上 下
63 / 93
王位継承編① ヒロインをかけてヒロインと戦うゲーム

リル⑯ 唐突な告白

しおりを挟む
 朝、目を覚まして、ぼけまなこのまま立ち上がり、純金製だか金メッキだかよくわからない水道のじやぐちをひねって、バッシャバッシャと顔を洗う。
 上下水道の完備は、この国の中世らしくない良いところである。
 辺境ではまだ整備されていないし、少し水圧が強すぎるけれど。


「なんできんなんてものがあるのに、対価が足りなくなるのかね」


 日本で純金を売ればとんでもない額になるわけで。
 ソーラー発電と大容量バッテリーはともかくとして、それ以外に関しては、どうにでもなりそうなものである。
 純金と同じような発色をしていても構成する物質が異なるとか、そんなところだろうか。しかし未知の物質となると価値という問題ですらない気も……。

 そんな、王位けいしようけんとは関係のないことを考えていると、コンコンとドアが鳴った。
 この音はリルかな。


「入っていいぞ」

「――おはよ、ハヤトくん」


 ナチュラルながおが、朝からまぶしすぎるんですけれど。よめなの? もう嫁になったの? いていい?
 …………だが、おれかのじよとするべきは、あくまで大人な交際――っ!
 どんなにわいくて性格がよかろうと、られ願望のある人を嫁にしてはいけない。


「昨日はねむれた?」

つかれてたからな」

「なんか……、大変なことになっちゃったね」

「あのなー。元はと言えば、お前が寝取られなんて望まなければ、あの日に終わっていた話だったんだぞ?」


 朝でまだ脳がシャッキリとは起きていなかったのだろう。
 リルのちには同情する部分もあるし、確かに、寝取られの末に生まれた子供がリルならば、寝取られを否定できない気持ちも多少は理解できる。
 それを相手にまで求めるのは理解できないけれど。
 だからいまさらこんなことを言って反感を買う必要も、ましてや傷つける必要もない――。

 ゆっくりと回る脳がようやくそのことに気付き、発言を撤回てっかいしようとした。
 …………しかしリルは、シュンとうつむいてまゆじりを下げ、申し訳なさそうに言葉を口にする。


「うん――。そう、なんだよね。…………私、なんでこんな願望を持っているんだろう。――これさえ無かったら、私がヒロインに決まって、それで、よかったはずなのに」

「お、おい――」


 リルは言葉にまったあと、ナチュラルな笑顔を保ったままで唐突とうとつに、一条ひとすじなみだをこぼした。
 よく見ると、自然だと受け取ったリルの笑顔は、目の下にくまを作っている。この顔で自然と思わせる笑顔を作れるのも、プロの成せるわざなのだろうか。
 でも、おはようのあとにすぐ『昨日は眠れた?』という言葉を発したということは……。きっとこいつは、この笑顔が作り物だと気付いてしかったんだな――と、さとった。


「泣くなよ……」


 自分の好みとか性格というものは、そう簡単に変えようと思って変えられるものではないわけで。
 こいつの好感度はもう百パーセント。完全に好きになってしまった相手から、自分の嗜好しこうが原因で好きになってもらえないのだとすれば……。
 リルの気持ちを想像するだけで、心臓がギュッと縮むような思いになった。

 でも、こんなに好きになってくれるのならば、好きになった人が寝取られる気持ちにも理解がおよぶのではないだろうか?
 今のこのじようきようは、格好かっこうのチャンスなのかもしれない。


「じゃあさ。仮に俺とリルがおたがいに好きで、付き合っていたとして――。自分が相手のことをめちゃくちゃ好きなときに、相手が勝手にうわをして、いなくなる。……そんなのは最悪だって、思わないか?」

「…………思わない」


 んんー。今回は結構、期待していたんだけどなー。ダメだったかーっ。


「だって、それってハヤトくんが私より好きな人を見つけて、私といつしよにいるより幸せな人生を送れると思ったから――でしょ? そんなの、止められるわけない……」


 やばい。こいつは正論を味方に付けてしまっている。
 そりゃ相手の幸せを思えば――ってやつで、世の中ではしばしばあることだろう。そうして涙をのんだ経験のある人だってたくさんいるはずだ。
 でも、そういういつさいを『しないというけいやく』が、交際であったりけつこんなのだろうと思う。
 するかもしれない――なんて前提では、安心もできないだろう。ハッキリ言って、どちらが悪いかで言えば裏切ったほうが悪いと断言したい。
 しかしこいつは、ちがう正論を背負って生きてしまっている。


「そうなったら、私のりよくが足りてなかった――、っていうことだし。がんれなかった、私が悪いよ」

「おいおい。完全に不幸少女の考えかたじゃねえか」


 完全にちがいだとは言い切れない。
 しかしそれは、倫理りんり的にとか、そういう意味で糾弾きゅうだんされるべきことなんだ。
 ただリルがそれをすると、自分の両親が罪人つみびとで、その結果産まれてきたのが自分だ――と認めることになってしまう。
 ……それでもこの考えかたは、間違いなく不幸だ。永遠にしんらいし合える関係が、築けないのだから。


「もちろん、私が寝取られたら、ハヤトくんの魅力が足りなかったというわけだけど。客観的に見たら、そっちのほうがずっと可能性高いし」

「さり気なく失礼なこと言ってんな……」


 好感度百パーセントだけど、客観的事実は把握はあくできてるのか。
 これは俺が悪いと言うより、リルがりよくてきすぎる問題である。俺が悪いというわけで…………いや、俺にそんなしようなんてきっと無いけどさ!


「だいたい、不幸体質を他人にまで求めるのは、やめてくれないか?」

「…………うん。やめたい」


 もしもうわしようであったなら、そういう相手のほうが気楽でいいという考え方もあったのかもしれない。でも俺は、一生一緒にえる嫁さんのほうが、いい。


「今の私がヒロインだなんて。もし私が国王になったって、ハヤトくんは、選んでくれないよね……?」


 泣きそうな顔で言われても…………な。


「ああ。そこだけはどうしても――。ゆずることは、できない」


 ヒロインの決定には俺と国王、両者の合意が必要。
 リルが国王となって他の全てを否定することはできても、俺の気持ちを変えることができなければ、永遠に成立しない契約となるだけだ。


「…………じゃあ……。うん。――私、寝取られびようを治すよ!」


 やまいなのか、それ。
 嬉しいけれど、さすがにそこまで言わなくても……と、つい思ってしまった。


「治すって、どうやって」

「それを考えて…………眠れなくなっちゃった。あはは……」


 のない感じで笑う姿は、ある意味、これがいつわりのない本心なのだろうと思わせてくれる。
 プロヒロインの作られた顔で言われるよりも、やつれた感じが出ているほうが真にせまっていた。

 ――――そういう話ならば、俺もおうえんしよう。

 きっとリルの気持ちは、良い方向へ向かっているのだろう。だれが相手であれ、寝取られ体質で幸せになるのは……。
 うーん……それを言ってしまうとリルの両親に失礼だよな。寝取られも幸せは産むわけで。
 ただ問題は、寝取られた元のだんさんだ。
 リルにとっては親じゃないからほとんど無関係なわけだけれど、他人から客観的に見ると、一番のがいしやはその人である。

 寝取られが幸せを産むことはある。
 同時にほとんどの場合、寝取られた人が不幸になる。

 リルがヒロイン養成学校で教わったこととは正に、その不幸の否定なのだろう。
 そして出会ったころのリルが俺に求めていたのも同じく、不幸の否定だったわけだ。
 全ての人がリルと同じ考えになれば、寝取られても『仕方がないこと』と当然のように受け止める世界が出来上がる。


「なあ、リルのおやさんとかおふくろさんとは会えないけれど、別れた旦那さんになら、会えるんじゃないか?」


 こんなことをいてもいいのかは、正直、ちょっと躊躇ためらった。
 でもこいつが、寝取られを『病』や『治す』と表現したんだ。本気だと信じたい。


「……どこにいるか、わからないの」

「じゃ、探そうぜ」

「――――――きっと、私はうらまれている、から。めいわくに決まってる」


 うらまれているってことは、寝取られた人が傷ついたと、リル自身が想像できている――ってことになる。
 リルの中には正常な感覚が備わっていて……。
 きっとこいつは、ヒロインにはなろうとしたけれど、異性を好きになったことが無かったのではないかと思う。
 今までの自分本位で自己中心的な価値観から、初めてれんあい感情を抱いて、相手の気持ちをおもんばかるようになった。


「会ってみなきゃわからないだろ。別の誰かと幸せになっている可能性だってあるんだ。リルが顔を見せなくても、今どうしているかを知るぐらいは、できるんじゃないか?」

「…………でも、こんなことにハヤトくんをむわけには……。私の、両親の問題だし……」

「ヒロインがリルに決まるなら、俺はうれしいぞ」


 なにげなーく口から飛び出した言葉が、結構ずかしいことを表明しているような気がして、俺はリルの顔から目をそむけようとした。
 しゆんかん、ライカブルで見える好感度ゲージに異常が出ていることに気付く。


 ――光っている?


 俺よりもっと恥ずかしそうにしているリルと、初めて光ったライカブルの好感度表示。
 これは一体、何を意味しているのか――。


「……メシ、食べに行こうぜ」

「あっ、――うん!」


 二人で、いつも通りに、ごうな朝食を食べに向かう。
 慣れない慣れないと不満に思っていたけれど、俺のくずれた態度が段々と格式をこわしていったのか、最近はリルやじいさんも自発的に言葉を発するようになってくれて少しんできた。
 胃がサバイバルかんきように適応してしまっているから、そっちのほうはまだ慣れないけれど。


「マノンちゃん、起こしてくるね!」

「――――――おう」


 まだ二人きりでいられるってのに。
 その時間を作ろうとせずに、寝ているであろう恋敵こいがたきを起こしに向かった。
 リルは性格が良いどころか、おひとしが過ぎるのかもしれない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ダンジョン発生から20年。いきなり玄関の前でゴブリンに遭遇してフリーズ中←今ココ

高遠まもる
ファンタジー
カクヨム、なろうにも掲載中。 タイトルまんまの状況から始まる現代ファンタジーです。 ダンジョンが有る状況に慣れてしまった現代社会にある日、異変が……。 本編完結済み。 外伝、後日譚はカクヨムに載せていく予定です。

【完結】美しい人。

❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」 「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」 「ねえ、返事は。」 「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」 彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。

一家処刑?!まっぴら御免ですわ! ~悪役令嬢(予定)の娘と意地悪(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

「専門職に劣るからいらない」とパーティから追放された万能勇者、教育係として新人と組んだらヤベェ奴らだった。俺を追放した連中は自滅してるもよう

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「近接は戦士に劣って、魔法は魔法使いに劣って、回復は回復術師に劣る勇者とか、居ても邪魔なだけだ」  パーティを組んでBランク冒険者になったアンリ。  彼は世界でも稀有なる才能である、全てのスキルを使う事が出来るユニークスキル「オールラウンダー」の持ち主である。  彼は「オールラウンダー」を持つ者だけがなれる、全てのスキルに適性を持つ「勇者」職についていた。  あらゆるスキルを使いこなしていた彼だが、専門職に劣っているという理由でパーティを追放されてしまう。  元パーティメンバーから装備を奪われ、「アイツはパーティの金を盗んだ」と悪評を流された事により、誰も彼を受け入れてくれなかった。  孤児であるアンリは帰る場所などなく、途方にくれているとギルド職員から新人の教官になる提案をされる。 「誰も組んでくれないなら、新人を育て上げてパーティを組んだ方が良いかもな」  アンリには夢があった。かつて災害で家族を失い、自らも死ぬ寸前の所を助けてくれた冒険者に礼を言うという夢。  しかし助けてくれた冒険者が居る場所は、Sランク冒険者しか踏み入ることが許されない危険な土地。夢を叶えるためにはSランクになる必要があった。  誰もパーティを組んでくれないのなら、多少遠回りになるが、育て上げた新人とパーティを組みSランクを目指そう。  そう思い提案を受け、新人とパーティを組み心機一転を図るアンリ。だが彼の元に来た新人は。  モンスターに追いかけ回されて泣き出すタンク。  拳に攻撃魔法を乗せて戦う殴りマジシャン。  ケガに対して、気合いで治せと無茶振りをする体育会系ヒーラー。  どいつもこいつも一癖も二癖もある問題児に頭を抱えるアンリだが、彼は持ち前の万能っぷりで次々と問題を解決し、仲間たちとSランクを目指してランクを上げていった。  彼が新人教育に頭を抱える一方で、彼を追放したパーティは段々とパーティ崩壊の道を辿ることになる。彼らは気付いていなかった、アンリが近接、遠距離、補助、“それ以外”の全てを1人でこなしてくれていた事に。 ※ 人間、エルフ、獣人等の複数ヒロインのハーレム物です。 ※ 小説家になろうさんでも投稿しております。面白いと感じたらそちらもブクマや評価をしていただけると励みになります。 ※ イラストはどろねみ先生に描いて頂きました。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

好きにしろ、とおっしゃられたので好きにしました。

豆狸
恋愛
「この恥晒しめ! 俺はお前との婚約を破棄する! 理由はわかるな?」 「第一王子殿下、私と殿下の婚約は破棄出来ませんわ」 「確かに俺達の婚約は政略的なものだ。しかし俺は国王になる男だ。ほかの男と睦み合っているような女を妃には出来ぬ! そちらの有責なのだから侯爵家にも責任を取ってもらうぞ!」

処理中です...