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王位継承編② 茸と香辛料

マノン⑮ 召――っ

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 昼からぱらったせいもあるのか、ほとほとつかれて夕食へ。
 この席は国王が個人的に開いているものだから、そろそろ解散かな。退位が決まったことだし。
 そうなると俺やマノンは城から追い出されたって不思議じゃない。
 リルも元の生活へもどることとなるだろう。
 だからまあ、残り少ない機会を大切にしておきたかったのだが、マノンはその席に現れなかった。


じいさん、パティはどうしてるんだ? まだきゆう中だと思っていたんだが」

「それがのう……」


 この席に来てからずっと、国王が、いつになく深刻なおもちとしずんだ声のトーンでいる。
 セーブデータでも飛んだのかな? やりこんでいるゲームのセーブデータが飛ぶとへこむからなぁ。ネット上にバックアップを取るとか、できるわけもないし。


「実は、のう」

「どうしたんだよ。色々としゆうたいさらしたんだ。いまさら、言いにくいことなんて無いだろ?」

「醜態をさらすのは構わんのじゃ。あとで快感に身悶みもだえるから、の」

「堂々と気持ち悪いこと言ってんじゃねえよ……」


 しかしそんなせいへきすらさらせるじいさんが、言いづらいこととは?
 嫌な予感しかしないなぁ。


「ワシのゲーム部屋べやが、せんりようされてしまったのじゃ」

「…………まさか、マノンに……か?」

「その通りじゃ」


 マズい。それは非常にマズいことにしか、なりそうにない。


「死すら恐れないじいさんがおどされることなんて、もうない、と思っていたんだが」

「ゲームのかいを持ち出されたのじゃ」


 命よりゲームかよ……。


「セーブデータを消されてはかなわぬ」


 まさか死をも恐れぬじいさんにそんな弱点があったとは。もうてんすぎた。


「――で、マノンはゲームざんまいか?」

「それが……の」

「まだ言いにくいことがあるのかよ。勘弁してくれよ……」

「マノンは常識外のりよくを持ち、魔法の痕跡こんせき辿たどることや、それらを記憶することにかけても天才じゃ」

「そういや、リルと同じ魔法をすぐに使っていたな」


 死の魔法『リミデス』。
 リルがそれを使ったところ見ていないのに、そっくりそのまま――。


「マノンちゃん、わたしの使った魔法を逆向きに辿たどってかいせきしたらしいわよ」

「何でもありだな、あいつ」


 そんな子がヤンデレ化なんて、恐ろしいにもほどがある。目的のためならば、どんな手を使うかわからない。


「――――ワシの召喚術も、コピーされてしまって…………の」

「おい…………。マジ、か?」

「ワシは洒落しゃれにならないじようだんを言わぬよ」


 俺は頭をかかえてしまう。
 そして急いで夕食を口へ、かきんだ。


「リル、マノンを止めに行くぞ!」

「う、うんっ」


 リルも上品さを崩さないはんで口へ運ぶスピードを上げる。
 食べ終えるとすぐ、俺たちは玉座の間へ向かった。
 国王の許可を得ていることはすでに伝達済みだ。


「開けてくれ」

「かしこまりました」


 土下座かくの説得やピッキングで対抗していたのがアホらしくなるぐらい、あっさりと通される。
 まあ番人なんてそういう仕事だけどさ。なんかこう、がんったことが国王の言葉一発でくつがえってしまうと、どうしようもなくむなしくなるんだよなぁ。

 あの部屋へやすべだいのようなものを降りて入り、横には召喚の部屋へやつながっているだけで、出るにはまたすべり台を降りなければならない。つまり上から下への一方通行。
 逆方向から登るのは、ツルツル滑りすぎて無理。
 やはり非常時用の避難部屋なのだろう。


「行くぞ」

「うんっ」


 覚悟を決めて、すべちていく。
 スタッと着地してすぐ、マノンがテレビゲームをしている姿が目に入った。


「ふっふっふ。まさかこれほどとは――」

「おいマノン、それはじいさんのものだぞ」

「…………ハヤトさん、これ、どう思います?」

「これ――って、ただのゲームだろ」


 アクション要素を交えたRPGゲームだ。
 これが最初の作品で、後に大人気シリーズ化する。確か日本で初めて歌のあるアニメオープニングが採用されたゲーム……だったかな。よく覚えていないけれど、色々な意味で『伝説のRPG』である。


わたし、頭が良いですよね?」

「そういうのは、自分で言うな」

わたしが国王になるのは簡単なこと。王族貴族を『協力しなければ町ごと破壊して殺す』と脅せばいいだけ。……ふえふえふえふ。自分の命が惜しいなおな人も、町を守ろうとするぜんしやも、これでイチコロ」


 こいつ、実は異世界帰りのラスボスなんじゃないか?
 この世界の神様は、魔力をあたえる人間をもう少ししんちように選ぶべきだったな。
 妹みたいに思っていた気持ちもほとんど全部、んでしまった。


「でもわたしが国王になるだけでは、足りない。ヒロイン決定には『国王』と『英雄』、そうほうの合意が必要」

「気付いてやがったのか……。それなら、そんなこわいことなんかしないで、もっとつうにしていてくれよ。人を殺すって脅して権力を手に入れるやつなんて、好きになれるわけがないだろ?」

「えっ、なんでハヤトさんがわたしを好きになる必要があるんですか?」


 …………ん?
 そこは必要…………じゃ、ないのか?


「ふえふえふえふ。わたしの目的は、一生、日本でハヤトさんと一緒に引きこもること」

「嫌すぎる目的だな」

「確かに、添い遂げるには両想いが理想ですが」

「最低条件だろ」

「別に好きになってもらうなんて、後回しでも良いのですよ。まずは一緒にいる時間を作らなくては――――。……ふぇっふぇっふぇ。ハヤトさんだって、脅しには逆らえないはず」


 こいつ、俺のことも脅す気か?
 というか考えかたがみすぎていて怖い。


「召喚――」


 マノンは一言で、その場に鉄製らしきけん顕現けんげんさせた。


「これは?」

「アイアンソード――。このゲームに出てくる、剣ですよ」

「おいっ、まさかこの調子でモンスターまで……っ」

「ええ。ハヤトさんが同意しないのなら、わたしはモンスターをバンバン召喚します。もうなんびきかは覚えましたから、いつでも召喚可能なのです」

「……いやいや。でも、だってじいさんがサラマンダーを召喚するのに五年もかかったんだぞ? それもマノンの魔力を消費して、ようやく召喚できたんだ。いくらマノンでも、そうポンポンとは――」


 これは脅し――。
 そう願ってけてみたのだけれど、マノンは不敵に笑い続ける。


「ええ。サラマンダーなんていう超弩級どきゅうは無理です。でも野良のらモンスター程度を世界へ解き放つのは、ぞうもないこと。ふえっふえっふえっ」

「おいっ、そんなことをされたら、十字大陸統一でせつかく平和になったのが台無しじゃねえか!」

「だから『脅し』なのですよ。命をけて五年もかけた成果を、なし崩しにされる。――ふえふえふえふ。どうですか? 嫌でしょう? 死んでいったあの人もこの人も、に――あいたっ!?」


 さすがに言い過ぎになっていたから、俺はマノンのおでこに手刀を落とした。


「ひっ、ひどいです……っ」

ひどいも何もあるか! それだけは絶対に許さねえぞ!!」

「そ、そんなぁ――」

「マノンはもう少し、他人の気持ちをわかるようになってくれ。そのほうが俺は、ずっと好きだ」

「す、好き!? ――――――――いえっ、そんな甘言かんげんにはだまされませんよ! どうせハヤトさんはおっぱいが大きくないとダメな人ですから!」

「…………………………………………………………そんなこと、ないぞ」

「なんですか今の間は! めちゃくちゃ図星じゃないですか!」


 はい。ごめんなさい。
 いやね、好きになってしまえば関係ないと思うよ。
 でも好きになるまでの過程にはえいきようおよぼすことが確かなわけで。
 ……マノンの胸は成長しそうにないからなぁ。期待薄だ。


「そんなんだから、わたしがこうして! ……もうっ、この場で私の恐ろしさを見せてあげます! しょうか――いだっ」


 俺はマノンがモンスターを召喚しようとしたタイミングで、もう一度手刀を落とした。
 なるほど。魔法を使い始めて結果が出るまでに物理こうげきを与えれば、止まるわけだ。


「しょうか」

「ていっ」

「あだっ――――。しょうかっ」

「てい、てい」

「いだっ、あうっ。……二回もやる必要ありましたか!?」

「念のためだ」

「くっ……。いいです! じゃあハヤトさんの見ていないところで召喚しますから!!」


 これは困ったな。常時誰かに見張ってもらうというわけにもいかないし。


「ハヤトくんが、面倒見たら?」


 リルがあきれた声で言う。


「マノンちゃん、ハヤトくんと一緒にいたいのよね?」


 問いかけに、マノンは縦に一回、こくりとうなずいた。思いっきりなみだだ。


「じゃあハヤトくん、マノンちゃんと一緒にいてあげなさい。一日中」

「はあ!?」

「召喚しようとしたら、責任を持ってハヤトくんが止めるの。わかった?」


 俺になんの責任があると言うのか。


「いやっ、でもそれじゃ、お前との共同戦線が」

「それはそれ、これはこれ。一緒に行動するけれど、そこにマノンちゃんがいたって、悪ささえしなければ問題はないはずよ」

「まあ、そうなんだが……」


 マノンを見ると、困ったようなうれしそうな、複雑な表情をかべていた。


「いいわね? マノンちゃん」

「う、うん――っ。はい!」


 こうして俺とヤンデレロリっこの共同生活が始まってしまった。

 ――――というか、リルが優しすぎるように思えるのは、気のせいだろうか?
 マノンなんか眼中にないのか、それとも国を思っての行動か。……ま、どっちかというと後者だろうな。
 この王族様は自分の感情よりも国の平和を優先するタイプだ。
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