いた人間をあますぎだ。
 ヤマさんより力におとる俺は、ヤマさんほどれいに敵を制することができない。
 だからこうしたあらっぽい手段も覚える必要があった。彼は俺の体格が劣ることに安心するだけで、それを補う必要があったことを見抜けなかったわけだ。


「この……ッ」


 鼻血をゆかへ落としながら、ひざをついてこちらを見上げてくる。


「まだやりますか? レイフさんとロニーくん、二人がやったのと同じようにやられて力の差を感じないほど、バカではないと思いますが」

「――――くそっ! ヤーマンに教わった程度でなぜ――ッ!!」

「自分では気付けないんですね……」


 この人は、ある意味ではわいそうなのかもしれない。
 対戦して気付いた。
 俺が守りの型であるはずのヤマさんから守りの型のけいを付けてもらうということは、ヤマさんが本来とは異なる攻撃役を演じなければならなかったわけだ。
 しかしそれでも、ヤマさんは今の彼よりはるかに洗練された動きで、力強かった。
 ミューレン家の中で一人だけ筋肉質ではない体格。それはきっと、父親や上の兄弟ほど力を付けずとも勝ててしまったからだろう。
 …………ヤマさんが、やさしすぎたから。


「あなた、勝ちをゆずられていたんですよ」

「なっ!?」


 念のためにミューレン家の当代の表情をうかがってみたが、どうようしてあわてたり身内を守ろうとする様子は、全く見られなかった。
 ただただもくして、俺たちの話を聞いている。


「当代であるゴルツさんも、二人の兄上も、気付かれていたのでしょう。あなたが弱いことに」

「そんな――」


 彼はあわてて、助けを求めるように家族の顔をったが、だれひととして彼の顔を見ようとはしなかった。


「同じ武術の名家に生まれた、同じさんなんぼう。名声を上げなければ貴族として地位を上げることはかなわず、そうなれば戦地へおもむいて戦果を上げる必要にせまられることも、あるかもしれない。ヤーマンさんはきっと、そこまでを考えた」


 王族貴族は子供が多いけいこうにある。
 では子供がたくさん生まれたから全ての子供に親と同じ地位がわたるかといえば、そんなことをしていたらしやく持ちだらけになって、価値がうすまってしまう。

 そこで『貴族落ち』という現象が発生するわけだ。
 例えば、貴族にもかかわらず戦地へおもむくことが、それにがいとうする。貴族らしからぬことをしなければ名声を上げられないのだと、名指しでされる。


「弱いあなたが戦地へ出ることになったら、生き残れますか?」

「弱い……だとっ!?」

「ヤーマンさんはだれよりもやさしく、だれよりも強く、北半島統一では立役者となった。――無血で城を制圧した、はなわざの立役者です。……あなた程度の人に、戦場で前線に立って死ぬことも殺すこともなく敵を制するなんてこと、できるはずがありませんよね? だってあなたにできるなら、あなたに勝てる俺がやっているはずですから」


 統一の順番は、南から時計回り。北半島は三番目だった。
 そしてヤマさんは、北半島統一に際して英雄と呼ばれた。
 俺ではなくてヤマさんが英雄と呼ばれたのは、単純に戦功が違いすぎたからである。自らきたげた少数の兵で相手国の総本山にみ、敵兵を完全制圧し、俺に交渉のゆうと材料をあたえた。
 無血開城なんてものはあつとうてきな戦力差があってこそできることだ。
 経験と訓練による戦力のピークが北半島の統一に重なったとも言える。

 ――その後、ヤマさんは東半島統一の最中にくなり、俺がクロシードで技術を継承した。

 だが継承して気付いた。
 ああ、俺には無理だ、と。

 死をかくして戦いにのぞむというのは、戦場なら誰でも同じだろう。
 でもヤマさんは多分、自分以外のせいしやが一人でも少なくなるなら自分の命は投げ捨てるという、特別な覚悟を持っていた。
 そうでないと無血開城なんて不可能。戦力差もあったが、なによりもヤマさんの捨て身の姿勢が結実した成果だった。

 俺はもちろん、自分が死なないことが最優先である。
 英雄らしいゆうかんさとか、一つも持ち合わせていない。
 自分が死なず相手も殺さない方法を考えて、でも、『仕方がない』と割り切る必要には何度もせまられて何度も割り切った。
 実際、最後の東半島統一は激戦となって、多くの血が流れた。
 技術を受け継いで、覚悟の違いに気付かされたわけだ。


「――――くそぉ、……なんで……」


 さすがにもう勝敗は決しただろう。
 背後の気配を察知することが大得意な俺に、後ろからなぐりかかってきたところで、かえちにできるわけで。
 堂々と背を向けて踵を返すと、ロニーくんを運び出したレイフさんが元の位置に戻って正座していた。
 俺は目の前で同じように正座をする。


「……すみません。レイフさんにだけ、秘密を明かします」


 それから俺は特技継承スキル『クロシード』で、ヤマさんの棒術を受け継いだことを小声で伝えた。


「なるほど。それで生き写しのような……」

「あのっ、ロニーくんにはやっぱり……、だまっていたほうがいいですよね」

「…………そうですな。ハヤト様はいずれ元の世界へ帰られる身です。父親の術をそのままいでいると知ればきっと、ロニーにとって他人事ひとごとではなくなってしまいます。別れがつらくなってしまうでしょう」

「――わかりました」

「おこころづかい、痛み入ります」


 それから両家が互いに向かい合って礼をして、親睦会とは名ばかりの、名誉を賭けた一戦が終わった。
 するとすぐに、リルとマノンがってくる。


「ちょっ、くっつくな!」

「だって……っ。あんな危ないことして、本気でこわかったんだからね!?」

「あぅ。ごめんなさい……。ま、マノンは、どうした?」


 みぎうでにリル、ひだりうでにマノン。
 やばい。何このハーレム!? 手合わせよりこっちのほうがきんちようするんですけど!


「危なかったのです……」

「なっ、なにがだ」

「あと一歩で、ほうで殺すところでした!」

「おぅ……。そりゃ、なんとかまんしてくれてよかったよ……」

「ハヤトさんの顔に少しの傷でも付けようものなら、あいつの顔をごくほのおで焼いて永遠に痛みを刻み、最後に全身を――」

「待て待て! 怖いっ、発想がめちゃめちゃ怖いから!」


 最後に、のあとは聞きたくなかった。
 今後はマノンの前で戦うことをひかえたほうが良いのかもしれない。
 困り果てている俺に対して、レイフさんが満面のみで「ほっほっほ。英雄様はさすがにモテますのう」なんて言っているけれど、完全にちやしている顔だった。
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